第51話◇ 魔力の使い方
ラグナードへ戻ったコウイチとミアは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
ムーンディアを丸ごとアイテムボックスへ入れてある以上、いつものように人目の少ない解体場の奥で出した方がいい。受付で事情を伝えると、以前ホーンディアを持ち込んだ時と同じように裏へ通された。
「ここでいいですか?」
「はい。お願いします」
周囲に他の冒険者がいないことを確認してから、コウイチがムーンディアを取り出すと、その大きな身体が解体場の床へ現れた。
受付職員は、コウイチが普通ではない収納手段を持っていることをすでに知っているので驚かなかったが、解体を担当する男は別だった。ムーンディアを見た途端に手を止め、次にコウイチとミアを見た。
「……これ、お前ら2人でやったのか?」
「ああ」
「白樹の森か?」
「そう」
男はしゃがみ込むと、首の傷や右前脚を順に確認していった。
「綺麗とは言わんが、ちゃんと仕留めてるな。角も傷んでない」
「角は使いたいから残してほしい」
「分かった。他は?」
「特にない。売れるものはギルドに売る」
「じゃあ査定も回しとく」
「頼む」
男はもう1度ムーンディアの身体を眺めてから、感心したように息を吐いた。
「それにしても、よく見つけたな。こいつは数が少ないうえに足も速い。普通なら、姿を見る前に逃げられることの方が多いぞ」
「見つけたのはミアだ」
「なるほどな。獣人の耳があっても簡単じゃないはずだが、大したもんだ」
ミアの耳が、照れたようにわずかに伏せられた。
実際、ミアが森の音を探り続けても、見つけるまでに1時間近く掛かっている。コウイチ1人だったなら、近くにいたことさえ気づかなかったかもしれない。
解体には時間が掛かるというので、預かり証を受け取って表へ戻った。
そこで、コウイチはこの後の予定を考える。
ムーンディアの角について商業ギルドで調べたい。新しい狩場についても聞きたいし、昨夜から作りかけの櫛もある。そして、もう1つ確かめておきたいことがあった。
「ミア」
「はい」
「ポーション屋、行ってみるか?」
ミアの耳がわずかに動いた。
「魔術師ですか?」
「ああ。会えるかどうかは分からないけどな」
「行きたいです」
即答だった。
新しい狩場については急がない。ムーンディアの解体が終わるまで時間もあるため、コウイチはギルドの受付で近くのポーション屋を聞き、教えられた場所へ向かった。
◇
店は商業区の外れにあった。
表に掲げられた看板には、小瓶と葉を組み合わせた絵が描かれている。扉を開けると、薬草を煮詰めたような独特の匂いが鼻に入った。
壁には大小さまざまな瓶が並び、赤や緑、薄い青の液体が入っている。値札を見ると、傷を治すものや体力の回復を助けるもの、解毒に使うものなどがあり、用途によって値段もかなり違っていた。
「いらっしゃいませ」
店にいたのは30代くらいの女性だった。
「ポーションですか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって」
「はい?」
「ここに魔術師はいますか?」
女性が瞬きをした。
「魔術師……ですか?」
「ああ。魔力について聞きたいことがある」
「申し訳ありません。当店にはおりません」
「そうか。分かった、ありがとう」
バルガスも、必ず会えるとは言っていなかった。
コウイチがそのまま帰ろうとすると、女性が呼び止めた。
「あの、少しお待ちください」
「ん?」
「魔力について、というのは……魔法を習いたいということでしょうか?」
「いや。魔法じゃない」
「違うんですか?」
「ああ。最大MPが増えたみたいだから、その理由をもう少し知りたい。それと、自分が使ってる魔力そのものについてほとんど知らないから、詳しい人がいるなら話を聞いてみたかっただけだ」
女性は不思議そうにコウイチを見た。
「魔法を習いたいわけではないのですね」
「今のところは」
何かおかしいのだろうか。
女性はしばらく考えてから、店の奥へ視線を向けた。
「それでしたら……もしかすると、作っている方なら分かるかもしれません」
「作ってる?」
