第52話◇ 売れる場所
翌朝、コウイチとミアは商業ギルドの図書室にいた。
昨日、冒険者ギルドで教えてもらった鉱山都市とダンジョンについて調べるつもりだったが、その前に確認しておきたいものがある。机の上には、ムーンディアの素材や加工品について書かれた資料が何冊か広げられていた。
「……銀貨20枚」
コウイチは思わず、そこに書かれた数字をもう1度確認した。
見間違いではない。
ムーンディアの角は、その美しさと希少性から、未加工でも1本銀貨40枚前後で取引されている。それを使った上等な櫛になると、品質や装飾によって多少の差はあるものの、1本銀貨20枚前後まで価値が上がるらしい。
普段売っているホーンディアの櫛は銀貨1枚だ。それと比べれば20倍になる。
「高いですね」
隣から資料を覗き込んでいたミアが言った。
「高いな」
「売れますか?」
「……どうだろうな」
そう答えながら、コウイチの視線は資料ではなく、机の端に置いたメモへ移っていた。
昨日受け取ったムーンディアの角は大きい。形の悪い部分や加工の際に削り落とす部分まで考えても、櫛なら15本ほど作れそうだった。
15本を相場通り銀貨20枚で売れば、銀貨300枚――金貨3枚になる。
「…………」
「コウイチ様?」
「いや、ちょっと計算してた」
さすがに相場そのままの銀貨20枚で露店に並べるのは強気すぎる気がする。自分には高級品を扱ってきた実績もなければ、それらしい店舗があるわけでもない。
それなら銀貨15枚。そこまで下げても、15本売れれば銀貨225枚、金貨2枚と銀貨25枚になる。
角を素材のまま売るより、はるかに高い。
「……悪くないな」
「嬉しそうです」
「そりゃ嬉しいだろ。角だけでこれだけになるなら、ムーンディア1匹の価値が全然違う」
口にしてから、少し浮かれている自分に気づいた。
もちろん毎回狩れる相手ではない。昨日だって、ホーンディアと同じつもりで戦っていたら危なかった。
しかも、ミアが森の音を探り続けても、見つけるまでに1時間近く掛かっている。ミアの耳と《索敵》がなければ、近くにいたことさえ気づかなかった可能性が高い。
それでも、命を張って持ち帰った素材をそのまま売るのではなく、自分の手で価値を何倍にもできるのなら、商売としては面白い。
コウイチは資料を閉じた。
「まず作ってみるか」
「はい」
本来は鉱山都市とダンジョンについても調べるつもりだったが、櫛を作り、その売れ方まで確かめるには数日掛かる。遠出するかどうかを決めるのは、それを終えてからでも遅くない。
「ダンジョンの方は、櫛の結果が出てから改めて調べよう」
「分かりました」
帰り際、ミアは鉱山都市とダンジョンについて書かれた本がどの棚にあるのかを職員に尋ねていた。
次に来た時、すぐに探せるようにしておくらしい。
◇
宿へ戻ると、コウイチはさっそくムーンディアの角を取り出した。
乳白色の角は、近くで見ると薄く銀色が混じっているようにも見える。ホーンディアの角とは明らかに質感が違い、加工する前の状態でも高級素材だと分かるような美しさがあった。
まず《鑑定》を使い、材質や状態を確認する。
ホーンディアの櫛なら何度も作っているが、素材が違えば同じようにできるとは限らない。最初の1本は様子を見るつもりで《生成》した。
手の中に現れた櫛を確認する。
【ムーンディアの角櫛】
【品質:B】
【素材:ムーンディアの角】
「Bか」
悪くないが、歯の先端や表面にはまだ手を入れられる。
ホーンディアの櫛と同じように石猿の研磨材を使い、少しずつ表面を整えていく。素材そのものが硬いため多少時間は掛かったが、仕上げてみると乳白色だった表面に柔らかな光沢が生まれた。
「ミア、試してみて」
「はい」
櫛を渡すと、ミアは自分の髪へゆっくり通した。途中で止まることなく毛先まで抜けると、もう1度、今度は少し速く通し、それから普段使っているホーンディアの櫛も取り出した。
「どう?」
「……使うだけなら、どちらも好きです」
「そんなに変わらない?」
「はい。でも――」
ミアはムーンディアの櫛を光へかざした。
「こっちの方が綺麗です」
「なるほど」
実用品としての差よりも、素材そのものの美しさが大きいのだろう。それなら高級品として扱われるのも分かる。
コウイチは角を一気に使い切らず、まず何本か作って様子を見るつもりだった。しかし、作業を進めるうちに考えが変わった。どうせなら、1体分からどれだけ取れるか確かめておきたい。
普段の商品を作る合間に《生成》し、MPを回復させながら少しずつ数を増やして研磨も進めていく。
