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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第7話 

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暗雲陽炎 5.


 マヤが放った「わざ」は、ニコさんという怪異を消滅させただけではなかった。


 それは、余剰した莫大な「力」の奔流を、物理的な衝撃波として周囲の山々へと叩きつけたのだ。


 数キロ離れた、人気ひとけのない岩だらけの尾根。

 じりじりと太陽に焼かれた断崖の頂に、それは「降り立った」。


ドォォォン……。


 重苦しい金属音と共に、岩肌が裂ける。


 ひび割れた黒き刃――『贋作羅刹がんさくらせつ』。


 天高く吹き飛ばされた呪造刀は、奇跡か、あるいは呪いか。切っ先を真下にしたまま、荒々しい岩の王座へと深々と突き刺さっていた。


 刀身に走る無数の亀裂からは、未だ「あるじ」を失った怨念が、ドス黒い瘴気となって陽炎のように揺らめき立っている。


「……ハッ、ハハハハッ! マジかよ、最高じゃねえか……!」


 乾いた足音が、岩場に響いた。


 観覧車からその「軌跡」を追い続けていた男、佐竹恭平さたけ きょうへいだ。


 新調したばかりのシャツは、やぶを掻き分け、岩を登ったせいで無残に破れている。だが、彼はそんなことを気に留める様子さえない。


 爛々と輝く真っ赤な瞳で、岩に突き刺さる「獲物」を凝視している。


「聖剣エクスカリバー? 選ばれし王の試練? 笑わせんなよ……こんな不吉ヤベーモン、俺以外に誰が抜けるってんだ?」


 佐竹の背中で、シャツを突き破らんばかりに黒い「蜘蛛の脚」が激しく蠢いた。


 まるで、目の前の獲物を喰らいたいと切望するようだ。


 佐竹は、亀裂だらけの柄に、躊躇なくその右手を掛けた。


  ジリッ、と肉の焼けるような音がした。 


 禍々しく陽炎の如く、揺らめき立つ「鬼気」が佐竹に絡みついてくる。


 『贋作羅刹』の飢えた渇きが、佐竹の精神を燃料エサとして、猛烈な勢いで吸い上げ始めた。


「ぐっ……あ、あああああッ!!」


 佐竹は絶叫した。


 『贋作羅刹』から燃料エサを吸い上げられると同時に、贋作羅刹の断片的な記憶が流れ込んできた。


「――な、んだ……贋作……羅刹? ぐおおおおおおッ!」


 佐竹は頭の中でチカチカと弾ける映像を見た。


「ぐわあああああッ……はは……ク、ククククククッ! 」 


 いつの間にか表情は苦悶ではなく、悦楽に歪んでいた。


「いいぜ……喰えよ……。俺のなかには、いくらでも『燃料』はあるんだ。その代わり……分かってるよな?」


 佐竹が強引に力を込めると、岩肌が悲鳴を上げて砕け散った。


 ひび割れた刃が、ズルリ……と、岩の底から引き抜かれていく。


「お前も『偽物』なんだろ? だったら俺と一緒だ……。あの本物の『鬼』を……女を……。この手で、ズタズタに引き裂かせてくれよ……!」


 引き抜かれた『贋作羅刹』が、佐竹の狂気に呼応するように激しく共鳴した。


 無数の亀裂から溢れ出した黒い影が、佐竹の右腕へと絡みつき、まるで血管のように皮膚の下へと潜り込んでいく。


 白光はっこうに焼かれ、陽炎かげろう燃ゆる尾根に、――怪物を超えた「魔怪」の不敵な高笑いが、いつまでもこだましていた。




   ♢   ♢   ♢




 アスファルトの熱を切り裂き、拓馬の駆るイタリア製の小型車のキャビンが市街地へと続く国道をひた走る。


 車内を満たしているのは、エンジンの低い唸りと、誰一人として口を開こうとしない、刺すような沈黙だった。


 普段着に着替えた拓馬は、運転席でサソリの紋章が刻まれたハンドルを握る腕を少し緩め、苦悶に満ちた溜息を吐いた。


「……ったく、なんてザマだ」


 タクティカルアーマーの耐圧強化繊維に守られていたおかげで骨折こそ免れたが、全身が打撲による鈍い熱を帯びている。だが、肉体の痛み以上に、彼のプライドはズタズタだった。


(しかも、先輩たちを惨殺したあの『美しき鬼神』を内に秘める少年を同乗させての撤収……結果的に共闘する形になったとはいえ、こんな異常事態は有り得ん。それに、『贋作羅刹』……なんだあれは? 異様な気配を感じたぞ……)


「――クソッ、なんてザマだ……」


 拓馬は無意識のうちに、再び同じ悪態を吐き出していた。


 助手席。

 窓の外を流れる景色を、死んだような魚の目で見つめているのは神代凛かみしろ りんだ。


 彼女は、ニコさんの猛攻の中で意識を失い、目覚めた時にはすべてが終わっていた。いや、正確には「終わらされていた」のだ。あの『ゴスロリ姿の美少女』……いや、信也の中に棲まう「何か」の手によって。


(……あれが、本物の『鬼』の力。闇風が、数世代に渡り封殺してきた……本当の鬼の……力)


 膝の上で、空になった竹刀袋を握りしめる拳が、微かに震える。


 命を救われた感謝よりも、次元の違う「格」を見せつけられた絶望が、彼女の喉を塞いでいた。


 少し窮屈な後部座席では、美咲がいまだに信也の肩に頭を預けたまま、泥のように眠っている。


 そして信也自身もまた、燃え尽きた灰のような顔で座席に深く沈み込んでいた。


 マヤという強大な存在に「依り代」として肉体を貸し出した代償は重い。毛穴という毛穴から力が抜け落ち、指一本動かすのも億劫おっくうだった。


(……小作人、情けない顔をしていらして? そんなことでは、おやつを買いに行く気力が残りませんわよ)


