第49話◇ 追いつかない
翌朝、コウイチとミアは再び白樹の森へ向かった。
目的はホーンディアの角だ。
前回の露店では、用意した8本の櫛がすべて売れた。次は16本ほど並べてみようと考えたものの、売る物を増やすには、まず材料を確保しなければならない。
白樹の森へ通うのも、これで何度目になるか分からない。
最初に来た時は資料で読んだ知識を頼りに進んでいた森も、今では外縁部なら見覚えのある場所が増えている。道らしい道があるわけではないが、大きく曲がった白い木や、地面から突き出した岩を目印にすれば、おおよその位置は分かるようになっていた。
前を歩くミアが足を止める。
「右の奥に1匹います」
「ホーンディア?」
「たぶん。匂いは同じです」
「近い?」
「まだ少しあります」
「じゃあ見てみよう」
風向きを確認し、2人で静かに距離を詰める。
木々の隙間から姿が見えたところで、コウイチは《鑑定》を使った。何度も戦っている相手なので、今では必要以上に情報を取ることはしない。
《鑑定》
【ホーンディア】
【Lv:4】
これだけ分かれば十分だった。
以前なら状態や素材まで詳しく確認していたが、同じ魔物を狩るたびにMPを使う必要はない。最近は《鑑定》もLv1で済ませることが多く、その分の魔力を《生成》へ回している。
「Lv4」
「やりますか?」
「ああ」
ミアが左へ回り、コウイチは右から距離を詰めた。
ホーンディアがこちらに気づくと、頭を下げて角を前へ向ける。
何度も見てきた動きだった。
正面を塞ぎすぎず、逃げ道を少し残す。こちらへ突っ込んでくれば横へかわし、方向を変えるまでの隙を狙う。
最初の頃は命懸けに感じた相手も、今では身体の動きを見ながら落ち着いて対応できる。
ホーンディアが地面を蹴った。
コウイチが身体を外へ逃がすと、その脇を角が通り抜ける。すれ違いざまに槍で肩口を浅く裂き、速度が落ちたところへミアが回り込んだ。
短剣が後脚へ入る。
体勢を崩したホーンディアが振り返ろうとしたところへ、コウイチが横から槍を突き込み、そのまま仕留めた。
「前より早くなったな」
「はい」
ミアが短剣の血を拭いながら頷く。
その日は森の奥へ入りすぎず、ホーンディアを3匹倒したところで切り上げた。
角が欲しいからといって、見つけた魔物を片端から狩るつもりはない。必要な分を確保できれば、それで十分だった。
◇
それからしばらく、コウイチたちの生活には一定の流れができた。
ホーンディアの角が減れば白樹の森へ行き、研磨材が少なくなればストーンエイプのいる岩場へ向かう。その合間には冒険者ギルドの正式な依頼も受け、薬草採取へ向かう者の護衛や街道付近に出た魔物の討伐など、自分たちのランクで受けられる仕事をこなした。
魔物を倒せば角だけを持ち帰るわけではない。
ホーンディアなら肉や皮、骨、腱をギルドへ売り、ストーンエイプも必要な岩皮を残して使わない部位は換金する。正式依頼には報酬があり、道中で討伐した魔物にも売れる素材があった。
そして3日ごとに露店を開く。
砥石は相変わらず安定して売れ、櫛は前回買った客から話を聞いたという女性が増えていた。包丁は砥石ほど早くは動かなかったが、実際に手に取って刃を見比べる客は少しずつ増え、髪留めもミアが身につけている物を見て足を止める女性がいる。
宿の女将へ渡した包丁も、毎日厨房で使われ続けていた。
「まだ切れるよ」
夕食の時に聞いてみると、女将はそう言って包丁を見せてくれた。
「前のよりずっといいね。肉を切る時に分かるよ」
「刃こぼれは?」
「今のところないね」
「何か気になるところがあったら言ってください」
「分かったよ。それより、あんた最近ずいぶん商売人らしくなってきたね」
「まだ露店ですよ」
「最初は砥石を5個並べてたじゃないか」
そう言われると、確かに随分増えた気がする。
あの時は5個の砥石を売り切って、露店代を引いたら何も残らなかった。
それでも、あの赤字が無駄だったとは思っていない。
売れたから終わりではなく、何が売れて、なぜ買われたのかを見るようになったのは、あの時からだった。
◇
商業ギルドへ顔を出す機会も増えた。
ある日、いつもの職員に呼び止められた。
「最近、評判を聞くようになりましたよ」
「悪い方ですか?」
「今のところは逆ですね」
職員は苦笑した。
「砥石と櫛について、値段の割に使いやすいという話が何件か入っています。今のところ苦情もありません」
「じゃあ、商人としての等級も上がったりします?」
「まだですね」
「即答ですね」
「売れたという記録だけで昇級できるなら、1度大きく当てた人がすぐ第一級になってしまいます」
「それはそうか」
「継続して商売をして、約束を守り、問題を起こさず、取引を積み上げる。その記録も見られます」
冒険者ギルドと似ている。
強い魔物を1匹倒したからといって、それだけで信用まで手に入るわけではない。
商人も同じらしい。
「結局、積み重ねですか」
「商売は特にそうですよ」
分かりやすい答えだった。
◇
