第9話◇ 武器と仕入れ先
翌朝、宿で朝食を頼むと、いつもの硬いパンと野菜のスープ、それに薄い肉が2切れ出てきた。
この味にも少しずつ慣れてきたが、慣れたからといって美味くなったわけではない。パンをスープへ浸しながら食べていると、ふと炊きたての白米が頭に浮かび、そこから味噌汁、焼き魚、卵焼きまで連想してしまったので、コウイチは考えるのをやめた。
日本の食事を思い出しても、腹が減るだけだ。それより今日は、先にやることがある。
昨日は商品に使う素材を集めるために森へ入り、ホーンラビット7匹、グレイウルフ2匹、ゴブリン2匹を倒した。帰りにすべて解体を済ませ、角や骨、牙、爪、それに状態のいい毛皮など、使う可能性のある素材だけを手元に残している。
さらに宿へ戻ってからも、そのまま寝たわけではない。
最後のゴブリンを倒したところでLv4になり、MPは30まで回復していた。朝になれば回復するものを、そのまま残して寝るのはもったいない。
すでに売れることが分かっているC品質の角製留め具を作り、MPが3になったところで止めた。合計27個。
以前、MPを0まで使って倒れた経験がある。だから3は残す。
今のところ、それを自分なりの安全下限にしていた。
《アイテムボックス》があるため、作った商品がすぐに売れなくても置き場所には困らない。売れると分かっている物なら、回復するMPを使わずに寝るより、商品へ変えておいた方が無駄は少ない。
一方で、グレイウルフの牙や爪、毛皮には手をつけなかった。何に加工できるのかはある程度想像できても、実際に何が売れ、いくらになるのかまでは分からない。売れるかどうかも分からない物へMPを使うつもりはなかった。
分からない物には使わず、売れると分かっている物へ使う。今のコウイチにできるのは、そんな小さな無駄を毎日1つずつ減らしていくことだった。
朝になって確認すると、MPは30まで戻っている。
昨夜3まで減らした状態から最大値まで回復していた。正確に何時間でどれだけ戻るのかまでは分からないが、少なくとも一晩眠ればかなりの量が回復するらしい。
なら今日も、必要なところには使える。
ただ、昨日初めて戦ったグレイウルフを思い返すと、別の問題があった。
「……石槍じゃ、そろそろ厳しいな」
生成した石槍には随分助けられた。素材を用意しなくても作ることができ、壊れても作り直せる。最初のホーンラビットから昨日のグレイウルフまで、自分が生き残っている理由の1つなのは間違いない。
だが、所詮は石だ。昨日のグレイウルフへ突き刺したときにも穂先には小さな欠けができていたし、森で見たフォレストボアの分厚い身体を思い出せば、あれに石槍で挑む気にはなれなかった。
商品を作るには素材がいる。その素材を安全に仕入れ続けるつもりなら、武器にも金かMPを使う必要がある。
朝食を食べ終えたコウイチは、そのまま武器屋へ向かった。
◇
店内へ入ると、昨日と同じ鉄と油の匂いが鼻をついた。
壁には剣や斧が並んでいるが、今日の目的は決まっている。槍だ。
「初心者でも扱いやすい槍ってありますか?」
店員に尋ねると、体格のいい男が壁際へ歩き、1本の槍を持って戻ってきた。
「冒険者ならこの辺だな。変な装飾もないし、手入れさえすれば長く使える」
受け取ってみると、これまで使っていた石槍より明らかに重かった。ただ、持てないほどではなく、両手で構えてみれば穂先だけが極端に重いわけでもない。
「初めてなら重く感じるだろうが、そのうち慣れる」
「柄は木ですか?」
「ああ。全部鉄で作ったら重くて使い物にならん。穂先だけ鉄だ」
コウイチは頷きながら、穂先と柄の接合部分を観察した。
