獣人と人って違うの?
ギュッ。
ギュッ。
ギュッ。
工房に革紐を締める音が響く。
親方は完成したナイフの柄に革紐を巻いていた。
その隣で少年は本棚から持ってきた本を読んでいる。
難しい顔でページを見つめていたが、やがて顔を上げた。
「ねぇ親方」
「親方じゃないけどなに?」
少年は本を見ながら口を開く。
「この本、変なこと書いてあります」
「なんて書いてあるの?」
親方は革紐を引き締めながら問いかける。
「獣人は人類とは異なる種族である」
「犬族は優れた嗅覚を持ち」
「猫族は高い身体能力を持つ」
「獣人は獣に近い習性を持つ」
少年は顔を上げた。
「これって本当ですか?」
親方は作業の手を止めて立ち上がる。
「ずいぶん思い切ったこと書くねぇ」
「どれどれ」
少年から本を受け取ると。
親方はページをめくり始めた。
しばらくして最後のページを開く。
「あぁやっぱり」
「なにがですか?」
「これ書いたの人族しか居ない国の作家だねぇ」
少年は首を傾げる。
「それだと何か違うんですか?」
「違うというか」
「獣人を見る機会が少ないんだろうねぇ」
「本で調べたり」
「人から聞いた話だったり」
「まぁ想像も混ざるよね」
親方は本を閉じて少年に渡す。
「でも犬族は鼻が良いんですよね?」
親方は再び革紐を巻き始めた。
「人によるかなぁ」
「人による?」
「昔会った犬族は鼻炎持ちだったし」
「びえん?」
「鼻の病気」
少年は目を丸くする。
「犬族なのにですか?」
「犬族なのに」
「春になると毎年つらそうだったなぁ」
少年は少し考え込む。
「そう言えば」
「うん?」
「孤児院によく来る薬師のお姉さん」
「あぁ」
「猫耳も尻尾もあります」
「あるねぇ」
「でも走るの遅いですよ」
親方は少し笑った。
「ふふふ」
「よく追いかけっこしてますけど」
「すぐ捕まってます」
「猫族なのに?」
「猫族なのにです」
「代わりにおしゃべりは止まりませんけど」
「それはあるねぇ」
二人は少し笑った。
少年は本へ視線を落とした。
「今まで気にしてませんでしたけど」
「動物に似てる人、街にもけっこう居ますね」
「いるねぇ」
「でも見た目だけです」
「そうだねぇ」
親方は革紐を引き締める。
ギュッ。
「人族の居ない国だと」
「君みたいな見た目の種族を猿族なんて呼んでたりするらしいよ」
少年が固まる。
「僕は猿じゃありません」
「だろうねぇ」
「手をついて歩きません」
「うん」
「木登りも得意じゃありません」
「そうなんだ?」
少年は少しむくれた。
「変な話です」
「そうかもねぇ」
しばらく静かな時間が流れる。
「見た目だけじゃ」
「どんな人かなんてわかりませんよ」
親方は少し笑う。
「そうだねぇ」
親方は作業の手を止めると窓の外を見る。
「私はね」
「獣人と人族が違うんじゃなくて」
「一人一人が違うんだと思うよ」
少年は少し考える。
「僕と親方も違いますもんね」
「違うかな?」
「違います」
少年は即答した。
「僕は空になったカップを置きっぱなしにはしません」
親方の視線が机の端へ向く。
さっきまで置いてあったカップが無くなっている。
「洗っときましたよ」
「ごめんなさい」
少年は少し満足そうに頷いた。
「薬師のお姉さんなら」
「この本を読んだらなんて言いますかね?」
「あの子は笑うだけだろうねぇ」
「怒らないんですか?」
「たぶんねぇ」
「なんでですか?」
「細かいこと気にしないから」
少年は少し考える。
「たしかに」
親方は再び革紐を引き締めた。
ギュッ。
ギュッ。
工房には穏やかな音だけが響いていた。
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