櫛を売り始めてから3週間ほど経った頃、見覚えのある男が露店の前に現れた。
「お久しぶりです」
「エリオット」
行商人のエリオットだった。
以前と同じように旅装を整え、背後には荷物を積んだ荷車がある。
「戻ってきたんですね」
「ええ。この辺りを回る予定でしたので」
エリオットは露店に並ぶ商品へ目をやった。
「ずいぶん増えましたね」
「少しずつですけど」
「砥石は、やはり扱いやすかったですよ」
「売れました?」
「ええ。値段が安いので、小さな村でも動きました。ただ、包丁は場所によって差がありましたね」
「どう違いました?」
「大きな町ではB品質も売れましたが、小さな村ではC品質の方が好まれました。特に中くらいの大きさは使いやすいようです」
「なるほど」
客層が変われば、同じ商品でも売れ方が違う。
自分の露店だけを見ていても分からない情報だった。
「中くらいのC品質なら、もう少し欲しいですね」
「ありますよ」
そう答えてから、コウイチは少し考えた。
《生成》を覚えてから、試しに作った商品はかなり増えている。
包丁もそうだが、髪留めや砥石も、露店に並べ切れない分を少しずつ残していた。作ってすぐ売る必要もないため、在庫として保管している物がそれなりにある。
「エリオット」
「はい?」
「前に作って、そのまま残してる商品もあるんですけど、見ます?」
エリオットの目が少し変わった。
「どれくらいあります?」
「数えないと分からないですけど、包丁と砥石と髪留め、それから櫛も少し」
「ぜひ見せてください」
「全部買ってくれって意味じゃないですよ」
「もちろんです。売れそうな物なら買います」
その答えなら安心できる。
後で人目のない場所へ移り、実際に在庫を見せることにした。
エリオットは1つずつ手に取り、刃を確認し、値段を聞きながら商品を分けていく。
C品質の中型包丁は多めに取り、B品質は数を抑えた。砥石はほとんど迷わず仕入れたが、髪留めは形によって選び、櫛については初めて見る商品だったため、特に時間を掛けて確認している。
「これは?」
「ホーンディアの角で作った櫛です」
「値段は?」
「露店では銀貨1枚」
エリオットが歯の部分を指でなぞる。
「木製よりかなり高いですね」
「使えば違いは分かります」
「売れています?」
「今のところは」
嘘をつく必要はない。
値段を聞いて戻す客もいるが、一度買った人から口コミで広がっている。
その話をすると、エリオットは考え込んだ。
「では、10本ほどお願いできますか?」
「10本?」
「まず売ってみます。街によって反応も違うでしょうから」
「分かりました」
いきなり大量に買わないところは、やはり商人だ。
売れるかどうかを確認し、それから次を決める。
結局その日は、エリオットが行商で扱いやすいと判断した包丁や砥石、髪留め、それに櫛10本をまとめて買い取った。
全部ではない。
B品質の大型包丁など、値段が高く旅先では動きにくそうな物は残したし、髪留めも好みが分かれそうな物は避けている。
だが、コウイチにとっては十分だった。
これまで作って保管していた商品が、一度にまとまった金へ変わったのだから。
「また戻った時に、売れ方を伝えます」
「お願いします」
「その時、追加も相談させてください」
「作れる範囲なら」
そう答えると、エリオットは笑った。
「その言い方、少し商人らしくなりましたね」
「最近それ言われるな……」
◇
エリオットが去った後も、生活そのものは変わらなかった。
狩りへ出て、依頼を受け、素材を売り、商品を作って露店へ並べる。
ただ、以前との違いは、売れた金が少しずつではあるものの確実に積み上がっていることだった。
冒険者として得た報酬だけでも、以前より安定している。Dランクになって受けられる依頼が増え、素材の価値が高い魔物を相手にする機会も増えた。
そこへ商売の収入が重なる。
ある夜、宿の部屋で現金を数えてみると、手元には金貨7枚と銀貨68枚あった。
「……増えたな」
思わず声が出た。
この世界へ来たばかりの頃は、街へ入るための銅貨5枚すら気にしていた。
冒険者登録に銅貨10枚を払い、宿代の銅貨38枚を数え、銀貨1枚の資料室へ入るかどうかまで考えていた。
今では金貨を何枚も持っている。
それでも、使い道がなければただの数字だ。
商売を続けるなら仕入れや道具にも金は必要になるし、いつ何が起きるか分からない以上、全部を使うつもりもない。
「金貨、増えましたね」
向かいに座っていたミアが言う。
「最初の頃なら、これだけあればしばらく何もしなくていいって思ってたかもな」
「今は違うんですか?」
「何もしないと減るだけだから」
ミアが少し考える。
「じゃあ、もっと増やしますか?」
「できればな」
「櫛をいっぱい作れば増えます」
「材料と時間が追いつけばな」
そこが問題だった。
◇
それから10日ほど経った頃、エリオットが再びラグナードへ戻ってきた。
前回より早い。
露店へ現れた姿を見て、コウイチは少し驚いた。
「もう戻ったんですか?」