「当店で扱っているポーションの一部を作ってくださっている方です。昔、魔術師をされていたと聞いています」
バルガスの言っていた通りだった。
「会える?」
女性はすぐには答えず、わずかに困ったような顔をした。
「会うこと自体は……たぶん」
「たぶん?」
「少し、変わった方ですので」
隣でミアの耳が動いた。
「どんな?」
「説明が難しいのですが……」
女性は言葉を選んだ末、諦めたように息を吐いた。
「会えば分かると思います」
それは説明を放棄しただけではないだろうか。
◇
教えられた場所は、店から歩いて10分ほどのところにあった。
商業区から少し外れた細い道の先に、小さな家が建っている。家というより、工房に住居を付け足したような建物だった。
煙突からは細い煙が上がり、窓際には乾燥させた薬草らしきものが束になって吊るされている。
「ここか」
「たぶん」
扉の横には、小さな札が掛かっていた。
『用があるなら叩け』
「……店じゃないな」
「はい」
書いてある通り扉を叩いたが、返事はない。もう1度叩いても、やはり返事はなかった。
「留守かな」
「中から音がします」
「する?」
「はい。何か、混ぜてるみたいな音です」
ミアの耳は家の方へ向いている。
なら、中にはいる。
コウイチがもう1度扉を叩くと、大きな声が飛んできた。
「うるさいね! 聞こえてるよ!」
「聞こえてるなら返事してくれよ……」
「何か言ったかい!」
「何も」
しばらくすると、扉が勢いよく開いた。
現れたのは小柄な老婆だった。白髪は後ろで適当にまとめられ、何本かが好き勝手な方向へ跳ねている。年齢は70を越えているように見えるが、背筋は思ったより伸びていた。腰には汚れた布を巻き、袖にも薬草らしい緑色の染みが付いている。
老婆はコウイチを見上げ、次にミアを見た。
「誰だい」
「ポーション屋から聞いてきた。昔、魔術師だったって」
「昔の話だよ」
「魔力について聞きたいことがある」
「嫌だね」
「そうか。ミア、帰ろう」
「はい」
コウイチが振り返ると、背後から声が飛んできた。
「ちょっと待ちな!」
足を止めて振り返る。
「何?」
「なんで帰るんだい!」
「嫌だって言っただろ」
「普通はもう少し食い下がるもんだろう!」
「なんで嫌がってる人に食い下がらなきゃならないんだよ」
老婆は口を開いたまま止まったかと思うと、突然笑い出した。
「はっ! 変な男だねぇ!」
「そっちに言われたくない」
「聞こえてるよ!」
「聞こえるように言った」
隣にいるミアがコウイチを見上げ、その口元をほんの少し緩めている。
「まあいい。入りな」
「嫌なんじゃなかったのか?」
「気が変わった」
面倒くさい。
だが、ここまで来た以上、話を聞けるなら聞いておきたい。コウイチとミアは、老婆の後について工房へ入った。
◇
工房の中は、外よりもさらに薬草の匂いが濃かった。
棚には乾燥させた葉や根、粉末の入った瓶が並び、中央の作業台には小さな鍋とガラス器具が置かれている。壁際には、完成したらしいポーションの瓶が20本ほど並んでいた。
「そこ座んな」
老婆が指した椅子にコウイチが座り、ミアもその隣へ腰を下ろす。老婆は向かいには座らず、鍋の中身を木べらで混ぜ始めた。
「で?」
「で、って?」
「魔力について聞きたいんだろ」
「ああ」
「何が知りたい」
コウイチは、昨日気づいたことから説明した。
ほぼ毎日MPを使っていたこと。久しぶりに確認したところ、最大MPが以前より増えていたこと。そして、バルガスからは、使って休むことを繰り返せば魔力の器が広がることがあると聞いたこと。
ただし、《生成》については話さない。
「何に魔力を使ってる?」
やはり聞かれた。
「それは言えない」
「なんでだい」
「言いたくないから」
「ふうん」
老婆はそれ以上追及せず、鍋を混ぜ続けた。もっとしつこく聞かれると思っていただけに意外だった。
「それで?」
「自分が使ってるものなのに、魔力についてほとんど知らないことに気づいた。だから詳しい人に聞いてみようと思った」
「魔法は?」
「使えない」
木べらが止まり、老婆がこちらを見る。
「使えない?」
「ああ」
「なのに、ほぼ毎日MPを使ってる?」
「そう」
「何に?」
「だから、それは言わない」
「……面白くない男だね」
