第54話◇ 硬い魔物と鍛冶屋
宿を決めて荷物を置いたコウイチとミアは、休む間もなくバルガードの街へ出た。
数日前までいたラグナードが妙に遠く感じるほど、目に入るものが違う。通りには鉱石を積んだ荷車が行き交い、店先には金属製の道具が並び、あちこちの工房から絶えず金属を叩く音が響いていた。
さっき馬車を降りた時にも多いとは思ったが、街を歩いてみると、ドワーフの姿は想像以上に多かった。人間と一緒に荷車を押す者もいれば、店先で鉱石を眺めながら商人と話している者もいる。工房の奥で金属を叩いている者もおり、身体は小さいのに、どのドワーフも妙に腕や肩が太い。
「……力あるな」
「はい」
ちょうど2人の前を歩いていたドワーフの男が、大きな鉱石袋を肩へ担ぎ直した。人間なら2人で持ってもおかしくない大きさだが、そのまま歩いていく。
ミアが自分の腕を見る。
「持てそう?」
「無理です」
「俺も無理だと思う」
今日は街を見て回ることだけが目的ではない。明日以降、ダンジョンへ入るつもりなら、現地の冒険者ギルドで情報を集めておきたかった。
◇
冒険者ギルドへ入ったコウイチは、受付へ向かう前に足を止めた。
建物そのものはラグナードのギルドと大きく変わらない。依頼書が貼られた掲示板があり、受付があり、冒険者たちが集まって話をしている。
違うのは、彼らの装備だった。
「……ハンマー?」
剣や槍を持っている者もいるが、それ以上に目につくのが、ずんぐりとしたハンマーやメイスだった。
「つるはしもあります」
「鉱夫じゃないのか?」
ミアが見ていた男は革鎧を着て、腰に冒険者証を下げている。どう見ても鉱夫というより冒険者だった。
街が街だから、採掘もするのだろうか。
そんなことを考えながら受付へ向かおうとすると、横から声が飛んできた。
「兄ちゃん!」
自分のことだと思わず、そのまま歩こうとした。
「そこの槍持った兄ちゃんだよ!」
コウイチが振り返る。
テーブルに座っていた大柄な男が、こちらを見て笑っていた。
「俺?」
「そうそう。見ねえ顔だな。今日着いたのか?」
「ああ」
男の視線がコウイチの槍へ向かい、次にミアの腰の短剣を見る。
「まさか兄ちゃん、その槍と嬢ちゃんの短剣で潜るつもりか?」
「そのつもりだけど」
「そりゃ大変だぞ」
「なんで?」
男は自分の横に立てかけていたハンマーを持ち上げ、太い柄を肩に載せた。
「なんせ、ここの魔物は硬てえからな」
「硬い?」
「ああ。岩みてえな皮膚の奴や、殻に覆われた奴が多い。もちろん全部じゃねえけど、剣で斬ったら刃の方が欠けたなんて笑い話も珍しくねえ」
コウイチは改めて男のハンマーを見る。
「だから、それ?」
「そういうことだ。斬るより叩く。刺すより砕く。そういう奴が多いんだよ」
男が顎で周囲を示す。言われてから見れば、確かにハンマーやメイスを持った冒険者が多い。
「つるはしも?」
「使うぞ。鉱夫なんか、そのままつるはしで魔物ぶん殴ってるからな」
「……つるはしで?」
「笑うなよ。硬い奴には下手な剣よりよっぽど効くぞ」
別に笑ってはいなかったが、コウイチの頭の中に、先ほど街で見た鉱夫たちの姿が浮かんだ。採掘するためだけの道具ではないらしい。
「じゃあ、ハンマーでも買った方がいいのか」
「兄ちゃん、使ったことあんのか?」
「……ない」
「嬢ちゃんは?」
ミアが首を横に振る。
「短剣しか使ったことありません」
「なら、やめとけ」
男は即答した。
「ダンジョンで初めて使う武器を試すくらいなら、慣れた武器をどうにかした方がまだマシだ。硬いからって、槍じゃ絶対に倒せねえわけじゃねえしな」
それなら話は変わる。
コウイチには《槍術Lv2》があり、《穿牙》もある。ミアにも《短剣術Lv2》がある。
今まで積み上げてきたものを捨てて、いきなりハンマーを振り回す方が危険なのは分かる。
「この槍でどうにかできないかな」
「俺に聞くなよ」
「今、教えてくれてたじゃないか」
「魔物の話ならな。武器のことなら鍛冶屋に聞け」
「鍛冶屋?」
男が呆れたように笑った。
「ここをどこだと思ってんだ。武器に文句があるなら、冒険者に聞くより鍛冶屋に聞いた方が早えよ」
それもそうか。
「腕のいいところ、知ってる?」
「もちろん。ちょいと値は張るがな」
「腕がいいなら構わない」
「即答かよ」
男は笑いながら店の場所を教えてくれた。
「ありがとう」
「いいってことよ。初めて潜るなら、浅いところで欲張んなよ」
