第42話◇ 売れたのに赤字
翌朝、コウイチは朝食を終えると、昨夜作った5個の砥石を《アイテムボックス》から取り出して机の上へ並べた。
どれも手のひらより少し大きい長方形で、色や形にもほとんどばらつきがない。《鑑定》でもすべてC品質と表示されており、昨夜試した限りでは銅貨40枚で売られていた砥石と比べても遜色はなかった。
商品として悪くないことは分かっているが、問題は本当に銅貨20枚を払って買う人間がいるかどうかだった。
「商業ギルドに寄ってから市場へ行く。勝手に売って、あとから何か言われるのも面倒だからな」
「はい」
ミアも出かける準備を終え、2人で宿を出た。
商業ギルドへ着いて露店販売について尋ねてみると、第五級の商業ギルド員でも市場の指定区画を借りれば販売できるらしい。ただし、商品によっては別途許可が必要なものもあり、食品や薬品などは検査を受けなければならないという。
砥石なら問題ない。
そこまではよかった。
「半日で銀貨1枚です」
「……場所だけで?」
「場所だけ、というわけではありません。市場の管理費と清掃費、それから簡易的な警備費も含まれています」
受付の女性が淡々と説明するのを聞きながら、コウイチは頭の中で計算した。
砥石5個を予定通り銅貨20枚で売れば、全部売れたところで銅貨100枚、つまり銀貨1枚になる。その銀貨1枚が、場所代だけで消えてしまう。
しかも、岩皮は自分たちで狩ったからといって無料の材料ではない。ギルドへ売れば金になるものを使っているし、解体費も払っている。《生成》に使うMPも現金ではないとはいえ、回復するまでの時間を考えれば無視できない。
砥石だけの商売として計算すれば、5個完売しても赤字だった。
「もっと安い場所は?」
「市場の外であればありますが、人通りはかなり少なくなります。初めて販売されるのでしたら、まずはこちらでお客様の反応を見る方がよろしいかと思います」
言っていることは分かる。
分かるのだが、財布から銀貨1枚を取り出す時には少しだけ手が重くなった。
手続きを終えて商業ギルドを出ると、隣を歩いていたミアがコウイチを見上げた。
「売れても、お金が増えないんですね」
「5個しか持ってこなかったからな。まあ、今日は売るというより、本当に買ってくれるか確認するための金だと思うことにする」
「銀貨1枚で確認するんですか?」
「……そう言われると高いな」
ミアが小さく笑った。
市場へ着き、指定された場所へ簡素な布を広げて砥石を並べると、周囲には野菜や古着、木工品、日用品を売る露店が並んでいた。客の流れは悪くないものの、砥石5個だけを並べた自分たちの店は、どう見ても商売を始めたばかりの素人にしか見えない。
「何か言った方がいいんでしょうか」
「呼び込みか?」
「周りの人たちはやっています」
言われて見回してみれば、確かに野菜売りは今日採れたばかりだと声を上げ、隣の古着屋も安いよと客を呼んでいる。
コウイチは少し迷ったが、大声を張り上げて砥石を売る自分の姿を想像すると、どうにも馴染まなかった。
「……とりあえず、待とう」
「はい」
結果として、最初の30分ほどは誰も立ち止まらなかった。
たまに視線を向ける人はいるものの、砥石だけが5個並んでいる店に興味を持つ者は少なく、コウイチは椅子に座りながら、自分が何か根本的な間違いをしているような気分になってきた。
「商売って、待ってる時間の方が長いんだな」
「狩りなら探しに行けますからね」
「客を探しに行ったら店が空になるしな」
そんな話をしていると、買い物籠を持った年配の女性が足を止めた。
「これ、砥石かい?」
「そうです」
「いくら?」
「銅貨20枚」
女性は一度値札を見てから、今度はコウイチの顔を見た。
「20枚?」
「ああ」
「ちゃんと研げるのかい?」
「自分でも試したけど、普通の包丁なら問題なく研げる。市場で銅貨40枚で売ってるものとも比べた」
女性はまだ疑っている様子だったが、砥石を1つ手に取って重さを確かめ、しばらく考えた末に銅貨20枚を取り出した。
「まあ、この値段なら駄目でも諦めがつくかね」
「ありがとうございます」
最初の1個が売れた。
女性が去ったあと、ミアが嬉しそうにコウイチを見る。
「売れましたね」
「ああ」