金属の筒状になった部分へ木製の柄が差し込まれ、ずれないようしっかりと固定されている。石槍を作るときには全体の形ばかり意識していたが、実物を手に取れば重心や柄の太さ、接合部の構造までよく分かる。
ここは細かく知っておきたい。
《鑑定》Lv2。
【鉄製の槍】
品質:C
全長:約190センチ
穂先:鉄
柄:硬木
用途:刺突・狩猟・対魔物戦闘
状態:良好
【理解度:91%】
MPは30から28へ減った。
「……91」
思った以上に高い。
これまで何度も石槍を生成し、実際の戦闘でも使ってきた。その経験が、材質の違う鉄槍にもある程度生きているらしい。
「これ、いくらです?」
「銀貨3枚だ」
銅貨300枚。
今の自分には簡単に出せる金額ではない。それに、理解度は91%まで上がっている。
――作れるかもしれない。
もちろん、店の中で試すほど馬鹿ではない。
「少し考えます」
槍を店員へ返し、コウイチは店を出た。
◇
宿の部屋へ戻り、扉を閉める。
コウイチは先ほど触った槍を頭の中で思い浮かべた。全長、柄の太さ、穂先の形、鉄と木の接合方法、そして実際に持ったときの重心まで思い出しながら《生成》を意識する。
【完全生成】
対象:鉄製の槍
理解度:91%
使用素材:なし
必要MP:8
生成予測品質:B
「8か」
手元に鉄や硬木を用意し、それを素材として使えば必要なMPはもっと下げられるはずだ。だが今は素材がないため、鉄も木も含めてすべて《生成》することになる。
それでも、以前マジックバッグを素材なしで完全生成しようとしたときのMP48と比べれば遥かに少ない。魔石や術式を必要としない単純な武器だからだろう。
現在のMPは28。ここから8を使えば20になる。
森へ入る前としては決して軽い消費ではないが、銅貨300枚を払う代わりにMP8で済み、一度作ればしばらく使える。
金とMPのどちらを使う方が得なのか。今の状況なら答えは明らかだった。
――必要経費だな。
「生成」
淡い光が集まり、床の上に1本の槍が形を作っていく。
光が消えたあとに残った槍を持ち上げると、先ほど武器屋で触ったものとほぼ同じ重量だった。
【鉄製の槍】
品質:B
全長:約190センチ
穂先:鉄
柄:硬木
切れ味:良好
耐久性:良好
MPは20。
「……悪くない」
銀貨3枚を使わずに済み、それより品質も1段階高い。
もちろんMP8は使ったが、休めば回復する。鉄や硬木を素材として手に入れられるようになれば、次からはさらに少ないMPで作れる可能性もある。
こういう小さな差を積み上げていけばいい。
数回構えて重心を確かめていると、腰に下げた小型のナイフが目に入った。
銅貨22枚を出して買ったもので、護身用として持っていたが、戦闘で使ったことはほとんどない。せいぜいゴブリンを解体するときや、紐や食べ物を切るのに使った程度だった。
構造も単純なので、こちらはLv1で十分だろう。
《鑑定》Lv1。
【小型鉄製ナイフ】
品質:C
用途:日常作業・解体補助・護身
MPは19。
毎日腰に下げ、実際に何度も手に取って使ってきた。鉄槍より付き合いが長いぶん、道具としての形や扱い方はよく分かっている。
《生成》を意識すると表示が浮かんだ。
【完全生成】
対象:小型鉄製ナイフ
理解度:94%
使用素材:なし
必要MP:2
生成予測品質:B
「2なら、必要になったときでいいな」
今は作らない。
森へ入る前のMPは19。必要のない予備へ2使うより、戦闘中に余裕を残しておく方がいい。壊れたり失くしたりした時点で作れば済む。
回復するからといって、いつでも使えばいいわけではない。必要なところには使い、必要のないところでは使わない。
コウイチはナイフを鞘へ戻し、昨日まで使っていた石槍を《アイテムボックス》へ収納した。