「秘密にしてることを初対面で全部話す方がおかしいだろ」
「まあ、それもそうだ」
老婆は再び鍋を混ぜ始めた。
「魔力を感じることは?」
「使えば、MPが減ったことは分かる」
「そうじゃない。自分の中にある魔力を感じて、動かせるかって聞いてるんだよ」
コウイチはこれまでの感覚を振り返った。
《生成》を使う時、MPが減ったことは分かる。《穿牙》でも同じだ。だが、魔力そのものを意識して動かしたことはない。
「分からない」
「そっちのお嬢ちゃんは?」
「私ですか?」
「そうだよ。MPはあるんだろ?」
「はい」
「魔力を感じたり、動かしたりしたことは?」
ミアはしばらく考えてから答えた。
「……分かりません」
「いいね」
老婆が笑った。
「何が?」
「分からないのに、分かったって言わないところさ」
ミアがコウイチを見る。
その評価には同意する。
老婆は木べらを鍋の縁へ置くと、2人の方へ身体を向けた。
「勘違いしてる奴は多いけどね、魔法を使えないからって、魔力がないわけじゃない。MPがあるなら、お前さんにも、この子にも魔力はある」
「じゃあ、どうして魔法を使えない?」
「使い方を知らないからさ」
「使い方……」
「感じ方も、動かし方も、外へ出す方法も知らない。それじゃ魔法なんか使えるわけないだろ」
初めて聞く話だった。
「じゃあ、やり方さえ知れば誰でも魔法を使えるのか?」
「そんな簡単なら、世の中魔術師だらけだよ」
老婆は笑いながら作業台へ戻った。
「魔力を感じるところで躓く奴もいる。感じられても動かせない奴もいる。動かせても外へ出せない奴もいるし、そこまでできたところで魔法になるわけじゃない。向き不向きもあるし、覚えるのに何年も掛かる奴だっている」
「なるほど……」
誰にでも魔力はあるが、誰もが魔術師になれるわけではない。その違いが、ようやく見えてきた。
「じゃあ魔術師っていうのは、それができる人?」
「ずいぶん雑なまとめ方だけど、最初はそれでいいよ」
「教えてくれる場所があるのか?」
老婆の手が一瞬止まった。
「あるさ」
「どこ?」
「知りたがるねぇ」
「知らないから聞いてる」
「……まあ、そのくらいならいいか」
老婆は棚から小瓶を取り出し、鍋の液体を少量入れて光へ透かした。
「魔法を本気で学ぶ奴は、普通はちゃんと教える場所へ行く。そこから先は、お前さんが本当に魔法を覚えたくなった時に自分で調べな」
それ以上は話す気がないらしい。
コウイチも無理には聞かなかった。今知りたかったのは、魔法の使い方ではない。
「最大MPが増えたのは、やっぱり使ってたから?」
「使ったことがきっかけかもしれないが、それだけとは限らないよ。身体の成長や経験でも器は変わる。誰でも同じように増えると思わないことだね」
「使い切った方がいい?」
「そんな馬鹿な使い方をするんじゃないよ」
「バルガスにも馬鹿って言われた」
「なら2人分聞いときな」
どうやら、この件については意見が一致するらしい。
「限界まで使う必要はない。使って、休む。身体を壊さない。そんなの魔力じゃなくても同じだろ」
「確かに」
「それより、お前さんは変だね」
「また?」
「魔力を自分で動かせもしないのに、何かを通せば毎日のように使える。しかも、それを続けて器まで広がった」
老婆の目が細くなる。
「何を使ってる?」
「言わない」
「けち」
「初対面だぞ」
「じゃあ何回会えば教えるんだい?」
「回数の問題じゃない」
「面倒な男だねぇ」
「さっきからそればっかりだな」
ミアがとうとう小さく笑った。
老婆がそちらを見る。
「お嬢ちゃんは、こいつの何が面白いんだい」
「分かりません」
「そこも分からないのかい」
「はい」
今度は老婆が大声で笑った。
◇
話を聞き終えて立ち上がると、老婆はすでに次のポーション作りへ取り掛かっていた。
「ありがとう。少し分かった」
「少しでいいんだよ。全部分かったと思う奴が一番危ない」
その言葉に、コウイチは足を止めた。
どこかで似たようなことを言われた気がする。
――動いたからって、直ったと思うな。
師匠なら、たぶんこの老婆とは妙に話が合っただろう。
「また聞きに来てもいい?」
「嫌だね」
「分かった」
「だからなんですぐ帰るんだい!」
「どっちなんだよ」
「来たきゃ勝手に来な!」
