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1-2.この世界で二度目の誕生日

「暇だ」


 遥人は書斎の椅子に深く腰掛け、腕を組みながらそう呟いた。

 今朝の寝ぐせまみれの髪は、ワックスによってしっかりセットされており、よろよろの寝巻から仕事着に着替えていた。

 輝が洗濯したであろうシャツやジャケットは、しわどころか微かなホコリすら乗っていない。これが昔買った古着であることを忘れるくらいには丁寧に扱われていた。


(忙しくなるって言ってたよな?)


 寝起きの不確かな記憶から輝の言葉をたどった。時刻は十一時を過ぎており、営業開始から二時間、事務所に誰一人依頼人は来なかった。


 遥人は隣室である朝食を食べたリビング兼応接室に移動すると、輝がテーブルに座り、神妙な面持ちでノートパソコンと睨めっこしていた。


「先生!?」


 こちらに気づき、驚きながら勢いよくノートパソコンを閉じて叫んだ。明らかに何か動揺している。


「もうお仕事終わったんですか?」

「お仕事って……ここ数か月、一人も依頼人が来てないから、仕事もなにもねぇよ」

「あー…」


 口を明けながら冷や汗をかいている輝に、遥人はさっきの異常な行動に対して疑問の表情を浮かべていた。


「それよりパソコンで何してたんだ?」

「え!?いや、これは…」


 押さえる輝の手を振り払ってノートパソコンを開くと、そこにはおぞましい配色で彩られたポスターの編集画面だった。

 目が痛くなる鮮明な赤で”あなたの最期のお手伝いをします!”と書かれており、背景はグリーンバックのような原色の緑であった。中央にはフリー素材であろう、つぶらな瞳の青年が両手をこちらに向けている。

 まるでサイコパスが純粋無垢に呼びかけているかのようだ。


「なんだこれ…最期のお手伝いって…自〇の手助けか?」

「仕方ないじゃないですか!ならどうやって説明すればいいんです!?」


 遥人は、輝が店の宣伝のために、ポスターを制作していたことを、最悪な色彩センスの配色を見て思い出した。ある意味目立つ点では正解なのである。


「本当はこのポスターで、人がいっぱい来る予定だったんです。なのに二時間たっても来なくて…」

「だから忙しくなるって言ってたのか。ってこのポスターもう街に張り出したのか!?」


 輝はしゅんとした顔のまま、かくんと小さく頷いた。


 信じられない。

 こんな恐ろしい自〇勧誘ポスターすぐに剝がされるだろう。


「だって、あんまり詳しく書いちゃうと変な宗教団体みたく思われるし、塩梅が難しいんですよ」


 たしかに、正直自分でも説明するのは非常に難しい。まして一般人が相手では尚更だ。

 しかし、ここまでひどいうたい文句を、堂々と人前に出せるのは、輝の頭のねじが数本外れている証拠である。


「客が来ないなら、俺は上で寝てる。もしそのおぞましいポスターを見て来るようなやつがいれば、その時に起こすんだな」

「え!」


 輝はあたふたと、両手をわなわなし始めた。様子がおかしい。

 いつもなら、遥人は昼過ぎまで寝ていることが多く、もし午前中の営業時間に依頼人が来た際には、輝が都度自室で寝ている寝坊助に向かって、消臭スプレー攻撃をしてくる。そもそも、依頼人自体少ないうえに、午前中に訪れる人は限られるが。


「どうした?」


 何か言いたげそうな輝に対して、遥人は問いかけた。

 昔から肝心なことを自ら切り出して話すことが苦手なのである。


「本当は夕食の時に渡したかったんですけど」


 輝はそう言いながら作業机の前に移動し、引き出しを開け、何かを取り出し、「はいどうぞ」と遥人に両手を添えて手渡した。


「うえぇぇええぇええ!!!???」


 遥人はそれを見て驚嘆した。

 受け取ったプレゼントと思しきものと、輝のニヤニヤと笑う顔を、口を大きく開けたまま交互に確認する。


 それは一枚のレコードだった。

 ただのレコードではない。一部界隈で大人気のインディーズバンド、『ミルクエクスペディション』の限定十枚のレコードである。


 音楽配信中心で、ましてCDすら出さないミュージシャンが多くなってきたこの時代、それらに加えて敢えてレコードを出し続けてきたバンドとしても知名度がある。近年の再熱するレコードブームにも後押しされ、ライブハウスの物販で即完売してしまう代物としてプレミアがついている。


「なんでこれを...!?」


 輝はいまにも顔から何かが溢れ出そうな笑顔で返答する。


「僕頑張ったんですよ!先生の好きなバンドのことを調べて、このレコードを手に入れるために、ライブの前日の夜から並んで手に入れたんですから」


 輝は腰に両手を当て背伸びをし、「ふっふーん」と高々に鼻を鳴らしながら、自慢げにアピールした。

 遥人から見た輝は、さっきまでなよなよした頼りない姿とは打って変わって神々しく見えた。


「そもそもなんでプレゼントなんて用意したんだ?今日なにか特別な日だったか...?」

「忘れちゃったんですか?先生」


 輝は壁に掛けられたカレンダーの今日の日付に、指を差す。

 そこには大きくはなまるマークが赤ペンで書かれていた。


「去年、先生の誕生日を今日にしようって決めたじゃないですか」


 ハッとするように、遥人は去年の情景を思い出した。


 もともと生まれたころの記憶があやふやなうえ、両親は物心つくころにはいなかったため、自分の誕生日というものが分からなかった。

 そもそも個人の誕生日が祝われるようになったのもここ百年ほどの話で、多くの時間を正確な月日が分からないまま生きてきた遥人にとって、誕生日を祝うということは、とうに忘れてしまった習慣であった。


 しかし、輝から初めて誕生日を聞かれた時に、自分が誕生日を持っていないことに気づいた。

 その旨を伝えると、「それじゃあ、今日にしましょう」とえらくあっさり自分の誕生日が決まった。二度目の人生で初めての誕生日は、とっさに拵えたコンビニのケーキを、二人でつっつきあった。


「去年は急で何も用意できなかったから、今年はその分、うんと喜ばせようって準備したんです。」

「そうか...。ありがー」


 唐突に事務所のドアが乱暴に開けられ、ドンッという音と、ドアベルの散らばった音色が室内に鳴り響き、遥人が照れくさそうに発した言葉はかき消されてしまった。


三話は本日の20時頃投稿予定です。

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