魔物と動物は何が違うの?
ガラガラガラ。
外から荷車の音が聞こえてくる。
工房の中で道具を片付けていた少年は、
気になって窓の外を覗いた。
数人の男達が大きな獣を乗せた荷車を引いている。
荷車いっぱいに横たわるその姿は、
遠目から見ても迫力があった。
「あれは魔物ですか?」
親方は包丁を研いでいた手を止め、
窓の外を見る。
「あれはイノシシかな」
「かなりの大物だねぇ」
少年は窓から身を乗り出した。
大きな牙。
筋肉質な体。
とてもただの動物には見えない。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「魔物と動物って何が違うんですか?」
親方は少し考える。
「実は明確に説明するのは難しいんだよねぇ」
「決まってないんですか?」
「前にも少し話したけど」
「地域によって結構曖昧なんだよ」
親方は窓の外へ視線を向ける。
「あのイノシシもそう」
「この辺りではどれだけ大きくても動物」
「でも別の地域なら魔物扱いされるかもしれない」
少年は首を傾げた。
「じゃあ何で決めてるんですか?」
「人を襲うから魔物」
「魔石が取れるから魔物」
「見た目が怖いから魔物」
「理由は色々だねぇ」
親方は肩を竦める。
「だから人によって答えが違うんだ」
少年は少し考える。
「この辺りだとどうなんですか?」
「スライムやゴブリンかな」
「その辺りはみんな魔物って呼んでるね」
「どうして他の場所だと動物を魔物って呼ぶんですか?」
親方は包丁を置く。
「理由は色々あると思う」
「農村なんかだと野生動物の被害が大きいからね」
「畑を荒らされたら生活に直結する」
「だから積極的に狩る必要もある」
親方は少し考えた。
「でも私は魔石の存在も大きいと思ってるんだよね」
「魔石ですか?」
「うん」
「生き物はみんな魔石を持っている」
「もちろん野生動物も例外じゃない」
少年は頷く。
以前聞いた話を思い出した。
「魔石は貴重なんですよね」
「そう」
「魔導具にも使うし色々役立つ」
「だから沢山欲しいと思う人もいる」
親方は窓の外を見る。
荷車はゆっくりと遠ざかっていった。
「もし野生動物を魔物として扱えば」
「魔石を集める理由で沢山狩ることもできる」
「だから地域によって考え方が変わるんじゃないかな」
少年は少し考える。
「じゃあ沢山狩った方がお得なんですか?」
親方は首を横に振った。
「そうとも限らないんだよ」
「どうしてですか?」
親方は静かに答える。
「動物が減りすぎると森が弱るから」
少年は目を丸くする。
「森ですか?」
「鹿は樹の実を食べる」
「そして離れた場所で種を落とす」
「だから色んな場所に木が増える」
「イノシシは土を掘り返す」
「落ち葉と土を混ぜて豊かな土を作る」
「小さな動物は虫を食べる」
「その動物が減ると虫が増えすぎるかもしれない」
親方は棚に置かれた木箱へ視線を向ける。
そこには動物の骨や牙の素材が入っている。
「そして動物もいつか死ぬ」
「死んだ後は土に帰って」
「植物の養分になる」
少年は真剣な顔で聞いていた。
「動物も森の中でお仕事してるんですね」
親方は少し笑う。
「森にとってはそうかもね」
「その場所で生きることそのものが」
「仕事になっているのかもしれない」
「鹿も」
「イノシシも」
「木も草も」
「そこで暮らす生き物が森には必要なんだよ」
「そうやって森は豊かに続いていく」
親方は窓の外へ目を向けた。
工房の向こうには森が見える。
「あの森があるから木材が手に入る」
「薪も採れる」
「薬草や木の実も採れる」
「人も森の恵みに助けられてるんだよ」
少年は森を見る。
今までただの景色だと思っていた。
けれどそこには沢山の生き物が暮らしている。
「こういうのはエルフの考え方なんだけどねぇ」
親方は少し微笑む。
「私は案外間違ってないと思ってるよ」
少年はしばらく考え込む。
それからぽつりと呟いた。
「動物って色んなことしてくれてるんですね」
親方は頷く。
「もちろん畑を荒らしたら追い払うし」
「増えすぎたら狩る必要もある」
「でも全部居なくなればいいって話でもないんだよ」
少年は森を見つめる。
「僕たちは動物と一緒に暮らしてるんですね」
親方は嬉しそうに笑った。
「そうかもしれないねぇ」
そして包丁を手に取る。
シャッ。
シャッ。
「目先のことばかり考えてると」
「大切なものを失うこともある」
「まぁ」
「何事も程々が一番ってことだね」
包丁を研ぐ音が再び工房に響き始めた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