銅貨20枚を手にしただけなのに、ストーンエイプを倒して銀貨を受け取った時とは少し違う感覚があった。自分が考えて作ったものを、知らない誰かが自分の金を出して買っていったという事実が、妙に新鮮だった。
その後もしばらく待っていると、今度は農具を持った男が立ち止まり、鎌にも使えるかと訊いてきた。鉄製なら問題ないと答えると1個が売れ、そのやり取りを横で聞いていた別の客も値段に興味を示した。
昼を少し過ぎた頃には、最後の1個もなくなっていた。
「全部売れました」
空になった布を見ながらミアが言う。
「思ったより早かったな」
「次はもっと持ってきますか?」
「それは帰ってから考える」
コウイチは売上の入った小袋を持ち上げた。
銅貨100枚。
きっちり銀貨1枚分である。
◇
宿へ戻ると、コウイチは机の上に売上を並べ、その横に今日支払った費用を書き留めた紙を置いた。ミアも向かい側に座り、何をしているのか興味深そうに覗き込んでいる。
「売上が銀貨1枚」
「はい」
「場所代が銀貨1枚」
「はい」
「それとは別に、解体代も払ってるし、材料は自分たちで狩ったとはいえ、討伐に丸1日使ってる」
コウイチは紙に書いた数字を見直した。
昨日の狩りでは討伐報酬と魔石などの売却収入も得ているため、狩りまで含めた全体の収支が赤字だったわけではない。だが、砥石の販売だけを取り出せば、売上は場所代で消え、材料や加工にかけた分を回収できていなかった。
「……売れたんだよな?」
「全部売れました」
「なのに、砥石の商売としては赤字なんだけど」
「商売って難しいですね」
「本当にな」
コウイチは椅子の背にもたれた。
もちろん、5個しか作らなかったのだから当然でもある。20個売れば場所代の負担は1個あたりずっと小さくなるし、30個ならさらに下がる。材料についても、3匹分のストーンエイプ素材が大量に残っているので、すぐに不足することはない。
それでも、砥石だけを売るために半日露店へ座り続けるのが効率的なのかと考えると、素直には頷けなかった。
「砥石は売れる。それは分かった」
「では、もっと作りますか?」
「作る。ただ、次も砥石だけっていうのは駄目だな。場所代が同じなら、そこに別の商品を並べても払う金は変わらないだろ」
「たくさん売るんですね」
「できれば、砥石より単価の高いものも欲しい。客が1人来た時に銅貨20枚だけじゃなく、銀貨を使ってくれる商品があれば全然違う」
そう口にしてから、コウイチは今日の市場を思い返した。
砥石を買った客は、どちらも刃物を使う人間だった。最初の女性は包丁、次の男は鎌を研ぐために買っていった。
砥石が必要なのは、刃物を持っているからだ。
「……包丁か」
「包丁ですか?」
「この前の金物屋で売ってただろ。砥石を買う人間なら、一緒に見る可能性はある」
もっとも、値段も品質もろくに調べず作るつもりはない。ミスリルと砥石で、さすがにその程度は学んだ。
翌日は狩りへ行く予定だったので、その帰りに市場へ寄って包丁を見てみようと考えたところで、ふと《アイテムボックス》の中にある素材のことを思い出した。
ストーンエイプだけではない。
これまで狩ってきた魔物から得た素材のうち、値段が安かったものや何かに使えるかもしれないと思って残しておいた小さな角や牙、骨片、硬い皮などがいくつか入ったままになっている。
コウイチはその中から、ホーンラビットの小さな角の欠片を取り出して机へ置いた。
「それ、どうするんですか?」
「まだ決めてない。ただ、こういうのも何かにできないかなと思って」
「武器ですか?」
「いや、もっと普通に使うもの」
角の欠片を指先で転がしてみる。武器にするには小さく、素材として売っても大した値段にはならないが、色合いそのものは悪くない。表面を磨けば、白から薄い乳白色の艶が出そうだった。
日本にいた頃なら、この程度の大きさの素材から作られた日用品はいくらでもあったはずだ。
ボタン、小さな飾り、留め具。
そこまで考えた時、向かい側に座っているミアの髪が目に入った。
「ミア」
「はい?」
「髪、留めることある?」
「ありますけど……どうしてですか?」
「ちょっと待って」
コウイチは角の欠片を手にしたまま、髪留めの形を思い出そうとした。
