第41話◇ 1匹分の価値
ストーンエイプが地面を蹴った瞬間、コウイチは正面から受け止めようとはせず、槍を構えたまま斜め後ろへ足を運んだ。
巨体に似合わず踏み込みは速い。振り下ろされた右腕が直前までコウイチのいた場所を叩き、乾いた音とともに小石が跳ね上がったが、その動き自体は以前にも見ている。腕を振り下ろした直後、ほんのわずかに身体が前へ流れることも、その時に脇腹の岩皮が開くことも覚えていた。
そこへ槍を突き込む。
穂先は岩皮の隙間を捉えたものの、深くまでは入らなかった。ストーンエイプが身体を捻ったことで槍が弾かれ、コウイチは無理に押し込まず、その反動を利用して距離を取る。
以前なら、今の一撃が浅かったことに焦りを感じていたかもしれない。しかし今回は、相手の動きを見ながら次にどこを狙うかを考える余裕があった。
ストーンエイプが怒りに任せて追ってくる。その巨体の横を回るようにミアが動いていたが、すぐには短剣を振るわず、コウイチが相手の意識を引きつけるまで距離を保っている。
「ミア、右から来るぞ」
「はい」
コウイチの声に応じてミアが位置を変えると、ストーンエイプは一瞬だけ彼女へ顔を向けた。
その瞬間にコウイチが踏み込み、今度は首の下を狙って槍を突き出した。岩皮の薄い場所を穂先が捉えた感触はあったが、やはり致命傷には届かず、怒ったストーンエイプが両腕を大きく振り回す。
まともに付き合う必要はない。
コウイチは後ろへ下がりながら腕の届く範囲を見極め、攻撃が空を切ったところで再び槍を出した。急いで倒そうとせず、相手が大きく動いた後だけを狙っていくうちに、ストーンエイプの身体には少しずつ傷が増えていった。
ミアも同じだった。以前なら《急所看破》で見つけた場所へすぐ飛び込もうとしていたところを、今は相手の動きとコウイチの位置を見ながら待っている。確実に抜けられる場所ができた時だけ懐へ入り、脇や脚の付け根を短剣で切っては離れていく。
派手ではないが、その方がずっと安全だった。
やがて何度目かの突進をかわされたストーンエイプが大きく体勢を崩したところで、ミアが左脚の裏へ短剣を走らせた。
巨体が傾く。
コウイチはその隙に踏み込み、首の付け根へ槍先を向けた。これまでの攻撃で岩皮の位置も、槍が通りやすい角度も見えている。
《穿牙》を使えば、おそらくもっと簡単に終わるだろうが、今は必要ない。
腰を落とし、踏み込んだ力を腰から肩へ通すように槍を突き出すと、穂先が岩皮の隙間へ滑り込み、そのまま深く食い込んだ。
ストーンエイプの腕が反射的に振られたが、コウイチは槍を引き抜きながら後ろへ退き、ぎりぎりでその軌道から逃れた。数歩よろめいた巨体は、それでもこちらへ向き直ろうとしたものの、やがて力を失って地面へ崩れ落ちる。
岩場に響いていた唸り声が消えた。
「……倒せたな」
息を整えながら呟くと、ミアが倒れたストーンエイプへ慎重に近づき、少し離れたところから様子を確かめた。
「動きません」
「《穿牙》なしでも、前よりだいぶ楽になったな」
「前はもっと時間がかかりました」
「俺たちも一応、成長してるってことか」
「一応ですか?」
「そこは自信を持っていいところだったか」
ミアが小さく笑った。
コウイチは槍についた血を拭いながら、倒れたストーンエイプを見下ろした。最初に戦った頃と比べれば、自分の槍術も上がり、ミアにも索敵や急所を見抜く力がある。それ以上に大きいのは、2人が互いにどう動くのかを細かく確認しなくても分かるようになってきたことかもしれない。
自分が正面を取ればミアは無理に入らず、ミアが位置を変えれば、そこに何か理由があると考える。言葉にすれば単純だが、以前の自分なら誰かの判断をそこまで自然に戦いへ組み込めただろうか。
そこまで考えたところで、コウイチは倒れたストーンエイプへ視線を戻した。
「とりあえず、しまうか」
「はい」
周囲に他の冒険者がいないことを確かめてから、死体をそのまま《アイテムボックス》へ収納した。解体はギルドに任せるつもりなので、ここで無理に岩皮を剥がす必要はない。
1匹でも試作には十分なはずだが、今日は討伐依頼として来ているうえ、今の戦闘では《穿牙》を1度も使っていない。体力にも余裕があるので、もう少し探してみてもいいだろう。