主武器は鉄槍。石槍は予備だ。
◇
最初に遭遇したのはホーンラビットだった。
攻撃方法はもう何度も見ているため、《鑑定》は使わない。分かっている相手にMPを使う必要はなかった。
ホーンラビットが地面を蹴り、一直線に突っ込んでくる。
十分に引きつけてから身体をずらし、脇を抜けたところへ踏み込んで槍を突き出すと、鉄の穂先は石槍とは比べものにならないほど容易に身体へ入った。
「……全然違うな」
石槍では刺す場所と角度をもっと慎重に考えていた。今は同じ動きでも傷の深さが違い、ホーンラビットはほとんど抵抗することなく倒れている。
自分の技術が急激に上がったわけではない。武器が良くなっただけで、同じ相手との戦闘がここまで変わる。
ゲームなら当たり前の話だったが、実際に命を賭けるとなれば意味はまるで違った。
ホーンラビットを《アイテムボックス》へ収納し、さらに奥へ進む。
今日の目的は討伐数を増やすことではない。鉄槍へ変えたことで、昨日苦戦した相手とどこまで戦いやすくなったのか。それを確かめる方が重要だった。
◇
1匹目のグレイウルフを見つけるまで、それほど時間はかからなかった。
昨日見た個体と同じ程度なのか、確認しておきたい。
《鑑定》Lv2。
【グレイウルフ】
Lv:5
STR:11
VIT:9
AGI:17
MPは17。
対してコウイチはLv4でAGI14。まだ素早さでは負けているが、昨日1度戦っているため、槍の正面を嫌って横へ回り込もうとすることも分かっていた。
コウイチは太い木を背にして鉄槍を構える。
しばらく睨み合ったあと、グレイウルフが動いた。正面から距離を詰めてくる相手へ穂先を向けると、予想した通り途中で身体を横へ流し、槍の正面から外れようとする。
昨日なら、その動きに釣られて槍を大きく振り回していた。
今日は柄を必要以上に動かさず、穂先だけで相手を追う。グレイウルフは嫌がるように1度距離を取った。
――やっぱり槍を警戒してる。
なら、こちらから追う必要はない。
コウイチが構えたまま動かないと分かると、グレイウルフは焦れたようにもう1度踏み込んできた。今度は途中で方向を変えず、喉元を狙って飛びかかってくる。
身体を半歩ずらしながら槍を突き出すと、穂先が肩へ深く入った。悲鳴を上げたグレイウルフが着地を乱したため、槍を引いてもう1度踏み込み、胸へ突き込む。
灰色の身体が地面へ崩れた。
コウイチはすぐには近づかず、完全に動かなくなるまで待ってから槍を下ろした。
「昨日より、かなり楽だな」
それでも、噛まれれば怪我をすることに変わりはない。武器が良くなったからといって、油断していい相手ではなかった。
グレイウルフを収納し、休憩を挟んでから移動を再開する。
◇
次に問題が起きたのは、さらに森を進んだあとだった。
前方にグレイウルフが1匹。その少し右側に、もう1匹いる。
「……2匹か」
昨日なら迷わず避けていた。
今日も、できるなら戦いたくはない。だが、すでに2匹ともこちらに気づいており、コウイチを挟むように左右へ広がり始めていた。
逃げれば背中を追われる可能性がある。
コウイチは太い木を背にし、鉄槍の穂先を左右へ向けながら動きを見る。片方を警戒すれば、もう片方が距離を詰める。槍が1本しかないことを理解しているかのような動きだった。
やがて左側の1匹が正面から駆けてくる。コウイチが穂先を向けると、グレイウルフは間合いへ入る寸前で速度を落とした。
――囮か。
そう気づいたときには、右側の個体が動いていた。
槍を戻すには遅い。
コウイチは左手を柄から離し、腰のナイフを抜いた。考えている余裕はなく、迫ってくる顔を狙ってそのまま投げる。
ナイフは狙いより大きく逸れ、グレイウルフの肩へ突き刺さった。
