魔石と宝石って違うの?
カタッ。
カタッ。
カタッ。
工房の棚を整理する音が響く。
少年は背伸びをしながら、棚の奥に押し込まれていた道具を一つずつ取り出していた。
親方は作業台で小さな金具を磨いている。
「あれ?」
少年の手が止まった。
棚の奥に、きらりと光る石が転がっている。
青く透き通った小さな石だった。
少年はそれをそっとつまみ上げる。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は手のひらの石を親方に見せた。
「これって宝石ですか?」
親方はちらりと石を見る。
「そんなとこにあったか」
「それは魔石だね」
少年は石を見つめた。
「どうして分かるんですか?」
「宝石は持ってないから」
「綺麗なのにですか?」
親方は少し考える。
「綺麗だけどねぇ」
「綺麗なだけならいらないかなぁ」
少年はもう一度、手のひらの石を見る。
確かに綺麗だった。
でも親方にとっては宝石ではないらしい。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
「魔石と宝石って違うんですか?」
親方は金具を磨きながら答える。
「違うねぇ」
「宝石は石」
「石ですか?」
「うん」
「山とか」
「地面のうんと深いところとか」
「そういう場所から取れる」
少年は頷く。
「じゃあ魔石は?」
「魔物から取れる」
少年の手がぴたりと止まった。
「魔物から?」
「うん」
「石なのにですか?」
「石なのにねぇ」
親方は少し笑った。
少年は魔石を指でつまみ、光にかざした。
青い光がきらりと揺れる。
「これも魔物から取れたんですか?」
「たぶんねぇ」
「なんの魔物ですか?」
「覚えてないなぁ」
「覚えてないんですか」
「魔石だけ見ても分からないしねぇ」
親方は金具を置く。
カチ。
「でも小さいから」
「そんなに大きな魔物じゃないと思うよ」
少年は少し安心したように息を吐いた。
「小さい魔物ですか」
「たぶん」
「スライムとか?」
「かもしれないねぇ」
少年は魔石をじっと見つめた。
「魔物だけが持ってるんですか?」
親方は少し考える。
「そういう説もあるねぇ」
「違うんですか?」
「生き物はみんな持ってるって話もある」
少年は目を丸くした。
「みんなですか?」
「みんな」
「鳥も?」
「鳥も」
「魚も?」
「魚も」
「犬も?」
「犬も」
少年は自分の胸元を見下ろす。
「じゃあ僕もですか?」
親方は少し笑う。
「生き物がみんな持ってるって話が本当ならそうだろうね」
少年は胸元に手を当てる。
しばらく真剣な顔で考えていた。
親方はその様子を見て、ふと思い出したように言う。
「そう言えば」
「はい」
「魔石が体の中にあるから魔法が使える」
「そんな話もあったね」
少年は顔を上げた。
「魔法ですか?」
「うん」
「だから生き物は本来みんな魔法を使えるものらしいよ」
少年の目が一気に輝いた。
「じゃあ僕も魔法が使えるんですか?」
親方は少し笑う。
「そこ行く?」
「だって魔法ですよ?」
「魔法だねぇ」
少年は胸元に手を当てたまま言う。
「僕にも魔石があって」
「はい」
「魔石があるから魔法が使えるなら」
「うん」
「僕も魔法が使えるはずです」
親方は少し考える。
「理屈だけならそうかもねぇ」
少年はぱっと顔を明るくした。
「じゃあ使ってみます」
「今?」
「はい」
少年は魔石を棚の上にそっと置く。
それから両手を前に出した。
「炎よ」
親方は目を瞬かせる。
「おぉ」
「集え」
「それ、前にもやってたねぇ」
少年は真剣だった。
「はっ!」
何も起きない。
工房には静かな時間が流れた。
親方は少し笑う。
「勉強しないと難しいんじゃないかなぁ」
少年は両手を見つめる。
「勉強ですか」
「うん」
「火を出したいなら」
「火のことを知らないといけないらしいし」
「風を使いたいなら」
「風のことを知らないといけないらしい」
少年は少し考える。
「じゃあ」
「いっぱい勉強したら使えるようになりますか?」
「使えるようになるかもね」
少年の顔がまた明るくなった。
「じゃあ頑張って勉強します」
「おぉ」
「本も読みます」
「偉いねぇ」
少年は本棚の方へ向かった。
「魔法の本はどこでしたっけ?」
親方は少し考える。
「一番下の段なら左の方かな」
少年はしゃがみ込み、本棚の一番下を探す。
「あった!」
嬉しそうに一冊の本を抱えて戻ってくる。
ぱらぱらとページをめくる。
そこには杖を掲げた魔法使いの挿絵が描かれていた。
少年は近くにあった細い木片を手に取る。
そして挿絵の魔法使いを真似して、腕を大きく振った。
「えいっ!」
何も起きない。
「もう一回です」
少年は真剣な顔で木片を構える。
「えいっ!」
やっぱり何も起きない。
親方は作業台に頬杖をつき、その様子を眺めていた。
少年は何度も木片を振る。
「えいっ!」
「えいっ!」
親方は少し笑う。
「いっぱい勉強したら」
小さく呟く。
「魔法以外にも色々出来るようになるよ」
少年には聞こえていない。
「えいっ!」
「えいっ!」
少年は夢中で魔法使いの真似を続けている。
親方はそれを静かに見守っていた。
工房には少年の元気な声だけが響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




