第60話◇ 探求
「《探求》……」
コウイチはルークから聞いた名前を、頭の中でもう1度繰り返した。
目の前では、当の本人が《???鉱石》を両手で持ったまま、角度を変えて表面を眺めている。売買の話をされているというのに、自分の値段が金貨10枚であることより、どうやら正体の分からない鉱石の方が気になるらしい。
「その《探求》って、具体的には何ができるんだ?」
「それが、説明の難しい能力でして」
ルークが答える。
「力が強くなるわけでも、採掘量が増えるわけでもありません。鉱脈を見つける能力でもなければ、鍛冶の品質を直接上げるものでもない。本人が興味を持ったものを調べ、比較し、試すことで、理解を深めやすくなる――我々が把握しているのは、その程度です」
「答えが分かる能力じゃないのか?」
「ええ。そこが評価しづらい理由の1つですね。たとえば《鉱脈探知》であれば、鉱山関係者には明確な価値があります。《鍛冶》なら工房が欲しがる。しかし《探求》の場合、それ自体が利益を生むわけではありません」
なるほど、とコウイチは思った。
確かに奴隷を労働力として買う側からすれば、効果の分かりやすい技能の方が値段をつけやすい。
採掘が速い、良い武器を作れる、魔物を倒せる。そうした能力なら、金貨を払った先にどれだけの利益があるかを計算できる。
だが、理解を深めやすいと言われても、それで何ができるようになるのかは本人次第だ。
「本人は?」
「はい?」
「《探求》について、どこまで分かってる?」
ルークがドワーフの女を見る。
「聞かれていますよ」
「え?」
ようやく鉱石から顔を上げる。
「《探求》のことだ。自分ではどういうスキルだと思ってる?」
「ああ、それ?」
女は鉱石を持ったまま少し考えた。
「よく分からない!」
「……お前、それ多いな」
「だって、分からないものは分からないよ?」
「まあ、そうなんだけど」
「でも、気になるものを調べてると、色々分かるようになるよ。同じ石でも割ったら中が違ったり、同じ温度で熱しても混ざってるものが違うと変わり方が違ったりするから、なんでだろうって調べて、比べて、試して――」
そこから急に言葉が増えた。
「同じように見える鉱石でも、採れた場所で不純物が違うことがあるし、炉の温度だけじゃなくて入れる順番でも変わるし、冷ます速さでも――」
「待て」
「何?」
「今、《探求》の話だよな?」
「うん!」
「途中から鉱石の話になってたぞ」
「あ……」
本人も今気づいたらしい。
「鉱石、好きなのか?」
「好き!」
即答だった。
「金属も?」
「好き!」
「鍛冶は?」
「好きだけど、まだそんなに上手くないよ」
そこは意外だった。
「ドワーフなら、みんな鍛冶が得意ってわけじゃないのか?」
女の眉が少し寄った。
「人間はみんな同じ仕事が得意なの?」
「……それもそうか」
「でも、ドワーフは小さい頃から鉱石とか金属とか炉を見ることが多いから、人間より詳しい人は多いよ。私は掘る方も好きだけど、掘ったものがなんで違うのか調べる方がもっと好き」
「なるほどな」
コウイチは少し考えながら女を見る。
少なくとも、自分が勝手に想像していた「何でも作れる凄腕のドワーフ職人」ではない。それはむしろ好都合かもしれなかった。
完成された職人を金貨10枚で買えると言われた方が怪しい。
「悪い。お前を《鑑定》してもいいか?」
「私を?」
「ああ。嫌なら無理にとは言わない」
女は少し考えたあと、すぐに頷いた。
「うん! いいよ!」
「分かった」
本人の許可を得て、コウイチは《鑑定》を使った。
年齢や種族などの情報に続き、いくつかの項目が視界に浮かぶ。
身体能力は確かに高い。
小柄で知的な見た目からは想像しづらいが、筋力と耐久はかなり高く、少なくとも今のコウイチより明確に上だった。
そして技能欄には、
《採掘 Lv2》
さらに、その下。
《固有スキル》
《探求》
コウイチは意識を集中させる。
【興味を持った対象を観察・比較・検証することで、理解を深めやすくなる】
【知識・答えを直接得る能力ではない】
「……なるほど」
思わず呟いた。
「何か分かりましたか?」
ルークに聞かれたが、コウイチは曖昧に頷くだけに留めた。
「だいたい、あんたが言った通りだ」
「それは何よりです」
だが、コウイチの頭に浮かんでいたのは別のものだった。
《生成》。
最初は、MPさえあれば物を作れる便利な能力だと思っていた。
実際には違った。
見たこともないものを、何も知らないまま作ることはできない。材料があっても、構造や性質への理解が足りなければ失敗する。
