回復魔法と治癒魔法は違うの?
カン。
カン。
カン。
工房に金槌の音が響く。
親方は炉の前で鉄を叩いていた。
少年は窓際の木箱に座り、本を読んでいる。
しばらくページをめくっていたが、ふと顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は開いた本を見せる。
「回復魔法と治癒魔法って何が違うんですか?」
親方は少し考えた。
「んー……」
カン。
カン。
カン。
「似てるけど違うねぇ」
「違うんですか?」
「回復は元に戻ること」
「治癒は自然に治ること」
少年は少し考える。
「似てます」
「似てるねぇ」
親方は笑った。
「だから本によっては同じ意味で使ってたりもするかな」
「じゃあどっちでもいいんですか?」
「どうだろうねぇ」
親方は鉄を炉の横へ置いた。
「回復魔法って聞くと」
「はい」
「物語に出てくる傷が光って一瞬で治るやつを思い浮かべるかな」
少年は頷く。
「勇者の仲間が使うやつですね」
「そうそう」
親方も頷いた。
「でも私は見たことないんだよねぇ」
少年は目を瞬かせる。
「じゃぁ回復魔法は無いんですか?」
「どうなんだろう」
「本当にあるのかもしれないし」
「無いのかもしれない」
「分からないねぇ」
少年は少し考えた。
「じゃあ治癒魔法は?」
親方は頷く。
「こっちは教会の癒しかな」
「神の奇跡による癒しですね」
「よく知ってるねぇ」
「何度か見たことありますから」
親方は少し考える。
「魔導師達はあれも魔法の一種だって考えてるらしくてね」
「治癒魔法って呼んでるみたい」
「でも教会としては」
「あれは魔法とは違うらしいねぇ」
「違うんですか」
少年は少し首を傾げる。
「同じなのにですか?」
「同じかどうかも分からないしねぇ」
親方は肩をすくめた。
「呼び方なんて案外そんなものだよ」
しばらく沈黙。
少年は本を見下ろす。
「癒しは誰でも使えるんですか?」
「使えるのは聖職者だけらしいねぇ」
「どうやったらなれるんですか?」
親方は止まった。
「んー……」
少し考える。
「私は詳しくないなぁ」
その時だった。
コンコン。
工房の扉が叩かれる。
「お邪魔します」
聞き慣れた声だ。
少年が振り返る。
「シスター!」
シスターは小さく手を振った。
「今日は近くまで来ましたので」
「帰る時間になったら一緒に戻ろうかと思いまして」
親方は少し笑った。
「ちょうどいいや」
「シスター」
「はい?」
「聖職者になるのって大変なの?」
シスターは少し驚いた顔をした。
「急ですね」
「今ちょうどその話してたんだよ」
少年も頷く。
「僕も気になってました」
シスターは少し考えた。
「そうですね」
「簡単ではないと思います」
「勉強もありますし」
「修行もあります」
「教会のお仕事も覚えなければいけません」
少年は目を丸くした。
「いっぱいあります」
「ありますね」
シスターは少し笑った。
「私は孤児院で育ちましたから」
「小さい頃から教会の仕事を見ていましたけど」
「それでも大変でしたよ」
「あ」
少年が声を上げる。
「シスターも孤児院だったんでした」
「そうですよ」
シスターは頷いた。
親方も思い出したように言う。
「そうだったねぇ」
少年は少し考えた。
それから顔を上げる。
「じゃあ僕も聖職者になれますか?」
シスターは少し考えた。
「なれるかもしれません」
「でも」
「聖職者以外にも色んな道がありますよ」
少年は首を傾げる。
「色んな道?」
「はい」
シスターは優しく笑った。
「君は将来なにになりたいんですか?」
少年は少し考える。
だが答えは出なかった。
「まだわかりません」
シスターは頷く。
「それでいいんですよ」
「たくさん悩むといいです」
「色んなものを見て」
「色んな人と出会って」
「それから決めても遅くはありません」
親方はその話を聞きながら頷いた。
「そういえばシスター」
「なんですか?」
「昔お花屋さんになりたいって言ってたよね」
シスターの動きが止まった。
「いつの話ですかもう!」
親方は少し考える。
「そんな昔でもない気がするけど」
「昔です!」
少年はきょとんとした。
「お花屋さんですか?」
シスターは少し照れたように笑う。
「子供の頃の話ですよ」
「でもお花は今でも好きです」
少年は頷いた。
なんだか少し安心した。
シスターにも自分と同じように悩んでいた頃があったらしい。
しばらくして。
少年は親方を見る。
「親方は?」
「うん?」
「なりたいものとかあったんですか?」
親方は少し考えた。
「どうだろうねぇ」
炉の火を眺める。
「私は鍛冶屋になるまで長いことフラフラしてたからねぇ」
「どのくらいですか?」
親方は少し考える。
「何百年とか……」
少年とシスターの声が重なった。
「「長すぎます!」」
親方は吹き出した。
「そうかもねぇ」
カン。
カン。
カン。
工房に金槌の音が響く。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




