瞬光碧影 2.
「い、い、い、いやいやいやいや! 猫と話なんて出来る訳ないでしょ! ……ねえ――」
信也は猫又を見た。
……なぜ猫を見た。
『ふむ、察するに小僧は我の言葉を理解できる数少ない人の子、という訳であるようだな……』
猫又はうむ、と納得したように呟いた。
「はっ! は、話してる……言ってることが分かる……これもマヤさんのせいだろうか……」
信也は猫の言ってる事が理解出来る自分に恐怖していた。
それとは裏腹に――。
「やっぱり話してますよね! 先輩……だからオカ研なんて怪しげな事やってんですか?」
瞳をキラキラさせて、高木瑠璃はグイグイと信也に迫ってくる。
(はあ……下僕。それは猫ではありませんわよ)
脳内でマヤの声が面倒臭そうに響いた。
『え! 猫ですよマヤさん……猫にしか見えないよ』
信也は改めて猫又を眺めた。
(それは、100年以上生きた猫が妖に化けた猫又ですわよ……巧妙に二又の尻尾を一本に束ねていても隠せるものではありませんわ……よく見て御覧なさい)
信也はマヤに促されるままに、目を凝らした――その際、ほんの一瞬だけ、信也の瞳が朱く染まった。
「あ! 尻尾が『ねじりパン』みたいになってる!」
信也は尻尾の本当の姿を見て取れた。
「……尻尾が『ねじりパン』……先輩何言ってんですか?」
瑠璃は首を傾げながら、猫又の尻尾を見た……どうやら、瑠璃の目には普通の猫の尻尾に見えるようだ。
『ほお! 我の変化を見破るとは小僧、中々ではないか! やはり、人の子の姿ではあるが『鬼』の子であったか……なればこそ! この娘に何かするのは見逃せぬ!』
「にゃー! にゃにゃにゃー。にゃーご。にゃにゃにゃにゃ……にゃーご……シャーーー!」
猫又は瑠璃と信也の間に立って『やんのかスタイル』で威嚇しているが、気のせいか腰が引けているようにも見える。
(あら。このわたくしに、そのような敵意を向けるとは、こんな取るに足らないお摘みの分際でも、良い覚悟ですわね)
ゴウッ!
一瞬、マヤの気迫が軽く猫又目掛けて、「鬼気」として放出された。
『ぐぬぬう……きゅ~……』
「ナァァァ……オ」
猫又は卒倒したようにその場にパタリと倒れた。
「きゃー、猫ちゃんが倒れちゃったよ先輩!」
瑠璃の悲鳴があがった。
(ふん、他愛のない……身の程をわきまえなさいな)
「……なに、この猫……」
信也は呆れたように言った。
♢ ♢ ♢
丘の上の神社の木陰で二人と一匹はベンチにいた。
瑠璃が猫又を膝の上で介抱している。
さわさわと、瑠璃がやさしく膝の上で、猫又を撫でながら様子を眺めていた。
「ゴロゴゴロゴロ……」
気が付いたのか喉を鳴らしている……夢心地なのだろうか。
「あ……気が付いたかも! よかったぁ」
瑠璃はさらに体全体を撫で上げた。
『おおおお……いい……良いではないかぁ……』
猫又はだらしない表情を浮かべ悶えていた。
「……はあ、なんで猫の言葉が……」
隣で信也は頭を抱えていた。
(下僕。今、わたくしたちはこんな”お摘み”のような小物に関わってる場合ではなくてよ……さあ、プリンの約定を果たしなさい)
マヤは頭を抱える信也を急かすように言った。
『待ってよマヤさん……このまま瑠璃ちゃんを放っておくことは出来ないよ……なんか変な……普通じゃない猫が側にいるのに』
『おほおおおおお!』
そんな時、隣から猫又が恍惚とした声をあげていた。
ビックリした信也が見ると、瑠璃が猫又のお尻のあたりをポムポムと少し強く叩いている。
――世間一般で言うところの『ケツドラム』である。
「にゃーご、にゃーご……ゴロゴロゴロ……にゃー……」
よほどの快楽を味わっているのだろう……お尻を高くつき出して尻尾をピンとしている猫又。
「……ちょっと、いいかい瑠璃ちゃん」
意を決した信也は、言うと猫又を両手で持ち上げ、顔の前に持ってきた。
「君さ……瑠璃ちゃんに憑いて何をする気だい?」
信也は小声で、そして真剣な瞳を猫又に向けて言った。
『ふん、白々しい小僧よな……お主こそ、この娘を喰らうつもりであろう……鬼の子よ……やらせぬぞい』
信也の問いに猫又は毅然として答えたが、全身が震えている……やはり、マヤの鬼気に恐怖を感じているようだ。
「君こそ、何を企んでいるんだ……彼女は僕の大切な友人なんだよ。何かあったら、許さないよ……」
少し声は震えていた――が。
刹那、再び信也の瞳が朱く染まった。
睨み合う猫又と信也……お互い一歩も引かない様子だ。
――カシャリ!