逆に、観察し、触れ、使い、どう作られているのかを考えるほど《生成》は応えてきた。
ミスリルがいい例だ。
希少な素材を手に入れても、自分が作れるのはB品質までだった。それに対し、鉱山の街の鍛冶屋は、同じミスリルを使ったミアの短剣をA品質へ引き上げた。
素材が良いだけでも、技術があるだけでも足りない。
なぜその温度なのか。
なぜそこで叩くのか。
なぜその音になるのか。
そこまで理解できなければ、自分の《生成》は先へ進めない。
そして《探求》は、答えそのものを与える能力ではない。
観察する。
比べる。
試す。
その結果から理解を深めていく。
コウイチはもう1度、女を見る。
――相性がいい。
そう思った。
もちろん《生成》のことをここで話すつもりはないし、《探求》が自分の能力へどこまで役立つのかも分からない。
それでも、今まで自分1人でやっていた「理解する」という部分を、一緒に考えられる人間がいることには大きな意味がある。
「採掘はどのくらいできる?」
「普通にできるよ」
「普通が分からないんだけど」
「鉱脈を見て掘る場所を決めたり、石を割ったり、崩れそうなところを見たり――」
「ちょっと待ってください」
それまで黙っていたミアが口を挟んだ。
女がすぐにミアを見る。
「何?」
「鉱脈を見て、掘る場所が分かるんですか?」
「全部じゃないよ。表に出てる色とか周りの石とか、割れ方とかを見て考えるの。地面の中までは見えないから、外れることもあるよ」
「《採掘》があるから分かるんですか?」
「それもあると思う。でも、知らない鉱石なら分からないよ」
「じゃあ、知らない時は?」
「調べる!」
「どうやって?」
「周りを見る。同じ石がどこにあるか探して、割って、比べて、それでも分からなかったら知ってる人に聞く。あとは――」
また説明が始まった。
ミアは止めなかった。
むしろ女の話を聞きながら、時折分からないところだけを聞き返している。
「その色って、石の外側ですか?」
「外も見るけど、中の方が大事なこともあるよ。だから――」
「そこが分かりません」
「あ、じゃあ最初から説明するね!」
楽しそうだな。
コウイチは2人を眺めた。
ミアは元々、口数が多い方ではない。それでも、本を読むようになってから、分からないことを聞くことには躊躇しなくなった。
一方、目の前のドワーフは、聞かれれば聞かれるほど嬉しそうに説明する。
案外、相性は悪くないのかもしれない。
「……それで、ルーク」
2人の会話が一段落したところで、コウイチは声をかけた。
「さっき、値段が安い理由はいくつかあるって言ったよな?」
「ええ」
「《探求》の価値が分かりづらい。それ以外は?」
ルークは一瞬だけ間を置いた。
「本人を前に申し上げるのも何ですが、従順な使用人を求めるお客様には、あまり向いておりません」
「なんで?」
「礼儀作法です」
コウイチは女を見る。
「礼儀?」
「はい。以前にも何度か買い手候補がいらっしゃったのですが、ドワーフは裕福な商家や工房からの需要も高い。その場合、単に仕事ができればいいというものではありません」
「まあ、家で働かせるなら、そういう客もいるか」
「そこで最低限の作法を教えているのですが……」
ルークが女を見る。
「少し実演してみましょうか」
「うん!」
「まず、主人から指示を受けた場合です。以前教えましたね?」
「覚えてるよ!」
「では、主人から『こちらの荷物を運んでください』と言われたら?」
女は元気よく答えた。
「うん! 分かった!」
沈黙した。
ルークが目を閉じる。
「違います」
「え?」
「『はい、承知いたしました』です」
「ああ!」
「もう1度いきます。こちらの荷物を運んでください」
「はい! 承知した!」
「違います」
「何が?」
「『承知いたしました』です」
「同じじゃない?」
「違います」
「分かったって伝わるよ?」
「そういう問題ではありません」
「でも運ぶよ?」
コウイチは黙って2人のやり取りを聞いていた。
「……それだけ?」
ルークがこちらを見る。
「それだけ、とは?」
「言われた荷物は運ぶんだよな?」
「運びますよ!」
本人が答えた。
「勝手にどこかへ行ったりは?」
「行かないよ。荷物を運ぶんでしょ?」
「危ないことをするなって言われたら?」
「しない!」
「分からないことがあったら?」
「聞く!」
「じゃあ別にいいだろ」
今度はルークが黙った。
「……コウイチさん」
「何?」
「普通は気にされるところなのですが」
