オークはどうして豚の顔なの?
カン。
カン。
カン。
工房に鉄を叩く音が響く。
親方は炉の前で赤くなった鉄を叩いていた。
少年は窓際の木箱に座り、本を読んでいる。
しばらくして顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は開いた本を見せる。
「オークって豚なんですか?」
親方は鉄を叩きながら答える。
「最近の物語だと豚が多いねぇ」
「最近?」
「昔の物語だともっとシンプルな怪物だったりするよ」
少年は本の挿絵を見る。
そこには豚のような顔をした怪物が描かれていた。
「じゃあ豚じゃないんですか?」
「どうだろうねぇ」
カン。
カン。
カン。
「少なくとも」
「私の知る限り」
「この世界にオークって魔物はいないねぇ」
少年は驚いた。
「いないんですか?」
親方は頷く。
「見たことも聞いたこともない」
「じゃあ作り話ですか?」
「それもわからない」
親方は鉄を炉へ戻した。
「研究者の話だとね」
「物語以外の古い記録にも」
「オークって名前は出てくるらしい」
「じゃあ本当にいたんですか?」
「かもしれないねぇ」
「でも」
親方は少し考える。
「それが豚だったかはわからない」
少年は首を傾げた。
「どういうことですか?」
親方は肩をすくめる。
「もしかしたら」
「オークって名前自体が失礼な言葉だったのかもしれない」
「失礼な言葉?」
「ちょっと汚い言葉だけど」
「この豚野郎って言うことがあるでしょ?」
少年は頷く。
街で喧嘩している人達が言い合っているのを見たことがある。
「あります」
「言われて嬉しい人はいないよねぇ」
「たぶん」
「いません」
親方は頷いた。
「だから悪口だねぇ」
少年は少し考える。
「でも豚は悪いことしてませんよ?」
親方は思わず笑った。
「そうだねぇ」
「豚は悪くない」
カン。
カン。
カン。
「だからね」
「もしかしたらオークも」
「そういう意味の言葉だったのかもしれない」
少年は本を見る。
「確かに」
「本に出てくるオークは悪いことばかりしてます」
「街を壊したり」
「人を襲ったり」
「お姫様をさらったり」
親方は頷く。
「悪いことをしてるってこと以外は」
「実は共通点も少なかったりするんだよねぇ」
「物語によってぜんぜん違う悪さしてるし」
少年は少し考える。
親方は続けた。
「だから後の人が」
「悪い人だってわかりやすくするために」
「豚の顔を足したのかもしれない」
「なるほど」
「悪役の目印ですか?」
「そんな感じかもねぇ」
しばらく鉄を叩く音だけが響く。
カン。
カン。
カン。
やがて少年が口を開いた。
「じゃあ」
「この本に出てくるオークが」
「エルフの服を脱がすのも悪いことですか?」
ガチン。
珍しく親方の金槌の音が鈍る。
「ちょっと待って」
少年は首を傾げる。
「?」
親方はゆっくり振り返った。
「今なんて?」
「オークがエルフの服を――」
「ゴメン言わなくていい」
親方は炉から離れる。
「その本貸して」
少年は素直に本を渡した。
親方はページをめくる。
「……」
さらにめくる。
「……」
もう一枚めくる。
「あー……」
少年は不思議そうに見上げる。
「親方?」
親方は本を閉じた。
「この本のことは忘れなさい」
「え?」
「忘れなさい」
「なんでですか?」
親方は本棚を見上げる。
「こんな本買った覚えないんだけどねぇ……」
少し考える。
「誰かに貰ったのかなぁ……」
さらに考える。
「いや」
本を抱える。
「忘れなさい」
少年はますます不思議そうな顔をした。
親方は本を本棚ではなく高い棚に押し込む。
親方の耳が少しだけ赤く染まって見えた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




