魔法使いと魔導師って別のものなの?
少年は工房の掃除をしていた。
親方は炉の前から離れ、
作業台の横で涼んでいる。
先程まで炉へ向けていた風の魔法を、
今度は自分へ向けていた。
ゆるくまとめたミントグリーンの長い髪が、
風に揺れる。
それを眺めていた少年がふと口を開いた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「魔法使いと魔導師って別のものなんですか?」
親方は風に当たりながら答える。
「似たようなものだけどねぇ」
「魔法使いっていうのは文字通り魔法を使う人のことだね」
「じゃあ親方も魔法使いなんですか?」
「そういうことになるのかもしれないねぇ」
親方は風の魔法を止めると、
近くに置いていた金槌を手に取った。
「それでも私は鍛冶職人だけどね」
「魔法は技術のひとつだから」
親方は指を折りながら数える。
「鍛冶職人」
「木工職人」
「織布職人」
「そして魔法職人」
少年は少し考える。
「じゃあどうして魔法だけ職人じゃなくて『使い』なんですか?」
「魔法は専門職というより色んな分野で使われる技術だからねぇ」
親方は笑った。
「例えば私の場合は魔法が使える鍛冶職人でしょ?」
「魔法職人の鍛冶職人って言うより」
「魔法使いの鍛冶職人って言う方がなんとなく言いやすい」
少年は少しだけ不満そうな顔をする。
「そんな理由なんですか?」
「本当のところは分からないけどね」
「呼び方なんて案外その程度の理由だったりするものだよ」
親方はそう言うと、
鉄の塊を炉の炭へ差し込んだ。
少年は赤くなり始める鉄を見つめながら、
もうひとつの疑問を口にする。
「じゃあ魔導師ってなんなんですか?」
親方は炉から目を離さず答えた。
「魔導師かぁ」
「言葉からの想像だけどね」
「魔法を正しい方向へ導く人のことなんじゃないかな」
「正しい方向ですか?」
「魔法って便利だけど危険な技術でもあるからね」
「誰かの役に立つ方向へ発展させたい」
「そう考えながら研究したり勉強したりする人達だよ」
親方は少し考えてから続けた。
「昔は魔法ってもっと感覚的な技術だったのかもしれない」
「感覚ですか?」
「うん」
「こうやったら出来た」
「なんとなく使えた」
「そんなものだったのかもしれない」
親方は肩を竦める。
「でも時代が進むと理由を知りたくなる人が出てくる」
「どうして使えるのか」
「どうすればもっと便利になるのか」
「そうやって理論として研究され整理されていった」
「それが魔導なのかもしれないねぇ」
炉から鉄を引き抜き、
金床へ置く。
カン。
カン。
カン。
工房に槌の音が響く。
「実際に魔導師って呼ばれる人は」
「研究者や学者が多いしね」
少年は納得したように頷いた。
しばらく槌の音を聞いていたが、
また気になることを思い付く。
「ところで『師』ってなんなんですか?」
「鍛冶職人も鍛冶師って言ったりしますよね?」
親方は数度鉄を叩くと、
再び鉄を炉へ戻した。
「『師』は文字通り師匠みたいな意味だね」
「その技術を教える人だったり」
「その分野を代表する人だったり」
「工房の責任者として呼ばれることもある」
親方は少し考える。
「技術を身につけるだけなら職人でもいい」
「でも誰かに教えたり導いたりする立場になると」
「『師』って呼ばれることが多いかな」
少年は感心したように頷く。
「だから私も弟子は取ってないけど鍛冶師ではあるね」
そこで少年が首を傾げた。
「僕は親方の弟子ですよね?」
親方は少し困ったように笑う。
「君はまだ弟子になれる年齢じゃないからねぇ」
「正確にはお手伝いかな」
「いつになったら弟子になれるんですか?」
親方は顎に指を当てる。
「弟子っていうのは働きながら技術を覚える人だからね」
「働く人?」
「工房で仕事をして」
「お給金を貰う」
「見習い職人みたいなものかな」
少年は目を丸くする。
「じゃあ僕も働きたいです」
親方は即答した。
「それは駄目」
「どうしてですか?」
「今は勉強したり遊んだりする方がお仕事だよ」
少年はきょとんとする。
「それもお仕事なんですか?」
「子供にしか出来ない大事なお仕事だねぇ」
親方は優しく笑った。
「君は鍛冶職人になりたいの?」
「ずっと見てますから興味はありますよ」
「魔法使いにも興味があったよね?」
「魔法はかっこいいですからね」
「教会のお仕事は?」
「それも興味が……あ」
少年は頭を抱えた。
興味のあることが多すぎる。
その様子を親方は微笑ましそうに見ている。
「今はまだ答えを出さなくていいよ」
「色んなことに興味があるのは悪いことじゃないからね」
そう言うと再び鉄を叩き始めた。
カン。
カン。
カン。
「まだ弟子じゃなくても親方って呼んでていいですか?」
少年が少し不安そうに尋ねる。
親方は吹き出した。
「魔法使いも魔導師も」
「鍛冶職人も鍛冶師も」
「さっきは色々説明したけどね」
「実際はみんな好きに呼び分けたりしてるんだ」
「呼び方なんて好きにしていいと思うよ」
少年の顔が少し明るくなる。
親方は悪戯っぽく笑った。
「だから私も好きに否定させてもらうけどね」
少年は少しだけ頬を膨らませる。
その様子がおかしくて、
親方は思わず笑ってしまった。
工房には親方の笑い声と、
鉄を叩く心地よい音が響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




