第43話◇ 行商人
砥石を残っているだけすべて、さらに小型、中型、大型の包丁を品質ごとに1本ずつ。
男が口にした買い方を頭の中でもう一度確認しながら、コウイチは並べていた包丁を順番に手に取った。砥石ならともかく、包丁までまとめて買われるとは思っていなかったため、売上を計算してみると、今日支払った場所代は十分に取り戻せる。
「希望の包丁はこれで全部だ。小さいのと中くらいのと大きいのを、普通品と上等品で1本ずつ」
「ありがとうございます。念のため確認させてください。上等品の方が切れ味だけでなく、刃持ちも良いという認識でよろしいでしょうか?」
「ああ。普通の方が悪いわけじゃないけど、長く使えば違いは出ると思う」
「なるほど。それなら、比較するにはちょうどよさそうですね」
男は包丁を受け取るたびに刃先を確かめ、最後には大きさと品質が混ざらないよう自分で分けて革鞄へ収めていった。その手つきには慣れがあり、単に安い商品を見つけて喜んでいる客とは違うことが、商売に詳しくないコウイチにもなんとなく分かる。
砥石についても残っていた数を一緒に確認し、代金を受け取った。包丁6本の代金だけで銀貨12枚と銅貨45枚になり、そこへ砥石の売上が加わる。今日の売上の大半をたった1人の客から受け取ることになったコウイチは、硬貨を数えて革袋へ入れながら、目の前の男がなぜこれだけの商品を買うのか改めて気になった。
「ずいぶん買うんだな」
「ええ。先ほども申し上げましたが、私は町を回って商いをしておりますので、気になる商品があれば少量ずつ仕入れることがあります。もっとも、砥石については少量とは言えなくなってしまいましたが」
男はそう言って柔らかく笑った。
「申し遅れました。エリオットと申します。王都まで足を延ばすような大きな商いはしておりませんが、この辺りの町や村を回り、土地ごとに必要とされる品を仕入れて売る仕事をしております」
「コウイチだ。こっちはミア」
「ミアです」
「コウイチさんに、ミアさんですね。本日は良い品をありがとうございました」
エリオットはミアにも同じように軽く頭を下げた。
冒険者ギルドで知り合う男たちなら、初対面でも名前を聞く前から「お前」と呼んでくることは珍しくない。バルガスなどは悪気があるのかないのかすら分からないが、目の前の男は言葉だけでなく商品の扱いまで丁寧で、同じ町にいても職業が違えば随分と空気が変わるものだとコウイチは思った。
「ところでコウイチさん、1つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
「次はこちらへ、いつ頃出店されるご予定ですか?」
聞かれて、コウイチは少し考えた。
毎日露店へ出るつもりは最初からない。砥石の材料になるストーンエイプを狩らなければならないし、冒険者として依頼を受ける必要もある。商品の《生成》も人前ではできないため、宿へ戻ってからの時間を使うことになる。
それらを考えれば、毎日どころか2日に1回でも少し忙しい。
「3日後かな。まだ決めたばかりだけど、しばらくは3日に1回くらいでやってみようと思ってる」
「3日に1回ですか。毎日こちらにいらっしゃらないのには、何か理由が?」
「本業は冒険者だからな。狩りもしないといけない」
「冒険者でいらっしゃいましたか」
エリオットは少し驚いたようだったが、それ以上詳しく聞こうとはしなかった。代わりにコウイチの装備へ一度だけ視線を向け、それまでより少し納得した様子で頷く。
「それでしたら、毎日店を開くのは難しいでしょうね。では3日後も、今日と同じ商品を並べるご予定でしょうか?」
「砥石は出すよ。包丁も小さいのと中くらいのと大きいのを作るつもりだし、それぞれ普通のものと上等なものを用意する。髪留めも材料があるうちは出すつもりだ」
「包丁については、次回も品質の違うものを用意されるのですね」
「ああ。その方が客も選べるだろ」
エリオットは返事をせず、並んでいる商品が少なくなった露店を眺めた。何かを考えているようだったが、しばらくすると小さく頷いただけで、注文を口にすることはなかった。
「分かりました。私も数日はラグナードに滞在する予定ですので、都合が合いましたら、また寄らせていただきます」
