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『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


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第8話◇ 仕入れは森で

翌朝、宿で朝食を済ませたコウイチは、黒狼の森へ向かう準備を整えていた。


昨日までと違うのは、冒険者ギルドの依頼票を1枚も持っていないことだ。今日の目的は依頼の達成ではなく、商品を作るための素材を集めることだった。


狙うのはホーンラビット。余裕があれば、昨日市場で名前を聞いたグレイウルフも探してみる。フォレストボアについては、実際に見てから判断するつもりだった。


一晩休んだことで、昨日かなり減らしたMPもだいぶ戻っている。正確な回復速度はまだ分からないが、森へ入るのを躊躇するほどではない。


腰には生成したマジックバッグを下げ、服の内側には冒険者証。人前ではバッグを使っているように見せ、実際に集めた素材は《アイテムボックス》へ入れる。


装備はこれまでと同じ石槍だった。


「まずは、取れる物からだな」


高く売れる素材だからといって、命を賭けてまで取りに行くつもりはない。金を稼ぐために死んだら意味がないという考えだけは、この世界へ来た日から変わっていなかった。


◇


黒狼の森へ入り、30分ほど歩いたところで、茂みの向こうに見覚えのある白い姿を見つけた。


ホーンラビットだ。


まだこちらには気づいていない。


コウイチは木の陰から周囲を確認し、他の魔物がいないことを確かめてから《鑑定》を使った。


【ホーンラビット】


Lv:2


STR:6

VIT:5

AGI:13


特徴:額の角を利用した突進攻撃


第1話で初めて遭遇したときは、この小さな魔物1匹に殺されるかもしれないと思った。だが今では攻撃方法も分かっているし、何度も戦ってきた。


何より、目の前の魔物を見て最初に浮かんだのが恐怖ではなかった。


――角1本で、留め具が5、6個か。


「……完全に見方が変わったな」


自分でも少し可笑しくなる。


マジックバッグへ手を入れるふりをして《アイテムボックス》から石槍を取り出し、ゆっくり距離を詰める。


こちらへ気づいたホーンラビットが身体を低くし、一気に地面を蹴った。


コウイチは突進を十分に引きつけてから身体をずらし、脇を抜けた白い身体が向きを変える前に距離を詰める。そのまま石槍を突き出すと、穂先が身体へ入り、ホーンラビットは地面へ倒れた。


