第五十二話「トラウマが蘇ってしまいました」
お待たせしました、第五十二話です。
ルーナ、絶体絶命……!
ワイバーンの尻尾が眼前に迫るなか、俺はルーナとして生きてきた数々の記憶が走馬灯のように蘇っていた。そのほとんどが朧げで曖昧なものであったが、最後に出てきた記憶が、鮮明に、且つ強烈に俺の脳を刺激した。
それは——ルーナになる前の、俺が死んだ時の記憶。俺はどうやら無意識の中で、迫り来るワイバーンの尻尾とトラックを重ね合わせてしまったようだ。
(嫌だ……死にたくない死にたくない死にたくない……!)
なんとか逃れようとするも、トラウマのせいか体が震えて全く言うことを聞かない。それはまるで、俺の死が決定づけられていると告げられているような気分だった。
(結局……俺は死ぬんだな……)
どうせ何をしてもルーナが死ぬ定めなのなら、これ以上抗っても意味はないだろう。俺は一瞬で希望を捨て、その運命を目を閉じて待ち受けた。
(…………?)
想定していた大きな衝撃が一向に訪れないことに疑問を感じた俺は、恐る恐る目を開いてみる。するとそこには、大きな水の膜とそれに包まれて苦しそうにもがくワイバーンの姿があった。ワイバーンはしばらく水の中でジタバタとしていたが、やがて動かなくなってしまった。
「これは一体……」
誰がやったのかと俺が問うよりも早く、その張本人が駆け寄ってきた。足音を聞くに女性のようだが、宮廷魔術師の誰かだろうか。
「ルーナ様あああ! ご無事ですかあああ!?」
その声を聞いた俺は驚きを禁じ得なかった。半ば信じられないまま声のする方を振り向くと、ピンク髪の少女——マルシアが半べそをかきながら俺に走り寄ってきていた。だが俺もさっきのトラウマで腰が抜けてしまっていたのか一歩も動けず、マルシアが俺に向かって飛び込んでくるのを受け止めることしかできなかった。
「ルーナ様お怪我は?! 痛むところはありませんか?」
「ええ、お陰で助かったわ。でも驚きましたわ。マルシアがいつの間にこんな魔術を扱えるようになっていたとはね」
実際彼女が使ったのは、水魔術の上級技である『ウォーターベール』だ。だが、上級技はおろか、今までマルシアが魔術を使っているところを俺はを見たことがない。一体いつから、マルシアはここまで急成長を遂げたのであろう。
「私、とても悔しかったのですわ。メリアさんを助けた時も、街でガラの悪い方々に絡まれた時も、私はルーナ様の陰に隠れるばかりで何もできなかったことが。だから私は、我流ながらも少しずつ魔術の鍛錬を続けていたのです。ルーナ様の力になりたくて……」
「マルシア……」
俺は「魔術がなくとも十分力になってくれていた」と言おうとした口に封をした。表面上は慰めの言葉に聞こえるだろうが、それではマルシアの思いを——努力を否定することになってしまう。俺は口をつぐみ、マルシアの吐露をひたすら聞くように徹した。
「そのお陰で、今までよりは魔術を扱えるようになったと思っていたのですが、グリフォンが現れた時、私は何もできなかった。ルーナ様の力になる為と努力してきたのに一歩も動くことができず……あろうことかルーナを危険な状況にまでさせてしまいました……!」
ここまで涙をぼろぼろと流しながら話をするマルシアを、俺はただ優しく抱き返すことしかできなかった。まさか、今まで気丈に振る舞っているように見えていたマルシアが、ここまで負の感情を抱えていたとは。
「グリフォンの一件を通して、私の今までの鍛錬は生半可なものであると痛感しました。ですので、私は水魔術の扱いに長けているコニー様とギュラン様に直談判し、稽古をつけてもらっていたのですわ。最初はもちろんお2人の指導についていくのがやっとでしたが……こうしてルーナ様を助けられたと思うと、感無量で涙が止まりませんわ〜!」
そう言うなりまた大粒の涙を流しながらマルシアは泣き喚いてしまった。最初は恐らく悔しさからきたものであったが、今は安堵の感情を混ざってかより声が大きくなってしまっている。
だが忘れてはいけない。俺たちがいるのは戦場のど真ん中だ。こんなに大きな音を出せば、敵の注目の的になるのは火を見るより明らかだ。
「グアアアアアア!」
マルシアの泣き声を聞きつけたワイバーンの1匹が進路を変えて、こちらへ急降下してくる。先ほどは油断してしまっていたが、今ならば確実にワイバーンを返り討ちにできる。魔術を放つべく右手をワイバーンに向けた。だが、俺が右手を構えるよりも早く、標的のワイバーンが上空で大きく吹っ飛ぶ光景が俺の目に映った。
隣のマルシアは顎が外れそうなくらい愕然としていたが、これに俺が驚くことは無かった。こんな芸当をやってのける人物など、俺の記憶の中には1人しかいない。殴られた衝撃で墜落するワイバーンを踏み台にしながら飛び降りてきたその人物——カリアはマルシアに近づくなり説教を始めた。
「マルシア様! 戦場で大声を出せば狙われやすくなるのは周知の事実です! それにルーナ様まで巻き込もうとするなんて……!」
「ひい! 申し訳ございません〜!」
「カリア、マルシアは私を助けてくれたのよ。気持ちは分かるけど、程々にしてあげて」
「……確かに、あの時私は別のワイバーンを相手していたので、私では間に合わなかったのは事実です。今回はマルシア様に助けられましたが……これではルーナ様やメリア様が治療に専念できません」
ワイバーンも決して知能は低くない。俺やメリアが毒を治療できると分かれば、真っ先に潰しに来るだろう。そうなればいくら強いカリアらでも防戦一方で消耗するばかりだ。
だが、そんな状況にマルシアは臆するどころか、寧ろすくっと立ち上がって俺たちにドヤ顔をしてみせた。
「それならば、私に考えがありますわ!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回は6日投稿予定です。




