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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第7話 

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暗雲陽炎 1.


 キンキンに冷えた車内。


 外は六月の強い陽射しがアスファルトを焼き、陽炎かげろうを立ち上らせている。だが、このイタリア製の小型車のキャビンは、完璧な静寂と適温に保たれていた。


 拓馬は、サソリの紋章が刻まれた小径しょうけいステアリングに、そっと手を添えた。


 お洒落でコンパクトなボディーラインは街並みに映える可愛らしさがあるが、その中身はコーナーを最速で駆け抜けるためにチューニングされた凶暴なワインディングマシンだ。街乗り用の「足」ではない。山道を蹂躙するための『モンスター』だ。


 助手席に固定されたタブレット端末には、凛のバイタルデータと、廃墟広場の霊子センサーのグラフが刻一刻と変化している。


「……心拍数上昇」


 凛の竹刀袋に仕込まれた霊子デバイスが、異常な『鬼気』の接近を捉えていた。

 画面上のグラフが唐突に、赤色の危険域へと跳ね上がる。


(……っ!?)


 凛が携えた『贋作がんさく羅刹らせつ』。その実験段階の呪造刀が、持ち主の精神力を燃料エサに、対象を喰らおうと目覚め始めたことを告げている。


「始まったか。……さて、お手並み拝見といこうか、神代凛」


 本来なら、一般人である島村美咲をこの危険な戦域に立たせるなど、拓馬の合理主義が許すはずもなかった。


 だが、昨夜の凛の言葉が、彼のブレーキを辛うじて踏みとどまらせていた。


『彼女こそが、狭間信也を「こちら側」に繋ぎ止める、暴走を防ぐ唯一の重し……セーフティです。……今はまだ、あの男を完全に化け物にしてはいけない。そうでしょ、兄様あにさま?』


 凛の主張を、今は信じるしかない。


『それに、怪異が「都市伝説」として広まっている以上、一般人の視点(美咲)がどう反応するかをデータとして取る必要があります。彼女は、現代の闇がどこまで浸食しているかを測る、最高精度のセンサーです』


 凛の時折見せる機械のような冷徹さ。その感情の欠落に、拓馬はゾクリとした。「いざとなったら俺が全員力ずくで救い出せばいい」――今回に限って、彼はその不本意な「否」を飲み込んだのだ。


 拓馬は苦い記憶を振り払うようにサングラスをかけ直すと、イグニッションキーを回した。


 瞬間、およそその外見からは想像することが難しいほどの咆哮が、山道の静寂を切り裂いた。野太いエキゾーストノートが峠にこだまし、空気を震わせる。


 アクセルを軽く踏み込むと、研ぎ澄まされた足回りがアスファルトを正確に捉え、木陰に潜んでいた白い車体が弾かれたように滑り出した。


「……死なせるなよ、凛。それがお前の役割だ」


 各コーナーを異次元の速度で駆け抜けながら、拓馬は『サンシャイン・ランド』へとその牙を向けた。




   ♢   ♢   ♢




 じりじりと肌を焦がすような太陽の下、僕たちの時間は完全に凍りついていた。


 不気味に首を揺らしながら近づいてくる『ニコさん』の着ぐるみ。


 中には誰も入っていないはずなのに、極めて人工的で、確かな「意志」を持ってこちらへ歩み寄ってくる。


(あら、おやつがノコノコ出てきましたわよ。うふふ)


 全身の毛穴が粟立つような僕の恐怖とは裏腹に、脳内でマヤが弾んだ声を上げた。


 まるでショーウィンドウのケーキを眺める少女のような、無邪気で、ひどく残酷な歓喜。


「美咲ちゃん、下がって……!」


 僕が声を絞り出すより早く、神代さんが動いた。


 肩から提げていた竹刀袋を乱暴に払い落とす。中から現れたのは、光を吸い込むような漆黒の鞘に収められた一振りの日本刀だった。


 神代さんの華奢な身体が、疾風はやてのように弾けた。


 廃墟のひび割れたコンクリートを蹴り、一気にニコさんとの間合いを詰める。


 流れるような抜刀。


――キィィィン!


 耳をつんざくような、金属同士が擦れ合う微かな「鳴き」が広場に響き渡った。


 その瞬間、空気が劇的に変わった。


 真夏の熱気が一瞬にして凍りつき、圧倒的な「飢え」と「殺意」が空間を支配する。


 神代さんの手にある一振りの刃が、獲物を前にしてその本性を現した。


(……ああ、嫌な匂いですわ。安物の模造品の分際で、いっちょ前に喰い意地だけは張っている)


 マヤが不快そうに、けれどどこか楽しげに毒づいた。


 マヤの放つ絶対的な捕食者の気配と、神代さんの手にある刀の飢餓感が、僕の中で不気味に共鳴していた。


(……何だ、この感覚?)



「はぁっ!」


 神代さんの渾身の気合いと共に、血管がのたうつような禍々しい刃紋を持つ刃が、ニコさんの巨大な頭部めがけて横薙ぎに一閃された。


ズリュッ……!


 肉を断つのでも、布を裂くのでもない、ひどく不快な音が響いた。


 ニコさんの首筋から胸にかけて、深く切り裂かれた傷口。


 だが、そこから溢れ出したのは赤い血などではなかった。


 ボトボトとこぼれ落ちたのは、古い綿と埃。そして、コールタールのように黒く濁った、人間の「未練」が凝縮されたような泥だ。強烈な腐臭が辺りに立ち込める。


「……ッ!」


 神代さんが素早くバックステップを踏み、刀を正眼に構え直した。


 斬られたニコさんは、倒れるどころか体勢を崩すことすらしていなかった。


 べちゃり、べちゃりと黒い泥をこぼしながら、中身のないグラスファイバー製の瞳が、ゆっくりと神代さんを捉える。


 その口元には、狂気じみた満面の『笑顔』が張り付いたままだった。




   ♢   ♢   ♢




「闇より生まれし 彷徨さまよえる魂


 我が鎮魂ちんこんの音に耳を傾け 


 その荒ぶる鬼を浄化せよ


 森羅万象のことわりに基づき 在るべき姿へ


 隠形おんぎょうなる者を封殺する」


 霊言実動れいげんじつどう


――スーッと静かに呼吸を整えると、凛は正眼にえていた『贋作羅刹がんさくらせつ』を上段に構える。


 ぬいぐるみの怪異、ニコさんはゆっくり凛へと迫る。


「……裂空十文字れっくうじゅうもんじ!」


 凛の瞳がカッと開いた刹那。電光石火の踏み込みと同時に真空十字の斬撃が放たれた。



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