「まだこの町にいるのか?」
「ええ。ただ、行商人ですので予定が変わることもあります。こちらで仕入れたいものが見つかれば滞在を延ばすこともありますし、逆に商談が早く済めば予定より早く発つこともあります」
「大変そうだな」
「慣れてしまえば、それほどでもありませんよ。それに、町ごとに売れる物が違うというのは面白いものです。同じ商品でも、こちらでは見向きもされないものが、次の町では足りないと言われることもありますから」
その言葉に、コウイチは少し興味を引かれた。
自分が見ているのはラグナードの市場だけだ。ここで銅貨20枚の砥石が安いことは分かったが、別の町で同じ物がいくらするのかは知らない。包丁についても、この町の店を何軒か見て回っただけで、アルカディア王国全体の相場など分かるはずもなかった。
目の前の男は、それを実際に自分の足で見ている。
「だから砥石を全部買ったのか?」
「それも理由の1つです。この品質の砥石が銅貨20枚でしたら、私が知る限りかなり安い。もちろん、実際に使ってみなければ分からない部分もありますので、その確認は必要ですが」
「包丁は?」
「そちらは少々慎重に見ています」
エリオットは鞄の中に収めた包丁へ目を向けながら続けた。
「砥石は価格が低いため、仮に思ったほど売れなくても大きな損にはなりません。しかし包丁はそうはいきません。それに、同じ大きさで品質と価格を分けて販売されているのが興味深いので、まずは実際に使い比べたうえで、私の商売先でも需要があるか確かめてみたいと思っています」
言われてみれば当然の話だった。
コウイチは《鑑定》で品質を確認できるが、エリオットが売り手の言葉だけで高い商品を大量に仕入れるわけにはいかない。実際に使って性能を確かめ、売れる見込みがあるかを判断するという考え方は、コウイチにもよく分かった。
「では、私はそろそろ失礼します。もし3日後にこちらへ来られましたら、その時はまたよろしくお願いいたします」
「ああ。こっちこそありがとう」
「ありがとうございました」
ミアが頭を下げると、エリオットも丁寧に応じ、それから商品を詰めた鞄を肩へ掛けて市場の人混みへ消えていった。
その後ろ姿を見送りながら、コウイチは先ほど聞いた話を考えていた。
町によって売れる物が違うというのは当たり前のことなのだろうが、ラグナードへ来てからほとんどこの町と周辺の狩場だけで生活してきた自分には、今まであまり意識したことのない考え方だった。
「商人って、色々な町へ行くんですね」
「みたいだな」
「大変そうです」
「俺は毎日違う町で物を売れって言われたら嫌だな」
「私もです」
2人でそんな話をしていると、若い女性が露店の前で足を止めた。視線の先にあるのは、残っている髪留めだった。
「これ、角でできてるんですか?」
「一部はそうだよ。魔物の角や骨を加工してる」
「この形、見せてもらってもいいですか?」
「ああ」
女性は細身の髪留めを手に取ると、何度か角度を変えて眺めたあと、ミアの髪へ視線を向けた。
「それも同じもの?」
「はい。少し形は違いますけど、同じ素材です」
「可愛いですね」
そう言われたミアの耳がわずかに動いた。
女性は自分の髪へ当ててみてから、少し迷った末に購入を決めた。受け取った硬貨を革袋へ入れながら、コウイチは売れた髪留めと、まだ布の上に残っているものを見比べる。
元になった素材は、ギルドへ持っていっても大した値段にはならないものだった。ホーンラビットの角の欠片も、魔物の骨も、これまでなら「売っても安いから」と《アイテムボックス》へ放り込んだままにしていたものだが、それが形を変えただけで、誰かが欲しいと思って金を払う。
考えてみれば時計だってそうだった。金属の小さな板や棒をそのまま欲しがる人間は少なくても、それを加工し、組み合わせ、時間を知るための道具にすれば価値はまるで違ってくる。
「……素材の値段だけ見てても駄目なんだな」
「どういうことですか?」
「いや、こっちの話」
ミアは不思議そうな顔をしたが、コウイチは説明する代わりに残った髪留めの配置を少し変えた。