「覚えとく」
コウイチは男に礼を言い、今度こそ受付へ向かった。
◇
受付ではDランクの冒険者証を見せ、初めてバルガードのダンジョンへ入ることを伝えた。
浅い階層なら低ランクの冒険者や鉱夫も多く、これまでの2人の戦闘経験があれば、魔物の強さだけを考える限り問題はないらしい。
ただし、注意するべきは魔物だけではなかった。
「罠については、ラグナードのギルドでも聞きましたか?」
「少しだけ。図書室でも調べた」
「でしたらご存じかと思いますが、《索敵》をお持ちでも罠を発見できるとは限りません。魔物の気配と、床や壁に仕掛けられたものは別ですから」
ミアが自分の足元を見る。
「浅いところにもありますか?」
「あります。ただ、入口に近い場所は人の出入りが多いので、それほど多くありません。初めてでしたら、まずは浅層を見て回る程度にしておくことをおすすめします」
「深く行くなら?」
「罠に詳しい方を同行させるか、経験を積んでからですね」
コウイチは頷いた。
最初から深く潜るつもりはない。まず見て、それから考える。
「あと、さっき他の冒険者から、ここの魔物は硬いって聞いたんだけど」
「そうですね。浅層にも硬い外皮を持つ魔物がいますので、打撃武器を使う方は多いです。ただ、槍や剣を使う冒険者がいないわけではありません」
「なら、武器は鍛冶屋で相談してみるよ」
「それがよろしいと思います」
必要な情報を聞き終えてギルドを出ると、コウイチは先ほど教えてもらった鍛冶屋へ向かった。
◇
鍛冶屋の場所は、近づく前から金属を叩く音が聞こえていたため、すぐに分かった。
工房と武器屋が一緒になっているらしく、開け放たれた奥から熱気が流れてくる。
「暑いですね」
「まだ外なのにな」
中へ入ると、壁には剣や斧、槍が並び、別の棚にはハンマーやメイスも置かれていた。
コウイチは何気なく、一番近くにあった剣へ《鑑定》を使った。
【鋼鉄の剣】
【品質:B】
隣の鋼鉄の斧もB品質で、その横にあるウォーハンマーも同じだった。
さらに視線を動かす。
【鋼鉄の長剣】
【品質:A】
「……A?」
思わず声が漏れた。
「どうしました?」
「いや……」
ラグナードなら、B品質でも十分な良品だった。自分が《生成》する商品も、多くはB止まりだ。
それが、この店では当たり前のように並び、その中にA品質まで混じっている。
「なんだ、兄ちゃん。武器を探してんのか?」
声をかけてきたのは、奥の工房から出てきたドワーフの男だった。
背は低いが腕が太く、革の前掛けをつけている。髭の一部が焦げており、袖から伸びた両腕には細かな火傷の跡がいくつも残っていた。
「買うかどうかはまだ分からない。相談したいんだけど」
「相談?」
「ダンジョンへ行く予定なんだ。今の武器を見てもらいたい」
「俺はドルガンだ。この店で武器を打ってる。相談したいなら、まず物を見せろ」
コウイチは名乗り返してから、槍を渡した。
ドルガンは穂先を見るだけではなく、柄との接合部を確認し、柄そのものを握って軽く床へ当てた。
「悪くねえな」
「そう?」
「ああ。ちゃんとした槍だ。これなら普通に使う分には文句ねえ」
品質Bなのだから、そこは間違っていなかったらしい。
「でも、ここの魔物には向いてない?」
「向いてねえってほどじゃねえ。ただ兄ちゃん、こいつで硬い奴を力任せに突くつもりなら、穂先だけ考えるな」
「どういうこと?」
ドルガンは槍を横に持った。
「刺さらなかった時、その力はどこへ行く?」
穂先から接合部、柄へと伝わり、最後には自分の腕へ返ってくる。
「……槍全体か」
「そうだ。硬い奴を突くなら、刺さるかどうかだけ考えるな。刺さらなかった時に、その力を受け止められるかも考えろ」
その言葉に、コウイチは自分の槍を見た。
今まで《生成》で槍を作る時、穂先の形や鋭さ、持ちやすさは考えてきた。だが、突いた力が武器全体へどう伝わるかまで考えたことがあっただろうか。
「槍先を変えるだけじゃ駄目?」
「やるなら、俺は槍そのものを変えるな。もっと硬い素材を使うにしても、穂先だけ硬くして他が負けたら意味がねえ」
「硬い魔物に使う槍もある?」
「あるぞ。そこの壁に掛けてあるやつだ」
ドルガンが示したのは、穂先だけでなく、柄との接合部まで金属で補強された槍だった。
「触ってもいい?」
「落とすなよ」
コウイチは槍を手に取り、重さと重心を確かめた。
