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『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


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第37話◇ 初指名依頼

 指名依頼を受けてから2日後の朝、コウイチとミアはいつもより少し早く宿を出た。


 装備はすでに前日のうちに確認してある。コウイチは新しくした防具の留め具を歩きながら確かめ、背負った槍にも異常がないことを確認すると、隣を歩くミアへ目を向けた。


 ミアも新しいミスリル合金製のダガーを腰に下げている。その反対側には、これまで使っていた短剣も残されていた。


「両方持ってきたんだな」


「はい。コウイチ様が予備に持っておけと言ったので」


「そうだけど、新しい方を忘れるとは思ってないぞ」


「忘れません」


 ミアが腰のダガーへ軽く手を添える。その仕草を見る限り、むしろ忘れるどころか何度も確認しているらしい。


 冒険者ギルドへ到着すると、すでに入口の前には何人か集まっていた。見覚えがあるのは調査担当のハルトだけで、その近くには武装した冒険者が2人と、道具を詰め込んだ大きな荷物を背負う男が2人いる。


「来たか」


「ああ。待たせた?」


「いや、時間前だ。全員揃ったから、先に紹介しておこう」


 ハルトが最初に手を向けたのは、30代半ばほどの大柄な冒険者だった。幅広の剣と盾を持ち、いかにも前衛を任されそうな体格をしている。


「護衛のガレスだ。Dランク」


「ガレスだ。よろしくな」


「コウイチだ。こっちはミア」


「知ってるよ。今回の発見者だろ?」


 ガレスがミアにも軽く手を上げると、隣にいた弓を背負った男が口を開いた。


「俺はセイン。こっちもDランクだ」


「よろしく」


 簡単に挨拶を交わしたあと、ハルトが残りの2人を紹介する。


「鉱石技師のローデンとカイルだ。今回はこの2人が鉱石の状態を確認する」


 小柄で40代くらいに見える方がローデン、30代ほどの細身の男がカイルらしい。2人とも武器より荷物の方が目立ち、背負った道具の中には槌や細い鉄杭のようなものも見えていた。


「ミスリルを見つけたのはあんたか?」


 挨拶より先にローデンが聞いてきた。


「俺とミアだな」


「壁に銀色の筋があったって話だが、どのくらいの太さだった?」


「場所によって違った。指より細いものが何本か見えたと思う」


「周囲の岩は?」


「赤黒かった」


「硬さは?」


「知らない。掘ってないから」


 ローデンが少し残念そうな顔をした。


「叩いてもいないのか?」


「未知の洞窟で?」


「……まあ、そうだな」


 そこでハルトが2人の間へ入った。


「詳しい話は現地で頼む。今日の目的は鉱脈の有無と、おおよその状態を確認することだ。奥まで完全に調べる必要はない」


「分かってるよ」


 ローデンはそう答えたものの、表情を見る限り、早く現物を見たくて仕方がないらしい。コウイチはその様子を見ながら、こういう人を守る仕事なのかもしれないと、少しだけ不安になった。


「それと、出発前に確認しておく」


 ハルトの声に全員が顔を向けた。


「今回は調査依頼だ。魔物の討伐が目的じゃない。洞窟内部で危険が確認された場合、俺の判断で調査を中断することがある。ただし、実際に戦闘が起きた場合の判断は護衛側の意見を優先する」


 そう言ってから、ハルトはコウイチを見る。


「特に洞窟内部については、お前たち2人が一度入っている。何か前回と違うと感じたら、すぐに言ってくれ」


「分かった」


「ミアもだ。《索敵》で分からない時は、分からないと言ってくれればいい。無理に答えを出す必要はない」


 その言葉を聞いて、ミアが一瞬だけコウイチを見た。以前、自分が言ったのと似た言葉だったからだろう。


「はい」


 ミアが頷くのを確認すると、ハルトは全員を見回した。


「じゃあ行こう」


◇


 ラグナードを出た一行は、赤岩の谷を目指して東へ進んだ。


 普段はコウイチとミアだけなので、歩く速度を合わせる必要はほとんどない。だが今回は鉱石技師が2人いるうえ、調査道具を詰め込んだ荷物も重そうで、自然と移動速度は落ちていた。


