第三十九・五話「憧れの人になりました」(メリア視点)
お待たせしました。今回は閑話ということでメリア視点でのお話となります。
「それじゃ、そろそろ出発するわね。昼ごろには戻るから、それまでよろしくね」
そう言って私の憧れの人、ルーナ様が部屋から飛び出していく。初めは憧れるだけだったルーナ様が、私を頼りにしてくれている。普段お世話になっているカリアさんを騙すのはちょっと心苦しいけど、それよりも『ルーナ様の役に立ちたい』という欲望が上回ってしまった。
そんな私はというと、その憧れそのものになりきっている。服はルーナ様が貸してくれて、その他小物やウィッグはマルシア様が用意してくれた。作戦のためとはいえ、あのルーナ様のお召し物に袖を通しているという事実だけで心が弾む。
ちなみに、声真似ができることに気づいたのは最近の話で、何気に部屋でルーナ様のセリフを真似しようとしたら思いの外出来が良かったのだ。これをマルシア様に披露した時には大絶賛されたので、恐らく大丈夫だろう。後は私がカリアさんの前で、無事ルーナ様を演じきれれば作戦は完璧だ。
「そう……私はルーナ……カトラス家のルーナ……」
小声でひたすら『自分はルーナだ』だと自己暗示をかけるように呟き続ける。何かに集中していないと重圧感に押し潰されてしまいそうだからだ。
もし私が期待を裏切るような真似をしてしまったら、今まで通りルーナ様は私の友人でいてくれるのか。ルーナ様との関係も終わってしまうのではないか。冷静になればそんなことは無いと分かるはずの邪念にすら今は飲み込まれそうになっていたのだ。
そんな時、不意に右肩をポンポンと2回叩かれる感触があった。一体何事かと降り向いたその瞬間、柔らかい何かが私の右頬に突き刺さるのを感じた。
「ひゃあっ!」
「ふふ、引っかかりましたわね!」
驚いた勢いそのままに飛び退いた先で感触の正体を確認すると、マルシア様が左手の人差し指を突き出しながらケラケラと笑っていた。
「大丈夫ですわよメリアさん。そんなに思い詰めなくても、メリアさんなら上手くできますわ。なんと言ったって私のお墨付きですもの!」
陰鬱さを吹き飛ばしてくれるような快活な声で、マルシア様が励ましの言葉を送ってくれた。かつてルーナ様もマルシア様の声を聞くと元気が出ると話していたが、その言葉に偽りは無かったのだと痛感した。
「ありがとうございますマルシアさん。なんだか自信が湧いてきました!」
「お役に立てたなら何よりですわ! ……カリアさんが来る時間も近いので、私はこれで失礼しますわね。グッドラック! ですわ!」
「はい! マルシア様もお気をつけて!」
私に向けて親指を立てながら、マルシア様は小走りで部屋を去っていった。部屋には私1人になったが、今の私に怖いものは無い。満を持してカリアさんの到着を待ち構える。
マルシア様が退室して程なく、部屋の扉をノックする音が聞こえた。いよいよここからが本番だ。軽く咳払いをして声の調子をルーナ様に近づけ、扉の前にいるカリアさんに入室を促す。
「失礼しますう。ルーナ様、朝の支度の手伝いに……おや?」
部屋に入ってくるなり、カリアさんは首を傾げながら私に近づいてくる。まさか早速バレたのではと背筋が凍る。
「えっと……カリア、いきなりどうしたの?」
私が身動き一つ取れないのを知ってか知らずか、カリアさんは私をまじまじと見つめてくる。
「いえ……私が来る前にルーナ様が身支度を済ませてるのが珍しいなと思いましてえ」
「た……たまにはこういうこともあるわよ。さ、早く朝食にしましょ!」
「……それもそうですねえ! 私もお腹ペコペコですう!」
そう言いながらカリアさんが私の傍から離れ、鼻歌混じりで朝食の準備をし始めた。なんとか危機を逃れたようで一安心だ。だがここで油断すれば足元を掬われるかもしれない。ルーナ様がよくやるように、自分の頬を両手で軽くパチっと叩いて気合いを入れ直した。
朝食の後は紅茶を嗜みながら、学園であった話や他愛ない話でゆったりと過ごす午前中を過ごした。
普段はルーナ様の後ろで凛としている印象のカリアさんだが、時折見せる無邪気な笑顔やお喋りに夢中になっているのを見ている内にその印象はすっかり変わってしまった。ルーナ様はカリアさんに対して「年上なのに妹のように感じてしまう」と言っていたことがあるが、いつの間にかカリアさんと妹のジュリを重ね合わせてしまっていたあたり、本当にその通りだった。
そうして穏やかな時間を過ごしている内に、いつしか時計の針は12時を指そうとしていた。カリアさんは昼食の準備をするために一度自室へ戻るとのことなので、ルーナ様もそろそろ帰ってきてもおかしくない頃だ。
「では、失礼しますねえ」
そう言ってカリアさんがドアノブに手をかけて退室ようとする。これで一時的に緊張から解放されると胸を撫で下ろそうとしたその瞬間、扉をドンドンと叩く音が鳴り響いた。そして、私たちが声をかけるのを待たずして扉が勢いよく開かれる。その扉の先の光景を見て、私は思わずベッドに座り込んでしまった。
そこにいたのはルーナ様の婚約者であるギース様と――変装して街に出ているはずのルーナ様だった。ルーナ様は私と目が合うなり、胸の前で手を合わせて謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさいメリア! ……バレちゃった」
「……ということだ。メリア嬢、すまないが連帯責任として君にも同行してもらうよ」
「……はい(なんでよりによってギース様に見つかっちゃったのですかルーナ様……)」
「え? ルーナ様がメリアさんで……え? え?」
まだ状況を把握できていない様子のカリアさんを他所に、私たちはギース様によって寮長さんのところへ連行された。既にその場に連れられていたマルシア様と一緒に、私たち3人は寮長さんと事情を把握したカリアさんから説教を受け続け、1週間の寮のトイレ掃除という名の罰が下されてしまった。
今後は、ルーナ様の役に立ちたいからと安請け合いせずに冷静に判断しようと、固く決心したのであった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
次回は26日投稿予定です。




