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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第7話 

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暗雲陽炎 3.


――勝った。

 誰もがそう確信したはずだった。


 神代凛の放った一閃は、呪われた着ぐるみ『ニコさん』を青白い浄化の炎で包み込み、その巨体を一文字に焼き切った。立ち昇る熱気、勝利を告げる鍔鳴りの音。


 だが。


「……ア、ガ……ッ」


 凛の膝が、ガクリと折れた。

 その顔色は、抜刀前よりもさらに蒼白を通り越し、土色に変色している。


 彼女が手にする妖しく光る刃――その漆黒の刀身が、あるじねぎらうどころか、剥き出しの血管のように脈打ち、彼女の腕から「命」そのものを猛烈な勢いで吸い上げているのだ。


「神代さん……っ!?」


 駆け寄ろうとした僕の足が、止まった。


 いや、止まったのではない。


 周囲の空気が意思を持った粘土に変わったかのように、一歩が踏み出せないのだ。


 燃え盛るニコさんの傷口から、炎を喰らい尽くすような「漆黒の霧」が噴き出した。


 パチパチという火花の音が、ドロドロという不快な泥の沸騰音に上書きされる。


 焼けているのは、安っぽいポリエステルの「ガワ」だけだった。


 外側という形の制約を失った『都市伝説』の正体が、中途半端な消滅を拒絶し、この世の道理をねじ曲げる「災害級の鬼気」となって、今まさに溢れ出そうとしていた。


「いや、いやだ……来ないでぇっ!! きゅ~……」


 公衆トイレの陰で見ていた美咲ちゃんが、声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。


 常人には耐えられない濃度の「死の気配」。


 彼女の意識は、防衛本能によって即座に闇へと突き落とされたのだ。


「クソッ、神代さんだけでも……!」


 僕は必死に腕を伸ばした。だが、その瞬間、視界が「あか」に染まった。


 ズキ、と脳を直接抉えぐられるような激痛が古傷に走る。


 何かが、僕の奥底で共鳴している……


――引きずられていく。


(……あらあら……徒譜ともがらでしたのね、下僕……)


 マヤの嘲笑う声が遠くで聞こえた。


 僕の瞳は、自分でも分かるほど熱く、朱く、異形の色へと変貌していく。


 指先が硬直し、全身の筋肉が僕の意思を拒絶して、ただの肉の塊へと成り下がっていく。


 ニコさんの中から溢れ出した黒い泥が触手となって、弱り切った凛の足元に絡みついた。


 同時に、刀から伸びる漆黒の霧がまゆのように彼女を包み込もうとする。


 怪異と刀。二つの闇が彼女を奪い合い、その魂を磨り(すり)潰し始めた。


 だ、駄目だ……このままじゃ……。


 朱く霞んでいく視界の中、絶望的に遠い彼女へ向けて、僕は鉛のような腕を伸ばした――。


「氷室流――裂空双破刃れっくうそうはじん!」


 頭上から、闇を切り裂く烈風が吹き荒れた。


 交差する二筋の剣気が、凛を呑み込もうとしていた泥の触手を鮮やかに断ち切る。


 着地と同時に、その男は凛の細い肩を抱き寄せ、後方へと跳躍した。


 その反動で凛の手から滑り落ちた漆黒の刃は、主を失って焼けたアスファルトに転がった。


「だ……誰……?」


 信也の意識が混濁する中、一人の青年が立ち塞がった。


 闇色の特殊戦闘スーツ(タクティカル・アーマー)に身を包んだ精悍な影。


――氷室拓馬。


 その手には、高周波振動の微かな駆動音を響かせる『対魔刀・影断かげたち』が握られていた。


「おい! 凛、しっかりしろ! ……チッ、事態が最悪すぎる。これほどの鬼気、収拾がつくレベルじゃないぞ」


 拓馬は周囲を瞬時に把握した。


 気絶した美咲、動けない信也、そして瀕死の凛。


 目の前には、炎の中から「本体」を現しつつある、山のような泥の怪異。


「三人同時は無理か……お前ら、死ぬなよ!」


 拓馬は覚悟を決めたように、凛を信也の傍らに横たえると、一人、巨大な怪異の前に立ち塞がった。


 刀身に刻まれた呪符印が青白い燐光りんこうを放ち、高周波振動の微かな駆動音が、不可視ふかしの領域で特殊合金の芯を震わせる。


パンパンパンッ!