「外した!」
狙った場所ではない。それでも突然の痛みに相手が着地を乱し、わずかな時間ができた。
コウイチはすぐに鉄槍を両手で握り直した。
最初の1匹が今度こそ飛び込んでくる。胸へ向けて槍を突き出すと、鉄の穂先が深く入り、その勢いのまま灰色の身体が地面へ転がった。
残った1匹は肩にナイフが刺さったまま数メートル先で体勢を立て直していた。
逃げるなら追うつもりはない。
だが、相手は低く唸りながら再びこちらへ向き直った。
「……来るのかよ」
今度は1対1で、しかも相手は負傷している。
コウイチは木を背にしたまま呼吸を整え、鉄槍を構え直した。
最初の攻撃は無理に狙わず避け、追いかけない。相手が振り返り、もう1度踏み込んでくるところを待ってから穂先を合わせた。
鉄槍が胸へ突き刺さり、グレイウルフの身体が地面へ崩れる。
2匹とも完全に動かなくなるまで待ったあと、コウイチはようやく肩の力を抜いた。
「……2匹は、まだ面倒だな」
勝てたが、余裕があったわけではない。投げたナイフが当たらなければ、噛まれていた可能性もある。
グレイウルフの肩からナイフを抜くと、刃の一部が欠けていた。
普通なら銅貨22枚で買った道具を簡単に投げる気にはならない。なくす可能性もあるし、木や岩へ当たれば壊れることもある。
だが、自分なら素材なしでもMP2で作り直せる。
――投げて隙を作るのは、ありだな。
狙った場所へ当てられるほどの技術はないので、今の自分にできるのは相手を一瞬怯ませる程度だろう。それでも、その一瞬が鉄槍で仕留めるための時間になるなら、覚えておく価値はある。
そして2匹目のグレイウルフを《アイテムボックス》へ収納したところで、身体の奥から覚えのある感覚が広がった。
【レベルが上がりました】
【Lv】4 → 5
【HP】48 → 55
【MP】30 → 35
STR:13 → 15
VIT:14 → 16
AGI:14 → 16
DEX:16 → 19
INT:18 → 20
MND:16 → 18
レベルアップと同時に、戦闘で溜まっていた疲労と消費したHP、MPが回復していく。
MPも17から、新しい最大値である35まで一気に戻った。
「……Lv5か」
DEXは16から19、MPも30から35へ伸びている。やはりこの2つは他より伸びが大きい。
ただ、数字が上がったからといって、自分が急に別人になったわけではない。
今日倒したのはホーンラビット1匹とグレイウルフ3匹。昨日より討伐数そのものは少ないが、グレイウルフはホーンラビットより危険で、1戦ごとの疲労も大きい。
数を増やせば素材は増えるが、必要以上に戦えば怪我をする可能性も上がる。商品と同じで、多ければいいわけではない。
そのとき、昨日見た魔物が頭に浮かんだ。
フォレストボア。
昨日は見ただけで戦わずに離れた。
今でも危険な相手なのは変わらない。ただ、条件は昨日より良くなっている。
Lv5になり、武器はB品質の鉄槍。相手の能力も1度見ているし、いざとなれば予備の石槍もある。
それでも、無理に何匹も狙うつもりはなかった。
「……1匹だけだな」
単独でいること。逃げ道があること。周囲の地形が悪くないこと。
その条件を満たした個体が見つかったときだけ試し、危険だと思えば逃げる。高価な素材かもしれないからこそ、まず1匹で十分だった。
◇
フォレストボアを見つけたのは、それからしばらく経ってからだった。
茂みの向こうに黒褐色の巨体が見える。昨日見た個体と同じ種類らしく、口元から左右に1本ずつ太い牙が伸びていた。
細かい能力をもう1度確認する。
《鑑定》Lv2。
【フォレストボア】
Lv:7
STR:18
VIT:16
AGI:10
