第58話◇ 分からない石
翌朝、治療院で最後の診察を受けたコウイチは、治療師に何度か身体を捻らされ、深く息を吸わされたあと、ようやく馬車での移動を許された。
「痛みが消えたからって、治ったと思うなよ。骨はまだ完全には繋がってないんだからな」
「分かってます」
「本当か?」
「……たぶん」
「そこは言い切れ」
治療師に呆れられながら治療院を出ると、入口の前で待っていたミアが、コウイチの歩き方を確かめるように視線を下げた。
「痛いですか?」
「普通に歩くくらいなら大丈夫だよ。槍を振るのは、まだ駄目らしいけどな」
「振らないでください」
「振らないって」
「本当に?」
「……お前まで疑うのか」
ミアは答えず、じっとこちらを見ている。
どうやら信用されていないらしい。
もっとも、鉱殻ゴーレムとの戦いで肋骨を3本折った直後に帰ろうとした人間が何を言っても、説得力はない。コウイチは諦めて肩をすくめかけ、まだ少し痛むことを思い出して途中でやめた。
宿へ戻って荷物をまとめ、その日の昼前にはラグナードへ向かう乗合馬車の乗り場へ到着した。
「ラグナードまで2人、お願いします」
御者に声をかけると、男は馬車の空席を確認して頷いた。
「片道1人銀貨2枚だ。2人なら銀貨4枚だな」
「分かりました」
コウイチは銀貨4枚を支払い、ミアとともに馬車へ乗り込んだ。
数日滞在したバルガードが、少しずつ遠ざかっていく。
来た時には、煙突から立ち上る煙や絶え間なく聞こえる槌の音、道を行き交う鉱石を積んだ荷車の多さに圧倒されたものだが、帰りにはそれらの景色が少し違って見えた。
武器を作るにも技術がいる。
鉱石を掘るにも知識がいる。
ダンジョンを歩くだけでも、自分たちの知らない技術がいくつもあった。
何より、浅い2階層だからといって安全とは限らないことを、肋骨を代償に思い知らされた。
「……高い授業料だったな」
「何がですか?」
「こっちの話」
向かいに座るミアが首を傾げる。
その腰には、ラグナードを出る前に作ったマジックポーチがしっかりと装着されていた。
来る時には本を入れ、馬車の中で読もうとして酔っていたが、さすがに今回は取り出す様子がない。
「本、読まないのか?」
「読みません」
「即答だな」
「読んだら気持ち悪くなりました」
「そうだったな」
「もう分かりました」
失敗から学んだらしい。
コウイチは小さく笑って、窓の外へ視線を戻した。
街道を走る馬車は、時折小さく跳ねる。以前なら気にならない程度の揺れだが、今はそのたびに脇腹の奥へ鈍い感覚が残った。
痛みというほどではないものの、治療師の言った通り、まだ完治していないことはよく分かる。
◇
その日の夕方、乗合馬車は街道沿いの宿場へ到着した。
翌朝の出発時刻を確認してから宿を取り、食事を終えたコウイチとミアは、2人だけになった部屋で荷物を整理していた。
そこで、コウイチはミアの腰にあるマジックポーチへ目を向けた。
「そういえば、ゴーレムのドロップ品をまだちゃんと見てなかったな」
鉱殻ゴーレムを倒した直後は、自分がまともに動ける状態ではなく、ミアに頼んでドロップ品をマジックポーチへしまってもらった。
その後も確認したい気持ちはあったが、正体不明の鉱石を掘った結果、危険度Cの魔物と戦う羽目になったばかりだった。身体がろくに動かないうちから未知の素材へ手を出す気にはなれず、治療とギルドへの報告を優先しているうちに、結局そのままになっていた。
今も完全に治ったわけではないが、この部屋で取り出して《鑑定》するだけなら問題はないだろう。
「出せるか?」
「はい」
ミアがマジックポーチへ手を入れる。
最初に取り出したのは、大きな魔石だった。
「やっぱりでかいな」
手渡された魔石を机の上へ置き、灯りの下で眺める。
これまで見てきた魔石より一回りどころか、明らかに大きい。黒に近い灰色の内部には鈍い光があり、角度を変えるたびに奥で光の筋が動いているように見えた。
コウイチは《鑑定》を使う。
【鉱殻ゴーレムの魔石】
【品質:A】
「……Aか」
「高いですか?」
「たぶんな」
具体的な値段までは分からない。
ただ、鉱殻ゴーレムは危険度Cであり、それも2階層では通常見かけない魔物だったと、ギルドでもかなり驚かれた。
少なくとも、その辺の魔石と同じ値段ではないだろう。
「売りますか?」
「値段を聞いてからだな。高く売れるなら売ってもいいし、何か使い道があるなら残してもいい」
以前なら、高値がつくと分かった時点ですぐ売ることを考えたかもしれない。
今も金が要らないわけではない。むしろラグナードへ戻れば、仲間を増やすことも考えている。金はいくらあっても困らない。
ただ、ミスリルを手に入れてから少し考え方が変わった。
希少な素材は、金に換えればそれで終わる。自分たちで使えば、別の価値を生むこともある。
どちらが得かは、使い道を知ってから考えればいい。
「次は?」
ミアが取り出したのは、黒灰色の外殻だった。
ゴーレムの身体を覆っていたものの一部らしく、手のひらほどの大きさしかないのに、持ってみると見た目以上に重い。
コウイチは机へ置き、《鑑定》を使った。
【鉱殻ゴーレムの外殻】
【品質:A】
【高密度の鉱物成分を含む硬質外殻】
【武具・加工素材として利用可能】
「これもAだ」
「硬かったです」
「ああ。嫌になるくらいな」
B品質のミスリル合金槍でもまともに貫けず、A品質まで鍛え直されたミアの短剣でさえ、外殻そのものを斬るのは難しかった。