「ミア、近くに他の気配ある?」
「探してみます」
ミアが目を閉じ、耳を動かしながら周囲へ意識を広げていく。その間、コウイチは岩陰で水を飲み、槍の穂先を確認した。
刃こぼれするほどではないが、岩皮へ何度も当てたせいか細かな傷が増えている。これも砥石が必要とされる理由なのだろう。
冒険者なら武器は使えば傷むし、農家なら鎌や鉈を使い、料理人なら毎日包丁を使う。切れる道具を使う以上、研ぐという作業そのものがなくなることはない。
「……消耗品なんだよな」
「何がですか?」
索敵を終えたミアが振り返った。
「砥石。1回買えば終わりじゃない。時間はかかるだろうけど、使えば減る」
「では、同じ人がまた買うんですね」
「そういうことになる」
武器のように銀貨や金貨を払って何年も使う商品とは違い、単価が安くても繰り返し需要がある。1個あたりの利益が大きくなくても、必要とする人が多いなら商売としては悪くない。
ただし、それを考えるのは実際に作れてからだ。
「いました」
ミアが前方の岩場を指した。
「どのくらい?」
「2匹だと思います。少し離れていますが、一緒に動いています」
コウイチは水筒をしまいながら考えた。1匹なら先ほどのやり方で問題なく倒せたが、2匹になれば同じようにはいかない。片方に意識を向けている間にもう片方が入ってくれば、槍の間合いを維持するのも難しくなる。
「片方だけ引き離せそうか?」
「やってみますか?」
「いや、無理にやる必要はないな。俺が最初に1匹を止めるから、ミアはもう1匹の動きを見て、近づきすぎないようにしてくれ。足止めしようとして無理に踏み込む必要はないぞ」
「はい。危なくなったら離れます」
「《穿牙》は?」
「こういう時のために残してる」
ミアが頷き、2人は再び岩陰を使って進んだ。
◇
2匹目と3匹目の戦闘は、最初ほど余裕のあるものにはならなかった。
コウイチが先頭の1匹へ槍を向けて動きを止めようとしたところで、もう1匹が予想より早く横へ回り込み、ミアが距離を保ちながら短剣で牽制しても勢いを落とさなかった。
2匹の位置が近づけば、片方の攻撃を避けた先にもう片方がいる。コウイチは後退しながら岩の配置を見て、2匹が同時に入ってこられない場所へ移動しようとしたが、先頭のストーンエイプが大きな岩を回り込むより先に腕を振り上げた。
このまま避ければ、後ろにいるミアとの距離が詰まりすぎる。
「ミア、下がれ!」
声を飛ばすのと同時に、コウイチは槍を引いた。
ここでMPを惜しむ理由はない。
「《穿牙》!」
踏み込みとともに放った穂先が、ストーンエイプの胸元にある岩皮の隙間へ突き刺さった。
足の踏み込みから腰、肩、腕へと力をつなぎ、そこへ魔力を重ねる。グレイヴァルとの戦いで初めて成功した時の感覚を思い出しながら放った一撃は、岩皮の隙間を通り、奥の肉へ深く食い込んだ。
普通に突いた時とは明らかに違う手応えが腕へ返ってくる。
ストーンエイプの身体が大きく揺れ、そのまま膝をついた。
だが、もう1匹がいる。
コウイチは倒れかけた個体から槍を引き抜くと同時に身体を横へ逃がし、すぐ脇を通り抜けた太い腕をかわした。風圧だけでも威力が分かる一撃に背筋が冷えたが、体勢を立て直すより先に、ミアがストーンエイプの背後へ回っていた。
「右脚!」
声と同時に短剣が脚の付け根へ入り、ストーンエイプの姿勢がわずかに崩れる。
コウイチはその言葉を疑わなかった。
右脚に体重をかけられないのなら、次に動ける方向は限られる。槍を構え直して正面ではなく左側へ回ると、ストーンエイプは予想通り傷ついていない脚で踏ん張りながら身体を向けようとした。
その動きに合わせて穂先を突き込んだが、最初の一撃は浅く、すぐに引いてもう一度狙うと、今度は岩皮の隙間へ深く入った。
ストーンエイプが怒鳴るような声を上げて腕を振り回したものの、傷ついた脚では踏み込みが弱く、コウイチは距離を保ちながら攻撃が途切れるのを待った。
先ほど《穿牙》を受けた1匹は、すでに地面へ倒れている。残っているのは目の前の1匹だけなのだから、無理に仕留めにいくより、相手が崩れるまで待った方がいい。
やがて動きが鈍くなったところでミアが再び右脚へ入り、体勢を崩した瞬間にコウイチが首元へ槍を突き込んだ。
今度は深く入った。