特徴:高い筋力と耐久力を利用した突進
有用素材:牙・皮・肉
MPは35から33へ減った。
周囲に別の魔物はいない。近くには太い木が何本かあり、後ろへ下がれば逃げることもできそうだった。
条件としては悪くない。
コウイチは鉄槍を握り直した。
「……やるか」
怖くないわけではない。むしろステータスを知っているからこそ怖い。
STR18。
あの巨体でまともに突進を受ければ、今の自分でもただでは済まない。
なら、受けなければいい。
フォレストボアがこちらへ気づき、低い唸り声を上げながら前脚で地面を掻く。次の瞬間、黒褐色の巨体が一気に加速した。
「っ!」
速い。
AGI10という数字を見て、どこかでグレイウルフより遅い相手だと思っていた。だが、人間より遥かに重い巨体が真正面から迫ってくる光景は、数字から受ける印象とはまるで違う。
コウイチは横へ飛んだ。
直後、ついさっきまで立っていた場所を太い牙が通過する。身体には触れていない。それでも巨体が横を抜けただけで背筋が冷えた。
――AGIだけ見て判断したのは失敗だったな。
しかもフォレストボアは、そのまま木へ突っ込むこともなかった。速度を落としながら身体の向きを変え、再びこちらへ顔を向ける。
ホーンラビットのように木へ誘導すれば終わる相手ではない。
2度目の突進。
今度は速度が分かっている。
早めに避けようとして、コウイチは身体を止めた。こちらが先に動けば、相手も方向を修正できるかもしれない。
できるだけ引きつける。
身体は今すぐ逃げろと訴えていたが、その場に留まり、間合いが縮まったところで横へ飛んだ。
牙が服を掠め、布が裂ける。身体のバランスを崩して地面へ転がったが、すぐに起き上がった。
脇腹に痛みはあるものの、動けないほどではない。
――避け続けるだけじゃ駄目だ。
何度も突進させれば、そのうち自分が失敗する。
コウイチは鉄槍を構え直した。
正面から止める必要はない。突進させ、ぎりぎりで避け、その瞬間に横から刺す。狙うなら首か肩だ。
フォレストボアが3度目の突進に入る。
コウイチは動かずに待った。
距離が縮まり、牙が目前へ迫ったところで身体を投げ出すように横へ飛ぶ。同時に、両手で握った鉄槍を巨体の進行方向へ突き出した。
穂先が首の横へ深く刺さった。
だが、止まらない。
「なっ……!」
フォレストボアの勢いに槍ごと引っ張られ、肩へ強い衝撃が走る。
コウイチは無理に握り続けず、すぐに手を離した。
数メートル先でフォレストボアがよろめく。首には鉄槍が刺さったまま血も流れているが、それでも巨体は倒れず、再び立ち上がろうとしていた。
「……嘘だろ」
主武器は相手の首に刺さっている。
腰のナイフだけで止められるとは思えない。だが、武器がなくなったわけではなかった。
コウイチはマジックバッグへ手を入れるふりをして、《アイテムボックス》から石槍を取り出す。
昨日までの主武器で、今日は予備だ。
立ち上がろうとしているフォレストボアへ慎重に近づき、鉄槍が作った傷へ石槍を突き込む。巨体が激しく暴れたため、すぐに槍を抜いて距離を取った。
ここで無理に近づいて牙を受ければ、今までの苦労が全部無駄になる。
フォレストボアの動きが僅かに弱まるのを待ってから、もう1度傷口へ槍を突き込む。
大きな身体が震え、そのまま地面へ倒れた。
コウイチは追撃せず、数メートル離れて石槍を構えたまま待つ。しばらくしても動かないことを確認してから、ようやく槍を下ろした。
「……二度と正面からやらない」
勝ったことは間違いない。
だが、勝てる相手と安全に狩れる相手は違う。今の自分にとってフォレストボアは、まだ後者ではなかった。
◇
ラグナードへ戻るころには、日が傾き始めていた。