しばらく槍を構えたまま動きを確認してから、コウイチは息を吐いた。


初めて戦ったときとは、もう違う。


油断すれば角で腹を刺される危険はある。それでも攻撃を知り、対応の仕方を覚えただけで、戦闘にはかなり余裕が生まれていた。


「これで角1本」


倒した直後にそんなことを考えている自分には多少思うところもあるが、今日はそのために森へ来ている。


コウイチは死骸を《アイテムボックス》へ収納し、次の獲物を探して歩き始めた。


◇


その後も森の浅い場所を中心に移動し、ホーンラビットを2匹追加で仕留めた。


3匹目を収納したところで1度休憩を取り、水を飲みながら頭の中で計算する。


角は3本。昨日と同じ大きさなら、留め具にして15個から18個程度になる。


ただし、第7話で分かったように、作れば全部売れるわけではない。同じ商品ばかり作っても買い取る店には限界があるため、今日は別の素材も見ておきたかった。


少し休んでから立ち上がり、これまでより少しだけ森の奥へ進む。


しばらくすると、前方の茂みから聞き慣れない音がした。草を擦る音が、ホーンラビットより明らかに重い。


コウイチは足を止め、石槍を構えた。


ゴブリンかと思ったが、茂みの向こうから現れたのは灰色の獣だった。日本で見た大型犬より一回り大きく、細身の身体には灰色の毛が密生し、口元から鋭い牙が覗いている。


――グレイウルフ。


昨日、武器屋や防具屋で名前を聞いた魔物だった。


コウイチはすぐに《鑑定》を使う。


【グレイウルフ】


Lv:5


STR:11

VIT:9

AGI:17


特徴:高い敏捷性を利用した噛みつき攻撃

有用素材:牙・爪・毛皮


「……速いな」


AGI17。今の自分は12なので、かなり差がある。


逃げる選択肢が最初に浮かんだが、グレイウルフはすでにこちらを見ている。背中を向ければ、その速度で追われる可能性が高い。


コウイチは周囲へ視線を走らせた。右側に太い木があり、左には大きな岩がある。少し後ろへ下がれば、2つの間隔が狭くなっている場所まで移動できそうだった。


――戦うなら、あそこだな。


石槍を向けたままゆっくり後退すると、グレイウルフも距離を保ちながらついてくる。一気に襲いかからず、こちらの様子を窺っているように見えた。


ホーンラビットとは明らかに違う。


「嫌な奴だな……」


木と岩の間まで下がり、左右へ回り込める範囲を狭くしてから石槍を構え直す。


次の瞬間、グレイウルフが走った。


真正面から飛び込んでくると思ったところで、灰色の身体が横へ跳ぶ。慌てて槍の向きを変えたが間に合わず、脇を抜けるように飛び込んできた牙が服を掠めた。


コウイチは反射的に槍を振ったものの、石の穂先は空を切る。


距離を取ったグレイウルフが再びこちらを見る。


――ホーンラビットと全然違う。


一直線には来ない。こちらが槍を持っていることも、それを正面から受けるのが危険なことも理解しているようだった。


コウイチは岩へ背を寄せ、今度は槍を大きく動かさないよう意識する。


再びグレイウルフが走り出した。


左へ回り込むように見せて、途中で右へ切り返す。コウイチはその動きに釣られそうになるのを堪え、柄を握ったまま身体の正面だけは崩さなかった。


飛び込んでくる口が目の前へ迫る。怖さに身体が強張りそうになるが、ここで背中を向ける方が危険だ。


コウイチは石槍を両手で横にし、グレイウルフの口元へ押しつけた。牙が木の柄へ食い込み、腕へ強い衝撃が走る。


「このっ……!」


身体ごと押し返しながら腹を蹴ると、グレイウルフが僅かに怯んだ。その隙に槍を引き、肩を狙って突き出す。


石の穂先が刺さったものの浅い。


暴れたグレイウルフが槍から外れ、再び距離を取る。コウイチは追いかけず、正面へ回ってくるのを待った。


負傷したことで、動きが僅かに鈍っている。


再び飛び込んできた瞬間、今度は首元を狙って槍を突き出した。手に嫌な感触が伝わり、灰色の身体が地面へ倒れる。


コウイチはすぐには近づかなかった。


石槍を構えたまま距離を取り、動かないことを確認してから、ようやく大きく息を吐く。


「……怖すぎるだろ」


膝が少し震えていた。


勝ったことは間違いないが、余裕で勝てたわけではない。牙が服を掠める位置が少し違っていたら、腕や脇腹を噛まれていたかもしれなかった。


それでも、初めてグレイウルフを倒した。


死骸へ《鑑定》を使う。


【グレイウルフの死骸】


品質:C

有用部位:牙・爪・毛皮・肉


牙、爪、毛皮。


以前なら、それをいくらで売れるのかが最初に気になっただろう。


今は少し違う。


――これで何が作れる?


最初に浮かんだのは、そちらだった。


◇


グレイウルフとの戦闘を終えたあとは、しばらく森の浅い方へ戻った。


1匹でもかなり危険だった。いきなり同じ相手を何匹も探して回るほど、コウイチは自分の腕を信用していない。


その後はホーンラビットを中心に狩り、途中で単独のゴブリンにも遭遇した。周囲に仲間がいないことを十分に確認してから戦い、危険を増やさないようにする。


しばらくして、もう1匹だけ単独で行動するグレイウルフを見つけた。


今度は最初から木を背にし、正面を崩さない。1匹目で横へ回り込む動きを見ていたため、最初ほど振り回されることもなく、多少の時間はかかったものの仕留めることができた。


