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『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


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第5話◇ 命を賭けない稼ぎ方

ラグナードの街へ戻るころには、空が赤く染まり始めていた。


門をくぐったところでようやく緊張が緩み、コウイチは小さく息を吐いた。今日1日で採取したヒール草は21株、倒した魔物はホーンラビットが3匹、ゴブリンが4匹。さらにレベルも3へ上がっている。


数だけ見れば昨日以上の成果だが、コウイチが一番大きかったと感じているのは討伐数ではなかった。3匹のゴブリンに挟まれたときは逃げ、その後は単独の相手だけを選んで戦った。それでも成果は昨日より増えている。


無理に危険を増やさなくても、稼ぐことはできる。


その事実の方が、レベルが上がったことよりコウイチには重要だった。


夕方のギルドは、朝とはまた違った騒がしさに包まれていた。依頼を終えた冒険者たちが受付に列を作り、酒場を兼ねた一角からは酒と料理の匂いが漂っている。


肉を焼く香ばしい匂いが鼻に届いた瞬間、朝食から何も口にしていない腹が正直に鳴った。その音を聞いて、コウイチはもっと切実な問題を思い出す。


昨日、マジックバッグを作るために素材を買ったことで、手持ちは銅貨21枚まで減っている。今夜も同じ宿に泊まるなら銅貨38枚必要なので、今日の成果を換金しなければ足りない。


《アイテムボックス》の中には魔物の死体が7匹も入っているのに、財布の中には銅貨21枚しかない。


「……何か間違ってる気がするな」


思わず苦笑したが、笑って済ませられる話でもなかった。今日の仕事はまだ終わっていないし、少なくとも今夜寝る場所を確保するまでは安心できない。


コウイチは受付へ向かう前に、まず解体所へ足を運んだ。初日に《アイテムボックス》を不用意に見せてしまった場所でもある。


中へ入ると、作業台の向こうにいた解体師がコウイチに気づいて手を止めた。


「おう、昨日の兄ちゃんか。今日は何だ?」


「ホーンラビットが3匹と、ゴブリンが4匹です」


「……7匹? 昨日より増えてるじゃねえか」


「運が良かっただけです」


そう答えながら、コウイチは腰のマジックバッグへ手を入れた。実際には《アイテムボックス》へ意識を向け、手の動きに合わせてホーンラビットを1匹ずつ取り出し、続けてゴブリンも4匹出していく。


解体師は特に驚くこともなく、腰のマジックバッグへ一度視線を向けただけだった。どうやら、マジックバッグから取り出しているように見えているらしい。


――よし。


昨日は残り少ない金のほとんどを素材へ使うことになったが、《アイテムボックス》を隠すための偽装として考えれば、マジックバッグを作った価値は十分にあった。


「全部買い取りでいいか?」


解体師に聞かれ、コウイチは反射的に頷きかけた。


昨日までは、それでよかった。魔物は倒したら売り、薬草は採ったら売る。それ以外の選択肢を考える余裕がなかった。


だが、マジックバッグを生成したことで1つ分かったことがある。《生成》は材料を用意すれば必要なMPを大幅に減らせる。なら、魔物そのものを単なる換金物として見る必要はないのではないか。


「……解体だけお願いして、素材を持ち帰ることもできますか?」


「そりゃできるぞ。解体料は取るがな」


「肉も毛皮も角も?」


「全部だ」


コウイチは少し考えた。何に使えるか分かっていない状態で7匹分すべてを持ち帰る必要はないし、今はまず宿代を確保する方が先だ。


「ホーンラビット1匹だけお願いします。残りは買い取りで」


「1匹分だけ残すんだな?」


「はい。使える部分は、できるだけ全部欲しいです」


「分かった。ホーンラビットの解体料は銅貨4枚だ」


解体師が作業台へ向かおうとしたところで、コウイチはふと気になった。


「ゴブリンも同じ4枚ですか?」


「いや、ゴブリンは2枚だ」


「半分なんですね」


解体師は当然だろうという顔をした。


「そりゃ耳と魔石を取るだけだからな。普通はゴブリンなんか解体場まで持ってこねぇんだよ」


「持ってこない?」


「討伐証明の耳だけ切って、魔石を抜いて終わりだ。肉も皮も売れねぇから、わざわざ死体ごと運ぶ意味がねぇ」


言われてみれば当然だった。コウイチには《アイテムボックス》があるから死体をそのまま運んできたが、普通の冒険者ならゴブリンの死体など余計な荷物にしかならない。


「ちょうどいい。見ててもいいですか?」


「好きにしろ。別に大したことはしてねぇぞ」


解体師はゴブリンを作業台へ乗せると、まず耳を切り落とし、続いて胸元へ短い刃を入れた。慣れた手つきで小さな魔石を取り出す様子を見ていると、ホーンラビットのように皮を剥ぎ、肉や角を部位ごとに分ける作業とは比べものにならないほど簡単に見える。