 先頭を歩くのはコウイチとミア、その少し後ろにハルトと技師2人、左右をガレスとセインが守る形になった。


 道中、何度か弱い魔物の気配はあったものの、わざわざ探して戦うことはしなかった。途中でミアが足を止めた時も同じだった。


「右前に何かいます」


「距離は?」


「まだ遠いです。たぶん2匹……いえ、3匹かもしれません」


「種類は?」


 ミアが少し耳を動かしてから、首を振る。


「分かりません」


「なら避けよう」


 コウイチが進路を少し左へ変えると、後ろを歩いていたガレスが声をかけてきた。


「確認しなくていいのか?」


「今日の仕事と関係ないだろ」


「まあ、そうだけどな」


「倒して素材を持って帰る依頼なら見に行く。でも今日は技師を洞窟まで連れていく仕事だ」


 そう答えると、ガレスが少し笑った。


「なるほど。ギルドが指名した理由が分かった気がする」


「何が?」


「いや、こっちの話だ」


 よく分からなかったが、コウイチはそれ以上聞かなかった。


 魔物を倒せば素材になるし、経験にもなる。それでも今回は、それを優先して調査隊を危険へ近づける理由がない。銀貨50枚という報酬は、魔物を何匹倒したかに対して支払われる金ではないのだから、依頼の目的を取り違えるつもりはなかった。


 途中で短い休憩を挟み、荷物の重い技師たちに歩調を合わせながら進んだ一行が赤岩の谷へ入ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 赤茶色の岩壁が両側から迫り、少し強い風が吹くたびに乾いた砂が足元を流れていく。


「ここから少し歩く」


 コウイチが先頭へ出た。


 自分で描いた簡単な地図を確認する必要はなかった。特徴的な岩を2つ越え、谷が分かれる場所で右へ入り、その先にある二股に割れた大岩を目印に進む。


 しばらくすると、ミアが先に立ち止まった。


「あります」


 視線の先には、一見すればただの岩の裂け目にしか見えない洞窟の入口がある。ハルトが地図と周囲を見比べている間に、ローデンとカイルがさっそく入口へ近づこうとしたので、コウイチは手で制した。


「待って」


「何だ?」


「先に中を見る」


「前にも入ったんだろ?」


「前と同じとは限らない」


 ローデンは何か言いかけたが、ハルトが先に頷いた。


「その通りだ。護衛が確認してから入る」


 コウイチは槍を先に岩の隙間へ通し、身体を横にして入口を抜けた。ミアもその後へ続き、2人で前回探索した範囲を確認する。


「どうだ?」


 ミアが目を閉じ、耳を動かす。


 洞窟の奥からは冷たい風が流れてきており、水滴の落ちる音も前回と同じように響いていた。ただ、複数の音が壁に反響しているため、奥に何がいるのかまでは判断しにくいらしい。


「近くにはいないと思います。でも、奥は分かりません」


「それでいい」


 コウイチは入口から差し込む光が届く範囲を調べ、前回ケイブバットと戦った辺りまで確認した。壁や地面に大きな変化はなく、少なくとも今すぐ危険が迫っている様子はない。


 外へ戻ってハルトへ伝える。


「入口付近は大丈夫そうだ。ただ、ミアの《索敵》は前と同じで奥まで通らない」


「分かった。そこから先は慎重に行こう」


 隊列を変え、コウイチとミアを先頭に、ハルトと技師2人が続き、最後尾をガレスとセインが守ることになった。狭い入口では装備や荷物を引っ掛けないよう、1人ずつ順番に通っていく。


 洞窟へ入ると、奥へ進むにつれて外の明るさは届かなくなった。用意していた魔道具の灯りをつけると、湿った岩壁がぼんやりと照らされる。


 前回より奥へ進むための装備だ。


 それでも、槍が使いにくいことに変わりはない。コウイチは穂先を少し下げ、壁との距離を意識しながら歩いた。広い場所なら問題ないが、狭い通路では190cmの長さが邪魔になる。前回ケイブバットと戦った時にも、槍が岩壁へ当たって動きが遅れたことを覚えていた。