「予定を少し変えました」
「何かありました?」
「櫛です」
エリオットは前置きもなく言った。
「かなり反応が良かったですよ」
「10本、売れたんですか?」
「全部です。それも思っていたより早く」
「……そんなに?」
「最初は値段で迷う方が多いのですが、一度使った方が知り合いに勧めるようです。そちらでも同じでは?」
「同じですね」
「それなら話が早い」
エリオットが少し身を乗り出した。
「次は100本ほどお願いできませんか?」
コウイチは一瞬、聞き間違えたのかと思った。
「……100?」
「はい」
「10じゃなくて?」
「100です」
「無理です」
考えるまでもなかった。
エリオットが目を瞬く。
「即答ですね」
「角が足りません。それに、作るだけならまだしも、その後の仕上げに時間が掛かる」
「どれくらいなら可能です?」
「今すぐは何とも言えないですね」
頭の中で計算する。
ホーンディアの角を確保するには白樹の森へ行かなければならない。角を手に入れても、《生成》だけで終わりではなく、その後に研磨が必要になる。
C品質の櫛を素材ありで生成するだけでも1本につきMP2。
100本なら200MP。
一晩で作れる量ではない。
しかも、コウイチには冒険者としての仕事もある。
ミアが仕上げを手伝えるようになったことで以前より早くはなったが、それでも2人で100本を作るには時間が掛かる。
「一度に100本は無理です。何回かに分けるなら」
「それでも構いません。こちらとしても一度に全部受け取らなければならないわけではありませんから」
「じゃあ、作れる分からですね」
「お願いします」
エリオットはあっさり頷いた。
注文が増えたこと自体は嬉しい。
売れるかどうか分からなかった櫛が、別の街でも金を払って買われた。それだけなら成功と言っていい。
だが、今度は別の問題が出てきた。
売れないのではない。
作る方が追いつかない。
◇
その夜、コウイチは宿の部屋でホーンディアの角を机へ並べていた。
できる範囲で作っておこうと思い、《生成》を使って櫛の原型を作る。
1本、2本と形にし、ミアがその横で研磨を始める。
以前なら1人で全部やっていた作業も、今では自然に分かれていた。
「次、ください」
「もう終わった?」
「はい」
受け取った櫛を確認すると、歯先はきれいに丸められている。最初に手伝った時より、明らかに速くなっていた。
「慣れたな」
「毎日やってますから」
「俺より上手くならないでくれよ」
「頑張ります」
「そこは頑張らなくていい」
ミアが少し笑った。
コウイチも次の角を手に取り、《生成》を使う。
それを何度か繰り返したところで、ふと違和感を覚えた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや」
手を止める。
まだ余裕がある。
以前なら、このくらい作ったところでもう少しMPが減っていた気がする。
勘違いかもしれない。
最近はレベルも細かく確認していないし、戦闘でも《鑑定》Lv1しか使わないことが増えていた。毎日の残りMPについても、商品を作れるかどうかを見る程度で、数字そのものを覚えているわけではない。
それでも気になり、現在のMPだけを確認する。
【MP:82/118】
コウイチの目が、右側の数字で止まった。
「……118?」
「どうしました?」
「最大MP、こんなにあったっけ」
以前、きちんと覚えている数字は92だった。
そこからレベルが上がっていることは分かっているので、最大MPが増えること自体はおかしくない。
だが、どこまでがレベルアップによるものなのかは分からなかった。
この1か月、ほとんど毎日のように《生成》を使っている。
昼間の戦闘では《鑑定》や《穿牙》にもMPを使い、夜になれば商品を作る。使い切って倒れるようなことは避けているが、翌日に響かない程度まで減らす日は珍しくない。
その積み重ねに、何か意味があるのだろうか。
「レベルが上がったからですか?」
ミアが聞く。
「それもあると思う。でも、それだけなのか分からない」
「《生成》をいっぱい使ったから?」
「……それも分からない」
仕組みが分からないまま推測を重ねても仕方がない。
ただ、自分よりこういうことを知っていそうな相手なら思い当たる。
「明日、バルガスに聞いてみるか」
「魔力のことですか?」
「ああ。あの人なら何か知ってるかもしれない」
そう言ってから、もう一度表示された118という数字を見る。
商品を作れば金になる。
そのために《生成》を使い続けてきた。
それが自分自身にも何かを積み重ねていたのだとすれば、少し面白い。
ただし、最大MPが増えたところで、エリオットから頼まれた櫛100本には到底追いつかない。
材料も足りなければ、作る時間も足りない。
売れる物は見つかった。
今度は、それをどうやって作り続けるかを考えなければならなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