「それ、来ていいって意味だろ」
「うるさいね!」
追い出されるように工房を出ると、背後で扉が閉まった。
しばらく歩いてから、ミアがコウイチを見上げる。
「変わった人でした」
「ポーション屋の人、正しかったな」
「はい」
「でも、面白かった」
「はい」
魔法を覚えたわけでも、魔力を感じられるようになったわけでもない。それでも、自分の中にあるMPが単なる数字ではなく、魔力というものの量を示していることは分かった。
そして、自分はその力を《生成》や《穿牙》という形を通して使っているだけで、自分自身では動かすことすらできない。
今は、そこまで分かれば十分だった。
◇
冒険者ギルドへ戻ると、ムーンディアの解体は終わっていた。
角は傷つかないよう布に包まれ、他の素材については査定結果がまとめられている。コウイチが受付で預かり証を渡すと、職員が査定表を確認した。
「角を除いた素材の査定額は、銀貨20枚になります」
「20枚?」
「はい。ムーンディアは身体が大きく、肉や毛皮にも需要があります。状態も良好ですので、この金額になります」
角を除いても銀貨20枚。簡単に見つけられる魔物ではないとはいえ、Dランクともなれば素材だけでも相応の値がつくらしい。
「分かった。それで頼む」
「かしこまりました」
コウイチは代金として銀貨20枚を受け取り、布に包まれた角も受け取った。
「そうだ。もう1つ聞きたいんだけど」
「はい?」
「Dランクになったら、白樹の森以外にも行ける場所が増えるって前に聞いた。素材を集められそうな場所、他にもある?」
受付職員はすぐには答えず、考えてから尋ねた。
「魔物素材が目的ですか?」
「それもある。できれば鉱石とか、今まで扱ってない素材も見てみたい」
「でしたら……いくつかありますね」
受付職員はそう言うと、カウンターの下から簡単な地図を取り出した。コウイチとミアが、その地図を覗き込む。
「ラグナード周辺だけでなくてもよろしいですか?」
「どれくらい?」
「馬車で数日程度まででしたら」
「それなら大丈夫」
受付職員の指が、ラグナードから離れた場所へ動いた。
「こちらの方面には、鉱山を中心に発展した街があります。周辺でも鉱石は採れますが、冒険者の方が目的にされるのでしたら――」
その指が、街から少し離れた場所へ移る。
「この街の近くに、ダンジョンがあります」
「……ダンジョン?」
コウイチは思わず聞き返した。
言葉の意味は知っている。日本にいた頃なら、ゲームや小説で何度も見た。しかし、この世界へ来てから実際にその言葉を聞いたのは初めてだった。
「はい。複数の階層が確認されている地下型のダンジョンです。魔物だけでなく、採掘可能な鉱石もありますので、冒険者だけでなく採掘を仕事にする方も出入りしています」
「鉱石が採れるのか」
「はい。ただし、通常の鉱山とは違います。魔物もいますし、場所によっては罠も確認されています」
罠という言葉を聞いて、ミアが地図を見る目を細めた。
「危険度は?」
「浅い階層であれば、それほど高くありません。ただ、下へ進むほど危険になります。Dランクのコウイチさんでしたら入場自体に問題はありませんが、初めてでしたら資料を確認してから行かれることをおすすめします」
「資料はここにある?」
「基本的なものはあります。ただ、詳しく調べるのでしたら、商業ギルドの図書室にも資料があると思います。鉱石や流通については、そちらの方が詳しいでしょう」
コウイチは地図へ目を落とした。
鉱山の街と、その近くにあるダンジョン。そこでは、今まで扱ったことのない鉱石が手に入るかもしれない。
頭に浮かんだのは、アイテムボックスの中に残してあるミスリル鉱石だった。あれを加工する方法は、まだ分からない。
「ミア」
「はい」
「調べてみるか?」
ミアは地図を見たまま頷いた。
「本、ありますよね」
「たぶんな」
やはり、そこかららしい。
「じゃあ明日、商業ギルドへ行こう」
「はい」
ムーンディアの角だけでなく、鉱山の街やダンジョンについても調べなければならない。ポーション屋へ行ったことで、魔力について知りたいことまで増えていた。
また調べるものが増えたな、とコウイチは思った。
だが、今度はそれを面倒だとは感じなかった。




