第七十一話「訓練することになりました」
お待たせしました。第七十一話です。
ギースと一夜を共にしたルーナは果たして何を思っているのか……。
あれから一夜明け、朝を迎えた。しばらく泊まると言っていたギースは、結局帰ることにしたらしい。迎えに来ていた馬車の前で、俺たちは別れの挨拶を交わしていた。
「じゃあまた学園で会おう、ルーナ」
「ええ、ギースもお達者で」
俺に背を向けながら馬車に歩み寄るギースに手を振ると、ギースは背中を向けたまま右手を挙げて返してきた。普段ならばなんとも思わないこのやり取りでさえ、あの夜を過ごした後の俺には眩しく感じた。俺はギースが乗り込んだ馬車が出発し、見えなくなるまでひたすら手を振り続けた。
やがて馬車が完全に見えなくなったところで、俺は深く息を吸って気持ちを切り替えようと目を閉じた——が、その瞬間俺の右肩に何かが留まった気配がした。俺は目を開けて、右肩にやってきた黒鳥を横目に見る。
「あらユエ、ご機嫌よう」
「ああ、おはよう。……お主、令嬢モードが抜けておらんぞ」
「……はっ! 本当だ。ごめん、なんだか頭がボーッとしてて」
「なんじゃなんじゃ、我が見ていない間にあの小僧と忘れられないようなことでもしたのか?」
「…………」
「……まさか、図星なのか?」
「言わせないで。恥ずかしいから……」
先ほどまでは全然平気だったのに、素に戻った状態で改めて言われると、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。なんとか視線を逃れようと目を背ける俺だが、ユエはお構いなしに追及してくる。
「なあ、お主は一応中身は男なんだろう? その……ギースとしてもなんとも思わんのか?」
「……悪くないどころか、むしろ気持ちよさすら感じる。中身は俺でも、ルーナの根本的なところが働いてるんだと思う」
「なるほど……魂は違えど完全に染まりきるわけではない、ということか。これは非常に興味深い。ならばいっそのこと我も——」
「やめて。それ以上はいけない気がする」
「……うむ、我ながらとんでもなく悍ましいことを言い出しそうになったと戦慄したわ」
その場を和ませるための嘘か、はたまた本気だったのかは分からないが、ユエと話していくうちに頭がボーッとしている感覚も消えた。やはり持つべきものは……いや、ちょっと待て。なんか良い話で終わりそうだが、確か俺は昨日ユエにめちゃくちゃ腹を立ててたはず。今となっては過ぎた話だが、なんだか落とし前はつけておかないと気が済まない。俺は右肩で羽繕いしているユエに追及することにした。
「そういやユエ。昨日のマカロンの件、俺まだ許したわけじゃないからな?」
「んな! 昨日謝ったというのにまだ根に持っておったのか! ねちっこい奴は嫌われるぞ!?」
「俺は食べ物に釣られて愛弟子を売るような奴の方が嫌われると思うなあ?」
「うぐっ……! その……この前ジェイドとかいうやつからもらったミニョンスヴニールの期間限定チョコレートをやるから許してくれ……」
「ふーん……ま、良しとしようか」
話では、王城お泊まり会の時のユエの食べっぷりをジェイドが相当気に入ったらしく、こっそりおまけのチョコレートを幾つかもらっていたそうな。
食い意地が張っているユエがそのスイーツを譲るというのは相当な譲歩なのだろう。俺はひとまずユエの謝罪及びチョコレートを受け入れることにした。
だが、そんな気まずい空気を変えるべくユエは話題の方向性を変えてきた。
「そうだ! 時にルーナよ。今日は暇か?」
「まあ特にすることはないけど……何?」
「王城に行く前、訓練をするって話をしておっただろ? 今日からでもどうかと思ったのだが、どうだ?」
「それって、魔力を上げるためだろ? ギースにもリベンジできたし、目下で戦う予定は無いから急ぐことはないと思うけど」
「何を言っておる。もう1人おるではないか、リベンジするべき相手が」
そう言われて俺は記憶を遡って思い出していく。確かギースと闘って、確かその理由がカリアの……そうか、カリアだ。俺に初めて土をつけた、最高の従者にして因縁の相手。
「俺としたことが、カリアと再戦をするという大事な約束をしていたことを忘れかけるなんてな」
「我もあの時はこやつの体に入って間もないとはいえ、手刀であっけなくやられてしまったからな。このまま負けっぱなしは性に合わん。……だが、今の我ではあやつの隙を突くなど無謀にも等しいわ」
「だから、ユエも訓練に付き合うって言ってたのか。……それで、訓練の内容は? 何か良い方法はあるのか?」
「そうだな……やはり訓練は実戦形式でやるのが1番手っ取り早い。——よしルーナ。朝食を食べて、戦う準備をしたらまたここに集合するように」
「あ、ああ。分かった」
初めて師匠と弟子っぽいやり取りができたことにちょっと心を弾ませつつ、俺は朝食と戦闘用の服への着替えを済ませ、再び玄関先でユエと落ち合った。
「言われた通りに着替えてきたぞ。それで、どこに行くんだ?」
「これは我がまだ昔の時代に生きていた時の話だからもう既になくなっているやもしれんが……かつて我が魔術の訓練に使っていたところだ」
「それってまさか……」
形式の場所というだけでもある程度想像はできるが、あの闇魔術を極めたユエがかつて魔術の訓練のために使っていたとなると冷や汗が止まらなくなる。俺がその緊張感に息を呑むと、ユエが口を開き答え合わせをしてくれた。
「無論、ダンジョンだ。しかもそこら辺にあるダンジョンとは格が違うからな。楽しみにしておれよ?」
「お、おお……」
ユエは意気揚々と俺の肩から飛び出し、そのダンジョンなある方へと俺を誘導している。一抹どころかかなりの不安を覚えるが、目を輝かせているユエの手前、弱音は吐いていられない。
それに、強くなってカリアにリベンジすると誓ったのだ。まだ不安はあるが、絶対に強くなってカリアをあっと言わせてやろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回は9月1日投稿予定です。