しばらくして巨体が動かなくなると、コウイチは周囲を確認してからようやく槍を下ろした。
「……2匹は面倒だな」
息を吐きながら言うと、ミアも少し肩で呼吸をしていた。
「1匹とは全然違いますね」
「ああ。素材が欲しいからって、群れに突っ込むのはやめた方がいいな」
「はい」
2匹を《アイテムボックス》へ収納したところで、コウイチは自分の腕に思っていた以上の疲労が溜まっていることに気づいた。
まだ戦えるし、MPにも余裕はある。《穿牙》も1回しか使っていないので、自分で決めた3回という目安には収まっていたが、それでもあと何匹狩れるかと考えるのは少し違う気がした。
商品にするなら素材はいくらでも欲しくなるだろう。しかし今日3匹狩ったからといって、明日ストーンエイプがいなくなるわけではない。ここで欲を出して怪我をすれば、狩りも《生成》もできなくなる。
「ミア、疲れてる?」
「少しだけです。でも、まだ動けます」
「俺も同じだな」
ミアは周囲へ耳を向けてからコウイチを見た。
「まだ探しますか?」
コウイチは少し迷った。
素材は欲しいし、1匹から15キロ以上取れるなら3匹分はかなりの量になる。それでも槍を握っている右腕には確かな重さがあり、ミアの呼吸も完全には戻っていない。
「……いや。今日は帰ろう」
「いいんですか?」
「ああ。明日また来ればいい」
口にしてから、自分でも少し意外に思った。
以前なら、来たからにはできるだけ稼いで帰ろうとしたかもしれない。だが今は、今日だけで全部を終わらせる必要はない。明日も狩れるし、その次の日もある。
商売にするなら、むしろその方が大事なのだろう。
◇
ラグナードへ戻ると、コウイチとミアはまず冒険者ギルドの受付へ向かった。
「北東の岩場のストーンエイプ討伐依頼、3匹倒してきた」
依頼票を確認した受付嬢が、少し驚いたように顔を上げる。
「3匹ですか。討伐証明はお持ちですか?」
「死体ごと持ってきた。解体所で確認してもらえばいい?」
「はい。今回は討伐数に応じて追加報酬が出る依頼ですので、解体所の確認記録をこちらへ回してもらえれば、その数で精算できます」
「分かった。岩皮は全部持ち帰りたいんだけど、それでもいい?」
「素材の買取と討伐報酬は別ですから、問題ありません。解体所でそのようにお伝えください」
コウイチは頷き、ミアと一緒に解体所へ向かった。
解体場では、昨日岩皮の量を教えてくれた男が作業をしていた。
「ストーンエイプを3匹持ってきた。解体を頼みたい」
「……3匹?」
男は並べられた巨体を見て眉を上げる。
「昨日、岩皮の量を聞きに来て、今日これか。ずいぶん仕事が早いな」
「依頼だったからな」
「必要なんだよ。岩皮が」
「何に使うんだ?」
「商品」
男は一瞬黙ったあと、岩皮を見てからコウイチへ視線を戻した。
「お前、冒険者だよな?」
「Dランクになったばかりだけど」
「聞きたいのはそこじゃねえよ」
横でミアが笑いを堪えている。
解体担当者は3匹の状態を確認すると、討伐数を記録してから作業に取りかかった。コウイチは解体費を払い、魔石や不要な部位はギルドへ売却することにしたが、岩皮については質ごとに分けてもらい、すべて引き取るよう頼んだ。
「研磨材に使いたいから、できれば質の違いが分かるようにしてほしい」
「なるほど、そういうことか。なら、良いところと普通のところ、粗いところで分けておいてやる。ただ、砥石に使えるかどうかまでは俺には分からんぞ」
「そこは自分で調べる」
「分かった」
しばらくして処理を終えた素材を見せてもらうと、その量は想像以上だった。質の良い部分、普通の部分、粗い部分に分けられ、それぞれが大きな袋へ詰められている。
「合計でどのくらいある?」
「50キロ近くあるな。3匹分だから、こんなもんだろ」
1匹から15〜20キロ程度という昨日の説明を思い出せば、特別多いわけではない。それでも実際に袋へ分けられた量を見ると、普通なら宿まで運ぶだけでも苦労しそうだった。
コウイチはマジックバッグの中を確認し、ほかの荷物を通常の鞄へ移して容量を空けてから、岩皮の袋を順番に収めた。合計50キロ近い素材でも、容量72キロのバッグなら収まる範囲だ。
「こんなにあるんですね」
ミアも少し驚いていた。
