第50話◇ 魔力の器
翌朝、コウイチは朝食を終えると、ミアを連れて冒険者ギルドへ向かった。
昨夜、《生成》で櫛を作っている最中に気づいた最大MPの増加が、どうにも頭から離れなかった。
この1か月は白樹の森でホーンディアを狩り、ストーンエイプの素材を集め、正式な依頼もこなしながら3日ごとに露店を出してきた。夜になれば宿で《生成》を使い、翌日の仕事に支障が出ない程度までMPを減らしてから眠る。そんな生活が、いつの間にか当たり前になっている。
その間、自分のステータスを細かく確認することはほとんどなかった。魔物の名前やレベル、簡単な状態を見るだけなら《鑑定》Lv1で足りたし、自分やミアについても、毎日のように能力値まで確かめる必要はないと思っていた。詳しく見ればその分だけMPを使うのだから、それなら商品を1つでも多く作った方がいいと考えていた。
だから、いつレベルが上がったのかさえ正確には把握していない。
レベルが上がれば最大MPも増える。それ自体は、これまでの経験から分かっている。ただ、昨夜久しぶりに確認した数字は、以前の記憶よりかなり増えていた。
Lv12だった頃の最大MPは92。それが今は118になっている。
そのすべてがレベルアップによるものなのか、それとも毎日のようにMPを使い続けてきたことにも意味があるのか、コウイチには判断できなかった。
自分で考えて答えが出ないなら、知っていそうな人間に聞けばいい。
訓練場へ顔を出すと、バルガスは若い冒険者の槍を見ていた。ちょうど一区切りついたところらしく、木槍を持った青年へ何か注意してから、こちらへ歩いてくる。
「今日は訓練か?」
「いや、聞きたいことがある」
「またか」
「嫌そうだな」
「お前の質問は、たまに妙なところから飛んでくるからな」
否定はできない。
「魔力って、使ってれば増えるのか?」
バルガスの眉が少し上がった。
「魔力?」
「最大MPの方。最近ほとんど毎日使ってるんだけど、昨日確認したら前よりかなり増えてた」
「レベルは?」
「それも上がってると思う。だから全部が魔力を使ったせいだとは思ってない。ただ、それだけなのかが分からなくてな」
何に魔力を使っているのかまでは言わない。
バルガスもそこには踏み込まず、顎を掻きながら少し考えた。
「だったら、それも多少は関係してるかもしれねえな。魔力ってのは、使って、休んで、また使うってのを続けてると、少しずつ器が広がることがある」
「器?」
「言い方だよ。身体のどこかに魔力を溜める壺があるって話じゃねえぞ」
「それくらいは分かる」
「どうだかな」
笑われたが、知りたいのはそこではない。
「じゃあ、毎日限界まで使った方が増えやすいのか?」
「馬鹿。なんでそうなる」
間髪入れずに返された。
「使うことは大事だが、休ませることも必要だ。毎日魔力切れまで追い込んでぶっ倒れてたら、身体の方が先に参る。それに、全員が同じように増えるわけでもねえし、使い続けりゃ際限なく増えるってもんでもない」
「なるほど」
少なくとも、今までの使い方を大きく変える必要はなさそうだった。
昼は冒険者として動き、夜に商品を作る。MPを使い切ること自体を目的にはせず、翌日の行動に響かない範囲で使う。それを続けた結果として、多少器が広がることがあるという程度に考えておいた方がよさそうだ。
「もっと詳しく知りたいなら、魔術師に聞いた方がいいぞ。俺はそこまで詳しくねえ」
「魔術師か……」
言葉自体は知っている。
魔法が存在する世界なのだから、当然そういう人間もいるのだろうとは思っていた。ただ、考えてみれば、この世界へ来てから魔術師と呼ばれる人間とまともに話した記憶がない。
「この街にもいるのか?」
「いるにはいる。少ねえけどな」
「会える?」
「会いたいなら、ポーション屋を当たってみろ」
「なんでポーション屋なんだ?」
バルガスは、そんなことも知らないのかと言いたげな顔をした。
