王国と帝国は何が違うの?
シャッ。
シャッ。
シャッ。
親方は砥石の前で包丁を研いでいる。
一定のリズムで刃が砥石の上を滑る。
少年は窓際の木箱に腰掛けて本を読んでいた。
今日読んでいるのは戦記物だ。
王国と帝国の戦いが描かれている。
しばらくページをめくっていた少年は、
ふと気になったことを口にした。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「王国と帝国って何が違うんですか?」
親方は砥石から目を離さずに答える。
「王様が治める国が王国」
「皇帝が治める国が帝国だね」
少年は首を傾げた。
「それだけですか?」
親方は手を止める。
少し考え込んだ。
「正確にはそれだけじゃないんだけどねぇ」
「どう説明すればいいかな」
しばらく考えた後、
親方は言葉を続けた。
「王国がひとつの国だとしたら」
「帝国はたくさんの国が集まった国って感じかな」
少年は想像する。
たくさんの王様。
たくさんのお城。
なんだか大変そうだ。
「じゃあ元々その国にいた王様はどうなるんですか?」
「そのまま王様だったのかもしれないし」
「皇帝の部下になったのかもしれない」
少年はさらに首を傾げる。
「そんなに王様だらけで大丈夫なんですか?」
親方は思わず笑った。
「大丈夫じゃなかったのかもねぇ」
そう言うと再び包丁を研ぎ始める。
「歴史を研究してる人によると」
「昔はとっても大きな帝国があったらしいよ」
「大きな帝国ですか?」
「うん」
「大小様々な国を併合して」
「一気に大きくなったんだってさ」
少年はたくさんの国をまとめる皇帝を想像する。
きっととても優秀な人だったのだろう。
だが親方は続けた。
「でも今はその帝国は影も形も残っていないんだ」
少年は目を丸くする。
「そんなに大きな国が無くなったんですか?」
親方はなんでもないことのように答えた。
「併合された王様達と対立したのか」
「大きな自然災害でもあったのか」
「帝国より強い国が現れたのか」
研ぎ終えた包丁を目の高さまで持ち上げ、
刃先を確認する。
「そんなに強い国があったんですか?」
「どうだろうねぇ」
「でも世界には色んな国があるから」
「もしかしたらそんな国もあったのかもしれないね」
少年は少し考え込む。
世界は思っていたよりずっと広いらしい。
しばらくして、
新しい疑問が浮かんだ。
「他にはどんな国があるんですか?」
親方は窓の外へ視線を向ける。
「国のかたちは本当に様々だからねぇ」
「王様の立場が強い国や弱い国」
「そもそも王様の居ない国」
「経済的に豊かで都市ひとつで国として認められている国」
「教会や宗教組織が政治まで担う国」
少年もつられて窓の外を見る。
工房の前を人々が行き交う。
その先には街があり、
さらにその先には知らない土地が広がっている。
「王様が居ない国ってどうやって決めるんですか?」
「みんなで話し合う国もあるし」
「お金持ちが集まって決める国もあるし」
「昔からそうしてるからって国もあるみたいだねぇ」
少年は少し不安そうな顔になる。
「なんだか喧嘩になりそうです」
親方は吹き出した。
「王様が居ても喧嘩はするけどねぇ」
それもそうかと少年は納得する。
世界にはまだまだ知らないことが沢山ある。
「いつか僕も色んな国を見てみたいです」
親方は少年を見て優しく微笑んだ。
「大きくなったら好きな場所へ行ってみるといいよ」
「私も興味の赴くままに色んな場所を見て回ったからね」
少年は嬉しそうに頷く。
「親方も一緒に行きますか?」
親方は少し考えた。
「私はもうけっこう色々巡ったからなぁ」
そう言いながら窓の外を見る。
「今は帰る場所もあるしね」
「工房ですか?」
少年が尋ねる。
親方は少しだけ考えた。
「工房もそうだし」
「まぁ色々だよ」
それ以上は答えず、
親方は再び包丁を砥石に当てた。
シャッ。
シャッ。
静かな音が工房に響く。
少年は窓の外を見つめる。
いつか自分も旅に出る日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、
再び本を開くのだった。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




