ドラゴンはどうして物知りなの?
シャッ。
シャッ。
シャッ。
親方は砥石の前に立ち、
刃物を研いでいた。
少年は工房の掃除をしている。
箒を動かしながら、
ふと高い棚へ目を向けた。
棚の奥には、
親方が旅の途中で集めたという様々な物が押し込まれている。
見たこともない石。
不思議な形の木片。
どこかの国の硬貨らしき物。
少年は少し背伸びをしながら眺めた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「親方は長い時間色んな場所を旅したから物知りなんですよね?」
親方は少し考える。
「物知りかどうかは分からないけど」
「そうかもしれないねぇ」
「沢山見て」
「沢山聞いて」
「沢山失敗もしたから」
少年は納得したように頷く。
そして次の疑問を口にした。
「じゃあドラゴンも世界を旅してるんですか?」
親方は手を止める。
「どうして?」
「ドラゴンって物知りなんですよね?」
「あぁ」
親方は頷いた。
「そう言われることは多いねぇ」
「私が会ったドラゴンも物知りだったし」
親方は苦笑した。
「でも旅をするドラゴンの話はあまり聞かないかな」
「ドラゴンは一箇所に留まってることの方が多いんだよ」
「じゃあどうして物知りなんですか?」
「それが不思議なんだよねぇ」
親方は再び砥石へ刃を当てる。
シャッ。
シャッ。
シャッ。
「私は自分で見て聞いて」
「色んな経験をしてきた」
「でもドラゴンが同じように経験してるかは分からない」
少年は首を傾げる。
「どうやって色んな事を知るんですか?」
親方は少し考える。
「色々な説があるよ」
「例えば?」
「魔法で遠くを見てるとか」
「遠くの声を聞いてるとか」
「人に姿を変えて街に住んでるとか」
「分身を作って世界中を見て回ってるとか」
少年は目を輝かせた。
「すごいです!」
「本当かどうかは分からないけどねぇ」
親方は笑う。
「でも私はその辺りが有力だと思ってる」
「どうしてですか?」
「ドラゴンは賢いから」
「確かめてもいない話を真実として集めるとは思えないんだ」
「だから知識の集め方にも何か理由がある気がする」
少年は感心したように頷いた。
「親方はドラゴンとどんな話をしたんですか?」
「色々な話をしたよ」
親方は懐かしそうに微笑む。
「遠い国の話」
「昔の戦争の話」
「今はもう無くなった街の話」
少年は目を丸くする。
「すごいですね」
「もし全部本当なら相当な物知りだと思う」
「全部本当なら?」
「うん」
親方は立ち上がった。
高い棚へ手を伸ばす。
しばらく探した後、
乳白色の小さな塊を取り出した。
「これがドラゴンの爪の欠片だって渡されてね」
少年は目を丸くする。
「ドラゴンの爪ですか!?」
「貰ってもいいのか聞いたら」
親方は少し声色を変える。
「構わんぞ」
「どうせただの石ころだ」
少年は塊と親方を見比べた。
「石ころなんですか?」
「さぁねぇ」
親方は肩を竦める。
「でもあれは絶対私の反応を見て楽しんでたね」
「本当に石ころかもしれないし」
「本当に爪かもしれない」
「どっちだと思う?」
少年は真剣に考えた。
だが答えは出ない。
親方は楽しそうに笑った。
「私も分からない」
「ドラゴンは嘘をつくんですか?」
「つく個体も居るだろうねぇ」
親方は乳白色の塊を棚へ戻す。
「正直なドラゴンも居るだろうし」
「嘘ばかりつくドラゴンも居るかもしれない」
「その辺りは人間と変わらないよ」
少年は少し安心したようだった。
しばらく考え込んだあと、
ぽつりと呟く。
「僕もいつかドラゴンに会えますかね」
親方は笑う。
「人に擬態してるって噂もあるくらいだし」
「もしかしたら街に住んでたりしてね」
少年の目が輝いた。
「じゃあまずは街の中を探してみます!」
親方は思わず吹き出す。
「できることから始めるのは大切なことだねぇ」
少年は真剣な顔で頷いた。
その様子を見ながら、
親方は再び砥石へ刃を当てる。
シャッ。
シャッ。
シャッ。
工房には心地よい音が響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