そのまま冒険者ギルドの解体場へ向かい、いつものようにマジックバッグから取り出すふりをしながら、今日倒した魔物を出していく。
ホーンラビット1匹、グレイウルフ3匹。そして最後にフォレストボアの巨体を出すと、解体担当の男が手を止めた。
「お前、これも狩ったのか?」
「1匹だけです」
「Fランクだったよな?」
「はい」
男は何か言いたそうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。
解体を頼み、グレイウルフからは牙や爪、それに状態のいい毛皮を残してもらう。フォレストボアについても左右の牙2本と状態のいい皮を手元へ残し、肉など今すぐ使う予定のない部位は売却することにした。
受け取った牙は、ホーンラビットの角とは比べものにならないほど太く長い。
ここは用途まで詳しく確認しておきたい。
《鑑定》Lv2。
【フォレストボアの牙】
品質:B
用途:工具・装飾品・日用品・武器部品
加工適性:高
MPは33から31へ減った。
もちろん価格は表示されない。
そこでコウイチは解体担当の男へ尋ねた。
「この牙、そのまま売るならいくらくらいですか?」
「その大きさと状態なら、1本40枚くらいだな」
左右2本なら銅貨80枚。
牙だけでもホーンラビットとはかなり違う。
だが、素材の値段だけでは本当に価値があるかどうかは分からない。何に加工できるのか、加工した場合にどれだけ価値が変わるのか、それを確かめてから売っても遅くはない。
コウイチは牙2本を残し、その日の精算を終えて宿へ戻った。
◇
宿へ戻ったあと、コウイチは残ったMPをどうするか少し考えた。
31も残っている。
普段なら、そのまま寝るのはもったいない。
ただ、《アイテムボックス》には前日に作った角製留め具が27個残っている。フォレストボアの牙は何に加工すればいいのかまだ分からず、グレイウルフの素材も同じだった。
MPを余らせるのは惜しい。だが、売れる見込みもない物へ素材とMPを使う方が、もっと無駄だ。
今日は使わない。
そう決めて眠った。
◇
翌朝には、MPも35まで戻っていた。
コウイチはフォレストボアの牙を1本持ち、これまで生成品を買い取ってもらっている雑貨屋へ向かった。
店主はコウイチの顔を見るなり、少し笑った。
「今度は何だ?」
「今日は売り物じゃなくて、聞きたいことがあって」
マジックバッグから牙を取り出すと、店主の表情が変わった。
「フォレストボアか」
「これなら、どういう物に加工すると売りやすいです?」
店主は牙を受け取り、表面や太さを確かめる。
「装飾品にもなるし、ナイフの柄にもなる。革細工の道具にも使えるな。ただ、この大きさなら日用品も悪くない」
「日用品?」
店主は店の奥へ引っ込み、しばらくして細長い物を1つ持って戻ってきた。
「例えば、こういうのだ」
コウイチは受け取った。
「……櫛?」
「なんだ、その顔は」
「いや、武器とか工具かと思ってました」
「そっちにも使うさ。ただ、フォレストボアの牙は磨くと艶が出るし、木より丈夫だ。金に余裕のある客には結構人気がある」
細かい性能まで見る必要はない。
《鑑定》Lv1。
【牙製の櫛】
品質:C
用途:整髪用の櫛
MPは34。
「これ、店ではいくらですか?」
「Cなら銀貨1枚くらいだな」
銅貨100枚。
角製留め具とは桁が違う。
「この牙そのものを店で買うなら?」
「この大きさなら60枚前後だな。職人が仕入れて加工する」
冒険者ギルドへ売れば40枚。素材として店に並べば60枚ほど。そして櫛になれば100枚。
加工することで価値が上がる構図そのものは、ホーンラビットの角と変わらない。
コウイチは櫛を裏返して眺めた。
