剣と包丁は同じじゃないの?
シャーッ。
シャーッ。
いつもより少し低い音が工房に響く。
親方は床に置かれた大きな砥石の前にしゃがみ、
両手でロングソードを支えながら全身を使って研いでいた。
刃が砥石の上を滑るたび、
刀身は少しずつ鏡のような輝きを取り戻していく。
その様子を横で眺めていた老騎士が感心したように呟く。
「相変わらずとんでもない技術ですな」
「剣とは回転砥石で荒く削って切れれば良いものだと」
「若い頃はそう思っておりました」
親方は笑う。
「大切な剣なんでしょ?」
「全部をこうやって仕上げろとは言わないけど」
「大切な一振りくらい贅沢させてあげてもいいんじゃないかな」
そう言ってまた剣を研ぎ始める。
少年はその様子をしばらく眺めていた。
「親方が大きな剣を研いでるの珍しいですね」
「私が普段作る刃物ってせいぜい包丁くらいだからねぇ」
親方は少し笑う。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「剣と包丁って同じじゃないんですか?」
親方は少し考えた。
「せっかくだから」
「剣を使う専門家に聞いてみたら?」
少年は老騎士へ顔を向ける。
「剣と包丁ですか」
老騎士は少し考えてから答えた。
「刃物という意味では同じでしょうな」
「ですが目的が違えば」
「自然と形や重さも変わるのでしょう」
「目的ですか?」
老騎士は腰の短刀を抜いた。
「これはダガーと呼ばれる武器です」
少年へ柄を向けて差し出す。
「持ってみますか?」
「はい」
少年は両手で受け取った。
包丁ほどの大きさ。
しかし思っていたよりずっと重い。
「包丁より重いですね」
老騎士は頷く。
「切るものが違いますからな」
ダガーを受け取り説明を続ける。
「予備の武器として使うだけでなく」
「調理や解体」
「木材を削る時にも使います」
「ですが武器でもあります」
「場合によっては魔物へ突き立てることも」
「剣を受け止めることもあります」
「軽すぎれば欠け」
「薄すぎれば折れる」
「それでは命を守れませんからな」
少年は真剣な表情で頷いた。
「他にも色んな武器があるんですか?」
老騎士は微笑む。
「例えば槍ですな」
「剣より遠くまで届くので」
「相手を近付けない戦い方ができます」
「どの武器にも得意不得意があります」
「だから人によって使う武器が違うのです」
親方は研ぎ終えた剣を持ち上げ、
刃先を光へかざした。
「剣も包丁も同じ鉄なんだけどね」
「誰かの役に立つために形が変わるんだよ」
「料理人には包丁」
「騎士には剣」
「目的に合わせて鍛冶屋が形を作る」
少年はその言葉を聞いて納得したように頷く。
ふと疑問が浮かぶ。
「親方はどうして武器を作らないんですか?」
親方は布で刀身を丁寧に拭く。
そのまま風魔法を当てると、
水滴が一瞬で消えた。
「武器って重たいからねぇ」
「それだけですか?」
「それだけだよ」
親方は戸棚から小瓶を取り出す。
布へ油を染み込ませ、
刀身へ薄く塗っていく。
工房へ花のような香りが広がる。
「作れないことはないんだけどね」
「もし私の武器を気に入る人が増えたら」
「武器の依頼も増えるでしょ?」
「疲れる仕事が増えるのは困るからねぇ」
老騎士が思わず笑う。
「エルフ殿が武器ばかり作り始めると」
「この工房の包丁を愛用するご婦人方が大騒ぎしそうですな」
親方も笑う。
「武器ならドワーフの方がよほど良いものを作るからね」
「得意なことだけに集中できるなら」
「それが一番いいんだよ」
親方は剣を鞘へ納め、
老騎士へ差し出した。
老騎士はゆっくりと剣を抜く。
窓から差し込む光を受け、
刀身が美しく輝いた。
「これほど美しいと使うのがもったいなくなりそうですな」
「その時はまた研ぐから持っておいで」
老騎士は笑って剣を納める。
そして代金の包みを親方へ手渡した。
その様子を見ていた少年が呟く。
「得意なことをお仕事にするものなんですね」
親方は少年を見る。
「好きなことを続けてると」
「得意になることも多いからね」
「まずは好きなことを見つけるといいと思うよ」
老騎士も優しく頷く。
「私も体を動かすのが好きで」
「剣の道を選びましたからな」
「あなたは何か好きなことがありますか?」
少年は少し考える。
「教会のお手伝いも好きですし」
「勉強も好きです」
「魔法もかっこいいですし」
「親方のお仕事も気になります」
「パン屋さんや食堂でお料理するのも楽しそうですし……」
老騎士は優しく少年の頭を撫でた。
「街には沢山の仕事があります」
「私で良ければいつでも相談に乗りましょう」
それからしばらく、
少年の質問は止まらなかった。
その様子を眺めながら、
親方は穏やかに微笑んでいた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