 今回は後ろに戦えない人間がいる。自分が避ければ済む話ではないため、前方だけでなく、通路の幅や仲間との距離にも気を配らなければならなかった。


「ミア。俺より少し前に出られるか?」


「はい」


「ただし離れすぎるな。何かいたら戦わず戻れ」


「分かりました」


 ミアが足音を抑えながら数歩先へ出る。新しいダガーへ手を添えているが、まだ抜いてはいない。


 しばらく進むと、壁際に前回ケイブバットと戦った時の痕跡が残っていた。


「ここで戦った」


 コウイチが説明すると、ハルトが周囲を見回す。


「1匹だけだったのか?」


「ああ。ただ、奥に他の個体がいたかは分からない」


「ケイブバットなら群れの可能性もあるな」


 最後尾のセインが言った。


「天井を見た方がいい」


 全員の視線が上へ向いたが、今のところ何もいない。そのまま少し進むと、コウイチにも見覚えのある場所へ出た。


「ここだ」


 岩壁に銀色の筋が走っている。


 魔道具の灯りを近づけた瞬間、ローデンの表情が変わった。


「……おい」


 返事を待つことなく壁へ近づき、道具を取り出す。


「これ、思ってたより……」


「ローデン」


 ハルトが名前を呼ぶ。


「ああ、分かってる。勝手に掘らねえよ」


 そう言いながらも、目は完全に岩壁へ釘付けだった。カイルも隣へしゃがみ込み、銀色の筋を細い道具で確認している。


「表面だけじゃないかもしれませんね」


「まだ分からん。周囲の岩も見ろ」


「はい」


 技師2人が調査を始めたので、コウイチは少し離れた場所へ移動した。鉱石については専門家に任せ、自分は護衛として周囲を警戒する。


 入口側をガレスが守り、奥側にはコウイチとミアが立つ。セインは技師の近くから天井を確認し、ハルトは調査の進み具合と護衛の様子を見ながら、必要に応じて技師へ声をかけていた。


 しばらくは何も起きなかった。


 岩を軽く叩く音が洞窟に響き、そのたびに何重にも反響して奥へ消えていく。外なら気にも留めないような小さな音が、ここではどの方向から聞こえているのか分かりにくかった。