手順そのものは難しくなさそうだったが、目の前で刃が肉へ入るところを見ると、どうしても胃の奥が落ち着かなかった。魔物だと分かっていても、ゴブリンは人に近い姿をしている。


コウイチはわずかに眉を寄せた。


「……これなら、自分でもできそうだな」


「耳と魔石だけなら慣れりゃすぐだ。新人でも自分でやってる奴は多いぞ」


解体料は1匹につき銅貨2枚で、4匹なら8枚になる。今は小さな額に見えるが、今後もゴブリンを倒すたびに払うなら積み重なるし、自分でできる作業に毎回金を払う必要があるのかという疑問もあった。


次にゴブリンを倒したら、一度自分でやってみてもいいかもしれない。そう考えながら作業を見ていたが、腹を開いたゴブリンから漂う生臭い匂いに、コウイチはそっと鼻から息をするのをやめた。


簡単そうなのと、平気でできるのとは別らしい。


解体師が残りの作業へ取りかかったところで、コウイチは薬草を持って受付へ向かった。


夕方ということもあり、何人かの冒険者が列を作っている。その向こうには、朝、自分を助けてくれた受付嬢の姿が見えた。


別の冒険者の対応をしながら、時折笑顔を見せている。


朝の出来事を思い出す。


あの3人組に絡まれたとき、彼女は間に入ってくれた。それだけで信用できる人間だと決めるつもりはないし、まだ名前すら知らない。


だが、今日助けてくれたという事実まで疑う必要はなかった。


列が進み、やがてコウイチの番になる。偶然にも対応したのは、その受付嬢だった。


「あっ、お帰りなさい」


コウイチを見ると、彼女は少し驚いたような顔をした。


「無事に戻られたんですね」


「なんとか」


「良かったです。少し奥まで行く依頼だったので、心配していたんですよ」


そう言いながら、受付嬢が依頼票を受け取る。


コウイチは持ち帰ったヒール草をカウンターへ並べた。


「15株……ではありませんね」


「21株あります。余った分も買い取ってもらえますか?」


「もちろんです。少しお待ちください」


受付嬢が1株ずつ状態を確認し、品質ごとに分けていく。


コウイチ自身、品質が良さそうな株はいくつか《鑑定》Lv1で確認しているが、21株すべてを調べたわけではない。残りはこれまでに覚えた特徴を頼りに採取していたため、正確な内訳は査定を待たなければ分からない。


やがて確認が終わり、Bが4株、Cが9株、Dが8株に分けられた。


「お待たせしました。依頼の基本報酬が銅貨35枚、品質加算が87枚。余った6株の買い取りが6枚です。合計、銅貨128枚になります」


受付嬢から革袋を受け取ると、ずしりとした重さが手に伝わった。つい先ほどまで銅貨21枚しか持っていなかった身には、その重さが妙に頼もしく感じられる。


「ありがとうございます」


「こちらこそ。これだけ状態の良いヒール草を採ってきてもらえると助かります」


コウイチは軽く頭を下げ、受付を離れた。


これだけあれば今夜の宿代は払える。そう考えた瞬間、胸の奥にあった緊張が少しだけ抜けた。


異世界へ来てから、金がないという状況がこれほど不安なものだとは思わなかった。日本にいたころなら、財布の中身が少なくても銀行口座があり、カードがあり、最悪でもATMへ行けばよかった。


だが、この世界では手元の硬貨がすべてだ。銅貨がなければ飯を食えず、宿にも泊まれないという当たり前のことが、今は妙に重く感じられた。


しばらくして解体所へ戻ると、すでに作業は終わっていた。


「待たせたな」


解体師が素材を指しながら説明する。


買い取りに出したホーンラビット2匹は、解体料を差し引いて銅貨36枚。ゴブリン4匹は、耳と魔石の代金から1匹につき銅貨2枚の処理料を引いて合計36枚になり、そこから素材を持ち帰るホーンラビット1匹分の解体料4枚を支払うため、受け取るのは68枚だった。


薬草の128枚と合わせれば、今日の収入は196枚。朝から持っていた21枚を加えると、現在の所持金は217枚になる。


銅貨100枚で銀貨1枚なので、銀貨2枚と銅貨17枚。初日に街へ入るための銅貨5枚すら持っていなかったことを考えれば、随分増えたように感じる。


それでも今夜の宿代38枚を払えば179枚になり、さらに明日の宿代まで確保しておくなら自由に使える金は141枚しかない。昨日見た小型のマジックバッグは銀貨12枚なので、まだ到底手が届かなかった。


「……全然金持ちじゃないな」


思わず呟くと、解体師が怪訝そうな顔をした。


「何か言ったか?」


「いえ、何でもないです」


コウイチは誤魔化しながら、持ち帰ることにしたホーンラビットの素材を見る。綺麗に剥がされた毛皮、角、肉、骨、それに内臓の一部が並んでいた。


昨日までなら、これを見ても「いくらで売れるのか」としか考えなかっただろう。


だが今は違う。


――これを材料にしたら、何が作れる?