『……勘弁してください、マヤさん……。今、それどころじゃ……』


 脳内で響く高笑いさえ、今の信也には遠い世界の出来事のように感じられた。


 車が市街地に入り、赤信号で停車した、その時だった。


――ギュルルルルゥゥ……。


 静まり返った車内に、あまりにも場違いな、そして主張の強い「音」が響き渡った。


 拓馬がバックミラー越しに後部座席を見た。


 信也が気まずそうに腹を押さえる。


……だが、音の主は彼ではなかった。


 拓馬が隣の凛を見ると、陶器のように白い顔から耳の先まで、見る見る朱色に染まっていった。


 彼女は、窓の外を向いたまま、消え入りそうな声で呟いた。


「……お昼……何も、食べていないので…………」


 沈黙が、さらに数秒。


「はッ、はは……。そうだな。俺も、腹が減って死にそうだ」


 やがて、拓馬が堪えきれずに短く吹き出した。


「だったら、『烈火』にでも行きますか? お兄さん」


 一瞬、拓馬と凛に緊張が走った。


「何故だ?」


「え……この間、二人ともすごく美味しそうにラーメン食べてたんで……」


 信也は遠慮がちに言ってみた。


――ギュルルルルゥゥ……。


 再び腹の音が鳴った。今度は拓馬だった。


「……た、確かにうまかった……」


――ギュルゥ……。


「あ、兄様あにさま、凛は構いません」


 凛は再び鳴った小さな音を掻き消すように、真っ赤な顔を拓馬に向ける。


 拓馬は頷くと強引にウィンカーを出して車線を変更した。


 駅方面へ向かう進路だ。


狭間はざま。お前の馴染みの店だ。……『烈火』まで、このまま直行する……案内頼む……今は――」


 拓馬は「烈火」結界を思い出していた。


(――今はまだ、監視対象として泳がすしかない……)


 己の職務に対する言い訳のように、拓馬は心の中でそう呟いた。


「えっ、あ、はい……今ならピーク前なんで空いてます」


 信也は驚きつつも、どこか安堵したように頷いた。


 死線を越えた直後の、異常なまでの空腹感。


 それは、彼らがまだ「人間」であることを繋ぎ止める、唯一の生存本能の叫びだった。


 4人を乗せたイタリア製の小型車は、猛々しい排気音を響かせながら、夕闇が包み始めた街の喧騒の中へと吸い込まれていく。


 彼らが向かう先には、温かい湯気と、平和な日常が待っているはずだった。




   ♢   ♢   ♢




――そんな地上の喧騒から遠く離れた、はるか地下深く。


 温もりとは無縁の、静寂と冷気に包まれた空間があった。


 無機質な電子音だけが響く、巨大なモニターが並ぶ「組織」――闇風やみかぜの本部。


 その最深部にある研究室で、白衣を纏った(まとった)老齢の男・芦屋あしやが、モニターに映し出された波形データを見つめ、口角を歪めていた。


「……素晴らしい。実に素晴らしい反応だ」


 画面には、今日、サンシャイン・ランド跡地で観測された霊子波形のログが飛び抜けた数値を記録していた。


 その中心、エネルギーの指向性が爆発的に跳ね上がった瞬間の静止画には、白光の中に浮かび上がる「神代じんだいの一振り」のシルエットが微かに記録されている。


「これほどの出力、そして安定性……。間違いないようだな」


 背後の闇から、一人の男が歩み寄る。


 執行官・鈴宮亮志すずみや りょうじ


 一切の感情を排したその瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。


「――龍脈の『力』を応用したようですが……『依り代』としての適合率が、予測値を15%上回っています。あの少年――『被験体0号』狭間信也は、もはや無視できない段階にありますな」


「まさかとは思っていたが、やはりそうだったか……氷室ひむろの遺産が、これほど鮮やかに発芽するとは……な。上の連中も、これでようやく重い腰を上げる、か……首尾は」


 鈴宮は正面の巨大モニターを見据えたまま言う。


 芦屋は、まるで愛しい孫を慈しむ(いつくしむ)かのように、手元のPCモニターの「マヤ」を指先でなぞった。


「順調ですよ……試作品の『贋作羅刹がんさくらせつ』の『鬼気』の放出と吸収力は今回の件で確認出来ました……まあ、少々の改良が必要ですが、さほど問題ではありません」


「準備を進めたまえ。……『羅刹』の真実を、我々の手に取り戻す時が来た。そして、彼の『角』は我々の下にある」


「――承知しました」


 芦屋はニヤリとほくそ笑むと、鈴宮の元を足早に去っていった。




   ♢   ♢   ♢




 夜も更けた、駅前のコンビニ。


 『烈火』で別れ、ようやく帰路についた信也は、レジの前で震える手で財布を広げていた。


「この『極み・黄金の特製プレミアムプリン季節限定』を、……七個……ですか?」


 アルバイトの店員が二度見する。


「……はい……」


 一個、税込464円。高校生の小遣いには、あまりにも無慈悲な打撃だった。


(ふふふ……当然ですわ。小作人、わたくしのサービスは安くありませんのよ?)


『サ……サービスって……マヤさん』


(あら、文句は聞きませんわ。さあ、早く会計を済ませなさいな。わたくしの「かわいいプリン」が、温まってしまいますわ)


 信也は、泣き出しそうな顔で千円札を三枚と三百円をトレイの上に置いた。


 ――52円のお釣り。


 初夏の夜風が、空っぽになった財布の中を虚しく通り抜けていく。


 こうして、長い一日は、甘美な絶望と共に幕を閉じたのであった。



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