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狭魔の鬼 ~俺の意識を乗っ取る絶壁美少女は、世界最強の呪物で無双する~  作者: MASAO
第5話

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鬼危怪傀 3.


 放課後。


 逢魔おうまとき


 立ち入り禁止の黄色いテープを潜り抜けた先に、旧校舎はあった。

 その姿は、まるで夕日に沈む巨大な棺桶のようだ。


 西日の差し込む窓枠が、血のように赤い光と、底なしの暗い影のコントラストを床に焼き付けている。

 空気は微かに埃っぽく、息をするたびにカビと古い木材の匂いが肺の奥を撫でた。


「……ねぇ、信也。なんか、思ってたより……寒いね」


 さっきまでのフルスロットルな勢いはどこへいったのやら。


 美咲ちゃんは僕の制服の袖をきつく握りしめ、半歩後ろを歩いていた。


「引き返すなら今のうちだよ?」


「ば、馬鹿言わないでよ! ここまで来て帰るなんて、オカルト研究部のプライドに関わるんだから!」


 そんな部活動なんてあったっけ?


 強がる声が、誰もいない木造の廊下に吸い込まれていく。


 三階への階段を上がるごとに、はっきりと温度が下がっていくのが分かった。


 ズボンのポケットに入った『鏡の破片』が、まるで異界の心臓のようにドクドクと脈打ち、太もも越しに氷のような冷気を放ち始めている。


(……来ましたわね。不快なゴミ虫の巣窟に)


 腹の底で、マヤが楽しげに喉を鳴らした。


 三階の突き当たり――教室。


 夕闇が一番濃く溜まる場所に、噂の『大きな姿見』は静かに佇んでいた。


 だが、僕たちの視線は鏡よりも先に、その前に立つ人影に釘付けになった。


 黒髪を茜色に染め、床に護符のようなものを等間隔に並べている少女。


「神代……さん?」


 ピタリ、と少女の手が止まった。


 ゆっくりと振り返った神代凛は、硝子玉のような瞳に微かな動揺が走った。


「……何をしに来たのですか。ここは子供が肝試しに来ていい場所ではないです」


――先程とは打って変わり、研ぎ澄まされた冷たい刃のような視線を僕たちに向けた。


「神代さんこそ、ここで何を……それに、そのお札……」


「今すぐその子を連れてお帰りなさい……早くっ――『開き』ます!」


 凛が鋭く叫んだ瞬間だった。


パキンッ!


――熱い!

 ポケットの中の破片が、僕の太ももの皮を裂くような勢いで、制服のズボンを突き破り飛び出した。

 それは一直線に姿見へと吸い込まれ、鏡面にあった不自然な欠落に、パズルのピースのようにピタリとはまった。


「え……?」


 美咲ちゃんが間の抜けた声を漏らし、完成してしまった鏡の中を覗き込んだ。


 鏡の中には、呆然と立ち尽くす僕と神代さん。


 そして――美咲ちゃんの背後に立ち、彼女の細い首に両手をかけてニタリと笑う、僕(信也)の姿があった。


「あ……ぐっ……!?」


 現実の美咲ちゃんが、突如として見えない力に首を絞め上げられ、宙に浮き上がる。


「美咲ちゃん!!」


「チッ……!」


 凛が懐から護符を抜き放ち、同時に指の隙間に挟んだクナイを鋭く飛ばした。


キィンッ!


 放たれた鋼の刃は、鏡から溢れ出した無数の黒い腕によって、まるで塵でも払うかのように弾き返された。

 あろうことか、弾かれたクナイは意志を持っているかのような軌道で凛を襲う。


「?! クッ!」


キンッ!


 瞬時に足元に置いていた竹刀袋をつま先に引っ掛けて跳ね上げると、凛は宙に舞った袋から愛刀『桃迅激とうじんげき』を神速で引き抜き、飛来する銀光を叩き落とした。


 だが、防戦はそこまでだった。


 鏡面はすでに泥水のように波打ち、数えきれないほどのどす黒い腕が美咲ちゃんの細い体を『鏡の向こう側』へと引きずり込もうとしている。

 辺りを覆うように、黒い霧のようなものが美咲ちゃんを取り囲もうとしていた。


 僕が手を伸ばしても、まるで見えない壁に阻まれたように触れることはおろか、近づくことさえできない。


 圧倒的な怪異の暴力。


 息を乱し、白目を剥きかける美咲ちゃん。


 その時。


 凍りつくような死の気配の中で、僕の脳髄に、甘く、無情な声が鳴り響いた。


(――どうやら、一人では大切な『幼馴染』も救えないようですわね?)

