第53話◇ 鉱山の街へ
翌朝、コウイチとミアは再び商業ギルドの図書室を訪れていた。
前にここを訪れた時は、ムーンディアの角について調べるだけで終わったが、今日の目的は最初から決まっている。
鉱山都市バルガードと、その近くにあるダンジョン。
冒険者ギルドで大まかな話は聞いていたが、数日かけて別の街まで行くのなら、何も知らないまま出発するつもりはなかった。
「まず街だな」
「はい」
コウイチが地域ごとに交易品をまとめた本を探している間に、ミアは別の棚へ向かった。
以前なら一緒に探していただろうが、最近のミアは図書室へ来ると自分で棚を見て回るようになっている。まだ難しい本をすべて読めるわけではないものの、背表紙の文字を追い、分からなければ目次を開き、それでも見つからなければ職員に聞く。
最初に本を渡した頃と比べれば、ずいぶん変わった。
しばらく探していると、コウイチは目的の記述を見つけた。
バルガードはラグナードから街道を進み、馬車で数日の場所にある。
鉱石の採掘と加工を中心に発展した街で、鉄や銅をはじめ、周辺では複数の鉱石が採れるらしい。鍛冶や精錬に関わる職人も多く、採掘された鉱石の一部は街で加工され、それ以外は各地へ運ばれている。
「……やっぱり、こっちか」
赤岩の谷で拾ったミスリル鉱石が頭に浮かぶ。
あの時、コウイチは素材を手に入れたことで、ミスリルを使った物を《生成》できると思っていた。
実際には違った。
鉱石を選び、不要な物を除き、精錬して金属として使える状態にする。その途中に何があり、どのような設備や技術が必要なのか、自分はほとんど知らなかった。
結果だけ知っていても、その間が抜けている。
日本で時計を直していた頃なら、そんな状態で分かったつもりになることはなかったはずだ。
――動いたからって直ったと思うなよ。
親方の声が頭の中に蘇り、コウイチは小さく息を吐いた。
「……行く価値はありそうだな」
ページをめくると、今度はバルガードに住む種族についての記述があった。
街には人間だけでなく、特に多くのドワーフが暮らしている。鉱山や金属加工に関わる仕事を求め、昔から各地のドワーフが集まってきたらしい。
ドワーフならラグナードでも見たことはあるが、数はそれほど多くない。小柄だが力が強く、鉱山や鍛冶に関わる者が多いという程度の知識しかなかった。
コウイチがその部分を読んでいると、向かいの椅子が引かれた。
「コウイチ様」
「見つかった?」
「はい」
ミアが抱えてきたのは、魔物について書かれた本だった。
「ダンジョンに出る魔物が載っています」
「早かったな」
「前に来た時、受付の人にどの棚か聞いておきました」
「……準備いいな」
ミアは少しだけ得意そうな顔をして本を開いた。
バルガードの近くにあるダンジョンについても、ある程度の情報が載っていた。
地下へ続く複数階層の構造で、浅い場所なら低ランクの冒険者や鉱夫も出入りする。魔物もいるが、それだけが目的ではなく、壁や岩盤から採れる鉱石を目当てに入る者も多いらしい。
「冒険者だけじゃないのか」
「鉱夫も入るみたいです」
「魔物がいるのに?」
「護衛を雇う人もいるって書いてあります」
ミアが文字を指で追いながら答える。
鉱石を掘る者がいれば、それを守る冒険者や、自分で戦える鉱夫もいる。さらに、採った鉱石を運ぶ者まで出入りしているらしい。
どうやら、コウイチが想像していたよりも、ダンジョンは街の生活そのものに近い存在のようだった。
さらに読み進めていたミアの指が止まる。
「罠もあります」
「罠?」
「はい。深い場所ほど増えるって」
コウイチも本を覗き込んだ。
落とし穴や、壁や床から作動する仕掛け、毒を使ったもの、魔物を呼び寄せるものまであるらしい。ただし、本に載っているのは種類の紹介程度で、見分け方まで詳しく書かれているわけではなかった。
「面倒だな」
「《索敵》で分かりますか?」
「どうだろう」
ミアの《索敵》は、魔物や周囲の気配を捉えるために使ってきた。だが、動きも気配もない仕掛けまで感知できるのかは試したことがない。