「俺も実際に見るまでは分かってなかった」
昨日買った砥石は、手のひらより少し大きい程度だった。この量から何個作れるのか、ようやく確かめられる。
解体所を出る前に、コウイチは討伐数の確認記録と素材の精算書を受け取った。
「岩皮は全部持ち帰るから、その分は売却額に入ってないんだな?」
「ああ。魔石と不要な部位の買取額から解体費を差し引いた金額が、こっちの精算書に載ってる。討伐報酬は受付で受け取ってくれ」
「分かった。ありがとう」
受付へ戻ると、先ほどの受付嬢が確認記録を受け取り、依頼書と照らし合わせた。
「3匹の討伐を確認しました。依頼の達成条件を満たしていますので、基本報酬と討伐数に応じた追加報酬をお支払いします」
「これでミアの実績も増えるんだよな?」
「はい。ミアさんも正式な受注者ですから、今回の討伐実績と依頼達成の記録が加算されます。Dランクの審査については、これまでの実績も含めて判断しますので、もう少し依頼を重ねてくださいね」
「分かりました」
ミアが頷く。
コウイチは報酬の内訳を確認し、受け取った硬貨を鞄へしまった。解体所で受け取った素材売却分と合わせれば、今日の狩りでも収入は得られている。ただし、岩皮はすべて手元に残したので、その分の買取相当額を現金として受け取ったわけではない。
討伐依頼としての仕事を終え、2人はギルドを出た。
◇
宿へ戻ると、コウイチはまずマジックバッグから岩皮の袋を取り出し、私室で《アイテムボックス》へ移した。
夕食を済ませてから机へ向かい、昨日買った砥石と、ストーンエイプの岩皮から切り出された素材を並べる。ミアも向かい側の椅子に座り、興味深そうに見ていた。
まずは買ってきた砥石をもう一度手に取り、重さや大きさ、表面の感触を確かめる。そのあとストーンエイプの素材へ《鑑定》Lv3を使い、どの部分が研磨に向いているのかを調べた。
質の良い部分は粒が細かく揃っているが、それをそのまま削って砥石の形にすればいいわけではないらしい。店主が話していたように、一度砕いて粒を揃え、それを成形することで安定した研ぎ味になる。
どう砕くのか、どう選別するのか、何を使って固めるのかまでは分からない。ミスリルの時と同じように、まだ理解できていない工程は多かった。
ただ、今回は完成品を実際に買い、用途や構造もある程度確認している。少なくとも、何も知らずに作ったあの短剣よりは理解できているはずだった。
「1個だけやってみる」
「はい」
コウイチは普通程度の質の岩皮を少量取り出し、昨日買った砥石を見ながら《生成》を意識した。
求めるのは高級品ではない。包丁や鎌を普通に研げて、毎日の生活で困らないものを、目の前の砥石と同じくらいの大きさで作るつもりだった。
MPが減っていく感覚とともに、手元の素材が崩れるように形を変え、やがて四角い石が机の上に残った。
コウイチはまず自分の残りMPを確認した。
「……5か」
「MPですか?」
「ああ。1個作るのに5MPだった。ミスリルとは比べものにならないな」
朝のMPは92/92で、今日の戦闘では《穿牙》を1回使っている。素材を調べるための《鑑定》Lv3で4MPを消費し、今の《生成》でさらに5MP減ったので、残りは73/92だった。
もちろん、水を作るほど軽くはない。それでも、同じものを何個か作ることは十分にできそうな消費量だった。
完成した砥石を手に取り、今度は《鑑定》Lv1で名称と品質を確かめる。
【ストーンエイプ砥石】
【品質:C】
狙った通りのC品質だった。
今回は高級品を作ることが目的ではなく、日用品として同じ品質のものを安定して作れるかどうかを確かめたい。必要以上に高い品質を狙わずに済んだことに、コウイチは少し安心した。
「できました?」
「ああ。ただ、使えるかどうかはまだ分からない」
「《鑑定》では?」
「C品質とは出てる。でも、自分で確かめたい」
コウイチは荷物から古い作業用の小刀を取り出した。森での細かな作業に使っていたもので、刃にはいくつか小さな傷がついている。
もう1本、以前使っていた作業用の小刀も取り出す。どちらも戦闘用の予備武器ではなく、刃の状態が似ているものを選んだ。
「2本使うんですか?」
「同じ刃を続けて研ぐと、先に研いだ分の影響が残るからな。できるだけ条件を揃えて比べたい」