数日後、机の上には15本のムーンディアの櫛が並んでいた。
「15本か」
「はい」
「これが全部銀貨15枚なら……」
「銀貨225枚です」
ミアがすぐに答えた。
「計算、早くなったな」
「最近、よく計算するので」
そう答えたミアの耳が、少し得意そうに立った。
「そうだな」
コウイチは15本の櫛を眺めた。
もちろん1日で全部売れるとは思っていない。それでもホーンディアの櫛は評判になっている。同じ櫛で、こちらはさらに希少なムーンディアの角を使っているのだから、時間を掛ければ売れるだろう。
その時は、本気でそう思っていた。
◇
「綺麗……」
露店の前で、若い女性がムーンディアの櫛を手に取っていた。
「これも髪に使っていいの?」
「もちろん」
女性が髪へ通すと、櫛は途中で引っかかることなく毛先まで抜けた。
「あ、本当。全然引っかからない」
反応はいい。隣にいるミアを見ると、ミアもわずかに頷いた。
「これ、いくら?」
「銀貨15枚」
「…………」
女性の手が止まった。
「15枚?」
「ああ」
女性はもう1度櫛を眺め、髪にも通した。欲しくないわけではないらしい。それでも最後には、名残惜しそうに台へ戻した。
「……ごめんなさい。ちょっと考えるわ」
「分かった」
まあ、銀貨15枚だ。即決する値段ではないことくらい、コウイチにも分かっていた。
少しすると、別の女性が乳白色の櫛に気づいて足を止めた。その女性も綺麗だと褒め、実際に髪へ通して感触を確かめたが、値段を聞いた途端に黙り込み、結局は櫛を台へ戻した。
さらにもう1人。その次も、反応は驚くほど似ていた。
昼近くになる頃には、ホーンディアの櫛が何本か売れ、砥石も減っていた。刃物も1本売れ、髪飾りはミアが女性客と話しながらいくつか売っている。
その中で、ムーンディアの櫛だけが綺麗に残っていた。
「売れませんね」
隣からミアが言った。
「もうちょっと言い方ない?」
「でも、売れてません」
「そうなんだけど」
間違ってはいない。
コウイチは並んだ櫛を眺めながら尋ねた。
「値段、高すぎると思う?」
「分かりません」
ミアはすぐに決めつけず、しばらく客の流れを見てから続けた。
「でも、みんな欲しそうでした」
「ああ。それなんだよな」
誰も商品を悪く言わない。むしろ、手に取った時の反応だけならホーンディアの櫛よりいいくらいだ。問題は、銀貨15枚と伝えた後だった。
相場は20枚前後なのだから、不当に高くしているわけではない。それでも売れないのなら、値段以外に何かある。
「もう少し下げるか……?」
口にしてから、コウイチは首を振った。
銀貨10枚なら買うのか。それでも駄目なら銀貨5枚まで下げるのか。そこまで安くすればいつかは売れるかもしれないが、それでは高級素材を使っている意味まで薄くなってしまう。
「難しいな」
「商売ですか?」
「ああ」
「前も言ってました」
「前より難しくなってる気がする」
ミアの口元が少し緩んだ。
その時だった。
「こんにちは、コウイチさん」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「エリオット」
「今日も繁盛しているようですね」
「一部を除けばな」
「一部?」
エリオットの視線が露店の商品へ向いた。砥石から刃物、髪飾りへ移り、ホーンディアの櫛を見たところで、その隣に並ぶ乳白色の櫛に気づいた。
「……こちらは?」
声がわずかに変わった。
「ムーンディア」
「ムーンディア……」
エリオットは櫛を手に取ると、光へかざして表面を眺め、次に歯の間隔を確認してから指先で縁をなぞった。
ほんの一瞬だったが、その目が明らかに輝いたのをコウイチは見逃さなかった。
「欲しい?」
「おいくらです?」
「銀貨15枚」
エリオットはもう1度櫛を見てから、ほとんど迷わず顔を上げた。
「2本、いただけますか?」
「……買うの?」
「はい」
朝から1本も売れていないものを、迷いもせず2本買うという。
「本当に?」
「売りたくないのでしたら諦めますが」
「いや、売る」
コウイチは慌てて2本を取り分け、エリオットから銀貨30枚を受け取った。しかし、どうしても気になって尋ねる。
「これ、売れると思う?」
「売れると思いますよ」
「ここじゃ全然売れないんだけど」
「でしょうね」
「……即答するなよ」
エリオットが小さく笑った。
「商品が高いのではありません。ここでは高いのです」
「ここでは?」
「はい」
エリオットは露店の周囲へ目を向けた。