「返事をして、言ったことが伝わって、必要なことをやるなら問題ないだろ。俺は貴族でもないし」
「ですが、主人に対する礼儀というものが」
「俺に?」
「ええ」
「いらないよ」
ルークは数秒コウイチを見つめたあと、小さく息を吐いた。
「ですから、コウイチさん向きだと申し上げたんです」
「最初からそれを狙ってただろ」
「まさか」
「絶対嘘だ」
隣でミアが小さく笑った。
女は話についていけていないのか、首を傾げている。
「でも」
コウイチは女を見る。
「礼儀はどうでもいいけど、何をしてもいいって意味じゃないぞ」
「うん!」
「危険なことを勝手にやらない。人の物を勝手に使わない。高い素材を試したい時は先に聞く。分からないことがあれば、分からないって言う」
「うん! 分かった!」
「最後のは得意そうだな」
「得意!」
「そこ、自慢するところなのか?」
「分からないのに分かったって言ったら、間違えるよ?」
あまりにも当然のように返され、コウイチは言葉を止めた。
確かにそうだ。
できないことをできると言われるより、ずっといい。
「あと、もう1つ聞いていいか?」
「うん!」
「もし俺がお前を買ったら、何がしたい?」
女はすぐには答えなかった。
初めて、少し長く考えた。
「……調べたい」
「何を?」
「分からないもの」
視線が自然と《???鉱石》へ向かう。
「鉱石も調べたいし、知らない金属も見たい。どうやって作ったか分からない物があったら知りたいし、同じ材料なのに違うものになるなら、なんで違うのか調べたい」
少しずつ言葉が増えていく。
「それで、自分でやってみたい。失敗したら何が違ったのか見たいし、うまくいったら、なんでうまくいったのかも知りたい。でも、全部は分からないと思う」
「なんで?」
「知らないこと、いっぱいあるから」
女は笑った。
「でも、いっぱいある方が面白いよ」
その言葉に、コウイチは少しだけ目を細めた。
時計工房にいた頃を思い出す。
壊れた時計を開き、止まった理由を探す。
歯車なのか。
ゼンマイなのか。
油なのか。
摩耗なのか。
見ただけでは分からないから、調べて確かめる。直ったと思っても、もう1度確かめる。
自分とは性格も話し方もまるで違う。
それでも、何かを理解するまでの考え方には、妙に近いものがあった。
「ミア」
「はい」
呼ぶと、ミアがこちらを見る。
「どう思う?」
聞いてから、コウイチはほんの少しだけ自分自身に引っかかった。
奴隷を買うのは自分で、金を払うのも自分だ。以前なら、必要性を自分だけで判断し、そのまま決めていたかもしれない。
だが今は、これから一緒に行動する人間を、自分1人で決める気にはなれなかった。
ミアも一緒に戦い、食事をし、暮らすことになる。なら、ミアがどう思うかを聞くのは当然だった。
仲間なのだから。
そう考えたことに、自分でも少しだけ驚いた。
ミアはドワーフの女を見る。
女もミアを見返した。
「私は、いいと思います」
「理由は?」
「分からないって、ちゃんと言うので」
「そこか」
「大事です」
「まあ、大事だけど」
「それに、たくさん聞きます」
「それはむしろ欠点じゃないか?」
ミアは少し考えた。
「聞けば、分かるようになります」
コウイチは思わず笑った。
「お前ら、そこは似てるな」
「似てる?」
女が入ってくる。
「何が?」
「分からないものを、そのままにしないところ」
「だって気になるよ?」
「ミアも?」
女に聞かれ、ミアは少し考えてから頷いた。
「分からないままだと、その後も分からなくなるので」
「うん! それ嫌だよね!」
どうやら本当に相性は悪くなさそうだ。
コウイチは椅子へ座り直した。
金貨10枚。
決して安くはない買い物だ。
しかも、今の手持ちでは金が足りない。ミアのマジックポーチを下取りに出して、ようやく支払える金額だった。
買えば、手持ちの金は大きく減る。
商売に使える資金も減り、装備を整えるにも素材を仕入れるにも金は必要になる。
一方、この先も2人だけでやっていけば、できないことにぶつかるたびに時間を使うことになる。
今回のダンジョンがそうだった。
採掘も鉱石も加工も知らない。それらを全部、自分とミアだけで一から覚えるのは効率が悪すぎる。
目の前の女には《採掘Lv2》がある。
鉱石や金属についての基礎知識もあり、ドワーフとして身体能力も高い。
そして《探求》。
何より、知らないことを知っているふりをしない。
それは一緒に何かをする相手として、コウイチにはかなり大きかった。
金貨10枚は高い。