 腰のホルスターから抜き放ったベレッタM92Fが火を吹く。だが、特殊浄化処理を施した9mmパラベラム弾は、巨大な泥の塊を無造作に貫通するだけで、何の効果も示さない。


「――柄ではないが、泥臭い斬撃の応酬しかないようだな」


 拓馬は拳銃を捨て、影断を上段に構えた。霊言実動れいげんじつどう――彼の周囲の空気が激しく揺らめき出す。


「闇より生まれし、彷徨える魂。我が鎮魂の音に耳を傾け、その荒ぶるを浄化せよ……裂空斬れっくうざんッ!」


 電光石火の踏み込み。


 真空の刃がはすに走り、間髪入れぬ逆袈裟の一撃が泥の巨体を斬り上げる。


 だが、ニコさんは止まらない。それどころか、黒い霧を纏った『贋作羅刹』を泥の腕が取り込み、巨大な「剣を持つ異形」へと合体してしまったのだ。


 拓馬は素早く印を切り、左の掌底を突き出した。


空裂波くうれつはっ」


ドウンッ!


 発勁はっけいに似た衝撃波で無数の触手を弾き飛ばすが、巨大化したニコさんは動かない。いや、その最深部から伸びた最大の触手が『贋作羅刹』を握り、倒れている信也へと振り下ろされようとしていた。


「させるかよ! 氷室流――縮地しゅくち無影脚むえいきゃくッ!」


ドンッ!


 己の影さえ置き去りにする神速の歩法。


 ガキィィン! と耳をつんざく衝撃音が響き、拓馬の『影断』が信也の喉元で凶刃を食い止めた。


「泥のくせに陽炎のように揺らめきやがって……」


 拓馬の額に汗が流れる。初夏の陽光がジリジリと彼を焼くが、その目は冷静だった。足元には凛が遺した『相剋五行界そうこくごぎょうかい』のクナイがまだ刺さっている。


「――使える!」


 拓馬はポーチから追加のクナイを一本、ニコさんの核目掛けて投擲とうてきした。


呪束じゅそく!」


(グ、ギギ……ッ)


 動きを止めた瞬間、拓馬は複雑な九字の印を流れるように組んだ。


六芒境界陣ろくぼうせいきょうかいじん……浄化粉砕じょうかふんさいッ!!」


 手にした『影断』をアスファルトへと深々と突き立てる。凛の五芒星に六点目の刃が加わり、眩い白光が六芒星を描いてニコさんを閉じ込めた。光の檻が急速に縮小し、怪異を圧殺しようとする。


めくってやるよ……その強大な鬼気を……うおおおおおっ!」


 全身全霊を懸けた咆哮。だが――。


ドゴォォォーン!!!


「ぐわあああっ!」


 術が完了する間際、凝縮されたニコさんの怨念と『贋作羅刹』の鬼気が爆発的に反発した。結界は内側から粉砕され、拓馬は猛烈な衝撃で吹き飛ばされる。


 体勢を立て直し、正眼に構え直す拓馬。しかし、ニコさんの連撃はそれを許さない。


キン! キン! キイキンッ!


 目にも止まらぬ速さで繰り返される凶刃の雨。長身から振り下ろされる衝撃は、防ぐたびに拓馬の膝をかがませ、意識を混濁させていく。


(く、まずいな……意識が飛ぶ……だが、後ろのガキ共を見捨てるわけには……!)


ドコンッ!


 上段への警戒を突かれ、下からの強烈な一撃が拓馬の腹部を捉えた。


 前のめりになる拓馬。そこへ、ニコさんが『贋作羅刹』を最大出力で振り下ろす。世界がスローモーションに沈んだ。


「く、くっそおおおおおっ!」


 絶叫と共に、拓馬は己の『影断』を死に物狂いでその軌道へ押し込んだ。


ガキィィィィィィンッ!


 火花が散り、拓馬は信也たちのすぐ近くまで弾き飛ばされた。


 世界が暗雲に閉ざされる――。

 灼熱に輝く太陽が瞬時に闇に葬られた。


 『影断』を杖代わりに、片膝を突く拓馬。肩で息をし、視界は血に染まっている。


 対する巨大なニコさんは、さらなる鬼気を膨らませ、勝ち誇ったように『贋作羅刹』を天高く振り上げた。


(……ハッ、こりゃあ無理ゲーってやつか? 凛の刀までデカくなりやがって……)


 疾風迅雷の如き最後の一撃が、満身創痍の拓馬へと振り下ろされる。


スッ――。


「無様ですわね……まあ、よく頑張りましたかしら? お小水の坊や」


 跪く(ひざまずく)拓馬の横を、涼しげな顔をしたゴスロリの『美しき鬼神』マヤが、静かに通り抜けていった。



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