一度経験した攻撃なら、次は少しだけ対応できる。大きな差ではないが、その小さな積み重ねが生き残る確率を上げているのだろう。


◇


昼を少し過ぎたころ、今度は低い唸り声が聞こえた。


茂みの向こうから姿を現したのは、黒褐色の大きな猪だった。肩の高さはコウイチの腰近くまであり、口元から太い牙が伸びている。


《鑑定》。


【フォレストボア】


Lv:7


STR:18

VIT:16

AGI:10


特徴:高い筋力と耐久力を利用した突進

有用素材:牙・革・肉


昨日、市場で聞いた名前だ。牙や革は加工品にも使われ、ホーンラビットより高い価値があるという。


コウイチは数秒だけその姿を見た。


「……やめよう」


判断に時間はかからなかった。


今の自分はSTR11、VIT12。それに対して目の前の魔物はSTR18、VIT16もある。


AGIだけなら大きな差はないが、あの巨体で突進を受ければどうなるのか、わざわざ試してみる必要はない。


牙も革も欲しい。だが、欲しいから戦うのでは、これまで危険を避けてきた意味がない。


――利益率より先に、生存率だな。


幸い、フォレストボアはこちらに気づいていない。


コウイチは音を立てないようゆっくり後退し、十分に距離を取ってから進路を変えた。


高く売れる素材を持つ魔物だからといって、自分が倒せるとは限らない。もう少し強くなってからでいい。


◇


それからも無理に奥へ入ることはせず、倒せると判断した相手だけを選んで狩りを続けた。


夕方が近づくころには、ホーンラビット7匹、グレイウルフ2匹、ゴブリン2匹を《アイテムボックス》へ収めていた。


数だけなら、これまでで一番多い。


だが、今日は依頼のために数を揃えたわけではない。欲しい素材を持つ魔物を探し、危険なら避け、倒せる相手だけを狩った結果として集まった数だった。


最後のゴブリンを倒した直後、身体の奥から、これまでにも感じたことのある感覚が広がる。


【レベルが上がりました】


続いて、ステータスの変化が表示された。


【Lv】3 → 4


【HP】42 → 48

【MP】25 → 30


STR:11 → 13

VIT:12 → 14

AGI:12 → 14

DEX:13 → 16

INT:16 → 18

MND:14 → 16


「……上がったか」


レベルアップと同時に身体へ残っていた疲労感が軽くなり、消費していたHPとMPも満たされていく。以前にも経験した、レベルアップによる完全回復だった。


それよりコウイチが気になったのは、能力値の伸びだった。


筋力や体力も上がっているが、DEXは13から16へ伸び、MPの最大値も25から30になっている。他と比べると、この2つは少し伸びが大きいように見えた。


まだ1度のレベルアップだけでは何とも言えない。それでも、自分の成長には何か偏りがあるのかもしれない。


「まあ、少しずつ分かるか」


数字が上がったからといって、急に強者になったわけではない。少し前に見たフォレストボアが危険な相手であることも変わらず、Lv4になったからといって今すぐ引き返して戦おうとは思わなかった。


