エルフの1年は短いの?
カン。
カン。
カン。
親方は熱した鉄を叩いている。
少年は窓際の木箱に腰掛け、
本を読んでいた。
ページをめくっていると、
ふと気になる文章が目に入る。
少年は顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「エルフの一年は短いんですか?」
親方は手を止める。
そして少し苦笑した。
「あぁ」
「そんなこと書いてる本あったねぇ」
「どこぞの人類学の研究者だったかな」
「どんな風に書いてある?」
少年は本へ視線を落とす。
『エルフを初めとする長命種に与えられた時間は長い』
『彼らは当然のように数百年の時を生きる』
『故に我ら人間の過ごす一年よりも』
『エルフの感じる一年は短い』
読み終えた少年は再び顔を上げた。
「長生きだと一年は短く感じるんですか?」
親方は少し考える。
「そう感じるエルフも居ると思うよ」
「ついこの間のことだと思ったら」
「十年以上前だったなんて話も珍しくないしねぇ」
少年は驚いた顔をする。
「十年ですか!?」
「うん」
「でもね」
親方は小さく笑った。
「だから一年が短いってわけでもないんだよ」
カン。
熱した鉄を叩く音が響く。
「エルフも」
「ドワーフも」
「人も」
「みんな同じ時間の中で生きてる」
「一年は一年だよ」
少年は静かに聞いている。
「長命種は長く生きる」
「そのぶん色んな経験をする」
「人間には想像もできないくらい沢山ね」
「だから外から見ると」
「一年を短く感じてるように見えるのかもしれない」
親方は鉄を炉へ戻した。
「もし私がその本に付け足すなら」
「記憶の中の一年は短い」
「かな」
「記憶ですか?」
「うん」
親方は少年を見る。
「君は去年の今頃何をしてたか覚えてる?」
少年は考える。
孤児院で過ごしていたはずだ。
でも何をしていたかまでは思い出せない。
「さすがに覚えてないですね」
「だよねぇ」
親方は優しく頷く。
「エルフも同じなんだよ」
「同じなんですか?」
「どれだけ長く生きていても」
「全部を覚えてるわけじゃない」
親方は少し遠くを見る。
「覚えているのは印象的な出来事くらいかな」
「私だって色んな場所を旅したけど」
「そこで何をしたのか」
「どんな景色だったのか」
「もう思い出せないことも沢山ある」
少年は少し寂しそうな顔をした。
「僕もいつか色んなことを忘れるんですか?」
親方は困ったように笑う。
「なんだか少し怖い話になっちゃったね」
そして少し考えた後、
小さく首を振った。
「でもね」
「忘れたことより」
「覚えてることの方が大事なんだと思う」
少年は親方を見る。
「大事なことは」
「何百年経ってもちゃんと覚えてるよ」
親方はそう言って微笑んだ。
それから何か思い出したように立ち上がる。
戸棚を開き、
中を探り始めた。
しばらくして取り出したのは、
二冊の小さな革張りの手帳だった。
「ほら」
「これあげる」
少年は目を丸くする。
「貰ってしまっていいんですか?」
「いいよ」
「昔まとめて買ったんだけどねぇ」
「結局使わないまま残ってたんだよ」
少年は手帳を受け取る。
革の匂いがした。
「これからは」
「覚えておきたいと思ったことを書いておくといいよ」
「その本を書いた人も」
「忘れたくないから文字にしてるんだろうしね」
少年は手帳を開いたり閉じたりする。
まだ少ししか字は書けない。
それでも嬉しそうだった。
「前から考えてたんだよ」
親方は少し照れくさそうに言う。
「君はまだ仕事に就ける年齢じゃないし」
「お給料は渡せないでしょ?」
「だから代わりになるものがないかなって」
少年はしばらく考える。
そして二冊のうち一冊を親方へ差し出した。
「じゃあこの一冊は親方にあげます」
「親方もちゃんと忘れたくないこと書いてください」
親方は目を丸くした。
それから優しく笑う。
「私は大丈夫」
「自分の日記帳があるからね」
「ちゃんと大事なことは書き留めてるよ」
少年は嬉しそうに頷くと、
まだ真っ白なその手帳を開く。
「孤児院に持って帰ると」
「小さい子達の玩具になりそうだし」
「ここで書いて保管してていいからね」
「今から書いてもいいですか?」
「インクとペンは戸棚のを好きに使っていいよ」
それを聞くと、
少年はすぐに戸棚からペンとインクを取り出した。
机に向かい、
真剣な顔で書き始める。
親方は少し気になって少年の手元を覗き込む。
「最初は何を書くの?」
少年は顔を上げる。
「親方と初めて会った日のことです」
親方は目を丸くした。
それから優しく少年の頭を撫でる。
「なんですか?」
「なんでもないよ」
親方は少しだけ目を細めた。
「私も君と出会った日のことは日記に書いてある」
少年の顔がぱっと明るくなる。
「おそろいですね!」
親方は小さく笑った。
「そうだね」
窓から差し込む光の中、
少年は手帳に文字を書き続ける。
親方はその姿を眺めながら、
静かに炉の前へ戻った。
カン。
カン。
カン。
工房には心地よい音が響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