「こちらへ来る方の多くは、日常で使う物を探しています。銀貨1枚の櫛なら、少し上等な日用品として手を伸ばせる方もいるでしょう。しかし銀貨15枚となれば話は違います」
「でも、相場は20枚くらいだろ?」
「ええ。ですから、その価格はむしろ安いくらいです」
「じゃあ、なんで売れない?」
「買う方がここへ来ないからですよ」
コウイチは黙った。
「大きな街には、高級品を専門に扱う店があります。そうした店には最初から銀貨10枚、20枚の商品を買うつもりの方が来ます。裕福な商人もおりますし、貴族の家から使用人が買い付けに来ることもあります」
「……なるほど」
同じ商品でも、置く場所によって客が違う。考えてみれば当たり前だ。
日本でも、高級時計を露店に並べたからといって簡単に売れるわけではない。物の価値だけではなく、その商品を求める人間が集まる場所そのものが必要になる。
「じゃあエリオットは、その2本を大きな街へ?」
「そのつもりです。ただ、私もこの価格帯の商品を頻繁に扱っているわけではありませんので、まずは2本だけ試してみます」
「売れそうな店がある?」
「いくつか心当たりはあります」
それ以上は聞かなかった。
どの街にどんな客がいて、どの店なら何を扱ってくれるのか。それはエリオットが長く行商を続けて築いてきたものであり、立派な商人の財産なのだろう。
「勉強になった」
「それは何よりです」
エリオットは2本の櫛を丁寧に包みながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「それと、コウイチさん」
「ん?」
「この品でしたら、値段を下げるより売る場所を変えた方がよろしいかと」
さっきまで考えていたことを見透かされた気がした。
「……やっぱり?」
「はい。私ならそうします」
エリオットはそう言って、2本の櫛を持って去っていった。
◇
露店を片付けた後、コウイチとミアは残ったムーンディアの櫛を持って商業ギルドへ向かった。
結局、今日売れたムーンディアの櫛は、エリオットへ渡した2本だけだった。
受付で事情を説明し、残った13本を並べると、職員の表情が変わった。
「……13本ですか?」
「ああ」
「すべてムーンディアの角を?」
「同じ1体から作った」
「少々お待ちください」
職員は1本ずつ手に取り、仕上がりを確認していった。
すべてB品質で、多少の形の違いはあるものの、使い勝手や仕上げに大きなばらつきはない。確認を終えた職員が顔を上げた。
「こちらでしたら、当ギルドで買い取ることは可能です」
「いくら?」
「1本、銀貨12枚でいかがでしょうか」
コウイチは頭の中で計算した。
13本で銀貨156枚。エリオットへ売った2本が銀貨30枚だから、合わせて銀貨186枚になる。
最初に皮算用した銀貨225枚よりは減ったが、未加工の角を売った場合の銀貨40枚と比べれば、十分すぎるほどの利益だ。売れるかどうか分からない櫛を、何度も露店へ持っていく必要もなくなる。
「相場は20枚くらいだよな?」
「はい。ただし、それは小売価格です。当ギルドもこのまま保管するわけではなく、取り扱える商会へ卸すことになりますので」
なるほど、とコウイチは思った。
自分で銀貨20枚で売れれば、一番利益は大きい。だが、その客を自分は持っていない。
エリオットは売れそうな店を知っており、商業ギルドは高級品を扱える商会とつながっている。自分が持っていない販路を使わせてもらうのなら、その分の利益を相手が取るのは当然だった。
「分かった。銀貨12枚でいい」
「ありがとうございます」
銀貨156枚を受け取って財布へ入れると、ずしりと重くなった。
宿代や仕入れ、日々の細かな出費もあるため単純な足し算ではないが、これまで貯めてきた分と合わせれば、所持金は金貨11枚ほどになった。
少し前まで遠く感じていた金貨10枚という額を、とうとう越えたのだ。
「増えましたね」
ミアが小声で言う。
「ああ」
「嬉しいですか?」
「嬉しい」
今度は素直に答えた。
ムーンディア1体の角から15本の櫛を作り、銀貨186枚になった。角以外の素材はすでに冒険者ギルドへ銀貨20枚で売っているため、1体から得た収入は合計で銀貨206枚になる。
未加工のままなら、角を合わせても銀貨60枚ほどだった。それをここまで増やせたのだから、素材を加工することで生まれる利益の大きさは十分に実感できる。
ただし、朝まで思い描いていた売れ方とはまるで違った。
「売れなかったのに儲かったっていうのが、なんか変な感じだな」
そう言うと、ミアは少し考えてから答えた。