今日は十分だ。


コウイチは森を出る方向へ歩き始めた。


◇


ラグナードへ戻るころには、空が少し赤くなり始めていた。


コウイチはそのまま冒険者ギルドの解体場へ向かい、いつものようにマジックバッグから取り出しているように見せながら、まずホーンラビットを出した。


「随分狩ったな」


解体担当の男が死骸を確認しながら言う。


「今日は欲しい素材があって」


「全部売るんじゃないのか?」


「はい。角と骨、それから状態のいい毛皮は残してください」


男の手が一瞬止まった。


これまでは基本的に換金を優先していたため、素材を細かく指定するのは初めてだった。


「加工でもするのか?」


「ちょっと試したいことがあって」


「まあ、金さえ払ってくれりゃ構わん」


続いてグレイウルフ2匹を出す。こちらは牙と爪、それに状態のいい毛皮を残してもらうことにした。


「グレイウルフも自分でやったのか?」


「1匹ずつなら、なんとか」


「新人にしちゃ随分やるな」


褒められているのか呆れられているのか分からない言い方だったが、コウイチは曖昧に笑っておいた。


解体を待つ間、昨日気になっていたことを聞いてみる。


「ホーンラビットの角って、角だけならいくらくらいで買い取ってもらえるんですか?」


「状態次第だが、普通なら1本12枚くらいだな。欠けてりゃ下がる」


――12枚。


昨日作ったC品質の留め具は、角1本から最大6個作れる。すべて1個5枚で売れれば30枚になる。


もちろん毎回5枚で売れるとは限らないし、《生成》にはMPも使う。それでも素材のまま12枚で売るのと比べれば、加工する意味はありそうだった。


「グレイウルフの牙は?」


「それも状態次第だ。牙だけで売る奴もいるが、職人に回ることが多い。毛皮も傷が少なけりゃ値が上がる」


具体的な価格は、解体して状態を見なければ決められないらしい。


それでいい。


《鑑定》だけでは分からない価格を、実際の市場で確認する。その繰り返しで、少しずつ相場を覚えていけばいい。


しばらくして解体が終わり、残すよう指定した素材が分けられて戻ってきた。ホーンラビットの角や骨、毛皮。グレイウルフの牙や爪、毛皮。


使う予定のない部位は売却し、解体費用と相殺してもらう。


受け取った素材を見ながら、コウイチは昨日までとの違いを感じていた。


これまでは魔物を倒したあと、真っ先に考えていたのは「いくらになるか」だった。だが今は、角を見れば留め具を思い浮かべ、牙を見れば何か別の商品にできないかと考える。


目の前にあるのは、討伐報酬ではない。


――原材料だ。


◇


宿へ戻り、夕食を済ませたあと、コウイチは部屋の机へ今日手に入れた素材をいくつか並べた。


ホーンラビットの角なら、もう使い道は分かっている。角製留め具ならC品質はMP1、B品質ならMP2で1個作ることができ、角そのものの買い取り価格は1本およそ銅貨12枚だった。


昨日は完成品がいくらで売れるのかしか分からなかったが、今日は材料の値段まで分かった。これでようやく、素材のまま売る場合と、MPを使って加工する場合のどちらが得なのかを比較できる。


一方、グレイウルフの牙は手に取って眺めても、まだ何を作るのが一番いいのか分からない。《鑑定》を使えば用途そのものは確認できても、何に需要があり、どの商品なら高く売れるのかまでは教えてくれない。


なら、また街で調べればいい。


無理に今日答えを出す必要はなかった。


コウイチは牙を机へ置き、その隣に石槍を立てかけた。


今日グレイウルフを相手にしたとき、石の穂先では明らかに心許なかった。刺さりはしたものの、何度か戦えば欠けてもおかしくないし、森で見たフォレストボアの巨体へ、この石槍で挑む気には到底なれない。


商品を作るためには素材が必要で、その素材を安全に集めるには今より良い武器が必要になる。


「……こっちにも金かMPを使うべきか」


商売だけを考えていればいいわけではないらしい。より強い魔物を安全に狩れるようになれば、手に入る素材が増え、素材が増えれば作れる商品も増えていく。


コウイチは石槍の欠けかけた穂先を指でなぞった。


明日はもう1度、武器屋を見に行こう。


昨日までは店に並ぶ武器を「高い商品」として見ていた。だが今度は、自分が森から生きて帰り、仕入れを続けるための道具として見る。


そして、もし十分に理解できるなら、必ずしも買う必要はない。


自分には《生成》がある。


コウイチは机の上に並んだ角と牙へ視線を戻した。


仕入れはできた。


次は、その仕入れをもっと安全にする方法を考える番だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。

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― 新着の感想 ―
何でこの主人公、3日間も着たきり雀なのに衣服や自分の見た目(肌や髪)を一切気にしないんだろう? 石槍(武器)には目を向けたけども、グレイウルフの攻撃が掠った服をそのままなのも(防具)気になる。 風呂と…
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