日本で自分が使ったことなど当然ない。ただ、時計工房へ来る客や街を歩く女性が使っていたものを見た記憶はある。髪をまとめるための棒状のものや、挟んで留めるものなら構造そのものはそれほど複雑ではない。
問題は、使いやすい形を知らないことだった。
「こういう素材で髪留めを作ったら使う?」
「髪留めですか?」
ミアは角の欠片を受け取ると、しばらく眺めてから首を傾げた。
「形によると思います」
「だよな」
「私に聞くんですか?」
「俺よりは詳しいだろ」
「それは……たぶん」
少し困った顔をしているミアを見て、コウイチは今日は作らないことにした。砥石の時と同じで、まず市場にどんなものが売られているかを見るべきだろう。
包丁だけでなく、髪留めも調べる。
次の露店は3日後にしようと考えた。間に狩りと試作の日を挟めば、商品を準備する時間も取れるし、《生成》に使ったMPも十分に回復する。毎日露店に座るより、自分たちにはそのくらいの間隔の方が合っていそうだった。
◇
翌日の狩りを終えた帰り道、コウイチとミアは再び市場の金物屋へ立ち寄った。
前に砥石を買った店とは別の店を選んだのは、1軒だけ見て相場を決めるのは危ないと思ったからだ。店内には包丁や鎌、小型の斧などが並んでおり、壁には冒険者向けらしい短剣も何本か掛けられている。
コウイチが包丁を見ていると、店主が声をかけてきた。
「料理用か?」
「見るだけでもいい?」
「壊さなきゃな」
相変わらず商人というより職人に近い話し方だと思いながら、コウイチは並んでいる包丁を手に取った。
大きさは大まかに3種類ある。
果物の皮を剥いたり細かな作業をしたりする小型のもの、家庭で肉や野菜を切るのに使いやすそうな中型、そして料理屋や肉屋で大きな食材を扱うための大型。それぞれに値段の違う商品があり、同じ大きさでも倍近く差があるものまであった。
「同じ大きさなのに、ずいぶん値段が違うな」
「鉄と作りが違う。安い方は普通の鉄だが、そっちは鍛冶屋がちゃんと手をかけた上物だ。切れ味も違うし、研ぎ直しながら使えば長持ちする」
コウイチは小型、中型、大型をそれぞれ何本か《鑑定》してみた。
安価なものはおおむねC品質で、上等なものにはB品質が混ざっている。しかも、同じC品質でも仕上がりには多少の差があり、B品質になると価格がはっきり上がっていた。
サイズだけではなく、品質で値段が変わる。
武器と同じだ。
これなら《生成》した結果に応じて売値を変えればいいし、無理に全部を同じ品質に揃える必要もない。
「なるほどな……」
「買わないのか?」
「今日は見に来ただけ」
「冷やかしかよ」
「悪い。また来る」
店主の呆れた声を背中で聞きながら店を出ると、今度はミアの案内で装飾品を扱う露店をいくつか見て回った。
髪留めには木製の安いものから、骨や角を磨いて模様を彫ったもの、金属を使った高価なものまであり、値段もかなり幅がある。コウイチにはどれが女性に好まれるのかまでは分からなかったので、横にいるミアの反応を見ながら歩くことにした。
「こういうのは?」
角を細く削った髪留めを指すと、ミアは少し考えてから答えた。
「使いやすそうです。でも、私はもう少し小さい方がいいです」
「こっちは?」
「飾りが大きすぎると思います」
「じゃあ、これは?」
「……それは子供用だと思います」
「難しいな」
ミアが口元を押さえて笑った。
「コウイチ様、こういうの分からないんですね」
「分かると思ってたのか?」
「何でも調べるので、知っているのかと思っていました」
「調べるのと知ってるのは違う」
答えながら、コウイチ自身も少し可笑しくなった。
時計なら、部品を見れば役割を考えられた。武器ならバルガスに聞けばいいし、魔物なら冒険者ギルドや本で調べることもできる。
だが、髪留めを見て「可愛いか」と聞かれても、それは《鑑定》には出てこない。
だからこそ、使う人間に聞けばいい。
「ミアが使いやすいと思う形を教えてくれ。試しに何個か作ってみる」
「私が決めていいんですか?」
「俺が決めるより売れそうだからな」
ミアはしばらく露店の商品を眺めたあと、少し細身で飾りの小さな髪留めを指した。
「私は、こういうのが好きです」
「分かった。似た使い方ができる形で考えてみる」
その時、ミアの表情がほんの少し嬉しそうに見えた。
◇