「……嫌な音だな」


 コウイチが呟くと、ミアの耳が動いた。


「私も嫌です」


「何か聞こえる?」


「いろいろ聞こえます。でも、どれが本当の音なのか……」


「無理に探さなくていい。近づいてくるものだけ分かれば十分だ」


「はい」


 その時、ミアの耳が大きく動いた。


 コウイチは何も言わずに彼女を見る。ミアも奥を見たまま動かず、数秒ほど耳を澄ませてから、腰のダガーへ手を置いた。


「何か来ます」


「数は?」


「……分かりません。多いです」


 コウイチはすぐに槍を構えた。


「調査を止めてくれ」


 その声にローデンが振り返る。


「もう少しだけ待ってくれ。ここの状態を――」


「何か来る」


 それだけで、ハルトが即座に技師2人へ声をかけた。


「道具をまとめろ」


 ガレスが前へ出て盾を構え、セインも弓を手にした。だが、狭い洞窟では射線を確保しにくく、味方を巻き込まずに射るには位置を選ぶ必要がある。


 全員が動き始めたところで、奥の暗闇から羽音が聞こえてきた。最初は小さかった音が、洞窟の反響によって急速に大きくなっていく。


「ケイブバットか?」


 ガレスが聞く。


「たぶん。でも――」


 ミアが言葉を止めた。


 次の瞬間、灯りの届かない暗闇から黒い影が飛び出した。


 1匹ではない。


 コウイチは槍を突き出し、先頭の1匹を壁へ叩きつけるように仕留めた。続いて飛び込んできた個体へミアが踏み込み、新しいダガーを振るう。


 銀色の刃が翼の付け根を裂き、ケイブバットが地面へ落ちた。


「ミア、戻れ!」


「はい!」


 ミアは追撃せず、すぐにコウイチの横まで下がった。その判断を確認する暇もなく、さらに羽音が近づいてくる。


 3匹、いや、その後ろにもいる。


「ハルト!」


「撤退する! 入口まで戻るぞ!」


 技師2人はすでに道具をまとめ終えていた。ガレスが盾を前へ出し、コウイチと並ぶ。


「俺が受ける。槍で届く奴を頼む」


「分かった」


 洞窟の奥から飛び込んできたケイブバットが盾へぶつかる。ガレスが押し返したところへコウイチが槍を突き込み、もう1匹はミアが横から翼を切った。


 1匹ずつなら倒すこと自体は難しくない。だが、どれだけの数が奥にいるのか分からず、ここで全部倒そうとする理由もなかった。


「下がるぞ」


 コウイチが声をかけると、ガレスも頷いた。


 技師とハルトを先に入口へ向かわせ、セインがその後ろを守る。コウイチたちは奥から来るケイブバットを牽制しながら、少しずつ後退した。


 前回なら、自分とミアだけを気にすればよかった。今回は後ろに調査隊がいるため、コウイチは何度も振り返り、全員が隊列から離れていないか確認する。


 ローデン、カイル、ハルト、セイン。


 誰も遅れていない。


「ミア、後ろは?」


「大丈夫です。離れていません」


「奥は?」


「まだいます。でも、少し遠くなりました」


 それなら、こちらから戦う必要はない。


 コウイチは最後に近づいてきた1匹へ槍を突き出したが、仕留めようとはせず、穂先で進路を変えさせた。そのまま距離を取り、仲間たちと一緒に入口へ向かって後退する。


 やがて、前方に外の光が見えてきた。


「もう少しだ!」


 ハルトの声が聞こえる。


 その時、天井近くを飛んでいたケイブバットが、後退する一行の横へ回り込むように降りてきた。


 狙われたのは、荷物を背負ったカイルだった。


「危ない!」


 ミアが先に動いた。


 カイルの前へ滑り込み、短くダガーを振る。銀色の刃が翼の付け根を裂き、姿勢を崩したケイブバットが地面へ落ちた。


 コウイチは槍を短く持ち直し、その胴へ穂先を突き込む。魔物が動かなくなったのを確認すると、すぐに顔を上げた。


「カイル、大丈夫か?」


「は、はい」


「なら進んでくれ。ここで止まるな」


 カイルが頷き、ハルトたちの後を追う。


 倒したケイブバットは外光の届く入口近くに残ったが、コウイチは拾わなかった。今は素材を回収するより、調査員を無事に外へ出すことが先だった。


 さらに入口へ近づいたところで、もう1匹がガレスの盾へぶつかった。


「おっと!」


 ガレスが盾を押し出して弾き返す。


 地面へ落ちたところへミアが踏み込み、新しいダガーで翼の付け根を裂いた。コウイチは槍を短く持ったまま胴へ突き込み、動かなくなったのを確認すると、すぐに後退を再開する。


「外へ!」


 ハルトの声とともに技師たちが洞窟を抜け、セイン、ミア、ガレスと続いた。


 コウイチも最後に外へ出ると、すぐに入口から距離を取った。残ったケイブバットは明るい外へ出ることを嫌うのか、入口付近で旋回したあと、やがて洞窟の奥へ戻っていった。


 しばらく誰も喋らなかった。


 コウイチは呼吸を整えながら全員の姿を確認する。ハルトも技師2人も無事で、ガレスとセインにも怪我は見当たらない。


「全員いるな?」


「ああ」


 ガレスが答える。


「技師は?」


「大丈夫です」


 カイルが答え、その隣でローデンも頷いた。


「道具も?」


「全部ある」


 そこまで確認してから、コウイチはようやく槍を下ろした。


 依頼はまだ終わっていないが、少なくとも誰かを洞窟へ置いてきてはいない。全員が自分の足で外へ出られたことを確かめ、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。


◇


 入口から十分に距離を取り、周囲の安全を確認してから、ハルトがローデンへ声をかけた。


「で、調査はどこまでできた?」


 聞かれたローデンは、さっきまでの戦闘など忘れたように鞄から石片を取り出した。


「十分とは言えねえ。もっと奥も見たいし、何か所か削って確認する必要がある。ただ……」


 そこで言葉を止め、洞窟の入口を振り返った。


「ミスリルがあるのは間違いないと思う」


 カイルも頷く。


「表面に見えていた筋だけではありません。周囲の岩にも反応がありました。正確な規模は追加調査が必要ですが、単に小さな鉱石が偶然混じっていた、という感じではないです」


「採掘する価値は?」


 ハルトが尋ねる。


「それを決めるには、まだ早い」


 ローデンは即答した。


「だが、調べる価値なら十分ある。むしろ、ここからが本番だ」


 そう言ってから、ローデンは少し悔しそうに洞窟を見る。


「できれば、もう一度入って別の場所も確認したいんだが」


「今日はやめた方がいい」


 コウイチが言った。


 ローデンがこちらを見る。


「ケイブバットだぞ? 護衛が4人もいるなら――」


「数が分からない。それに、ミアの《索敵》が通りにくい場所だ。今度はさっきより奥へ行くことになるんだろ?」


「それはそうだが……」


「今日の目的は、鉱脈があるか確認することじゃなかったのか?」


 ローデンが黙る。


 コウイチはハルトを見る。


「今の話なら、ある可能性はかなり高いんだろ?」


「ああ。少なくとも報告を上げるには十分だ」


「なら、次は準備を変えた方がいい。ケイブバットが何匹いるか調べる方法も考えた方がいいし、俺の槍もあの中じゃ使いにくい。今日と同じ人数、同じ装備で奥へ行く必要はないと思う」