「魔術師ってのは、いつまでも魔物相手に魔法をぶっ放してる奴ばかりじゃねえよ。歳を取って冒険者を引退した後、ポーション作りをやってる奴もいる。魔力の扱いに慣れてるからな」
「なるほど」
言われてみれば不思議ではない。冒険者に引退後の生活があるように、魔術師にもその後がある。
「じゃあ、ポーション屋に行けば会えるのか」
「そうとも限らねえ。自分で店をやってる奴もいりゃ、作るだけ作って店に卸してる奴もいる。店員に聞けば、紹介くらいしてもらえるかもしれん」
「ポーション屋か」
覚えておこう。
今すぐ行ってみたい気持ちはあったが、今日は別の予定がある。それに、最大MPが増えた理由については、おおよその見当がついたので、急いで答えを出す必要もない。
「助かった」
「それだけか?」
「ああ」
「本当に変な奴だな、お前」
「何が?」
「魔術師を探してるくせに、魔法を覚えたいとは言わねえんだな」
言われて初めて、その発想がなかったことに気づいた。
「……使えるなら便利そうだけどな」
「普通は最初にそっちを考えるぞ」
「俺は魔力のことが知りたいだけだよ」
《生成》も《穿牙》も魔力を使う。どちらもステータス上では同じMPを消費しているが、それが実際に何なのか、コウイチにはまだよく分かっていない。
使うことはできるが、使えていることと理解していることは別だ。
時計職人だった頃なら、仕組みの分からないものを「使えるから分かった」とは考えなかった。
「まあいい。ポーション屋なら商業区に何軒かある。聞くなら自分で聞いてこい」
「ああ。今度行ってみる」
そこで話を切り上げた。
訓練場を出ると、それまで黙って話を聞いていたミアが隣へ並ぶ。
「魔術師に会うんですか?」
「そのうちな。ちょっと興味が出た」
「私も見たことがありません」
「じゃあ、一緒に行くか」
「はい」
ミアの耳が少し立った。
ポーション屋の場所なら商業ギルドでも聞けるだろうが、それは明日でもいい。今日は白樹の森へ行く予定だった。
◇
「ムーンディアを探してみようと思う」
街を出てからそう言うと、ミアはすぐには答えず、少し考えてからコウイチを見た。
「Dランクですよね」
「ああ」
「速くて、角に魔力を集めて突進する魔物です」
「よく覚えてるな」
「何度も読みましたから」
以前、白樹の森で大きな蹄跡を見つけた時は追わなかった。ムーンディアかどうかも分からず、仮にそうだったとしても、戦い方を知らなかったからだ。
あれから約1か月、白樹の森には何度も入った。ホーンディアを狩りながら地形を覚え、資料も読み直し、Dランクへ昇格してからは正式な依頼もこなしている。その積み重ねで、自分たちがどこまで戦えるのかも少しずつ分かってきた。
何より、ムーンディアの角が高級素材になることも分かっている。エリオットから櫛を100本欲しいと言われても、今の生産量では到底追いつかない。だからといってムーンディアの角で数を補えるわけではないだろうが、新しい素材を試す意味はある。
「絶対に戦うわけじゃない。見つけても場所が悪ければやめるし、無理だと思ったら逃げる」
「はい」
「それでいい?」
ミアは前を向いたまま少し歩き、それから頷いた。
「やってみたいです」
「分かった」
以前なら、コウイチが決めてミアが従っていた。最近はこうして聞くことが増えたし、実際に戦うのは2人なのだから、その方がいい。
◇
白樹の森へ入り、いつもの外縁部を抜けていく。
今日はホーンディアを見つけても積極的には追わず、ミアを先頭に、以前大きな蹄跡を見つけた方向へ慎重に進んだ。
「何かいる?」
「右の奥に2匹います。小さいです」
「ホーンディア?」
「たぶん。でも、まだ分かりません」
「なら避けよう」
「はい」
この1か月で、ミアの《索敵》は明らかに変わった。