それを思えば、素材として価値があるのも納得できる。
指でなぞった表面は硬く、加工素材として使えると《鑑定》には出ているものの、これをどう加工するのかまでは分からない。
ドルガンの工房で見た作業が頭に浮かぶ。
熱し、叩き、色を見て、音を聞き、また叩く。
同じミスリル合金を使っても、自分が《生成》した短剣はB品質で、ドルガンが手を加えたミアの短剣はA品質になった。
完成品を見るだけでは分からないものがある。素材についても、おそらく同じなのだろう。
「……俺、知らないこと多いな」
「私もです」
「そうだな」
「だから勉強します」
当然のように答えたミアを見て、コウイチは少し笑った。
「お前は最近、そればっかりだな」
「駄目ですか?」
「いや。いいと思う」
外殻を返すと、ミアがマジックポーチへしまった。
「他には?」
「あります」
ミアが再び手を入れ、少し探るように動かしたあと、小さな塊を取り出した。
「これです」
「……ああ」
ゴーレムが消えた場所に落ちていた、拳ほどの大きさの石。
あの時は痛みでまともに見る余裕がなく、ミアにすべて回収してもらっただけだった。
受け取ってみる。
外殻と同じ黒灰色に見えるが、よく見ると少し違う。表面には金属のような鈍い光沢があり、石というより何かの塊に近かった。
重量もかなりある。
「鉱石……なのか?」
コウイチは《鑑定》を使った。
【???鉱石】
【品質:A】
【純度:100%】
「……は?」
思わず声が出た。
「どうしました?」
「ちょっと待て」
もう1度見る。
【???鉱石】
【品質:A】
【純度:100%】
表示は変わらない。
「……またこれかよ」
「また?」
「《鑑定》しても名前が分からない」
ミアがコウイチの手元を覗き込む。
「《鑑定》でも?」
「ああ。【???鉱石】だってさ。ただ、品質はA。それと……純度100%」
「100%?」
「そう出てる」
コウイチは手の中の塊を見つめた。
鉱石について詳しいわけではない。
だが、100%という数字の意味くらいは分かる。
普通、鉱石という言葉から想像するのは、目的の金属だけでなく、他の成分も混ざった石だ。そこから必要なものを取り出すために精錬する。
少なくとも日本ではそうだった。
この世界でまったく同じなのかは分からないが、バルガードで見た光景も大きくは違わなかった。掘り出した鉱石を運び、選別し、炉へ送っていた。
なのに、これは純度100%と表示されている。
「……純度100%なら、もう鉱石っていうより、その物質そのものなんじゃないのか?」
「すごいですか?」
「それが分からない」
答えながら、コウイチは苦笑した。
「名前も分からない。何に使えるのかも分からない。でも、品質はAで、純度だけ100%って分かる」
分かっているようで、何も分かっていない。
《鑑定》を持ってから、目の前の物について情報を得られることに慣れすぎていたのかもしれない。
名前や品質が表示され、物によっては用途まで分かる。それでも、自分がすべてを理解しているわけではない。名前すら表示されない物が、この世界にはある。
「バルガードへ戻りますか?」
「戻らない」
即答すると、ミアが少しだけ目を瞬いた。
「肋骨3本と交換で拾った石を調べるために、また戻って骨を折ってたら馬鹿だろ」
「はい」
「そこは否定してくれてもいいんだぞ」
「駄目です」
「何が?」
「また行くのは駄目です」
「……分かったよ」
どうやらゴーレム戦以来、ミアの中でコウイチの危険行動に対する警戒度が上がっているらしい。
それでも、手の中の鉱石が気になることに変わりはない。
品質A。
純度100%。
それなのに、名前すら分からない。
時計を修理していた頃も、見たことのない構造や部品を前にすると、同じような感覚があった。分からないから、知りたくなる。
ただし今は、削ったり割ったりして確かめる気にはならない。拳ほどしかない未知の素材を、知識もないまま加工して価値を落とすのは馬鹿らしかった。
「ラグナードへ戻ったら調べてみるか」
「ギルドで聞きますか?」
「それもありだけど……」
そこまで言って、コウイチは考えた。
鉱石なら、鍛冶屋や鉱夫の方が詳しいかもしれない。
だが、ラグナードは鉱山の街ではない。今回見てきたような専門家がどれほどいるかは分からなかった。
「まあ、急ぐ必要はないか。腐る物でもないだろ」
「たぶん」
「そこは《鑑定》でも分からないんだよな」
ミアが小さく笑った。
コウイチは未知の鉱石を返し、机に残していた魔石と一緒に、ミアがマジックポーチへしまったことを確認した。
魔石も外殻も、売ればかなりの金になる可能性がある。だが、どちらも使い道を知らないまま手放すつもりはなかった。
正体不明の鉱石に至っては、価値を判断することすらできない。
分からないなら、まず調べる。
今は、それで十分だった。
◇
翌朝、2人は再びラグナード行きの乗合馬車へ乗った。
馬車が宿場を離れてしばらくすると、ミアが窓の外からコウイチへ視線を戻す。
「ラグナードに戻ったら、ルークさんのところへ行くんですか?」
「ああ。そのつもりだ」
「次の人を探すんですよね」
「まずは会ってみるだけだけどな」
「はい」
どんな人間がいるのかも、自分たちに合う相手が見つかるのかも分からない。
それでも、会わなければ何も始まらない。
コウイチは座席へ身体を預け、遠ざかっていく宿場を窓越しに眺めた。
ミアのマジックポーチには、正体の分からない鉱石が入っている。