 ハルトはすぐには答えず、洞窟の入口を見た。そのあと技師2人へ視線を向ける。


「今日の調査結果だけで、領主側へ次の判断を求められるか?」


「求められる」


 ローデンが答えた。


 まだ洞窟へ未練はありそうだったが、今度は反対しなかった。


「鉱脈の可能性は高い。次は採掘を前提にした調査になる。だったら、こいつの言う通り準備を変えた方がいい」


「分かった」


 ハルトが頷く。


「今日の調査はここまでとする。ラグナードへ戻ろう」


 誰からも反対は出なかった。


 帰り支度を始める中、ガレスがコウイチの横へ来た。


「もったいないと思わないのか?」


「何が?」


「もう少し調べれば、もっと詳しく分かったかもしれない」


「そうかもしれないな」


「なのに戻る?」


 コウイチは洞窟の入口を見た。


「俺たちは銀貨50枚で、調査隊を連れて帰る仕事を受けたんだろ」


 ガレスが一瞬黙り、それから笑った。


「違いねえ」


 コウイチには、何がおかしいのか分からなかった。


◇


 撤収する前に、コウイチは洞窟の入口近くへ目を向けた。


 先ほど仕留めたケイブバットが2匹、外光の届く場所に倒れている。


「……あれは持って帰れるな」


 ガレスも視線を向けた。


「奥の分は諦めるのか?」


「ああ。素材のために戻る気はない」


「そりゃそうだな」


 ハルトへ確認すると、安全な範囲で回収する分には問題ないとのことだった。


 コウイチとミアは周囲を警戒しながら2匹の死体を回収し、持参した魔法袋へ収めた。洞窟の奥に倒した個体は、そのまま残していく。


 回収した2匹がどれほどの値段になるかは分からないが、素材を増やすために危険な場所へ戻るつもりはなかった。今日の目的はあくまでも調査隊を無事に連れ帰ることであり、回収できた分だけ持ち帰れば十分だった。


「よし。帰るか」


「はい」


◇


 ラグナードへ戻った頃には、空が少し赤くなり始めていた。


 途中で魔物との遭遇はあったものの、ミアが早めに気づいたため迂回し、余計な戦闘はしていない。


 冒険者ギルドへ到着すると、ハルトと技師2人はそのまま奥の部屋へ向かい、コウイチたち護衛組は受付で帰還報告をすることになった。


 受付嬢が全員の姿を確認する。


「お帰りなさい。怪我はありませんか?」


「全員無事だ」


 コウイチが答えると、受付嬢は少しだけ表情を緩めた。


「調査結果については、ハルトさんたちから正式な報告を受けます。依頼達成の確認もそれからになりますので、報酬のお支払いは明日以降になります」


「今日じゃないのか」


「銀貨50枚は逃げませんよ」


「ならいい」


 隣でミアが小さく笑った。


「なんだ?」


「いえ」


「最近それ多いな」


「気のせいです」


 受付嬢まで笑いを堪えているように見えたが、コウイチは理由が分からないので放っておくことにした。


「そうだ。素材も預けたいんだけど」


「討伐した魔物ですか?」


「ああ。ケイブバットを2匹。洞窟の入口付近で回収した分だけだ」


「でしたら、解体所へお持ちください。査定が終われば、依頼の報酬と一緒に精算できます」


「分かった」


 コウイチとミアは解体所へ向かい、魔法袋からケイブバット2匹を取り出した。


 担当者が死体の状態を確認する。


「ケイブバットか。2匹だな」


「ああ。解体と買取を頼む」


「分かった。査定が終わったら、明日の依頼精算に合わせて処理しておく。手数料を差し引いた額は、受付で確認してくれ」


 預り票を受け取ったコウイチは、記載された魔物の種類と数を確かめてから鞄へしまった。


 これで今日やるべきことは終わった。受付へ戻って預り票のことも伝えると、受付嬢は翌日の精算に合わせて確認しておくと答えた。


「明日、また来ればいい?」


「はい。ただ――」


 受付嬢が少し意味ありげに言葉を切った。


「できれば、午前中に来てください」


「何かあるのか?」


「それも明日です」


「またそれか」


「正式な報告が終わっていませんから」


 仕方なく頷き、コウイチはミアと一緒にギルドを出た。


 外はもう夕暮れだった。


「腹減ったな」


「はい」


「銀貨50枚は明日らしいし、今日は普通に食うか」


「銀貨50枚がもらえたら、普通じゃないものを食べるんですか?」


「……それも悪くないな」


「では、お肉がいいです」


「結局いつもと同じじゃないか」


 そんな話をしながら宿へ向かう。


 初めての指名依頼は、少なくとも全員無事に帰ってくることができた。鉱脈についても、調査する価値があるところまでは確認できたらしい。


 なら、仕事としては悪くなかったはずだ。


 正式な精算が終われば、基本報酬の銀貨50枚が入る。追加報酬や素材代がどうなるかはまだ分からないが、今のコウイチが考えていたのは、明日その結果を確認することくらいだった。

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