以前なら何かがいると分かる程度だったものが、今では距離や数、動き方までかなり細かく拾う。知っている魔物なら匂いや足音から推測することもあるが、確信がなければ必ず「たぶん」や「分かりません」をつけた。
その言葉をコウイチは信用している。分からないものを分かったと言われるより、その方がずっといい。
森へ入って1時間ほど経った頃、前を歩いていたミアが足を止め、耳を鋭く立てた。
「……います」
声が小さくなり、コウイチもその場で足を止める。
「何匹?」
「1匹です。大きいです」
「どっち?」
ミアが森の奥を指した。
「まだ遠いです。でも……前に感じた大きいのと似ています」
「同じ奴?」
「そこまでは分かりません」
「分かった」
少し進むと、湿った土に大きな蹄跡が残っていた。ホーンディアより明らかに大きい。
2人は風向きを確認し、木々を使いながら慎重に距離を詰めていく。
やがて灰白色の幹の向こうに、大きな影が見えた。
淡い灰色の体毛をしたその魔物は、ホーンディアより一回り以上大きく、頭から伸びた角は乳白色の中へ銀を混ぜたような光沢を帯びていた。
初めて見る相手なので、コウイチはいつもの簡易確認ではなく、《鑑定》の情報を少し深く取る。
《鑑定》
【ムーンディア】
【Lv:17】
【危険度:D】
【状態:警戒】
「いたな」
「はい」
コウイチはすぐに槍を構えず、まず周囲を確認した。木はあるが密集しておらず、足場も悪くないうえ、後ろへ退く道も確保できる。
ムーンディアは警戒しているものの、まだこちらの位置を正確には捉えていないようだった。
「やるぞ」
「はい」
コウイチがB品質の鉄槍を構え、ミアはミスリル合金の短剣を抜いて左へ回る。
これまで何度もホーンディアを狩ってきた時と同じ形だったからこそ、最初の判断が一瞬遅れた。
ムーンディアがこちらを向いた瞬間、角に淡い光が集まり、右の前脚が地面を強く蹴った。
速い。
「っ!」
ホーンディアなら十分に避けられるはずの距離が一瞬で消え、コウイチは咄嗟に身体を横へ逃がした。
乳白色の角が胸元すれすれを通過し、風圧に身体を持っていかれそうになる。反射的に突き出した槍の穂先は肩を浅く裂いただけで、ムーンディアはそのまま駆け抜けていった。
伸びた角が木の幹を掠め、鈍い音とともに樹皮が弾けて、抉られた木片が地面へ落ちる。
「……あれは食らいたくないな」
「はい」
胸に受ければ、革と金属板で補強した今の防具でも無事では済まない。
ホーンディアと身体の作りは似ており、攻撃方法も同じ突進だ。それでも実際に受けてみれば、速度も威力もまるで違う。
ムーンディアがこちらへ向き直ると、再び角へ淡い光が集まり始めた。
「ミア、正面に出るな!」
「はい!」
今度は早めに動き、コウイチが右へかわす。しかしムーンディアも身体を傾け、こちらを追うように進路を変えてきた。
「曲がるのかよ!」
完全な直線ではない。
さらに身体を外へ逃がし、どうにか角の先端をかわす。今度は槍を突き出す余裕すらなかった。
背後へ回っていたミアが踏み込み、後脚へ短剣を走らせたものの、ムーンディアはすぐに跳ね、刃は浅く皮膚を裂いただけだった。
「追わなくていい!」
「はい!」
無理に攻める必要はない。
コウイチは呼吸を整えながら、距離を取ったムーンディアを見る。身体の作りも攻撃方法もホーンディアによく似ているからこそ、同じところばかり見ていては違いを捉えられない。
今度は角だけではなく、踏み込む脚や身体の傾きまで意識して見る。
右の前脚が沈んだ直後、ムーンディアが再び突進してきた。
コウイチは左へ逃げ、乳白色の角が横を通り抜ける瞬間に槍を突き出して胴へ傷を入れる。
深くはないが、手応えはあった。
ムーンディアが距離を取り、こちらを睨む。
「コウイチ様」
ミアの声が聞こえた。
「右の前脚です」
「右?」
「突っ込んでくる前、右の前脚を強く踏んでいます。さっきも、その前もそうでした。それと、右に曲がる時より左に曲がる時の方が少し遅いです」
