↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/61

第61話◇ 3人の自己紹介

「そういえば……名前、まだ聞いてなかったな」


 コウイチがそう言うと、女は1度ぱちりと目を瞬かせ、それから何でもないことのように笑った。


「うん!」


「……いや、そこで返事だけされても困るんだが」


 隣でミアが小さく笑う。


 女はようやく何を聞かれているのか分かったらしく、自分の胸に手を当てた。


「ロッテ!」


「ロッテか」


「うん。ロッテ!」


 名前を聞かれていなかったこと自体、まったく気にしていなかったらしい。


「俺はコウイチ。こっちは――」


「ミア!」


「知ってるのか?」


「さっき旦那様が呼んでた!」


 そう言って、ロッテはミアを見る。


「よろしく、ミア!」


「はい。よろしくお願いします、ロッテ」


 ミアが少し戸惑いながら頭を下げると、ロッテも真似するように頭を下げた。もっとも、すぐに顔を上げると、今度はコウイチへ向き直った。


「よろしく、旦那様!」


「……やっぱりそれでいくのか」


「うん!」


 先ほど、好きに呼べとは言った。


 本人がそう決めたのなら、今さら訂正させるほどのことでもない。


 コウイチはルークへ視線を向けた。


「じゃあ、連れていく」


「はい。今後ともガルディ奴隷商館をご贔屓に」


「しばらくは来ないぞ」


「おや、なぜでしょう?」


「金貨10枚も持っていかれたからだ」


 ルークは涼しい顔のまま微笑んだ。


「奴隷商人ですので」


「……知ってるよ」


     ◇


 商館を出ると、午後のラグナードの通りは変わらず人で賑わっていた。


 コウイチの横を、ミアとロッテが歩いている。


 今朝までは2人だった。


 そこへ1人増えただけなのだが、歩いている時の感覚まで妙に違って感じる。


「旦那様、どこ行くの?」


「まずはお前の物を揃える。服もそれだけじゃ足りないだろ」


 ロッテが自分の服を見下ろした。


 奴隷商館で着せられていた簡素な服だ。汚れてはいないが、着替えも必要になる。


 着替えだけでなく、日用品も揃えなければならない。冒険へ連れていくなら武器や装備がいるし、採掘を任せるなら道具も必要になるだろう。


 そこまで考えて、コウイチは腰の財布へ手をやった。


 軽い。


 分かっていて払った金貨10枚だ。後悔はしていないし、《探求》の価値を考えれば、高い買い物だったとも思っていない。


 それでも、財布の重さは正直だった。


「減りましたね」


 隣を歩いていたミアが言った。


「……減ったな」


 どうやら同じことを考えていたらしい。


 ロッテが2人を交互に見る。


「旦那様、お金ないの?」


「……また貧乏に戻ったな」


「そうなの?」


 少し心配そうな顔をされたので、コウイチは苦笑した。


「明日の飯にも困るって意味じゃない。余裕がなくなっただけだ」


「じゃあ大丈夫?」


「ああ。また稼げばいい」


 ラグナードへ来たばかりの頃とは違う。


 今は冒険者としてDランクになり、売れる商品もある。金を稼ぐ方法そのものがなくなったわけではない。


 金貨10枚を失ったのではなく、ロッテに替えた。


 そう考えればいい。


 そのロッテは、もう金の話への興味を失ったらしく、通りに並ぶ露店をきょろきょろと眺めていた。


「旦那様、あれ何?」


「露店だ」


「何売ってるの?」


「見れば分かるだろ」


「いっぱいあるから分からない!」


「……そうか」


 これから賑やかになりそうだ。


     ◇


 服を選ぶのは、思っていたより早く終わりそうだった。


「これでいい!」


 ロッテが迷うことなく1着を手に取ったからだ。


 値段も安い。


 丈夫そうではあるが、それ以上でもない。


「本当にそれでいいのか?」


「うん。着られるよ?」


「そういう問題じゃ……」


 言いかけたところで、ミアがロッテの持っている服へ手を伸ばした。


「ロッテ。もう少しちゃんと選んだ方がいいですよ」


「なんで?」


「毎日着るものですから。これは少し生地が薄いです」


「でも着られるよ?」


「着られますけど……こっちの方が丈夫だと思います」


 ミアは別の服を手に取り、縫い目を確かめてからロッテへ合わせる。


「腕を上げてもらえますか?」


「こう?」


「はい。次は少し横を向いてください」


 言われるままにロッテが身体を動かしている。


 その様子を眺めていたコウイチは、ふと以前のことを思い出した。