その日の夜、コウイチは市場で見てきた商品をもとに、包丁と髪留めの試作を始めた。
包丁は小型、中型、大型の3種類を用意し、それぞれ普通のC品質と上等なB品質を作ることにした。形だけでなく、刃の仕上げや使いやすさも意識しながら試し、できたものを《鑑定》で確認していく。
最初から大量に作るつもりはないが、6種類を1本ずつでは、客が買った時点でその商品がなくなってしまう。そこで各サイズと品質を揃えたうえで、売れた分を補充できるよう余分にも用意することにした。
小型のC品質は銀貨1枚と銅貨20枚、B品質は銀貨2枚。中型はC品質を銀貨2枚、B品質を銀貨3枚と銅貨50枚、大型はC品質を銀貨3枚、B品質を銀貨5枚という試験価格にした。
市場で見た同じ大きさの包丁と比べて安めにはしているものの、砥石の時のように半額へこだわるつもりはない。刃物は安さだけで選ばれるものではないし、実際に売れるかどうかを確かめてから価格を調整すればいい。
《生成》は一度に無理をせず、残りMPを確認しながら進めた。包丁の大きさや品質によって消費も違うため、試作したものの情報を紙へ書き留め、翌日に回す分もある。
髪留めについては、まず《アイテムボックス》に残していた角や骨片を机へ広げ、使えそうなものを選ぶところから始めた。ホーンラビットの角の欠片を中心に、小さな骨片なども合わせれば、試作に使える材料はある程度確保できそうだったが、素材によって色や形が違うため、同じものばかりにはならない。
最初の試作品をミアに見せると、彼女は少し困ったように首を傾げた。
「……少し怖いです」
「怖い?」
「角の形が、そのまますぎると思います」
言われて見直してみれば、確かに魔物の角を小さくしたような形になっていた。コウイチはそれを削って丸みを持たせ、飾りも小さくしてから、もう一度ミアへ渡した。
「これならどうだ?」
「さっきよりいいです。でも、ここが髪に引っかかりそうです」
「なるほど」
指摘された部分を直し、実際に髪へつけてもらう。ミアは何度か頭を動かしてから髪留めを外し、手の中で確かめた。
「これなら使いやすいです」
「よし。じゃあ、この形を基準にしてみるか」
何度か作り直した結果、細身で飾りの小さなものを中心に、少しずつ形を変えた髪留めを用意できた。ミアが自分で選んだ1つは、商品とは別に彼女へ渡してある。
「これ、もらっていいんですか?」
「使って確かめてもらった礼だよ。気に入ったなら使ってくれ」
「ありがとうございます」
ミアは嬉しそうに髪留めを手に取った。
その夜は無理にすべてを揃えようとせず、出来上がった商品を《アイテムボックス》へ収めて休むことにした。翌日も狩りへ出る予定はないので、残りの準備はMPが回復してから進めればいい。
◇
初回の露店から2日後。
翌朝にはMPも回復していたため、コウイチは残していた包丁の製作を進め、髪留めもミアが選んだ形を中心にいくつか追加した。完成したものは品質を確認してから《アイテムボックス》へ収め、種類ごとに在庫を分けておく。
砥石についても、前回より多めに用意することにした。素材はまだ十分にあるので、普通程度の岩皮を使って生成し、包丁や髪留めの準備に使うMPも考えながら無理のないところで止める。
何個作れば売り切れるのかは、まだ分からない。初回の5個が完売したからといって、次に大量に持ち込めば同じように売れるとは限らないのだから、まずは商品を増やした時の客の反応を見てみるつもりだった。
「これで、明日の準備はだいたい終わりだな」
「包丁も髪留めもあると、前よりお店らしくなりそうです」
「そうだな。問題は、並べるだけで終わらないかどうかだけど」
「砥石は売れましたよ」
「それはそうなんだけどな」
ミアの言葉に少し笑いながら、コウイチは最後に在庫を確認し、翌日の市場へ持っていく分をまとめておいた。
◇
初回の露店から3日後。
コウイチとミアは再び市場へ向かった。マジックバッグには砥石だけではなく、包丁と髪留めも入っている。今日のミアの髪には、試作の中から彼女が気に入った1つが使われていた。
「それ、つけてきたんだな」
「売るなら、使っていた方が分かりやすいと思って」
「なるほど。じゃあ宣伝係だな」
「お給料は出ますか?」
予想外の言葉に、コウイチは思わずミアを見た。