「分からないなら、分かると思わない方がいいな」
「はい」
そこはミアもすぐに頷いた。
初めて行く場所なのだから、最初から深く潜る必要はない。まず浅い場所を見て、危険だと思えば戻ればいい。
鉱石についても同じだった。
何が採れるのか、どうやって掘るのか、どのような状態の鉱石に価値があるのか。知らないことの方が多いからこそ、実際に見たうえで考える必要がある。
「ミア」
「はい」
「行ってみるか」
「ダンジョンですか?」
「ああ。街も見たいしな」
ミアは考えるように本へ視線を落とした。
「もう少し読んでからでもいいですか?」
「もちろん」
コウイチは笑って、自分の本へ戻った。
◇
出発を決めたからといって、その日のうちにラグナードを出るつもりはなかった。
馬車でも数日掛かる旅になる。
食料と水を用意して消耗品を確認し、装備も点検する。槍の穂先やミアの短剣にも異常がないか確かめ、ダンジョンへ入ることも考えて回復薬をいつもより多めに用意した。
そこでコウイチは、荷物を整理しているミアの腰へ目を向けた。
普段使っているミスリル合金の短剣。それ以外にも小さな革袋をつけているが、入れられる物は多くない。
これまでは、それでも困らなかった。大きな荷物はコウイチが持てばいいし、人目がなければ《アイテムボックス》も使える。
だが、ダンジョンではどうなるか分からない。
「……ミア」
「はい?」
「ちょっと待ってて」
コウイチは手元にあった革を取り出した。
ミアが近づいてくる。
「何を作るんですか?」
「お前の荷物入れ」
「持ってます」
ミアが腰の革袋に触れた。
「それじゃなくて」
頭に浮かべたのは、自分が人前で《アイテムボックス》を隠すために用意したマジックバッグだった。
同じ大きさである必要はない。ミアが腰につけたまま走れて、短剣を抜く邪魔にもならない程度の物でいい。形も、普通の革製ポーチに近い方が目立たない。
どの程度の容量までなら無理なく作れるかを考えながら、コウイチは頭の中で形を組み立て、それから《生成》を使った。
MPが減り、手の中に革製のポーチが現れる。
【マジックポーチ】
【品質:B】
【容量:拡張】
「……できたな」
自分で中を確認してみる。
《アイテムボックス》とは比べるまでもないし、表向きに使っているマジックバッグより容量も小さい。それでも、水や食料、回復薬、予備の道具を持ち歩く程度なら十分だった。
「これ使って」
ミアへ渡す。
「私が?」
「ああ」
ミアは受け取ったものの、すぐには腰につけず、不思議そうに中を覗いた。
「普通の袋じゃないんですか?」
「試してみれば分かる」
コウイチは近くに置いてあった水筒を渡した。
ミアがポーチへ入れると、水筒が中へ消えた。
「……あ」
ミアは中を覗き、手を入れて水筒を取り出すと、確かめるようにもう1度入れた。
「マジックバッグと同じですか?」
「似たようなものだな。小さいからマジックポーチってところか。容量は俺が使ってるバッグより少ないけど、ミアが持つには十分だと思う」
ミアはポーチを両手で持ったまま、しばらく見つめていた。
「これ、高いですよね?」
「買えばな」
「……作ったんですか?」
「ああ」
今さら《生成》で物を作ること自体には驚かなくなっている。それでもミアは、なかなかポーチを腰につけようとしなかった。
「どうした?」
「私のですか?」
「そう言ってるだろ」
「コウイチ様が使うんじゃなくて?」
「俺には《アイテムボックス》がある」
「でも……」
何か言いかけたミアに、コウイチは首を振った。
「ダンジョンじゃ、ずっと俺の隣にいられるとは限らないだろ」
ミアが顔を上げる。
「俺が荷物を全部持ってたら、離れた時にミアが何も使えなくなる。水も回復薬も、必要な物は自分で持ってた方がいい」
それに、コウイチ自身が動けなくなる可能性だってある。
口にはしなかったが、自分だけが荷物を持っている状態が危険なのは間違いない。
「だから装備だよ」
「……はい」
ミアはようやくポーチを腰へ取り付けた。