 ミアの服を初めて買った時は、自分が店を回って選んでいた。


 あの頃のミアは、何か欲しいものがあっても自分から口にすることがほとんどなく、こちらから聞いてようやく答えるような状態だった。


 それが今では、自分より後から来た人間の服を選んでいる。


「コウイチ様?」


 視線に気づいたのか、ミアがこちらを見た。


「いや。何でもない」


「?」


 首を傾げるミアから目を逸らす。


 わざわざ言うほどのことでもない。


 ただ――変わったな、と思っただけだ。


 結局、服選びはミアに任せた。


 コウイチより、よほど適任だった。


 ミアが選んだ丈夫な着替えを2着購入し、代金として銀貨1枚と銅貨20枚を支払った。


 続いて立ち寄った雑貨店では、ロッテに必要な日用品を揃えた。こちらは銅貨40枚だった。


     ◇


 服と最低限の日用品を揃えたあと、3人は武器や工具も扱う店へ入った。


 その瞬間、ロッテが足を止めた。


 さっきまで休む暇もなく喋っていたのに、急に静かになった。


 視線の先には、壁に掛けられた槌や斧がある。棚にはヤスリやタガネが並び、その奥には採掘用のピッケルも置かれていた。


 ロッテはゆっくり店内へ入ると、棚から1本の槌を手に取った。


 握りを確かめて持ち上げ、柄を見る。今度は金属部分と柄の接合部へ顔を近づけ、じっと観察した。


「これ、柄は替えられる?」


 店主が少し意外そうな顔をした。


「ああ。楔を抜けば交換できるぞ」


「こっちは?」


「そいつも同じだ」


「でも、形が違うよ?」


「作った職人が違うからな」


「なんでこっちは、ここが太いの?」


「それは――」


 質問が続く。


 ただ、奴隷商館で未知の鉱石を見せた時ほどではない。


 店主の説明を聞きながら、ロッテは何度も槌を持ち替え、重さや握りを確かめていた。


 やがて、壁際に掛けられていた1本の武器の前で足を止める。


「これ」


 ロッテが手にしたのは、片手で扱う戦槌だった。


 金属製の槌頭を持つ、打撃に特化した武器。コウイチの槍とも、ミアの短剣とも違う。


「それがいいのか?」


「うん!」


 ロッテは戦槌を握り、軽く構えた。


 小柄な身体には少し重そうに見えたが、腕はほとんど下がらない。それどころか、何度か持ち替えながら重心を確かめる余裕まである。


 腕や肩が太いわけでもないのに、重さを苦にしている様子はなかった。人間とは身体の作りそのものが違うのかもしれない。


「戦槌を使ったことは?」


「これはないよ。でも、槌なら使ったことある!」


「武器として習ったことは?」


「ない!」


「……なら、実戦で使う前に練習だな」


「うん!」


「振れるか?」


「振っていい?」


「店の中ではやめろ」


「うん!」


 聞く前に振らなかっただけ良しとしよう。


 戦槌は銀貨2枚で購入することにした。


 次は採掘道具だ。


 ピッケルを見つけたロッテの目が、また変わる。


「これも欲しい!」


「だと思ったよ」


 さらにタガネを手に取る。


「これも!」


 その隣を見る。


「あと、これも!」


「ロッテ」


「なに?」


「今日は最低限だけだ」


「なんで?」


「金がないからだ」


「あ」


 ロッテが口を開けたまま止まった。


「忘れてたのか?」


「うん!」


「胸を張って言うな」


 結局、銀貨1枚と銅貨20枚の採掘用ピッケルと、銅貨60枚分の最低限の工具だけを買うことにした。


 ピッケルは、コウイチが表向きに使っているマジックバッグへ入れておけば、持ち歩く邪魔にはならない。


 必要な道具は、これから少しずつ揃えればいい。何が必要なのかも、実際にロッテが作業を始めれば見えてくるだろう。


     ◇


 宿へ戻ると、コウイチは女将に人数が1人増えたことを伝えた。


 明日以降についてはまだ決めていないと説明し、銅貨20枚の追加料金を払って、今夜だけ部屋へ簡易寝台を入れてもらうことになった。


 部屋へ入ったコウイチは、荷物を置くとミアへ声をかけた。


「そうだ。先にお前のマジックポーチを作っておこう」


「いいんですか?」


「もちろん。あれはお前が使うために作ったものだったからな」


 下取りに出したマジックポーチは、金貨2枚と銀貨50枚になった。おかげでロッテを迎えることができたが、ミアが不便になるのは本意ではない。


 幸い、今日はまだ《生成》を使っていない。魔力にも十分な余裕があった。


 コウイチは以前作ったマジックポーチの構造を思い浮かべる。


 腰へ装着できる革製の小さな収納具。見た目より多くの荷物を収納でき、冒険中も邪魔にならない形状だ。