ミア自身も冗談で言ったらしく、すぐに少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
「……覚えたな」
「少しだけです」
「売れたら考えるよ」
そんな話をしながら市場へ着き、前回と同じ銀貨1枚を払って場所を借りる。
今度は布の上が寂しくなることはなかった。
安い砥石を前に並べ、その後ろには大きさの違う包丁を置き、端には髪留めを並べる。同じ場所代を払うなら、これくらい商品があった方が商売をしている気にはなる。
午前中から砥石は少しずつ売れ、包丁も実際に手に取って確かめる客が現れた。髪留めは最初こそ見られるだけだったが、ミアが使っているものと同じ形を欲しがった若い女性が1つ買うと、その後も何人かが足を止めるようになった。
前回とは明らかに違い、場所代を払っても今日は赤字にはならなさそうだった。
昼を過ぎた頃、1人の男が露店の前で足を止めた。
年齢は30代半ばほどだろうか。旅装ではあるが冒険者のような武装はしておらず、よく使い込まれた革鞄を肩から下げている。服装そのものは派手ではないものの汚れは少なく、何より露店を見る目がこれまでの客とは少し違っていた。
男はすぐに商品へ手を伸ばさず、まず砥石を見て、それから髪留めへ視線を移し、最後に並んだ包丁をしばらく眺めていた。
「こちらの包丁、少し見せていただいてもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとうございます」
男はまず中型の包丁を手に取り、刃を光へ向けて仕上がりを確かめると、次に同じ大きさの別の包丁を手にした。
見比べる時間が長い。
やがて値札へ目を落とし、穏やかな声で尋ねてきた。
「形はほとんど同じに見えますが、こちらの方が高いのは品質の違いでしょうか?」
「そうだ。安い方でも普通に使えるけど、高い方は切れ味と刃持ちがいい」
「なるほど。同じ大きさで、品質を分けて販売されているのですね」
男は小型と大型についても同じように確かめたあと、包丁を丁寧に元の場所へ戻した。
「失礼ですが、こちらはあなたが作られたのですか?」
質問を受けた瞬間、コウイチはわずかに警戒した。
《生成》のことを話すつもりはない。
「仕入れについては秘密だ」
「これは失礼いたしました。商人に仕入れ先を尋ねるものではありませんね」
男は素直に頭を下げ、それ以上聞いてこなかった。
その態度を見て、コウイチも少しだけ警戒を緩める。
男は今度は砥石へ手を伸ばし、表面を指で確かめてから値札を見た。
「こちらは……銅貨20枚ですか?」
「ああ」
「失礼ですが、値札の間違いではありませんか?」
「間違ってないよ」
男はもう一度砥石を見た。
それから隣の砥石も手に取り、表面を確かめている。実際に研がなければ性能までは分からないはずだが、少なくとも粗悪品には見えないと判断したらしく、先ほどまで柔らかかった目つきが少しだけ変わった。
「これは安いですね」
その声には、単に安売りを見つけた客とは違う響きがあった。
いくつもの町で同じ商品を見てきた人間が、相場と比べているように聞こえる。
「あなた、商人?」
「はい。町から町へ商品を運んでおります。こちらには今朝着いたばかりでして、市場を見て回っていたところです」
やはり行商人らしい。
男は砥石を置くと、並んでいる数を目で数えた。
「こちらの砥石は、今出ているもので全部でしょうか?」
「ああ。今日はそれだけだ」
「でしたら、残っているものをすべていただいても?」
コウイチは一瞬、聞き間違えたのかと思った。
「……全部?」
「はい。こちらの価格でしたら、私の商売先でも十分扱えそうです。もちろん、代金は今ここでお支払いします」
男はそう言って微笑むと、もう一度包丁へ視線を戻した。
「それから包丁も、小型、中型、大型をそれぞれ見せていただけますか。品質の違うものがあるようですので、各1本ずつ購入したいと思います」
砥石だけではない。
並べた包丁を、サイズと品質ごとに1本ずつ。
コウイチは男の顔を見ながら、頭の中で今日の売上を計算し始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