コウイチはそれぞれの刃の状態を《鑑定》Lv3で確認し、傷み方が大きく違わないことを確かめてから、水を少し用意して砥石を濡らした。
日本にいた頃に刃物を手入れした記憶を頼りに、まず生成した砥石へ小刀を滑らせる。専門の研ぎ師ほどの技術があるわけではないが、時計職人として刃物や工具の手入れをした経験はある。
何度か往復させるうちに、指先へ返ってくる感触が変わってきた。削れ方に大きなむらはなく、少なくとも普通の刃物を研ぐ用途なら問題なさそうだった。
続いて市販の砥石でも、もう1本の小刀を同じくらいの時間と回数で研いでみる。
2本の刃を見比べると、生成した方がわずかに研ぎやすい感触はあったものの、仕上がりに大きな違いは見られなかった。厳密な性能試験というわけではないが、日用品として同じような用途を果たせることは確かめられた。
「これなら……売れるかもしれないな」
ミアが生成した砥石を覗き込む。
「銅貨20枚ですか?」
「まずはそのくらいで試してみたい。同じくらい使えるものが半額なら、買ってくれる人はいると思う」
「材料もたくさんあります」
「ああ。それが一番大きい」
コウイチは机の上に残ったストーンエイプの素材へ目を向けた。
今回1個作るのに使った量は、想像していたよりずっと少ない。3匹分の素材すべてを砥石にする必要などなく、普通程度の部分だけでもかなりの数を作れそうだった。
だが、そこで次々に《生成》を使うのはやめた。
作れることは分かったのだから、次に知るべきなのは、本当に誰かが金を出して買ってくれるかどうかだった。
「今日はあと4個だけ作る」
「5個で売ってみるんですか?」
「ああ。いきなり50個作って売れなかったら、ただの重い石が増えるだけだからな」
「アイテムボックスなら重くないですよ」
「そういう問題じゃない」
ミアがまた少し笑った。
コウイチは同じ条件で残り4個を《生成》し、それぞれを《鑑定》Lv1で確認した。どれもC品質で、大きさや形にも大きな差はなく、最初の1個と同じように作れている。
5個の砥石を机の上へ並べると、初めて作った商品らしいものが形になった気がした。
ただ、これだけではまだ商売とは呼べない。
明日、誰かが銅貨20枚を払ってくれて初めて商品になる。
「どこで売るんですか?」
「まずは市場かな。商業ギルドにも販売の決まりを確認して、それから場所を借りる」
「売れるといいですね」
「そうだな」
コウイチは並んだ5個の砥石を眺めながら、明日の市場を思い浮かべた。
ストーンエイプを倒すことなら、もうできる。《生成》で砥石を作ることもできたが、作ったものに他人が金を払うかどうかだけは、《鑑定》でも確かめられない。
そこから先は、商売の領分だった。
◇
砥石を片づける前に、コウイチは今日のMP消費を一度整理した。
朝の時点では92/92。戦闘で《穿牙》を1回使用して10MP、素材の詳細確認に《鑑定》Lv3を1回使用して4MP、砥石5個の《生成》で25MPを消費した。
完成品の品質確認は《鑑定》Lv1を5回で5MP。比較用の小刀2本の状態確認には《鑑定》Lv3を2回使って8MPなので、合計消費は52MPとなり、現在の残りは40/92だった。
想像していたよりは余裕がある。
ただ、今日はここで終わりにするつもりだった。明日も朝から市場へ行く予定なので、これ以上《生成》を続ける必要はない。
コウイチは5個の砥石を《アイテムボックス》へ収納すると、ミアへ声をかけた。
「今日はもう寝るか」
「はい。明日は売れるといいですね」
「ああ。まずは1個でも買ってもらえればいいんだけどな」
ミアは少し考えてから、机の上に残った市販の砥石を見た。
「でも、コウイチ様の方が安いです」
「安いだけで売れるなら苦労しないんだよ」
「そうなんですか?」
「たぶんな。俺も売ってみないと分からない」
ミアは納得したように頷いた。
コウイチも灯りを落としながら、明日の市場で何を聞かれるだろうかと考えた。値段だけでなく、ちゃんと研げるのか、どれくらい長持ちするのか、そういうことを聞かれた時に答えられるようにしておかなければならない。
買ってくれる人がいるかどうかは分からないが、少なくとも今の自分には、試してみるだけの材料と準備があった。