右へ寄せてから少し後ろへ動かし、短剣を抜く動きを何度か繰り返す。走るように身体を動かした後、さらに位置を調整した。
「そこなら邪魔にならない?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ回復薬を何本か入れとこう。水と食料、布も少し。それから――」
「本も入りますか?」
「……入ると思うけど」
ミアの耳がぴんと立った。
「入れていいですか?」
「ダンジョンで読む気じゃないよな?」
「街までです」
「なら好きにしろ」
「はい」
ミアは嬉しそうに本を取りに行った。
コウイチとしては実用性を考えて作っただけだったが、自分専用の収納道具を持てることが、ミアにとっては思っていた以上に嬉しいのかもしれない。
戻ってきたミアは本をポーチへ入れ、消えたことを確認すると、また取り出した。それから、もう1度入れて、再び取り出す。
「面白い?」
「はい」
「壊すなよ」
「大事にします」
即答だった。
その言葉に、コウイチの手がわずかに止まった。
――大事に使います。
時計を修理して客へ返した時、そんな言葉を何度も聞いた。もう聞くことはないと思っていた言葉だった。
「……ああ」
それ以上は考えず、コウイチは残った荷物へ手を伸ばした。
「じゃあ、残りの荷物も詰めるか」
「はい」
移動には乗合馬車を使うことにした。
歩けない距離ではないらしいが、わざわざ体力を消耗する理由もない。それに今は、馬車代を惜しまなければならないほど金に困っているわけでもなかった。
◇
翌朝、2人は宿を出た。
ミアの腰には、昨日作ったマジックポーチがついている。宿を出てからも時々そこへ手をやっているのを見て、コウイチは気づかないふりをした。
バルガード行きの乗合馬車には、コウイチたち以外にも何人かの客がいた。
商人らしい男に、大きな荷物を抱えた夫婦。それに、採掘道具らしい物を持った男が2人乗っている。
馬車がラグナードを離れると、見慣れた街並みが徐々に遠ざかっていった。
最初のうちはミアも外を眺めていたが、しばらくすると腰のマジックポーチへ手を入れ、本を取り出した。
「読むの?」
「少しだけ」
「気持ち悪くなったらすぐやめろよ」
「はい」
ミアは本を開いたものの、数分後には静かに閉じた。
「駄目だった?」
「……ちょっと気持ち悪いです」
「だから言っただろ」
「分かりませんでしたから」
「まあ、そうだけど」
ミアは本をポーチへ戻し、何事もなかったように外へ視線を向けた。その横顔を見ながら、コウイチも小さく笑う。
街を離れるほど、景色は変わっていった。
最初は畑や草地が多かったが、日が進むにつれて木々が減り、地面には岩が目立つようになる。街道を行き交う荷馬車も、ラグナード周辺とは少し違っていた。
荷台に積まれているのは布や食料だけではない。木箱の隙間から黒っぽい石が見えているものもあれば、金属の塊らしい物を積んだ馬車もある。
「鉱石か?」
コウイチが呟くと、向かいに座っていた男が顔を上げた。採掘道具を持っていた男だった。
「バルガードから来た荷だろうな」
「やっぱり多い?」
「そりゃな。あそこは掘って、叩いて、売って食ってる街だ。街道を走ってる荷車の半分は、何かしら鉱山に関係してると思っていい」
「そんなにか」
「行くのは初めてか?」
「ああ」
「なら、着けばすぐ分かる」
男はそう言って笑った。
「うるせえ街だからな」
「うるさい?」
「着けば分かるよ」
それ以上は教えてくれなかった。
◇
旅は大きな問題もなく進んだ。
途中の宿場で泊まり、翌朝また馬車へ乗る。ラグナードから遠ざかるにつれて、道を歩く人々の格好にも変化が見え始めた。
腰に剣を下げた冒険者だけでなく、つるはしを担いだ者や、分厚い革手袋を腰に吊るした者、顔や服を黒く汚したまま歩いている者もいる。
「……ドワーフ」
ミアが小さく言った。
街道脇を歩いていたのは、背の低い男だった。しかし身体は横に厚く、太い腕でつるはしを担ぎ、反対の肩には大きな袋を載せている。