その後も客は途切れながらやって来て、砥石はエリオットが買い占めたためもう売るものがなかったが、包丁と髪留めはいくつか売れた。特に髪留めはミアが実際につけていることで使った時の雰囲気が分かりやすいらしく、女性客がミアに使い心地を尋ねる場面もあった。
日が傾き始めた頃には、最初に並べた商品のおよそ半分以上がなくなっていた。
◇
宿へ戻ると、コウイチは夕食の前に今日の売上を机へ広げた。
前回と同じようにミアが向かい側へ座り、2人で硬貨を種類ごとに分けていく。前回はせっかく砥石が完売したのに、最後に残ったのは赤字という結果だったので、今回は数えている途中から明らかに様子が違った。
場所代を差し引いても、硬貨が残る。包丁が数本売れただけでも砥石とは売上の桁が変わり、さらに原料としてほとんど価値を見ていなかった髪留めまで売上を加えている。
コウイチは最後の硬貨を数え終えると、前回の露店で残した記録と見比べた。
「……ちゃんと増えたな」
「今回は赤字じゃないですね」
「ああ。少なくとも、前みたいに場所代だけで売上が全部消えることはなかった」
「前は全部売れたのに減りましたから」
「それだな」
ミアがくすりと笑ったので、コウイチも少し肩の力を抜いた。
もちろん、場所代を引いた分がそのまま利益になるわけではない。原料として使った素材の価値や《生成》にかけたMPまで考えれば、まだ正確な採算を出せたとは言えないが、少なくとも前回より商売として前へ進めたことは確かだった。
ただ、今日の結果だけで成功したと思うつもりはない。エリオットが大量に買った分が大きいし、包丁も最初だから興味を持ってもらえた可能性がある。髪留めについても、どの形が売れるのかはまだ分からなかった。
それでも、砥石だけでなく包丁にも金を払う客がいて、これまで余らせていた魔物素材から作った小物にも需要があることは分かった。次に何を試せばいいか、少しずつ見えてきた気がする。
「次も3日後ですか?」
「ああ。明日はストーンエイプを狩る。砥石をもう少し増やしたいし、包丁も今日売れた分を補充する。髪留めは……ミア、あとで残ったやつ見てくれるか?」
「売れなかったものですか?」
「そう。売れた形と残った形を比べたい」
「分かりました」
自然に返事をしたミアを見ながら、コウイチは今日売れた髪留めを思い出した。自分だけなら、形を整えて品質さえ悪くなければ同じようなものを作っていただろうが、実際にはミアが小さくした方がいいと言った形から先に売れている。
作れることと、売れることは違う。砥石で覚えたばかりのことを、また別の形で教えられた気がした。
◇
翌日、2人は予定通りストーンエイプの狩場へ向かった。
出発前に受けていた討伐依頼の対象を探し、前回より安定した戦い方で1匹ずつ仕留めていく。コウイチは《穿牙》を必要以上に使わず、ミアも無理に懐へ飛び込まずに、互いの位置を確かめながら攻撃の隙を作っていった。
昼を過ぎた頃には十分な素材を確保できたため、欲を出して奥へ進むことはせず、依頼の達成条件を確認してラグナードへ戻った。
ギルドで討伐報告と必要な処理を済ませ、砥石に使う岩皮だけを残して他の素材を売る。討伐報酬と素材の売却収入、解体費を分けて確認したあと、岩皮はマジックバッグへ収めて持ち帰った。
冒険者として稼ぎ、その素材の一部を商品にも使う。露店を始める前までは狩った魔物をギルドへ売ればそれで終わりだったのに、今では魔物を見る時に「いくらで売れるか」だけでなく、「何に使えるか」を考えるようになっていた。
その日の夜、ミアが本を読んでいる向かいで、コウイチは次の露店へ持っていく商品を作り始めた。
まず、普通程度の岩皮を取り出して砥石を《生成》する。完成品の用途や構造をある程度理解できたおかげか、素材を使えば1個MP2で作れるようになっており、素材なしで作る場合のMP5と比べても負担は小さい。
ただ、だからといって一度に大量に作るつもりはなかった。今日は狩りでもMPを使っているし、包丁や髪留めの補充も必要になる。
「砥石は作りやすくなりましたね」
「ああ。材料があるなら、かなり助かる。ただ、包丁の方は鉄がないからな」