だが、普通なら金貨30枚前後になることもあるドワーフが、礼儀作法が身につかないことと、《探求》の価値を評価しづらいことを理由に3分の1になっている。
礼儀は自分には必要ない。
《探求》はむしろ、自分にとって価値がある可能性が高い。
なら――。
「ルーク」
「はい」
「金貨10枚で間違いないんだな?」
「ええ」
「追加で何か取ったりしないよな?」
「契約に必要な手数料は含まれています」
「そうか」
コウイチは1度だけ息を吐き、それから女を見る。
「最後に確認する」
「うん!」
「俺は貴族でも大商人でもない。今は宿暮らしだし、たぶんお前を買ったら、かなり金がなくなる」
「うん」
「ダンジョンにも行く。魔物とも戦うし、鉱山へ行くこともあると思う。危険なことはある」
「うん」
「それでもいいか?」
女はコウイチを見た。
「鉱山、行くの?」
「行くと思う」
「知らない鉱石ある?」
「少なくとも、それがある」
コウイチが《???鉱石》を見る。
「じゃあ行きたい!」
「判断基準、そこなのかよ」
「駄目?」
「いや」
思わず笑ってしまった。
「分かりやすくていい」
コウイチはルークへ向き直った。
「買う」
「承知しました」
ルークは驚かなかった。
むしろ、最初からそうなると思っていたような顔をしている。
「……その顔やめろ」
「何のことでしょう?」
「絶対売れると思ってただろ」
「コウイチさんに気に入っていただける可能性は高いと思っておりました」
「やっぱりじゃないか」
「奴隷商人ですので」
「それ、禁止にしないか?」
「検討しておきます」
たぶん検討しない。
契約の手続きが始まった。
「それでは、先ほどのマジックポーチを下取りに出すということでよろしいですね?」
「ああ。金貨2枚と銀貨50枚だったな」
「はい。その金額を購入代金から差し引きますので、残りは金貨7枚と銀貨50枚になります」
「分かった」
ミアは腰からマジックポーチを外すと、中身が空になっていることをもう1度確かめ、ルークへ差し出した。
「お願いします」
「確かにお預かりいたします」
ルークはマジックポーチを受け取り、代金の一部として処理した。
コウイチは残りの金貨7枚と銀貨50枚を取り出し、卓上へ並べていく。
金貨が1枚、また1枚とルーク側へ移っていくたび、コウイチの胸の奥に別の痛みが走った。
肋骨とは関係ない。
最後の銀貨を渡し終える。
購入代金は金貨10枚。
マジックポーチを下取りに出しても、大きな出費であることに変わりはなかった。
「……働こう」
「何か?」
「独り言だ」
必要な書類の確認を終え、契約が完了すると、女は立ち上がった。
「これで終わり?」
「ええ。今からコウイチさんがあなたの主人です」
「分かった!」
ルークがわずかに眉を動かした。
「こういう時は『承知いたしました』と――」
「ルーク」
「はい?」
「もういいだろ」
「……そうでしたね」
女がコウイチを見る。
「なんて呼べばいい?」
「好きに呼べばいいよ」
「名前はコウイチ?」
「ああ」
「じゃあ、旦那様!」
「……なんでそうなる?」
「主人だから!」
「コウイチでもいいぞ」
「旦那様がいい!」
本人がいいなら、止める理由もない。
「まあ、好きにしてくれ」
「うん! 分かった、旦那様!」
ルークが何か言いたそうな顔をしたが、コウイチは無視した。
隣ではミアが少し笑っている。
こうして、2人だったところに1人増えた。
まだどんな人間なのか、全部分かったわけではない。信用できるかどうかも、これから見ていくことになる。
それでも以前とは違った。
契約があるからでも、能力だけを見たからでもない。話を聞き、ミアの意見も確かめたうえで、一緒にやっていける可能性があると思った。
そのことを、コウイチ自身が一番不思議に感じていた。
「じゃあ行くか」
「どこ?」
「まずはお前の服とか、必要なものを買う」
「道具も?」
「必要ならな。ただし、高いものは相談してからだぞ」
「うん!」
「あと、その鉱石は一旦返してくれ」
「……今?」
初めて明らかに嫌そうな顔をされた。
「今」
「もうちょっと見たい」
「宿に戻ったら見せるから」
「どれくらい?」
「逃げないから安心しろ」
「石は逃げないよ?」
「そういう意味じゃない」
ミアが横から手を出した。
「返してください」
「……うん」
ミアには素直に返した。
「なんで俺よりミアの方が言うことを聞くんだ?」
「分からない!」
「もういいよ」
コウイチは小さく笑いながら、2人と一緒に部屋を出ようとした。
そこで足を止める。
「……そういえば」
「はい?」