ラグナードなら目を引く姿だが、しばらく進むとまた別のドワーフがいた。
今度は女性だった。人間の男と一緒に荷車を押している。背丈はミアとそれほど変わらないように見えるのに、積まれた荷物はかなり重そうだった。
「本当に多いな」
「はい」
資料で読んだことが、少しずつ目の前の景色になっていく。
鉱石を積んだ荷車や、つるはしを担いだ鉱夫、街道を行き交うドワーフたち。まだ街にすら着いていないのに、ラグナードとは違う土地へ来たことが分かった。
やがて道が緩やかな坂を上り始めた。
御者が前を向いたまま声を上げる。
「バルガードが見えてきたぞ!」
乗客たちが馬車の外へ目を向け、コウイチも身を乗り出した。
「……あれか」
岩山を背に、大きな街が広がっていた。
高い城壁に囲まれた街というより、山の麓へ張り付くように建物が増えていった印象だった。石造りの建物が多く、遠くにはいくつもの煙突が見え、その先から黒い煙が上がっている。
街へ近づくにつれて、入口へ続く道を行き交う荷車の数も増えていった。空の荷車もあれば、鉱石を山積みにしたものや、木箱を載せた荷馬車もある。その間を、人間とドワーフが当たり前のように行き交っていた。
門をくぐった瞬間、コウイチは先ほどの男が言っていた意味を理解した。
カン、カン、と、どこかから金属を叩く音が聞こえる。
1か所ではない。別の方向からも、さらにその奥からも響いている。
荷車の車輪が石畳を転がる音に、人の声や馬の蹄、金属を打つ音が重なり、街全体が大きな工房のようだった。
「……確かに、うるさいな」
「でも、嫌な音じゃないです」
ミアが周囲を見ながら答えた。
「そうだな」
時計工房で聞いていた音とは違う。もっと荒く、大きく、力強い。それでも、物を作る場所の音だということだけは分かった。
馬車が停車し、2人は降りた。
コウイチが自分の荷物を持とうとする一方で、ミアは腰のポーチへ手をやるだけで済んでいる。
「楽?」
「はい」
「作って正解だったな」
「はい。これ、好きです」
「そりゃよかった」
歩き出した2人の目の前を、若いドワーフが大きな鉱石袋を担いで通り過ぎていく。その後ろでは、髭の濃いドワーフの男が人間の商人と何か言い合いながら大声で笑っていた。
少し離れた場所では、小柄な女性のドワーフが自分より大きな木箱を軽々と持ち上げている。
「……本当に多いな」
「ドワーフですか?」
「ああ」
本で読んだ時には、ただの知識だった。
鉱山や鍛冶に関わる者が多く、力が強い。金属加工を得意とする者もいる。
だが、実際に見れば印象は違う。
彼らは珍しい種族として街にいるのではない。普通に働き、荷を運び、商売をし、人間たちと言葉を交わしている。
この街を動かしている人々の中に、当たり前のようにドワーフがいた。
「まず宿だな」
「はい」
「その後、街を見よう」
「ギルドにも行きますか?」
「行く。ダンジョンに入るなら、ここの冒険者ギルドでも話を聞いた方がいいだろ」
歩き出そうとして、コウイチはふと足を止めた。
街の奥、建物の向こうに岩山が見えている。その方向へ向かう人の流れがあった。
冒険者らしい装備の者だけではない。つるはしを担いだ鉱夫や、何も積んでいない荷車を引いていく者もいる。
「ミア」
「はい」
「あの先かな」
ミアも同じ方向を見ると、しばらく眺めてからゆっくり頷いた。
「たぶん、ダンジョンです」
コウイチは岩山へ続く人の流れを見つめた。
何が採れるのか。どんな魔物がいるのか。罠とはどのようなものなのか。そして、この街では鉱石をどうやって選び、精錬し、金属へ変えているのか。
分からないことばかりだが、それを知るためにここまで来た。
「ダンジョンへ行くのは明日以降だな」
「今日は?」
「まず、この街を知ろう」
ミアが頷く。
金属を打つ音が、また街のどこかから響いた。
ラグナードとはまるで違う鉱山の街バルガードへ、コウイチとミアは足を踏み入れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




