ダンジョンには宝物があるの?
ガリ。
ガリ。
ガリ。
工房にヤスリの音が響く。
親方は作業台で小さな指輪を削っていた。
少年は窓際の木箱に座り、本を読んでいる。
しばらくページをめくっていたが、ふと顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は本を持ち上げる。
表紙には宝箱を抱えた冒険者が描かれていた。
「ダンジョンには宝物があるんですか?」
親方は少し考える。
「ある場所もあれば無い場所もあるねぇ」
「無いんですか?」
「無いこともある」
少年は本に視線を戻すとまた顔を上げる。
「どんな宝物があるんですか?」
親方は少し笑う。
「そもそも宝物って人によって違うしねぇ」
「違うんですか?」
「違うねぇ」
ガリ。
ガリ。
ガリ。
親方は指輪を回しながら続ける。
「金貨かもしれない」
「宝石かもしれない」
「剣かもしれない」
「本かもしれない」
少年は少し考える。
「本も宝物なんですか?」
「その人にとって大事な物だったならね」
少年は本を見下ろした。
それからまた顔を上げる。
「そもそもダンジョンってなんですか?」
親方は少し考えた。
「よく言われるのは魔物の巣かな」
「巣?」
「うん」
「鳥の巣みたいなもの」
少年は目を丸くする。
「魔物が作るんですか?」
「そういうのもあるらしいよ」
「でも」
親方は少し考える。
「勝手に住み着いただけのこともある」
「住み着く?」
「古いお城とか」
「使われなくなった鉱山とか」
「昔の神殿とかね」
少年は驚いた。
「それもダンジョンなんですか?」
「冒険者たちはそう呼ぶねぇ」
親方は頷く。
「中に魔物が居たり」
「危険だったりするから」
少年は少し考えた。
「じゃあ全部ダンジョンなんですね」
「どうだろうねぇ」
親方は少し笑う。
「学者さん達は嫌がるかも」
「なんでですか?」
「お城はお城」
「鉱山は鉱山」
「神殿は神殿だからねぇ」
「全部まとめてダンジョンって呼ばれると困る人もいる」
少年は首を傾げる。
「呼び方が大事なんですか?」
親方は少し考える。
「どこにあった宝物なのかが大事なのかもねぇ」
「どこに?」
「お城で見つかったのか」
「神殿で見つかったのか」
「鉱山で見つかったのか」
「それで分かることもあるだろうし」
少年は静かに聞いている。
親方は少し考える。
「もしかしたら」
「建物そのものが宝物なのかもしれないし」
「建物がですか?」
「うん」
「誰が作ったのか」
「いつ作ったのか」
「どうして使われなくなったのか」
「そういうのを調べたい人もいるからねぇ」
少年は少し考える。
「宝箱の中身だけじゃないんですね」
「そういうことだねぇ」
ガリ。
ガリ。
ガリ。
しばらくヤスリの音だけが響く。
やがて少年が口を開いた。
「どうして冒険者たちは」
「全部ダンジョンって呼ぶんですか?」
親方は頷く。
「実際に行く人からするとね」
「何が出るか分からない」
「どこが崩れるか分からない」
「迷うかもしれない」
「危険な場所って意味では似たようなものだから」
少年は頷いた。
「なるほど」
「だからまとめてダンジョンって呼ぶのかもねぇ」
工房に静かな時間が流れる。
少年は本の挿絵を見る。
宝箱。
金貨。
剣。
魔物。
いかにも冒険という感じだった。
「親方は行ったことあるんですか?」
親方は少し考える。
「ないことはないけど」
少年は身を乗り出した。
「宝物はありました?」
「どうだったかなぁ」
親方は少し考える。
「でも」
「危ないと分かってて行くようなところではないね」
「そうなんですか?」
「何が起きるか分からないからねぇ」
少年は頷いた。
「シスターも危ないことはしてはいけませんって言ってますしね」
「それは良いことだねぇ」
親方は小さく笑う。
少年も頷いた。
「前に橋の上に登ろうとして叱られた時に約束したんです」
「あぁ」
親方は納得したように頷く。
「約束は大事だねぇ」
「はい」
少年はまた本を開いた。
冒険するのは物語の中の主人公達。
読むだけなら怒られない。
ガリ。
ガリ。
ガリ。
工房には静かなヤスリの音が響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




