ゴブリンってどこから来るの?
ガチャ。
ガチャ。
外から金属の擦れ合う音と足音が聞こえる。
少年が窓の外を見ると、
数人の冒険者らしき人達が街の外へ向かって歩いていた。
今日だけで既に三度は見た光景だ。
親方は作業台でナイフの柄をヤスリで削っている。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「今日は冒険者さんがたくさん通りますね」
親方も窓の外を見た。
「そう言えば昨日、雑貨屋に納品へ行った時に聞いたなぁ」
「近くの集落でゴブリンが出たらしいよ」
「ゴブリンですか?」
少年はゴブリンの名前を知っていた。
本の挿絵で見たこともある。
だが実物は見たことがない。
だから恐怖より先に疑問が浮かんだ。
「ゴブリンってどこから来るんですか?」
親方は少し考える。
「難しい質問だねぇ」
「難しいんですか?」
「どこに居るかなら分かるんだけどね」
親方はヤスリを動かしながら答える。
「森だったり」
「洞窟だったり」
「人が居なくなった建物だったり」
「そういう場所が巣になってることが多いみたい」
「じゃあ森から来るんですか?」
「どうだろうねぇ」
親方は首を傾げる。
「居る場所は分かる」
「でもどこから来るのかはよく分からない」
少年は不思議そうな顔をした。
「違うんですか?」
「違うねぇ」
「どうしてそこに居るのか」
「どうやって増えてるのか」
「実はよく分かってないんだ」
少年は少し驚く。
「そんなことあるんですね」
「あるんだよねぇ」
親方は苦笑した。
「危ない魔物なんですよね?」
その質問に親方は少し手を止めた。
「危ないねぇ」
「でも私は」
「危ないというより恐ろしい魔物だと思ってるかな」
少年は目を丸くする。
親方が怖いと言うのは珍しい。
「そんなに強いんですか?」
「いや」
親方は首を横に振る。
「単体ならそこまで強くないよ」
「普通の大人でも追い払えることはある」
「じゃあどうして怖いんですか?」
親方は少し考えた。
「狼なら縄張りかもしれない」
「熊ならお腹が空いてるのかもしれない」
「人間ならお金や名誉が欲しいのかもしれない」
「なんとなく襲ってくる理由が想像できるでしょ?」
少年は頷いた。
「でもゴブリンは違う」
親方は静かに続ける。
「畑を荒らしたり」
「井戸に石を投げたり」
「洗濯物を盗んだり」
「人を驚かせたり」
「生きるために必要とは思えないことをするんだ」
「どうしてですか?」
「どうしてだろうねぇ」
親方は苦笑した。
「それが分からないから怖いんだよ」
少年は少し黙り込む。
親方は話を続けた。
「しかも人間の子供くらいの知恵はある」
「武器を持つし」
「罠も作る」
「仲間と協力もする」
「だから油断すると危ない」
少年は思わず身を縮めた。
「そんな魔物が近くに出て大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思うよ」
親方は答える。
「ゴブリンは恐ろしいけど強い魔物じゃない」
「それに一匹見つかっただけで」
「冒険者ギルドはこうして動いてる」
窓の外へ目を向ける。
また一組の冒険者が通り過ぎていった。
「今回は調査も兼ねてるんだろうねぇ」
少年は少し安心したようだった。
だがすぐに新しい疑問が浮かぶ。
「どうやって増えるんですか?」
親方は困ったように笑った。
「それがよく分かってないんだ」
「分からないんですか?」
「うん」
「巣は見つかる」
「小さな個体も見つかる」
「でも増える瞬間を見た人が居ない」
少年は眉をひそめた。
「なんだか不思議です」
「不思議だねぇ」
親方は頷く。
「私は分からないこと自体は嫌いじゃないんだけど」
「ゴブリンは分からないことが多すぎるんだ」
親方は削りかけのナイフの柄を眺める。
「知恵はある」
「武器も使う」
「罠も作る」
「でも学ばない」
「学ばない?」
「失敗しても同じことを繰り返すんだ」
「私はそれが一番不思議なんだよねぇ」
親方は小さく息を吐いた。
「だから私はゴブリンを見ると」
「何か大事なことを見落としてる気がするんだ」
「まだ知らないことがあるんじゃないかって」
少年は少し不安そうな顔をした。
「なんだか怖くなってきました」
親方は笑う。
「この辺りでゴブリンが出ること自体は珍しくないからね」
「街の人達も慣れてるし」
「冒険者ギルドもすぐ動いたみたいだから」
「きっと大丈夫だよ」
少年は少し安心したようだった。
「もしもの時は私が守るから」
親方がそう言うと、
少年は顔を上げた。
「親方は戦えるんですか?」
親方は少し考える。
「そう言われるとちょっと不安になってきたなぁ」
「長いことこのハンマーしか握ってないや」
少年は少し考える。
そして真剣な顔で言った。
「じゃあ僕が親方を守りますね!」
少し間を置いて付け加える。
「今は難しいかもしれませんけど……」
親方は優しく微笑む。
「ありがとう」
「ちゃんと自分にできることと」
「できないことを考えられるのは素敵なことだよ」
「やりたいことを実現するために」
「今の自分に何ができるのか考えて行動し続ければ」
「きっといつか、なりたい自分になれるよ」
少年は大きく頷いた。
「じゃあまずは勉強します!」
そう言って本棚から魔物図鑑を引っ張り出す。
そして机に広げると、
真剣な顔で読み始めた。
親方は少し目を丸くする。
それから微笑み、
再びナイフの柄へヤスリを当てた。
シャッ。
シャッ。
シャッ。
工房には静かな音が響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