「牙1本から、これって何個くらい作れるんです?」
「普通は1個だな」
「こんなに大きいのに?」
「形を切り出して、削って、歯を作って、左右を整えるんだ。割れや歪みも避けるから、使えない部分が結構出る」
店主の説明を聞きながら、コウイチは手元の櫛を見る。
――捨てる部分が多いのか。
《生成》ならどうなる。
それが気になった。
「出来が良い物なら、もっと高くなります?」
「Bくらいなら、店じゃ銅貨150枚から170枚くらいだな」
「買い取りだと?」
「出来を見てだが、100枚前後だ」
十分に高い。
だが、値段だけを聞いて終わるわけにはいかない。
「もしB品質を何本か持ってきたら、何本くらい買えます?」
店主が少し考えた。
「うちで売るだけなら2本もありゃ十分だ。ただ、俺から他の店へ回してもいいなら6本までなら取るぞ。6本まとめてなら、1本100枚でどうだ」
6本なら銅貨600枚。
価格だけでなく、売れる数まで聞いて初めて意味がある。
コウイチはその数字を頭へ入れた。
そこで、もう1つ気になっていたことを思い出した。
「あと、グレイウルフの素材もあるんですけど、牙とか爪って何に使われるんです?」
「牙なら小物や飾り、工具の先なんかだな。爪も細工物や針みたいな物に使われる。毛皮なら防具や袋物だ」
「そのままでも売れます?」
「ああ。牙や爪は数をまとめて職人へ回すことが多いな。毛皮は傷が少ない方が当然高い」
昨日までに倒した2匹分に、今日さらに3匹。
《アイテムボックス》の中には、これまで倒したグレイウルフ5匹分から残した牙や爪、それに状態のいい毛皮が入っている。
「牙や爪で、売れやすい物ってあります?」
「小さい道具や飾りなら売れるが、フォレストボアの櫛みたいに一気に値段が上がる物は少ないな。毛皮の方が安定して需要がある」
「なるほど」
高利益を狙えるフォレストボアの牙と、安定して需要があるグレイウルフの毛皮。同じ魔物素材でも、価値の出方は違うらしい。
「分かりました。ありがとうございます」
櫛を返し、牙を受け取る。
グレイウルフの素材も使い道は分かったが、だからといってすぐ何かに変える必要はない。牙や爪は実際の商品を見てから考え、毛皮も防具や袋物になるとは分かったものの、その作り方も値段もまだ知らない。
売れる形が分かってからMPを使えばいい。
コウイチは店を出た。
◇
宿へ戻ると、コウイチは部屋の扉を閉め、フォレストボアの牙を机へ置いた。
先ほど見た牙製の櫛を思い浮かべ、《生成》を意識する。
【素材補助生成】
対象:牙製の櫛
理解度:88%
使用素材:フォレストボアの牙
最大生成数:3
【投入MP:1】
生成予測品質:C
【投入MP:2】
生成予測品質:B
「……3?」
店主は、普通なら牙1本から櫛1個だと言っていた。だが《生成》なら最大3個作れる。
普通の加工では形を切り出し、削り、整える過程で素材の一部を捨てる。それに対して《生成》なら、素材そのものを必要な形へ組み直すため、無駄になる部分がほとんどない。
フォレストボアには牙が左右に1本ずつある。
2本なら最大6個。
店主が買うと言った数と、ちょうど同じだった。
「生成」
牙2本を素材に、B品質の櫛を6個生成する。
必要MPは12。
MPは34から22へ減った。
机の上には同じ形の櫛が6本並んでいる。
普通なら牙2本から作れる櫛は2本程度だが、自分なら6本作れる。品質だけでなく、素材をほとんど無駄にしない《生成》の歩留まりそのものが利益になっていた。
そしてMPはまだ22残っている。
《アイテムボックス》には、前日に作った角製留め具が27個ある。ホーンラビットの角もまだ残っている。