コウイチはムーンディアから目を離さないまま、その言葉を頭の中で繰り返した。
「毎回?」
「3回ともです」
「《急所看破》で分かったのか?」
「分かりません。何度か見ていたら、そうしていたので」
それなら、それでいい。
「次、試すぞ」
「はい」
角へ淡い光が集まり、右の前脚が深く沈んだ。
今度はムーンディアが動き出すより先に、コウイチが左へ踏み出す。
突進が始まり、こちらを追って巨体が左へ傾いた瞬間、ほんのわずかに速度が落ちた。
ミアの言った通りだ。
コウイチはそこで逃げ続けるのをやめ、逆に踏み込む。
「《穿牙》!」
魔力を乗せた穂先が肩口へ突き込まれ、硬い皮膚を破ってその奥へ食い込んだ。
ムーンディアの巨体が大きく傾き、勢いのまま地面を滑っていく。しかし、それでも倒れきらず、血を流しながら脚を踏ん張って再び立ち上がろうとした。
「……まだか」
《穿牙》を入れても終わらない。
コウイチが槍を引き戻した時には、すでにミアが動いていた。ただ飛び込んだわけではなく、ムーンディアが傷ついた右前脚を庇い、左側へ重心を移したのを見てから、一気に距離を詰めている。
ムーンディアが角を振った。
ミアは身体を沈めてその下を抜け、ミスリル合金の短剣を右前脚へ走らせる。
刃が深く入り、脚が崩れた。
「離れろ!」
声と同時にミアが後ろへ跳ぶ。
ムーンディアは倒れながらも頭を持ち上げ、角へ再び光を集めようとしていた。
まだ終わっていない。
一度大きな傷を負わせたからといって、それで安全だと思うほどコウイチは楽観的ではなかった。時計を修理していた頃から、途中で一度正常に動いただけで直ったと判断すれば痛い目を見ることは、嫌というほど知っている。
ムーンディアが残った脚で身体を起こそうとし、首を伸ばす。
コウイチは槍を構え直し、その首筋へ踏み込んだ。
「《穿牙》!」
槍が深く突き刺さり、大きな身体が震えた。
それでもコウイチは近づかず、槍を構えたまま距離を取る。ミアも反対側で短剣を握ったまま警戒を続けた。
やがて角から淡い光が消え、身体の動きも止まる。
念のため、簡単に状態だけを見る。
《鑑定》
【ムーンディア】
【状態:死亡】
「……よし」
ようやく槍を下ろした。
大きく息を吐くと、身体から一気に力が抜ける。
「疲れた……」
「強かったです」
「Dランクだからな」
「私達もDランクです」
「だからって、同じDランクなら楽に勝てるってわけじゃないだろ」
ミアが小さく笑った。
最初の突進を思い返すと、今さら背中が冷える。知識を入れ、地形を覚え、準備して挑んだ。それでも、ホーンディアとの経験が逆に判断を遅らせた。
もしミアが動きの癖を見つけていなければ、もっと危険な戦いになっていただろう。
「さっきの、よく見つけたな」
「右脚ですか?」
「ああ。それと曲がる時の違い」
「何回か見ていたら、同じ動きをしていたので」
「俺は気づかなかった」
ミアの耳が少し立つ。
「役に立ちましたか?」
「かなり」
そう答えると、耳がもう少し立った。
その様子を見ていると、自然と笑いが漏れた。
◇
ムーンディアをアイテムボックスへ入れる前に、コウイチは角へ触れた。
ホーンディアの角とは明らかに違い、滑らかな表面には独特の光沢がある。光の当たり方によって乳白色にも銀色にも見えた。
用途まで確認するため、今度は少し詳しく《鑑定》する。
《鑑定》
【ムーンディアの角】
【品質:B】
【用途:高級加工素材】
【特性:硬質・魔力親和性】
「魔力親和性……」
「魔力と相性がいいんですか?」
「たぶん。でも、それで何ができるのかまでは分からない」
今朝の話を聞いたばかりだから、余計に気になる。魔力のことも、魔術師のことも、そして魔力と相性がいい素材についても、知らないことはまだ多い。
それでもコウイチが最初に考えたのは、もっと現実的なことだった。
これで櫛を作ったら、どうなる?