 すでに1度作っているため、構造も把握している。


 コウイチが《生成》を発動すると、目の前に見覚えのあるマジックポーチが形を成した。


 仕上がりを《鑑定》で確認する。


【マジックポーチ】


【品質:B】


【容量拡張】


「よし。前のと同じ品質だ」


 コウイチは完成したポーチをミアへ渡した。


「ほら。これでまた使えるぞ」


「ありがとうございます、コウイチ様」


 ミアは嬉しそうに受け取ると、早速腰へ装着した。


「今度は大切に使います」


「前のも大切に使ってただろ。あれは必要だったから売ったんだ。気にすることないぞ」


「はい」


 ミアが微笑む。


 そのやり取りを見ていたロッテが、不思議そうに首を傾げた。


「旦那様、それ作ったの?」


「……まあな」


「どうやって?」


「それは、また今度説明するよ」


「えー! 気になる!」


「まずは荷物を片づけような」


「うん! でもあとで教えてね!」


 コウイチは苦笑した。


 どうやら、ロッテに《生成》のことを説明する日も、そう遠くなさそうだった。


 買ってきた物を抱えて部屋へ入るなり、ロッテは荷物を広げ始める。


「ロッテ、それはそこに置くと邪魔になります」


「ここ?」


「そこなら大丈夫です」


「うん!」


 ミアは自分の本を別の場所へ移しながら、ロッテの荷物を置く場所まで作っている。


 コウイチも荷物を置こうとして――そこで改めて気づいた。


 狭い。


 2人なら十分だった部屋が、3人になり、簡易寝台まで入ったことで一気に狭くなっていた。増えたのは人間だけではなく、ロッテの服に戦槌、採掘道具や工具まである。ミアの本も以前より増えているし、自分の商品や素材も置かれていた。


 そして何より、コウイチは机の上に置いた黒灰色の鉱石を見る。


 ロッテがあれを調べ始めれば、さらに道具が必要になる。


 削ったり叩いたり、場合によっては熱したりすることもあるだろう。


 ――宿では無理だな。


 部屋の中で金属を叩き始めれば、追い出されても文句は言えない。それ以前に、商品を作る場所としても限界が近づいていた。


 コウイチは椅子へ座ると、宿代を頭の中で計算し始めた。


 自分とミアだけだった時とは違い、これからは3人分の宿代と食費がかかる。ロッテの装備もまだ最低限しか揃えておらず、調査を始めれば材料や道具にも金が必要になる。


 そこへ作業場所まで別に借りるとなれば、負担はさらに増える。


 しばらく数字を追っていたコウイチの手が止まった。


「……ちょっと待て」


 本を開こうとしていたミアが顔を上げる。


「どうしました?」


「俺たち、1か月ここにいたら、宿代はいくらになる?」


「3人で、ですか?」


「ああ」


 ミアも考え始める。


 その間、ロッテは何をしているのかと目を向けると、いつの間にか机の上の鉱石へ顔を近づけていた。


 そして手が伸びる。


「触るなよ」


 ぴたりと止まった。


「……まだ触ってないよ?」


「今から触るところだっただろ」


「うん」


 正直なのは助かる。


 やがてミアが、おおよその金額を口にした。


 コウイチはその数字を聞きながら、改めて部屋を見回した。


 ベッドや荷物、本に武器、工具。これから増えるであろう素材まで考えれば、今の部屋を使い続けるのは難しい。


 宿代だけなら払えない額ではない。


 だが、ここでは仕事ができない。


 別に作業場を借りるくらいなら――。


「……家を借りた方が安くないか?」


 ミアが目を瞬かせた。


「家、ですか?」


「ああ。できれば作業場があるところだ」


 その言葉を聞いた瞬間、それまで鉱石を見ていたロッテが勢いよく振り返った。


「作業場あるの!?」


「だから、そういう家がないか探すんだよ」


「炉もある?」


「まだ決まってない」


「作業台は?」


「それも分からない」


「広い?」


「今から探すって言ってるだろ」


「いつ?」


「明日」


「私も行く!」


「3人で住む家なんだから、当然だろ」


「うん!」


 ロッテの耳には、都合のいい部分しか届いていないらしい。


 コウイチは狭くなった部屋をもう1度見回した。


 作業場があり、3人で暮らせて、今の自分たちにも払える家。


 簡単には見つからないかもしれない。


 それでも、ここへ居続けるよりは探す価値がある。


「明日は3人で、家探しだ」


「はい」


「うん!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。