グレイウルフ素材についても使い道は聞いたが、売値や具体的な商品までは調べていない。だから、そちらにはまだ使わない。
分かっている物へ使う。
コウイチは残っている角から、C品質の角製留め具を15個生成した。
MPは22から7へ減る。
そこで、昨日の戦闘で刃の欠けたナイフを取り出した。
グレイウルフ2匹に挟まれたとき、これを投げたことで一瞬の隙ができた。狙い通りには当たらなかったが、それでも使い道はあった。
今後も投げる可能性があるなら、失くしたり壊れたりすることを前提に予備を持っておいた方がいい。
《生成》。
B品質の小型鉄製ナイフを2本。
必要MPは4。
残りは3。
「……ここまでだな」
昨日と同じ。
3は残す。
机の上にはB品質の牙製の櫛が6本。そして《アイテムボックス》には前日の分と合わせてC品質の角製留め具が42個、さらにB品質の小型ナイフが2本入っている。
売るための商品も、自分が使うための道具も、回復するMPを別の価値へ変えたものだ。今の自分には、その積み重ねが大きい。
◇
最初に向かったのは、牙製の櫛を見せてもらった雑貨屋だった。
店主は並べられた6本を1本ずつ確かめ、少し驚いたように眉を上げた。
「全部Bか。いい出来だな」
「いくらになります?」
「さっき言った通りだ。6本で銀貨6枚」
銅貨600枚。
その場で代金を受け取り、櫛を渡す。
これだけでも、フォレストボアの牙をそのまま冒険者ギルドへ売った場合の銅貨80枚とは大違いだった。
普通なら牙2本から作れる櫛は2本程度だが、自分なら6本作れる。品質だけでなく、素材をほとんど無駄にしない《生成》の歩留まりそのものが、そのまま利益になっている。
その後、以前留め具を買ってくれた店も回った。
ただ、やはり全部を一度には売れない。
「今日は5個ならいいぞ」
「こっちは4個までだな」
「前に売れたからな。6個もらおう」
何軒か回って、買い取ってもらえる分だけを渡した。残った留め具は《アイテムボックス》へ戻す。
保管には困らない。
だが、ここで別の問題が見えた。
作れる量と、売れる量は違う。MPが回復するたびに商品を増やすことはできても、店が必要とする数まで増えるわけではない。商品が悪いわけでも値段が高すぎるわけでもなく、単純にこの街で使われる数には限りがあるということだった。
――次は売り先か。
また1つ、考えるものが増えた。
それでも今日だけで、フォレストボアの牙から銀貨6枚を得ている。
昨日命を賭けて倒したフォレストボア1匹。その牙だけでこれだけの金額になるのだから、魅力がないと言えば嘘になる。
だが、コウイチの脇腹には、昨日牙が服を掠めたときの痛みがまだ残っていた。
鉄槍へ変えたことで、グレイウルフは確かに戦いやすくなった。それでもフォレストボアには、槍を首へ突き刺したあと武器ごと持っていかれ、予備の石槍まで使ってようやく倒している。
高く売れるから、もう1匹狩る。
そんな単純な話ではなかった。
「……武器だけじゃ足りないな」
鉄槍もあり、腰には生成したB品質のナイフも2本ある。装備は以前より確実に良くなったが、それを使っている自分は、この世界へ来てから見よう見まねで槍を振っているだけだ。
商品を作るなら素材を無駄にせず、MPを使うならできるだけ価値へ変える。素材が増えれば使い道を調べ、在庫が増えれば売り先を探す。そして素材を仕入れるなら、命を無駄にしない。
高価な素材を手に入れる方法は分かった。
次に必要なのは、それをどうやって安全に仕入れ続けるかだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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