乾いたシャッター音。
猫又と信也が驚き横を向くと、カメラを構えた瑠璃が最短撮影距離で写真を撮っていた。
「きゃー! かわいいのが撮れた! 絶対撮れた」
そんな歓喜の声をあげて瑠璃は喜んでいた。
そして真顔で信也を見ると――。
「やっぱり、先輩話してますよね猫と……」
「あ、い、いや……は、話してなんかいないよ……ねえっ」
信也は猫又に同意を求めてしまった。
同意を求められた猫又は、そっぽを向きヒュー、ヒューと口笛を吹き出して、知らぬ存ぜぬの構え――。
「……って、こら! そんな猫いるかー!」
咄嗟に信也は猫又に突っ込みを入れてしまった。
「きゃー、何この猫ちゃんかわいい! こんな猫がいるんだぁ」
瑠璃は猫の仕草にメロメロになっていた。
(はあ、小作人。早く行くのです……わたくしのプリンが呼んでますのよ)
マヤが脳内でさらに急かす。
「ああ、もう! ……話がメチャクチャだぁ!」
信也も、どう収集すれば良いのか分からなくなり、つい叫んでしまった。
『まあ、まあ……みなさん落ち着て下さい。順を追って話していけば、きっと解決できますから……宜しかったら、わしが相談に乗りましょうか?』
「すいません、つい取り乱してしまって……大丈夫です。ありがとうご……はぁ?」
信也は声のした方向を見て驚愕した。
「どうしたんですか、先輩?」
瑠璃が信也をじっと見ていた。
『あ、あれ? ……今の声は誰? ……目の前にいるのは瑠璃ちゃんだよね?』
しかし、信也が見ているのは瑠璃の手に納まっている古びた機械式の一眼レフカメラだった。
『あ、わしですよ。わし……レンズです』
カメラに装着されていた「45mm/f2.8」のパンケーキレンズが喋っていたのだ。
(下僕! もう行きますわよ! そんなカビ臭い付喪神の相手なんかしてないで、わたくしにプリンを貢ぎなさい)
マヤが、もうウンザリと言わんばかりに不機嫌に言った。
「はぁ……つ、付喪神―!」
信也は更なる事態の複雑化に、叫ばずにはいられなかった。
『おお! そうであった……お主もおったわ。何故、この娘御に憑りついておるのだ!』
猫又も思い出したように、シュタッと地面に颯爽と降り立った。
『いえいえ、わしはそんな大したものではありませんて……では、ちょっとした昔話をしましょうかね……』
古ぼけたMFレンズの付喪神は勝手に話し出した。
「い、いや……ちょ、状況が……」
信也の口がパクパクしている。
猫又はふむ、と鼻を鳴らすと静かに腰を下ろした。
(下僕……わたくしは茶番に付き合いきれません……先にお店に行って、わたくしに相応しいプリンを選んできますわ)
そう言うとマヤはスーッと信也の身体から出ると、電光石火の如くコンビニへ直行した。
『はっ! 待って、今マヤさんがいなくなったら、僕、ただの一般人……! あぁぁ……』
無情にも、マヤは信也の視界から飛び去って行った。
「なになに! きゃーかわいい。ちょこんとお澄ましして座ってる姿が最高!」
瑠璃は猫又に合わせてしゃがみ込み、カシャリ、カシャリとシャッターを切りだしていた。
「……もう、どうでもいいや……」
信也は項垂れるように呟いていた。
『それでは坊ちゃん、嬢ちゃん。始まり始まり~……』
カシャリ! カシャリッ!
――話を聞いているのは信也と猫又だけである。
意気揚々と付喪神は語りだしたのであった。