「エリオットさんには売れました」
「そうだな」
「ギルドにも売れました」
「……そうだな」
確かに売れている。自分が考えていた売り方では売れなかっただけだ。
コウイチは財布をしまいながら、小さく笑った。
「売るっていうのも、いろいろあるんだな」
◇
翌日の午後。
商業ギルドの一室で、1人の男がムーンディアの櫛を手にしていた。
年齢は40代ほどだろうか。仕立てのいい服を着ているが必要以上に華美ではなく、袖口まできちんと整えられている。
男は櫛の歯を確認してから、表面を光へ向けた。
「確かに良い品ですね」
「13本とも、ほぼ同じ仕上がりです」
向かいに座る商業ギルドの職員が答える。
「これを作った職人は?」
「職人ではありません。第五級商人です」
男の眉がわずかに動いた。
「第五級?」
「はい。コウイチさんという方です」
「コウイチ……」
男は考えるように目を細めた。
「どこかで聞いた名前ですね」
「露店で砥石や刃物などを販売されています」
「砥石……銅貨20枚の砥石ですか?」
「はい」
「ああ。あの方ですか」
安価な砥石の話は商会にも届いていた。
通常よりかなり安いにもかかわらず、品質に問題があるという話はなく、むしろ評判は悪くない。ただ、砥石そのものは大きな利益を生む商品ではないため、わざわざ商会として動くほどではないと判断していた。
「刃物も扱っていると?」
「はい。それから髪飾り、ホーンディアの角を使った櫛なども。最近は特に櫛の評判がいいようです」
「なるほど」
砥石だけなら、安く売る露天商が現れたというだけの話だった。しかし、扱う商品は少しずつ増えており、今回はムーンディアの高級加工品を13本、ほぼ同じ品質で揃えて商業ギルドへ持ち込んだ。
男はもう1度櫛を見てから、静かに机へ戻した。
「面白いですね」
「お知り合いですか?」
「いいえ。ですが、一度ご挨拶しておいた方がよさそうです」
◇
それから2日後。
コウイチはいつもの場所で露店を出していた。
ムーンディアの櫛はすでになく、並んでいるのは砥石、刃物、髪飾り、それにホーンディアの櫛だ。
ミアが女性客に櫛の違いを説明しているのを横目に、コウイチは売れた砥石の代金を受け取った。
「ありがとうございました」
客が去ると、入れ替わるように1人の男が露店の前に立った。
40代ほどで、仕立てのいい服を着ているが派手ではない。身につけている物が上等なのは分かるものの、それを見せつけるようなところもなかった。
どこかで見たような気もするが、思い出せない。
男は商品だけでなく、並べ方や客の様子まで確かめているようだった。
「何か?」
コウイチが尋ねると、男は丁寧に頭を下げた。
「初めまして。突然失礼いたします。コウイチさんでよろしいでしょうか」
「ああ」
「私はベルク商会でラグナード支店を預かっております、ローディスと申します」
「ベルク商会……」
その名前ならコウイチも知っていた。
商業区に大きな店舗を構え、倉庫もいくつか持っている。この街だけで商売をしているわけではなく、周辺の町とも取引している大手商会だ。露店を始めてから商業区を歩く機会も増え、その看板は何度も目にしている。
その支店を預かっている人間が、なぜ自分の露店に来るのか。
「商業ギルドで、あなたがお作りになったムーンディアの櫛を拝見いたしました」
「……ああ」
「非常に良い品でした。あれだけの数を、ほぼ同じ仕上がりで揃えていらっしゃることにも驚きました」
「ありがとう」
褒められているが、それだけのために大手商会の支店責任者がわざわざ露店まで来るとも思えない。
何か問題になるようなことをしただろうか。
最初に頭へ浮かんだのは、銅貨20枚で売っている砥石だった。相場の半額であり、それが市場に与える影響をまったく考えていなかったわけではない。
「それで?」
コウイチが尋ねると、ローディスはその警戒に気づいたのか、わずかに笑った。
「ご安心ください。本日は商談ではございません」
「じゃあ、何しに?」
「ご挨拶です」
「挨拶?」
「はい」
ローディスは露店の商品へ目を向け、砥石から刃物、髪飾り、ホーンディアの櫛へと順に視線を動かしていった。
「銅貨20枚の砥石については、以前から存じておりました」
「……知ってたのか」
「もちろんです。商売をしておりますので」
当たり前のように言われた。
「安すぎると思う?」
「安いとは思います。ですが、それだけです」
「それだけ?」
「銅貨20枚で販売して利益が出ているのであれば、それはコウイチさんの商売でしょう。我々が口を挟むことではございません」
