【特別編】街の老騎士
親方の納品が終わり、
少し遅めの昼食を取ることになった。
場所は街の食堂。
店の外に置かれた木のテーブル席だ。
昼時は過ぎているため人影もまばらだった。
少年はパンに野菜やハム、チーズを挟んだサンドを頬張る。
親方も同じようにサンドを手に取り微笑んだ。
「たまにはこういう所で食事もいいよねぇ」
「僕は初めて来ました」
「今度はシスターや薬師も誘ってみようか」
「楽しそうですね」
二人がお喋りを楽しんでいると、
少年の後ろから声が聞こえた。
「おや、エルフ殿ではありませんか」
親方が顔を上げ軽く手を振る。
少年も慌てて振り返った。
そこには紳士的な服装をした男性が立っていた。
腰には剣。
眼鏡の奥の目は穏やかだ。
少し前に親方から聞いた特徴と一致する。
街の兵士長。
元騎士のおじさんだ。
「おじさまは巡回ですか?」
老騎士は苦笑した。
「その呼び方は辞めて下さい」
「あなたの方がよほど……」
そこで親方がわざとらしく咳払いをする。
老騎士は肩をすくめた。
「レディに年齢の話はご法度でしたな」
「わかっていればいいのよ」
親方は満足そうに頷く。
なんだか楽しそうな親方と、
困ったように笑う老騎士。
少年はそんな二人を交互に見た。
老騎士が先に気付く。
「おや、あなたは孤児院の」
「こんにちは騎士のおじさん」
「既に騎士は引退しておりますがね」
「爵位は消えないんだから間違いではないよね」
親方がそう言うと、
老騎士は苦笑した。
「なにか話されたのですか?」
「ちょっと前に貴族って何だろうって聞かれてね」
「あぁ、それで」
少年は改めて老騎士を見る。
孤児院で見かけることはあった。
神父やシスター長と話している姿も見たことがある。
けれどどう見ても騎士には見えない。
帯剣した執事。
そんな印象だった。
「騎士のおじさんはお仕事中ですか?」
「実は私もちょうど遅めの昼食を頂こうと思いましてな」
「良かったら一緒にどう?」
「ではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
老騎士は店内へ入り、
しばらくして食事を持って戻ってきた。
パンとスープとサラダ。
質素な内容だが、
食べる所作までどこか優雅に見える。
少年は思わず見入ってしまった。
「ねぇ騎士のおじさん」
「既に騎士ではありませんがなんですかな?」
そのやり取りに親方が吹き出した。
「どうかされましたかな?」
「なんでもないの」
「こっちの話」
親方は口元を押さえながら笑っている。
少年はよく分からず首を傾げた。
「親方と騎士のおじさんは知り合いなんですか?」
「親方というのはエルフ殿のことですかな?」
「親方じゃないんだけどね」
「最近工房を手伝ってくれてるの」
「なるほど」
老騎士は何か察したように頷いた。
そして少し懐かしそうな顔をする。
「エルフ殿とは彼女がこの街へ来た日に知り合いました」
「最初に声を掛けてくれたのがおじさまだったんだよ」
「とっても紳士的で丁寧だったの」
少年は老騎士を見る。
その様子は簡単に想像できた。
「当時から兵士長でしたからな」
「仕事として声を掛けただけですよ」
「何があったんですか?」
少年が尋ねる。
老騎士は少し考えてから答えた。
「街の中央広場に水汲み用の噴水がありますでしょう」
「あります」
「その前で座り込んで地図を広げておられました」
少年は目を丸くする。
親方は平然としていた。
「道が分からなくなっちゃってねぇ」
「地図を持ってるのにですか?」
「持ってたんだけどねぇ」
「気付いたら毎回同じ広場に出ちゃうんだよ」
親方は少し困ったように笑う。
老騎士は肩をすくめた。
「周囲の兵士達は不審者ではないかと困惑しておりましたな」
「私はただ地図を見てただけなんだけどね」
「広場の真ん中で座り込む旅人はそうそう居りません」
少年は思わず吹き出した。
なんだか親方らしい。
「それで街を案内してくれたんだよ」
「目を離すのも少々不安でしたのでな」
「失礼だなぁ」
「結果的に正しかったと思っております」
老騎士は真顔で言う。
少年はまた笑った。
「それから色々ありましてな」
「色々あったねぇ」
「何があったんですか?」
少年が身を乗り出す。
親方と老騎士は顔を見合わせた。
「長い話だからねぇ」
「昼食が冷めてしまいます」
老騎士はスープを一口飲む。
少年は少し残念そうに肩を落とした。
そんな様子を見て老騎士が続ける。
「ただ話しているうちに警戒心は薄れていきましたな」
「変わった方だなとは今でも思いますが」
「少なくとも悪い方ではないと分かりました」
親方が吹き出す。
「変わり者扱いは納得いかないなぁ」
「中央広場で地図を広げていた人が何を仰いますか」
「方向が分からなかったんだから仕方ないでしょ」
二人のやり取りに少年は笑う。
なんだか昔からずっとこうしていたように見えた。
しばらくして少年はふと思ったことを口にする。
「じゃあ二人はお友だちなんですか?」
親方は少し考えた。
そして微笑む。
「とっても大事なお友だちのひとりだねぇ」
老騎士は少し照れくさそうに顎を撫でた。
「エルフ殿にそう言われると面映ゆいですな」
けれどその表情はどこか嬉しそうだった。
それから三人は食事をしながら思い出話を続ける。
親方と老騎士が話し、
時々そこへ少年の質問が混ざる。
三人の話し声と笑い声は、
穏やかな街の雑踏へ静かに溶け込んでいった。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