自分の鉄槍よりも重く、穂先から接合部にかけての造りも厚い。硬い相手へ突き込んだ時、衝撃を接合部だけに集中させず、槍全体で受け止めることを考えた構造なのだろう。
柄を握る位置を変え、軽く構えてみる。自分がそのまま使うには重いが、造りは理解できる。
「なるほど……」
「形だけ真似ても駄目だぞ。使う素材が変われば、厚みも重さも変わるからな」
「分かってる」
「分かってる奴は、そんな目で槍を見ねえよ」
ドルガンから笑われ、コウイチは槍を元の場所へ戻した。
次に、ミアが短剣を腰から外す。
「これは?」
「見せてみろ」
ドルガンが短剣を受け取り、鞘から抜いた瞬間、表情が変わった。
「……なんだ、これ」
コウイチの意識が一気にドルガンへ向いた。
「何かおかしい?」
「誰が作った?」
「……知り合いだ」
「ふうん」
明らかに怪しんでいるが、それ以上は聞かなかった。
代わりに刃を光へかざし、角度を変えながら何度も確認する。指先で刃の腹をなぞり、柄との接合部まで細かく見ていた。
「素材はいい。かなりいいぞ」
「ミスリルの合金らしい」
「だろうな。純ミスリルじゃねえが、それでいい。短剣ならこっちの方が扱いやすい場合もある」
そこまではよかったが、ドルガンは短剣を眺めながら眉間に皺を寄せた。
「……もったいねえな」
「何が?」
「素材だよ」
「悪いの?」
「逆だ。いいからもったいねえんだ。この素材なら、まだ良くなる」
コウイチは短剣を見る。
品質B。十分な出来だと思っていた。
「どうやって?」
「叩き直す」
「これを?」
「ああ。形は悪くねえし、無理に変える必要もねえ。だが、熱の入れ方と叩き方でもう少し素材の良さを引き出せる」
「どれくらいかかる?」
「2日だ。代金は銀貨12枚」
「銀貨12枚……」
「安い仕事じゃねえ。急ぐなら、そのまま使え。十分いい短剣だからな。ただ、2日預けるなら今より良くしてやる」
コウイチはミアを見た。
武器はミアのものだ。
「どうする?」
ミアは短剣を見てから、コウイチへ顔を向けた。
「コウイチ様は、どう思いますか?」
「俺なら頼む。でも、使うのはミアだからな」
ミアはもう1度短剣を見て、それからドルガンへ顔を向けた。
「お願いします」
「よし。2日後に来い」
◇
宿へ戻ったコウイチは、ベッドへ腰を下ろしながら自分の槍を眺めていた。
ミアの短剣が戻るのは2日後。それまでダンジョンへ入るつもりはないが、やることはある。
ドルガンに言われたことが頭から離れなかった。
刺さるかどうかだけではなく、刺さらなかった時に力がどこへ行くのか。槍は穂先だけでできているわけではない。
「……作ってみるか」
保存していたミスリル鉱石がある。以前、ミアの短剣を作った時にも使った素材だ。
コウイチは人目がないことを確認してから、《アイテムボックス》からミスリル鉱石と鉄の素材を取り出した。
「また作るんですか?」
「ああ」
「大丈夫ですか?」
ミアが心配そうに見る。以前、ミスリルを扱った時にMPを大きく消耗したことを覚えているのだろう。
「たぶん」
「たぶん……」
「無理そうなら途中でやめるよ」
ミアの視線はまだ疑わしそうだったが、コウイチは素材へ意識を集中させた。
昼間、武器屋で見て触った槍の構造を思い出す。
硬い相手へ突き込んだ時、衝撃を受ける接合部。それを柄へ逃がし、槍全体で受け止める造り。形と構造については、実物を手に取ったことで理解できている。
問題は、使う素材だった。
鉄や銀、金なら日本にいた頃から知っている。時計職人として触れる機会もあり、それぞれの重さや硬さ、加工された後の感触も覚えていた。
だが、ミスリルは違う。
この世界へ来るまで、存在すら知らなかった金属だ。ミアの短剣に使われた完成後のミスリル合金には触れているが、精錬前の鉱石がどのように金属へ変わり、鉄とどの程度混ぜられているのかまでは分からない。
槍を作るための形は分かる。
分からないのは、その形をミスリル合金で作るための中身だった。
コウイチは、これまで使ってきた鉄槍の長さと重心を基準に、昼間触れた槍の構造を頭の中で組み上げた。
そして――《生成》。
「っ……!」
一気に身体から力が抜けた。
「コウイチ様?」
「大丈夫……ちょっと待って」
目眩が治まるまで、座ったまま呼吸を整える。
予想はしていたが、消耗が大きすぎる。コウイチは《生成》を使う前に確認した数値と、現在のMPを見比べた。
「……90も使ったのか」
