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1-3.巡り合わせ

「おい!ここが変な力でなんでも願いを叶えてくれるってところか!?」


 全開のドアの前には、若い男が尊大な態度で立っていた。金色の模様が目立つ柄シャツに、ピッチピチの黒ズボン、真っ黄色のスニーカーという、いかにも派手な格好から不良のにおいを感じる。


「お客様、申し訳ございませんが当店ではそのようなサービスは行っておりません。お帰りください」


 いいところを邪魔され憤っている輝が、とっさにドアに振り返り、冷ややかな目をしながら返答する。

 変な勘違いをしてお店にやってくる客は一定数いる。そのため、このような迷惑な客の対応には慣れていた。


「はぁ?聞いてきたんだよ。超能力か何かを使って金儲けしてるって」


 輝が抑えきれない怒りの感情をあらわに、「ですから」と腕を上げ、言い返そうとしたところを、遥人はそっと手を添えて止めた。


「お客さんは何がしたいんだい?」

「先生!?」


 遥人は客の前に歩み寄り、じろりとその顔を見つめた。


「あ?ガキに用はねぇんだよ」

「私が店主だが?」

「はぁ?お前みたいなガキに何ができるんだよ」


 遥人は顔色一つ変えずに客の目を見続ける。


「例えばこんなことかな」


 遥人はスっと片手を前に伸ばし、手のひらを不良に見せた。

 すると、手のひらの真ん中から小さな光が現れる。

 光は力強くもどこか優しい瞬きをして、少しずつその輝きを増していく。


 光が遥人の手の大きさを上回った瞬間、光は炎となり男の周りを取り囲んだ。


 突然広がった烈火を前に、男は喉奥から情けない赤子のような震えた悲鳴を絞り出し、みっともなく床に尻もちをついた。


「熱い!熱い!」


 額には冷汗がにじみ、必死にまとわりつく炎を手で振り払うが、その勢いは止まらなかった。


「さっさと帰れ」


 遥人は淡々と、地面を這って逃げようとする虫けらの背中に向かって、力強く言葉を発した。不良は四足歩行のまま玄関を飛び出し、転げ落ちるように階段を下りていった。


 中途半端に開かれた玄関から秋風が入り、静けさを取り戻した部屋の足元を冷たくする。

 十数秒の沈黙の後、輝は遥人に向かって言葉を掛けた。


「先生」


 神妙な面持ちで遥人の目を見つめ、裾を握った手には力がこもっていた。


「わかってる。話して追い返すより、魔術で追い払ったほうが効率いいと思っただけだ。それに"実体"の炎を出したわけじゃない」


 遥人は場が悪そうに床に目を伏せ、頭を掻きながら、静かに応答した。


「そうですか。”幻覚”に熱を感じるなんて、人間の脳みそは単純ですね」


 輝はシワの集まった手元に目を移しながら、散らかった玄関にゆっくりと足を進めた。

 外に続く下りの階段には、玄関に飾っていた鉢植えの破片と、足跡の模様が付いた土、コルチカムの花びらが段板にこべりついていた。

 輝は大きなため息をつき、しょんぼりしながら「せっかく咲いたのに」と呟いた。

 植木鉢の破片は階段の下りた先、つまり外の道路脇にまで広がっており、輝は通行人を考慮し、その部分の破片だけ手で拾い集めるために、階段を下りた。


 いくつかの破片を拾い上げた輝が体を起こすと、目の前に蛍光色のポスターを握りしめた六十代くらいの女性が立っていた。


 △ △ △


「あのー…何か飲まれますかー?」


 輝は怯える女性に対して、苦笑いを浮かべながら、ばつが悪そうに問いかけた。


 飾られた振り子時計のカチカチという駆動音が、やけにいつもより大きく耳に入り込んでくるのを感じる。

 女性の座るテーブルの反対側で、遥人は膝をつきながらスマホを操作していた。こんな状況で、呑気にスクロールとタップを交互に繰り返している姿を見るのは腹が立つ。


「お茶淹れますねー…」


 耐えられず輝はそう答えると、キッチンへと移動し、ガラス棚にしまっていた急須を取り出した。

 お茶出しをするのは久しくやっていなかったため、最後にしまった時の記憶をたどるように、キッチンの引き出しをいくつか開け、緑茶の茶葉を探し始めた。


 女性は依然として無言を貫いている。

 無理もない。


 店の前で呆然と立ち尽くしていた女性は、おそらく不良とのやり取りの一部を、階段下で聞いていたのだろう。輝が女性を認識した時には、女性はひどく驚いた表情とともに、その場で立ち尽くしていた。

 本来であれば、その場をうまくやり過ごし、事務所に戻るところだったが、女性がやけに目につくポスターを手にしていたことから、輝は喜びのあまり、女性の手を取り流れるように事務所へと連れ込んだ。

 客人用の椅子を引き、着席を促したあたりから、輝は我に返り、今までの行動を恥じ、変に冷静になっていた。


 緑茶の入った焦茶色の湯呑を、客人の前にゆっくりと置くと、輝はお盆を両手で抱えながら、そそくさと遥人の斜め後ろに移動した。


「久しぶりのお客さんですよ…!なにか喋りましょうよ…!」


 輝は遥人に耳打ちしたが、それでもなお、スマホの操作をやめない。お気に入りのバンドのライブ情報が、指を動かす度に次々と画面上に表示される。

 優雅にネットサーフィンを楽しむ遥人に対して、輝は耐え切れず拳を振り上げようとしたが、沈黙を破る声によって、遥人の頭にたんこぶが生まれることはなかった。


「ここが」


 女性は完全に伏せていた面を少し上げ、わなわなとした声を出した。

 逆光がそうしているのか、それとも元からなのか、女性はひどく顔色が悪く、枝毛や浮き毛が頭の輪郭を形どっていた。頬はこけ、唇の色は青白く、焦点が合わないのか黒目が小刻みに震えている。


「最期の願いを叶えてくれるところですか」


 遥人はスマホの電源ボタンを押し、テーブルにコトンと置くと、両肘をついて手を組み、客の目をとらえてこう発した。


「お客さんは”最期に”何がしたいんだい?」


 と。

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