領主様って貴族なの?
サッ。
サッ。
少年は工房の前を掃除していた。
すると通りの向こうから馬の蹄の音が聞こえてくる。
顔を上げると、
数名の兵士を伴った豪華な馬車がゆっくりと街を進んでいた。
普段見かける荷馬車とは違う。
窓付きの立派な箱型の馬車だ。
兵士の一人と目が合う。
少年が慌てて頭を下げると、
兵士も軽く会釈を返してくれた。
馬車を見送り、
掃除を終えた少年は工房へ戻る。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「今、綺麗な馬車が通りましたけどあれは何ですか?」
親方は作業台で金属を削る手を止める。
少し考えてから答えた。
「そう言えばそろそろ領主様の視察の時期だねぇ」
「きっとお貴族様の馬車じゃないかな」
「領主様って貴族なんですか?」
親方は頷く。
「前に王様と貴族の話はしたよね」
「王様のお手伝いをするのが貴族ですよね」
「そうそう」
「それで領主っていうのがそのお仕事の一つなんだよ」
少年は首を傾げる。
「どんなお仕事なんですか?」
「簡単に言うと土地の管理かな」
親方は説明を続ける。
「街や村がちゃんと運営できてるか見たり」
「税金を集めたり」
「兵士を置いたり」
「道や橋を整備したり」
「人が暮らせるように色々考える感じかな」
「大変そうですね」
「実際大変だと思うよ」
親方は苦笑する。
「だから土地を持ってる貴族ばかりじゃない」
「土地を持たない貴族も居るんだよ」
少年は不思議そうな顔をした。
だがその前に別のことが気になったらしい。
「ここの領主様はどんな人なんですか?」
「会ったことはないんだけどねぇ」
親方は顎に手を当てる。
「評判はいいよ」
「能力も高いらしい」
「この辺り一帯を治めてる辺境伯だからね」
「辺境伯?」
少年は首を傾げる。
「物語だと辺境伯って田舎者扱いされてました」
親方は思わず笑う。
「まぁ王都の人から見ればそうかもねぇ」
「でも辺境って国の端っこでもあるんだ」
「隣の国とも近い」
「魔物も出る」
「未開の土地も多い」
親方は続ける。
「そういう場所を任されるんだから」
「王様もよほど信頼できる人にしか頼まないだろうね」
「実際に辺境伯ってけっこう偉い人が多いんだよ」
「そうなんですね」
少年は納得したように頷いた。
そして先程の話を思い出す。
「土地を持たない貴族ってなんですか?」
親方は作業を続けながら答える。
「貴族の家にも子供は何人も生まれるからね」
「でも領地を継ぐのは普通一人だけ」
「じゃあ他の人はどうするんですか?」
「騎士になったり」
「文官になったり」
「王様や領主のお手伝いをしたりかな」
親方は窓の外を見た。
「この街の執政官も領主の三男で貴族なんだよ」
「でも自分の領地を持ってるわけじゃない」
「領主にお願いされて働いてる貴族だね」
少年は感心したように頷く。
「騎士も貴族なんですね」
「基本的にはね」
「ただ例外もある」
親方は指を一本立てた。
「功績を認められて騎士爵を貰う人も居るんだ」
「騎士爵?」
「一代限りの貴族みたいなものかな」
「子供には引き継げない」
「だから準貴族なんて呼ばれることもあるね」
少年は目を丸くした。
「いろんな貴族がいるんですね」
「そうだねぇ」
親方は笑う。
そして何か思い出したように言った。
「そう言えば街の兵士長は元騎士だよ」
「騎士爵も持ってたはず」
「会ったことない?」
少年は考える。
「騎士様ですか?」
頭の中には全身鎧を着た屈強な戦士が浮かんでいた。
だが思い当たる人物が居ない。
親方は指を折りながら特徴を挙げる。
「白髪交じりのグレーの髪で」
「眼鏡をかけてて」
「紳士的な服装で」
「帯剣してて……」
そこで少年は思わず声を上げた。
「あっ!」
「孤児院にたまに来てます!」
「そうそう」
親方は笑う。
「あのおじさん騎士なんですか!?」
少年は驚いた顔をする。
親方も思わず吹き出した。
「そうは見えないよねぇ」
「どこかのお屋敷の執事だって言われたら」
「私も信じるかもしれない」
少年は何度も頷く。
まさにそんな印象だった。
「街を巡回してることも多いから」
「今度会えたら話してみるといいよ」
「急に話しかけて怒られませんか?」
少年は少し不安そうに尋ねる。
親方は首を横に振った。
「とっても優しい人だから大丈夫だよ」
少年は少し安心したようだった。
もし今度見かけたら、
勇気を出して話しかけてみよう。
そんなことを考えながら、
再び掃除の続きを始めるのだった。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




