【特別編】親方との出会い
「走ってはいけませんよー!」
シスターの声が街路に響く。
数人の子供達が楽しそうに駆け回る。
「だって見てください!」
「犬がいます!」
「こらこら」
シスターは苦笑しながら子供達を追いかけた。
孤児院から少し離れた散歩道。
今日は天気も良く、子供達も元気だった。
「シスター!」
「お花!」
「はいはい」
しゃがみ込んで花を見せてくる子。
その横で別の子が服の裾を引っ張る。
シスターは順番に相手をしていた。
だから。
気付くのが少し遅れた。
「あれ?」
辺りを見回す。
一人足りない。
「……どこへ行ったんでしょう」
少し嫌な予感がした。
その頃。
少年は工房の前にしゃがみ込んでいた。
木箱の中を見つめている。
黒い塊がたくさん入っていた。
木に似ている。
でも黒い。
枝のような形もある。
けれど木には見えない。
少年は一つ手に取った。
軽い。
不思議だった。
「迷子かな?」
声がした。
少年が振り返ると。
いつの間にか女の人が立っていた。
長い耳。
少し眠そうな目。
腰には作業着を巻いている。
「これはなんですか?」
「それ?」
女の人は木箱を覗き込んだ。
「炭」
「すみ?」
「うん」
少年は炭を見た。
「木に似てるのに黒いです」
「木を焼いたやつだからね」
「木なんですか?」
「元はね」
少年はまた炭を見る。
ますます不思議だった。
「何に使うんですか?」
女の人は少し考えた。
それから工房を親指で指す。
「こっちおいで」
工房の中は暖かかった。
いや、暑い。
少年は思わず目を見開く。
見たことのない道具。
壁に掛けられた金属。
作業台。
そして。
炉の中で赤々と燃える炭。
「わぁ……」
女の人は炉の前に立った。
「これに使う」
少年は炎を見つめる。
「なんで薪じゃないんですか?」
「高温にできたり」
「煙が少なかったり」
「まぁ色々だね」
「高温?」
「うん」
女の人は炉の中を覗き込んだ。
「鉄を柔らかくしたいから」
「鉄って柔らかくなるんですか?」
「なるよ」
「石みたいなのに?」
「そうだねぇ」
少年は炉の横に置かれた鉄を見る。
どう見ても硬そうだった。
「なんで柔らかくするんですか?」
「色んな道具を作るんだよ」
「道具?」
「包丁とか」
「釘とか」
「鍬とか」
少年は少し考える。
「全部ここで作るんですか?」
「そう」
女の人は笑った。
「私は鍛冶屋だからね」
少年は初めて納得した。
鍛冶屋。
話で聞いたことはある。
でも本物を見るのは初めてだった。
そんな話をしていると、
遠くから声が聞こえた。
「どこですかー!」
少年が顔を上げる。
聞き覚えのある声だった。
「あ」
女の人も気付いたらしい。
「迎えかな?」
工房の外へ出る。
少しして。
シスターが駆け寄ってきた。
「こんなところに居たんですか!」
大きく息を吐く。
それから深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!」
「目を離した隙に居なくなってしまって」
女の人は苦笑した。
「工房の前で炭を見てたよ」
「炭がですね」
少年が口を開く。
「今は炭ではありません」
シスターは即座に返した。
少年は少しだけ不満そうだった。
女の人が吹き出す。
「確かに」
帰り道。
少年は何度も後ろを振り返った。
工房を見る。
女の人を見る。
また工房を見る。
その様子が少し可笑しかった。
「今日はもう火を落とす予定だったし」
「教会まで一緒に行こうか」
そう言って女の人も隣を歩いている。
道中。
少年の質問は止まらなかった。
「あれはなんですか?」
「風車」
「なんで回るんですか?」
「風が吹いてるから」
「なんで風で回るんですか?」
「羽の形がねぇ」
シスターは隣で聞いていた。
不思議だった。
孤児院でもこの子はよく質問する。
でも。
こんなに長く付き合ってくれる人は居なかった。
少年もどこか楽しそうだった。
もしかしたら反省するべきなのかもしれない
でも今はその光景が少しだけ眩しく見えた。
教会へ着く。
少年は少し名残惜しそうに工房の方角を見た。
それから女の人を見上げる。
「また行ってもいいですか?」
女の人は即答しなかった。
代わりにシスターを見る。
「私は別にいいけど」
「大丈夫なの?」
シスターは少し考えた。
そして少年を見る。
期待に満ちた顔だった。
思わず笑ってしまう。
「もしご迷惑でなければ」
シスターは膝を折って少年と目線を合わせる
「教会でのお掃除やお洗濯と同じように」
「しっかりお手伝いできますか?」
「お仕事の邪魔をするのもいけませんからね?」
「はい!」
元気よく返事をする。
女の人が首を傾げた。
「いいの?」
シスターは立ち上がるとちょっとだけ胸を張る。
「神父様には私が許可を取りますから!」
女の人が少し目を丸くする。
「おぉ」
「お任せ下さい!」
得意げな顔だった。
女の人は少し笑う。
「立派になったねぇ」
「子供扱いしないで下さい」
シスターは少し頬を膨らませた。
その様子を見て。
少年はなんだか嬉しくなった。
数日後。
少年は工房の扉を開いた。
「おはようございます」
「おはよ」
女の人は作業台の前で手を動かしていた。
少年は少し考える。
そして頭を下げた。
「おはようございます親方」
女の人の手が止まる。
「なんだって?」
「親方です」
「誰が?」
「親方が」
女の人は少し考えた。
「私は鍛冶屋だけど」
「親方じゃないよ?」
「シスターが言ってました」
「職人さんのお師匠さんは親方だって」
「あー」
女の人は納得したように頷く。
「でも君を弟子にした覚えはないなぁ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
少年は首を傾げる。
「でもシスターは」
「弟子みたいなものだって言ってました」
女の人は少し考えた。
「弟子みたいなもの」
「はい」
「弟子ではないよね?」
「同じじゃないんですか?」
「違うと思うけどなぁ」
「違うんですか?」
しばらく考える。
そして。
「まぁどっちでもいいか」
少年は嬉しそうに頷いた。
「はい」
しばらく工房を見回す。
数秒後。
「ねぇ親方」
女の人はため息をつく。
「親方じゃないけどなに?」
終
※本作は note にも掲載しています。
※挿絵付き版のほか、作者ブログや『親方の秘密の考察ノート』などの関連コンテンツも公開しています。