 

 冷たい声。


 ときが、止まったような錯覚。


(……ねぇ、シンヤ? ――選びなさい)


 マヤの声はさらに冷たく、静かに響いた。


 僕の目の前で、今まさに美咲ちゃんが得体の知れない”化け物”に飲み込まれようとしている。


「美咲ちゃんっ!」


 力の限り叫び、見えない壁に全体重をかけて体当たりした。


 弾き返される。


(あの娘を助けたいのなら、わたくしを受け入れなさい)


 マヤの言葉が頭の中に鮮明に響き渡る。


「くそぉっ!」


 焦燥する僕の脇を、一陣の風が駆け抜けた。神代凛だ。


「闇より生まれし彷徨さまよえる魂――我が鎮魂ちんこんの音に耳を傾け、その荒ぶるを浄化せよ!」


 凛は走りながら静かに、しかし力強く詠唱を紡ぐ。


森羅万象しんらばんしょうことわりに基づき、在るべき姿へ。隠形おんぎょうなる者を封殺する!」


 霊言実動れいげんじつどう


 愛刀『桃迅激とうじんげき』の刀身から、揺らめくような霊気が立ち昇った。


空列斬くうれつざん!」


 疾風はやての如き踏み込みから、下段より弧を描く真空の斬撃が放たれる。


パシィィィッ!


 だが、無数の腕の一つが掌底を向けると、黒い霧が壁のように発生し、あっさりとその斬撃を防いでしまった。


 美咲ちゃんは未だ腕に掴まれたまま、徐々に鏡へと引き寄せられていく。


「はあああっ!!」


 凛はそのままの勢いで上段に構え直し、無数の腕に斬りかかった。

 再び生み出された黒い霧の壁。しかし、霊的波動を帯びた桃迅激の刃が、そこに微かな亀裂を生み出した。


 タンッ、と床を蹴り上げ、凛の身体が鏡と美咲ちゃんの間を宙返りで抜ける。


シュッ!

 

 懐から目にも止まらぬ速さで、亀裂めがけてクナイを打ち込んだ。

 放たれたクナイは見事、闇の霧を抜けて黒い腕の一本に深々と突き刺さった。


光破こうはっ!」


 着地と同時に凛が叫ぶ。


カアッ! と一閃、クナイから眩い光が生まれ、鏡の周囲を覆っていた黒い闇が一瞬にして吹き飛んだ。


「美咲ちゃん!」


 壁が消えた。僕は咄嗟に飛び込み、美咲ちゃんの身体に抱きついた。


ボクッ!


「?! がはっ!」


 直後、背後でくぐもった打撃音と、凛の苦悶の声が響いた。


ガシャアーン!


 振り返ると、振り向きざまに腕の直撃を食らった凛が、ガラス戸を突き破って廊下へと吹き飛ばされていた。


「神代さん!」


 叫んだ刹那。


「はっ?!」


 気がつけば、僕の身体は無数の黒い腕に掴まれていた。


 まずい!


 そう思った瞬間、僕の身体は宙を舞っていた。


 どおおんっ!


「ぐはっ……!」


 教室の一番後ろの壁に激突し、床に転がる。

 

 投げられたのだ。


 口の中が血の鉄の味で一杯になる。


 したたかに頭を打ち付けたせいで意識が朦朧とする。


 外れたメガネのせいで視界がぼやける。


「……美咲ちゃん……」


 僕は呻くように、床を這って腕を伸ばす。目の前が涙と血で滲む。


 くそぉ……。


(シンヤ。改めて問いますわ……)


 再び、マヤの冷たい声が響く。

 どこかクスクスと、僕の無力さを称えるような妖艶な微笑み。


 ふと、世界から音が消えた。


 目の前が真っ暗になる。ひどく寒い。


 気がつくと、漆黒の空間の中で、緻密ちみつで豪華なゴスロリを纏った少女が目の前に立っていた。


 僕を、冷たく見下ろしている。


『選びなさい。わたくしにその身を差し出し、心から受け入れるか、否かを』


 マヤは言った。


『……ぼ……くは……みさきちゃん……を……たすけた……い』


 途切れそうな意識の中で、僕は必死に懇願した。


『いいでしょう。ならば、これは契約ですわ』


 マヤは満足そうに嗤い(わらい)、僕の魂に直接刻み込むように告げた。


『わたくしは喰らい、あなたは生き延びる……願いを叶えて差し上げますわ』


ドクンッ!


 激しく脈打つ鼓動。


 遠のいていた意識が、暴力的なまでに鮮明に引き戻される。


 熱い。全身が、煮えたぎるように熱い!


「――うわああああああああああああっ!!」


 僕の身体が火の塊になったように発熱し、心の、魂の奥底から、得体の知れない巨大な『力』が爆発した。



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