召喚される勇者はどこから来るの?
カチ。
カチ。
カチ。
親方は小さな金属の板に装飾を彫っていた。
細い針のような道具で少しずつ模様を刻んでいく。
その横で少年は本を読んでいた。
今までにも読んだことがある勇者が活躍する物語。
しかし今日の本に出てくる勇者は少しだけ違った。
しばらくして顔を上げる。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「勇者って召喚されるんですか?」
親方は手を止めずに答える。
「そういう物語もけっこうあるねぇ」
「実際の勇者に関する記録も荒唐無稽な話が多いから」
「別の世界から召喚されたんじゃないかって考える学者もいるよ」
少年は首を傾げた。
「どうやって召喚するんですか?」
「さぁ?」
親方はあっさり答える。
「大きな魔法陣を使うって話もあるし」
「神様にお願いするって話もあるし」
「そもそも召喚なんて無かったって話もある」
「なんにも分からないんですね」
「昔の話なんてそんなもんだよ」
親方は少し笑った。
少年は本を閉じる。
「別の世界ってなんですか?」
「遠い国や街のことかもしれない」
「本当にこことは違う全く別の場所かもしれない」
「そんな場所が本当にあるんですか?」
親方は少し考える。
「あるかどうかは想像でしかないねぇ」
「でも世界には不思議なことがたくさんあるでしょ?」
「勇者」
「聖女」
「精霊」
「神様」
「そういう不思議なものは」
「不思議な場所からやって来たんだって考える人もいる」
少年は黙って聞いている。
「そうやって思考を放棄してしまう人もいるし」
「そう考えた方が楽しいと思う人もいる」
「私はどっちも間違いじゃないと思うよ」
少年は少し考え込んだ。
「実際に別の世界から来た人はいるんですか?」
親方は作業の手を止める。
「これに関しては本当に難しいねぇ」
「自分は別の世界から来たって騒ぐ人がいた」
「そんな話はいくつかある」
「本当ですか?」
「こことは全く違う文明の世界から来たとか」
「神様に会って特別な力を貰ったとか」
「そういう話だね」
「冒険者ギルドやお城の前で騒いでたなんて噂もあるよ」
少年は少し眉をひそめた。
「なんだかちょっと怖いですね」
「だからあまり相手にされないことも多かったみたいだね」
親方は肩をすくめる。
「料理のレシピや技術を残したとも言われてるけど」
「それほど驚くようなものは少ないんだよねぇ」
「少し研究熱心な人なら思いつきそうなものばかりなんだよ」
少年は考え込む。
「じゃあ本当に別の世界から来た人はいないんですか?」
親方は少し笑った。
「いるかもしれないよ」
「え?」
「ただ本当に来ていたとしても」
「証明する方法がないからねぇ」
「みんな信じなかったかもしれない」
少年はしばらく黙り込む。
そしてぽつりと言った。
「もし別の世界があるなら」
「行ってみたいですね」
親方は頷く。
「私も興味はあるよ」
少年は少し嬉しそうな顔をした。
だが親方は続ける。
「でもね」
「もし目の前に」
『異世界に通じる扉です』
「と書かれた扉が突然現れたら?」
少年は即答した。
「開けます!」
親方は少し笑う。
「その扉」
「帰り道が無かったら?」
少年は固まった。
しばらく考え込む。
「それは……」
「ちょっと怖いですね」
「でしょ?」
親方は頷く。
「色々なものに興味を持つのは大切だよ」
「でも何でも興味のまま飛び込むのは危ないこともある」
親方は道具を作業台に置いた。
「時には立ち止まって考える時間も必要なんだ」
少年は静かに頷く。
「もし急に知らない世界に行ったとしても」
「まずはしっかり考えてから動きたいですね」
親方は笑った。
「その方が生き残れそうだねぇ」
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