素材は手元にある。それでも、鉄や銀のように馴染みのある金属ではない。形と構造は理解できても、ミスリルという素材への理解が足りず、その不足を補うために大量のMPを使ったのだろう。
やがて、手元に新しい槍が現れた。
以前の鉄槍と大きさはそれほど変わらない。ただし、穂先から接合部にかけての造りを厚くし、硬い相手へ突き込んだ時の衝撃を槍全体で受け止めることを考えて作っている。
コウイチは《鑑定》した。
【ミスリル合金の槍】
【品質:B】
「……Bか」
悪くない。むしろ、十分に良い武器だ。
だが、昼間に見た武器屋の棚が頭に浮かぶ。
B品質の武器が当たり前のように並び、その中にはA品質も混じっていた。
素材を良くし、構造も以前より考えた。それでも、出来上がった槍はB品質だった。
「素材だけじゃないってことか……」
ドルガンがミアの短剣を見て言った言葉を思い出す。
――まだ良くなる。
何をすれば良くなるのか。
今のコウイチには分からなかった。
◇
それから2日間、コウイチたちはバルガードの街を見て回った。
ダンジョンへ入る前に必要な道具を揃え、食料や回復薬を補充し、冒険者ギルドでも浅層について追加で話を聞いた。
その間にも、街の至るところから金属を叩く音が聞こえていた。
2日目の午後、約束の時間に鍛冶屋へ向かう。
「来たか」
店へ入ると、ドルガンは奥から布に包んだ短剣を持ってきた。
「ほら」
布を開く。
見た目は以前と大きく変わっておらず、刃の形も同じだった。
コウイチが代金の銀貨12枚を支払うと、ミアが短剣を受け取り、何度か軽く振った。
「どう?」
「……少し違います」
「何が?」
「分かりません。でも、違います」
ミアらしい答えだった。
コウイチは短剣を見る。
《鑑定》。
【ミスリル合金の短剣】
【品質:A】
目を瞬いてから、もう1度確認する。
表示は変わらない。
「……A」
「ん?」
「いや」
同じ素材で、形も大きく変わっていない。それなのに、Bだった短剣がAになっている。
「何をした?」
思わず聞いた。
「言っただろ。叩き直したんだよ」
「それだけで?」
「それだけって言うな」
ドルガンが眉をひそめた。
「火を入れて、素材を見て、叩く。温度が変われば叩き方も変えるし、同じ刃でも場所によって力の入れ方を変える。音も見るし、色も見る。冷ますタイミングだって同じじゃねえ」
言葉の意味は分かるが、それだけで自分が同じことをできるとは思えない。
「温度は?」
「素材次第だ」
「どのくらい?」
「だから素材を見ろ」
「何を見れば分かる?」
「色もある。音もある。叩いた時の返りもある」
「……それをどう判断する?」
ドルガンが一瞬黙った後、にやりと笑った。
「兄ちゃん、鍛冶やりてえのか?」
「いや……」
否定しかけて、コウイチは止まった。
ミアの短剣を見る。
自分が作った物で、材料も形も知っている。《鑑定》すれば、完成した物の品質まで分かる。
それなのに、なぜこれがAになったのか、自分には分からない。
「……ちょっと興味が出た」
「だったら見て覚えろ。口で全部説明できるなら、鍛冶屋なんざ誰でもなれる」
「見れば分かる?」
「そんなわけあるか」
即答された。
「何度も見て、自分で叩いて、失敗して覚えるんだよ」
コウイチは苦笑した。
「厳しいな」
「物作るってのは、そういうもんだ」
その言葉に、コウイチは昔を思い出した。
時計だって同じだった。
最初から分かったわけではない。親方の手を見て、真似して、失敗して、怒鳴られて、またやった。
知識だけでは直せないものがあった。
「ありがとうございます」
ミアが短剣を鞘へ戻して頭を下げる。
「おう。大事に使えよ」
「はい」
店を出てからも、コウイチはしばらく考えていた。
自分には《生成》があるから、物を作れる。それは間違っていない。
だが、作れることと、作り方を理解していることは同じなのだろうか。
自分の新しい槍はB品質で、ミアの短剣はA品質。その違いが、今の自分には説明できない。
「コウイチ様?」
「ん?」
「明日、ダンジョンに行きますか?」
コウイチは隣を歩くミアを見る。
腰にはA品質になった短剣。自分の手には、MPを90も使って作ったB品質のミスリル合金槍がある。
「ああ」
まずは、この武器を実際に使ってみる。
鍛冶について考えるのは、その後でもいい。
それでも、街のどこかから響いてくる金属を打つ音が、ここへ来た時とは少し違って聞こえていた。