思っていた答えとは少し違った。
「困らないのか?」
「砥石だけであれば、特には」
これも即答だった。
「市場全体から見れば、安価な砥石が多少増えた程度です。それだけで我々の商売が傾くようでは、大手などとは名乗れませんので」
嫌味ではなく、ただ事実として言っている。
資金も、商品も、客も、販売する場所も持っている。だから露天商が砥石を半額で売り始めた程度では動かなかった。
「ですが――」
ローディスがホーンディアの櫛を1本手に取り、表面を確認してから静かに台へ戻した。
「砥石だけではなかった。刃物を扱い、髪飾りを扱い、こちらの櫛も評判になっている。そして今度は、ムーンディアの角を使った高級品まで作られた」
「それで気になった?」
「はい。興味深い商品を継続して扱っていらっしゃる方のお名前とお顔くらいは、覚えておきたいものですから」
「……なるほど」
敵意があるわけではない。だからといって、好意があるわけでもないだろう。
市場を見ている中で、少し気になる商人が現れた。だから確認しに来た。それだけらしい。
「それに」
ローディスが少しだけ笑う。
「こちらも、覚えていただいて損はないかと思いまして」
「ベルク商会を?」
「ええ。今後コウイチさんの商売が大きくなれば、取引をする機会があるかもしれません。あるいは――同じ商品を扱うことになるかもしれません」
コウイチはローディスを見た。
「競争相手になるってこと?」
「商売をしていれば、そのようなこともあるでしょう」
穏やかな口調で、脅しているようには聞こえない。
同じ市場で商売をするなら、商品が重なることもある。その時は競争する。ただそれだけの話なのだろう。
「その時は?」
コウイチが聞くと、ローディスは少し不思議そうな顔をした。
「もちろん、商売で勝負させていただきます」
あまりにも当然のように返され、コウイチは一瞬黙った後、少しだけ笑った。
「……怖いな、大手は」
「そうでしょうか?」
「金持ってるだろ」
「それは否定いたしません」
「店もある」
「ございますね」
「客もいる」
「ありがたいことに」
「十分怖いよ」
ローディスも小さく笑った。
「でしたら、今のうちに顔だけでも覚えておいてください」
「ああ。覚えた」
「ありがとうございます」
ローディスは丁寧に頭を下げた。
「それでは、本日はこれで失礼いたします。また機会がございましたら、その時はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
ローディスが去っていくと、コウイチはその背中をしばらく見送った。
いつの間にか接客を終えていたミアが隣へ来る。
「ベルク商会の人だったんですね」
「ああ」
「コウイチ様のこと、前から知っていました」
「……そうなんだよな」
最初に露店を出した時は、5個の砥石を並べた。すべて売れたが、結果は赤字だった。
そこから刃物を増やし、髪飾りを作り、ホーンディアの櫛を売り始めた。行商人のエリオットが商品を外へ持っていくようになり、商業ギルドでも少しずつ名前を覚えられ、今度はベルク商会の支店を預かる人間が自分から会いに来た。
商売が広がっていること自体は望んでいた。
だが、知らないところで自分の名前や商品が知られるようになってきたという事実には、やはり少し落ち着かないものがある。
「……目立ってきたな」
「嫌ですか?」
「いや」
コウイチは考えてから首を振った。
「必要なら仕方ない」
目立たずに金だけ稼ぐ。そんな都合のいいことにも、そろそろ限界があるのだろう。
それでも以前とは違う。
今は金貨11枚ほどの資金がある。売れる商品もあり、エリオットという外への販路もできた。冒険者ギルドではDランクになり、商業ギルドでも信用を積み上げている。
なら、次へ進んでもいい頃だった。
「ミア」
「はい」
「明日、後回しにしてたダンジョンの資料を調べに、もう1度図書室へ行くぞ」
「鉱山の街のこともですか?」
「ああ。行くなら準備も必要だろ」
「本、たくさんありますか?」
「そこが一番気になるの?」
「はい」
迷いのない返事に、コウイチは笑った。
「じゃあ、明日調べよう」
「はい」
鉱山の街と、そこで採れる鉱石。そして、初めて足を踏み入れるダンジョン。
知らないものは多いが、だからこそ、まず知るところから始めればいい。
コウイチは露店に残った商品へ手を伸ばした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