「高く売れそうですね」
隣から声がした。
コウイチはミアを見る。
「……俺、今それ考えてた」
「分かりました」
「顔に出てた?」
「少し」
「そうか……」
どうやら商売のことを考えている時は分かりやすいらしい。
角を含め、ムーンディアを丸ごとアイテムボックスへ収納したところで、昨夜のことを思い出した。
最大MPが増えていたことばかり気にしていたが、最後に2人のステータスを細かく確認したのは随分前だ。普段の簡単な《鑑定》ではなく、一度きちんと見ておいた方がいい。
まず自分へ《鑑定》を使い、表示された情報を順に追っていく。
【コウイチ】
【Lv:16】
【最大MP:118】
「……Lv16」
「上がりましたか?」
「ああ。16になってる」
昨夜は最大MPばかりに目を取られていたが、改めて見るとレベルもかなり上がっている。
いつ上がったのかは分からない。今倒したムーンディアだけで一気に上がったとは考えにくく、この1か月に何度も狩ったホーンディアやストーンエイプ、正式な依頼、それ以前のグレイヴァルや赤岩の谷で積んだ経験まで含め、確認していなかった間に少しずつ積み重なっていたのだろう。
最大MP118という数字も、そのレベルアップによる成長だけではなく、バルガスの話した「器」の広がりが少し加わっているのかもしれない。どこからどこまでがそうなのかまでは、今のコウイチには分からなかった。
「ミアも見るぞ」
「はい」
続けて、ミアも詳しく確認する。
《鑑定》
【ミア】
【Lv:15】
【短剣術Lv2】
【索敵Lv2】
【急所看破Lv1】
【固有スキル:???】
【状態:未覚醒】
【覚醒進捗:94%】
「……15」
「私ですか?」
「ああ。Lv15」
前に詳しく確認した時から、かなり上がっている。
元々レベルが低かった分、自分より上がりやすいのかもしれない。それでも、もう差は1しかない。
「短剣術と索敵もLv2になってる」
「本当ですか?」
「ああ」
ミアの耳がぴんと立つ。
「急所看破は?」
「Lv1のまま」
「そうですか」
「残念?」
「少し。でも、覚えたばかりなので」
「そうだな」
むしろ、何でも簡単に上がる方がおかしい。
それに今の戦いで分かったことがある。ムーンディアの右前脚や曲がる方向の違いに気づいたのは、スキルのレベルが上がったからではなく、ミア自身が見て、考えて、気づいたからだ。
コウイチはもう一度表示へ目を向ける。
【固有スキル:???】
【状態:未覚醒】
【覚醒進捗:94%】
こちらも以前よりかなり進んでいたが、まだ覚醒しない。何が条件になっているのかも分からなかった。
「……追いついてきたな」
「まだ1つ下です」
「そこ気にする?」
「はい」
真顔で返された。
「そのうち抜かれるかもな」
「頑張ります」
「俺も頑張るよ」
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分からないものは、まだいくつも残っている。だが、分からないなら調べればいい。
◇
帰り道、ミアは何度かムーンディアを収納した辺りを気にしていた。
「角、櫛にしますか?」
「そのつもりだけど、いきなり全部使うのはやめておく」
「どうしてですか?」
「相場を知らないから」
《鑑定》には高級加工素材と出ていた。ホーンディアの角と同じ感覚で使ってしまい、後からもっと価値のある用途を知るのは避けたい。
「まず冒険者ギルドで聞いてみる。商業ギルドでも調べて、それからだな」
「本も見ますか?」
「見る」
ミアが嬉しそうに頷いた。
最近は本や図書室の話になると分かりやすい。
「それと、白樹の森以外の狩場も聞いてみるか」
「別の場所ですか?」
「ああ。Dランクになったのに、結局ここばかり来てるからな」
白樹の森にも、まだ行っていない場所はある。
だが、商売に使える素材を探すなら、1つの森だけにこだわる理由もない。今日の戦いで、同じように見える魔物でも実際に戦えばまるで違うことも分かったのだから、知らない場所へ行けば、知らない魔物や素材も見つかるはずだ。
「知らない素材もありますか?」
「たぶんな」
「本に載ってますか?」
「それも調べよう」
「はい」
ラグナードへ続く道を歩きながら、コウイチはこれからやることを頭の中で整理した。
ムーンディアの素材を調べ、新しい狩場についてギルドで聞き、櫛も作らなければならない。エリオットから求められた100本には相変わらず到底届いていないし、ポーション屋を訪ねて、魔術師という自分がまだほとんど知らない人間にも会ってみたい。
やることは増える一方だったが、以前のように、それをただ面倒だとは思わなくなっている。
「まずはギルドだな」
「はい」
隣を歩くミアの返事を聞きながら、コウイチはラグナードへ向かって歩き続けた。
アイテムボックスの中には、自分たちの意思で探し、自分たちで倒した初めてのDランクの魔物が入っている。
その価値がどれほどのものなのか、今はまだ分からない。