マジックバッグへ収納するふりをしながら、一つずつ《アイテムボックス》へ入れていく。


《生成》は材料があれば必要MPを減らせる。つまり、この毛皮をそのまま売った場合と、毛皮を材料に何かを《生成》して商品として売った場合では、その差額が利益になる。


もちろん、《生成》に使えるMPには限界がある。昨日は使い切った結果、その場で意識を失ったのだから、金を稼ぐために使うとしても、安全のための余裕は残さなければならない。


なら重要なのは、単純な売値ではない。材料にいくらかかり、生成にどれだけMPを使い、完成品がいくらで売れるのか。それに、1日にいくつ作れるのかまで考える必要がある。


そこまで考えたところで、コウイチは足を止めた。


――MP1ポイントで、いくら稼げる?


今まで《生成》を、便利な能力としてしか見ていなかった。水が欲しければ水を作り、武器が必要なら作れるか試し、マジックバッグが必要になったから材料を揃えて作った。


だが、《生成》そのものを生産手段として考えたらどうなる。


1日に使えるMPには限りがあり、その全部を金に変えていいわけでもない。なら、安全のために残す分を除いたMPから、できるだけ多くの利益を生み出せる物を作ればいい。


ただし、高価な物を作ればいいわけではない。


昨日のマジックバッグがいい例だった。素材を使えばMP11で生成でき、自分が作った物は店で銀貨12枚だったマジックバッグより明らかに性能が高い。


相応の価値はあるはずだし、売れば大きな金になる可能性もある。


だが――。


「いや……売れないな」


昨日と同じ結論に行き着き、コウイチは小さく息を吐いた。


街へ来たばかりのFランク冒険者が、突然高性能な魔道具を売り始めれば、どう考えても不自然だ。商人に「どうやって作った」と聞かれ、どこから手に入れたのか、他にも用意できるのか、製作者は誰なのかと追及されれば、いつか《生成》という能力そのものへ辿り着かれる可能性がある。


相手が商人だけとも限らない。冒険者や貴族、あるいはこの世界で力を持つ人間が興味を持つかもしれず、今の自分には、興味を持って近づいてくる相手を力で跳ね返せるほどの強さもない。


なら、人間を相手にするときも同じだ。勝てるかどうかを試す必要などなく、危険になりそうなら最初から危険を呼び込まなければいい。


――高く売れる物じゃない。


――怪しまれずに売れる物だ。


もっと普通で、もっと安く、どこにでもありそうで、日常的に需要がある物。さらに、できるだけ少ないMPで作れる商品を見つければいい。


1個では大した利益にならなくても、銅貨数枚の利益が出るなら毎日いくつか作ればいい。1日に銅貨30枚、40枚でも、宿代に近い金額になる。


森へ入らず、ゴブリンと戦わなくても稼げるのなら、その方がいい。


「……そっちの方がいいな」


自然と声が漏れた。


強い魔物を倒して一攫千金を狙うような生き方に憧れはない。コウイチが欲しいのは名声でも英雄という肩書きでもなく、明日も生きていけるという確信だった。


そのために金が必要なら稼ぐ。戦うより安全に稼ぐ方法があるなら、迷わずそちらを選ぶ。


ギルドを出ると、夕暮れの街には仕事を終えた人々が行き交い、道沿いの店からは夕食を作る匂いが漂っていた。


宿へ向かって歩きながら、コウイチは今日持ち帰った素材のことを考える。毛皮や角、骨が何に使えるのかは《鑑定》で調べられるし、街の店を回れば、実際にどれくらいの値段で取引されているのかも分かる。


さらに商品そのものを見ていけば、《生成》に必要な理解度も上げられるかもしれない。宿へ戻ったら飯を食べて、まず今日の素材を1つずつ調べ、それから明日は市場を歩いてみるのもいい。


冒険者として依頼を受けるためではなく、何が売れているのかを見るために。


そう考えると、不思議なことに、明日のことを考えるのが少しだけ楽しくなった。


魔物と戦うことには今でも恐怖があるし、森へ入ればまた危険な状況になるかもしれない。だが商売なら、少なくとも剣や棍棒を持った魔物と命のやり取りをする必要はない。


もっとも、人間を相手にする以上、それが本当に安全なのかは分からない。日本で嫌というほど思い知らされたように、人間には人間の怖さがある。


だからこそ慎重にやる。目立たず、欲張らず、相手をよく見る。そして、使えるものは使う。


腰のマジックバッグに手を添えながら、コウイチは宿へ向かって歩いていった。


このときのコウイチはまだ知らなかった。


人間を「見る」という行為にも、この世界では守らなければならないルールがあることを。そして翌日、そのことを身をもって知ることになる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。

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