コウイチは次に包丁の形を思い浮かべた。鉄素材を使わずに完成品を生成するため、砥石より負担は大きく、品質によっても消費が変わる。
小型ならC品質でMP3、B品質でMP5。中型はC品質でMP4、B品質でMP7、大型になるとC品質でもMP6、B品質ではMP10が必要だった。
以前作った鉄槍より大型のB品質包丁の方がMPを使うのは、素材を使わないことに加え、刃の仕上げや柄まで含めた完成品を求めているためだろう。正確な仕組みまでは分からないが、少なくとも今の自分にはそれだけの負担がかかる。
「大きい包丁は、結構使うんですね」
「上等なやつだと《穿牙》1回分だからな。何も考えずに作ってたら、すぐMPがなくなる」
「では、今日は少しだけですか?」
「ああ。残りは明日でいい」
コウイチは売れた分を中心に包丁を補充し、完成したものを品質ごとに分けて《アイテムボックス》へ収めた。続いて髪留めも作ってみると、角や骨片を素材にしたシンプルなものなら1個MP1で済む。素材なしでもMP3なので包丁ほど負担は大きくないが、細かな装飾や複雑な留め具を加えれば、その分だけ消費は増える。
「こっちは軽いんだな」
「MPがですか?」
「ああ。こういう小さいものは、素材があると作りやすい」
ミアが本から顔を上げ、机の上の髪留めを見た。
「でも、形はちゃんと見てくださいね」
「分かってる。前みたいに怖いって言われるのは勘弁だからな」
「少し怖かっただけです」
「少しでも十分だよ」
ミアが笑ったので、コウイチも口元を緩めながら、飾りの大きさや髪に触れる部分を確かめた。完成した髪留めは種類ごとに分け、ほかの商品と一緒に《アイテムボックス》へ収めていく。
その日の製作は、残りMPに余裕があるところで切り上げた。明日も準備に使えるのだから、今夜のうちにすべてを揃える必要はない。
◇
前回の露店から2日後。
この日は狩りへ出ず、コウイチは宿で商品の補充と在庫の整理を進めていた。前夜に使ったMPも休息で回復しているため、残していた包丁の製作に取りかかり、砥石や髪留めも必要な分だけ追加していく。
作ったものは品質を確認してから《アイテムボックス》へ収め、種類ごとに分けておいた。市場へ持っていく分と、次の補充に回す分を考えながら準備していると、最初は5個の砥石だけだった商売が、少しずつ形になってきたように思える。
「今日は狩りに行かないんですね」
「明日が露店だからな。今日は準備の日にする」
「では、私も手伝います」
「ありがとう。髪留めの形、また見てもらっていいか?」
「はい」
ミアは出来上がったものを手に取り、飾りの大きさや髪へ触れる部分を確かめながら、使いやすそうなものを選んでいった。コウイチはその意見を聞いて必要なところを直し、無理に同じ形ばかり作るのではなく、いくつか違いを持たせて在庫へ加えた。
夕方には翌日の準備を終え、2人はいつも通り宿の食堂で夕食を取った。
◇
前回の露店から3日後。
再び市場に布を広げ、砥石、包丁、髪留めを並べ終えた頃には、準備そのものにも少し慣れてきていた。
「今日はエリオットさん、来るでしょうか」
「どうだろうな。予定が変わることもあるって言ってたし、来たら来たでいいんじゃないか」
コウイチとしても、エリオットのためだけに商品を用意したわけではない。普通の客に売るつもりで持ってきたのだから、来なければそれまでだった。
そう思いながら値札の位置を直していると、露店の前に人影が止まった。
「兄ちゃん、この前の砥石、まだあるか?」
顔を上げると、そこにいたのはエリオットではなかった。
最初の露店で砥石を買っていった、鎌を使うと言っていた男だった。
「ああ。あるよ」
「よかった。あれ、よく研げたんだ。家の包丁にも使ったら女房が欲しいって言うから、もう1個くれ」
「銅貨20枚だけど」
「分かってるよ」
男は迷うことなく硬貨を取り出した。
コウイチは砥石を1個渡し、代金を受け取る。前回とは違って、品質を説明する必要もなければ、本当に使えるのかと疑われることもなかった。一度使ったうえで、もう一度欲しいと思って戻ってきたのだ。
《鑑定》を使えば砥石の品質は分かるが、買った人間が満足したかどうかまでは表示されない。




