ドワーフはなんで髭が長いの?
サッ。
サッ。
少年は工房の前を掃除していた。
すると背後から低い声が聞こえる。
「坊主」
少年が振り返る。
そこには先日会ったドワーフの鍛冶屋が立っていた。
手には長い布に包まれた物を抱えている。
形からして剣のようだ。
「こんにちはドワーフさん」
「エルフはいるか」
「中で作業してますよ」
ドワーフは短く頷く。
それだけ聞くと迷うことなく工房へ入っていった。
少年も気になって後を追う。
工房へ入ると親方が作業台に向かっていた。
「おや」
「ドワーフが来るなんて珍しいねぇ」
ドワーフは返事の代わりに作業台へ布を置く。
布をほどくと、
中から綺麗な鞘に収まった剣が現れた。
「柄頭と鞘にこれを彫ってくれ」
そう言って羊皮紙を差し出す。
そこには複雑な模様が描かれていた。
家紋のようにも見える。
親方は羊皮紙を眺める。
「この間手伝ってもらったし」
「まぁいいよ」
それから二人は細かな打ち合わせを始めた。
少年はその様子を見ていたが、
ふと気になっていたことを思い出す。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「なんじゃ」
二人の返事が重なった。
ドワーフは少しだけ考える。
それからバツが悪そうに頭を掻いた。
「すまん」
「いつものクセじゃ」
少年は思わず笑う。
「ちょうど良かったです」
「ドワーフさんにも聞きたいんです」
「なんじゃ?」
少年はドワーフの顔を見上げた。
立派な三つ編みの髭が揺れる。
「どうしてドワーフは髭が長いんですか?」
親方とドワーフは顔を見合わせた。
先に口を開いたのは親方だった。
「言われてみれば」
「私が今まで会ったドワーフもみんな髭が長かったねぇ」
「長さも色々だったし」
「編み込み方も違った」
「人間が髪型を変えるのと似てる気がしたかな」
ドワーフは自分の髭を撫でる。
「ワシの場合はそう決まっておったからじゃ」
「決まってるんですか?」
少年は首を傾げた。
親方も興味深そうに見る。
「家系とか部族で決まってるってこと?」
「そんなようなもんじゃ」
ドワーフは頷く。
親方は思い出したように自分の耳へ触れた。
小さな耳飾りが揺れる。
「そう言えばエルフも似たようなものがあるね」
「家や部族を示すために耳飾りを付けたりする」
少年は親方の耳飾りを見る。
細い枝に葉と木の実を模した小さな飾りだ。
「なにか意味があるんですか?」
親方は頷く。
「ある場合も多いねぇ」
「エルフ以外でも」
「同じアクセサリーを身に着けたり」
「肌に模様を彫ったりする民族は少なくないよ」
「信仰している神様を表したり」
「魔除けだったり」
「地位を示したり」
「仲間の証だったり」
「理由は色々だね」
親方は耳飾りを軽く指で揺らす。
「私のは自然の恵みに感謝する意味だったかな」
少年は目を輝かせながらドワーフを見る。
ドワーフは少し考えてから答えた。
「ワシのは魔除けと聞いた」
「詳しくは忘れたが」
「子が健やかに成長するよう願ってな」
「幼いうちから親がこうやって編み込むんじゃ」
少年は目を丸くする。
「子供も髭があるんですか?」
「あるぞ」
ドワーフは当然という顔で答えた。
「ドワーフの髭は人間の髪くらいの速さで伸びる」
「逆に髪は伸びづらい」
「人間の髭みたいなもんじゃな」
「そうなんですか」
「むしろ成人すると髪が抜ける方が普通じゃ」
そう言うとドワーフは頭に巻いていたタオルを外した。
少年は思わず目を見開く。
つるりとした頭が現れる。
「わぁ」
ドワーフはフンと鼻を鳴らす。
「じゃから人間がハゲるのを恥ずかしがるのは」
「どうにも理解できん」
親方は思わず吹き出した。
「文化が違うと面白いねぇ」
少年は改めてドワーフの髭を見る。
綺麗に編み込まれた三つ編み。
そこには家族の願いが込められていた。
「そんな理由があったんですね」
ドワーフは満足そうに頷く。
少年はしばらく考える。
そして素直な感想を口にした。
「でもとっても可愛いです」
ドワーフは目を丸くした。
数秒遅れて、
ドワーフが大きく口を開けて豪快に笑った。
「ガハハハハ!」
「そんな風に言ったのは坊主が初めてじゃ!」
大きな手が少年の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「わっ」
「仕事以外でこんなに喋ったのも久々じゃな」
「すっかり話が盛り上がったねぇ」
親方が笑う。
少年は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「お仕事の邪魔してごめんなさい」
「なに」
「構わん」
ドワーフは笑う。
「ワシも楽しかったわい」
そう言うと二人は再び剣と羊皮紙へ視線を落とした。
打ち合わせが再開される。
親方の耳飾り。
ドワーフの髭。
見た目は違う。
けれどそこに込められた想いは少し似ている気がした。
少年はそんな二人を眺めながら、
静かに作業の様子を見守っていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




