第35話◇ 拾ったものの価値
《鑑定》に表示された文字を見ながら、コウイチは岩壁に走る銀色の筋へ、もう一度指を触れた。
【ミスリル含有鉱石】
ミスリルという名前くらいは知っている。
希少な金属だということも知っていた。ただ、どんな鉱石から採れるのか、どうやって金属として取り出すのか、実際にどれほどの価値があるのかとなると、コウイチにはまるで分からない。
「……ミスリル?」
後ろから覗き込んだミアが首を傾げた。
「知ってるか?」
「名前だけです。高い金属……ですよね?」
「俺もその程度だな」
改めて岩壁を見ると、銀色の筋は手の届く範囲だけでも何本か確認できた。ただ、それが表面に見えているだけなのか、岩の奥まで続いているのかを判断できるほど、コウイチに鉱石の知識はない。
少し考え、手にした槍へ視線を落とした。
穂先を使えば、表面くらいは削れるかもしれない。
だが、その考えはすぐに捨てた。
「……やめとくか」
「取らないんですか?」
「取りたいのは取りたい。でも、この槍をツルハシ代わりにする気はない」
B品質の鉄槍は、ここまで何度も自分の命を守ってきた武器だ。何より、洞窟の壁を適当に叩いてどうなるのかも分からない。岩が崩れるかもしれないし、大きな音を出せば洞窟の奥にいる何かを呼び寄せる可能性もある。
価値もよく分からないもののために、分からない危険を増やす必要はない。
「戻るぞ」
「何も持っていかないんですか?」
「そうだな……」
答えながら立ち上がったところで、壁際の石が目に留まった。
銀色の筋がある岩壁の下には小さな崩落跡があり、拳ほどの石がいくつか転がっている。その中の1つに、壁と同じような銀色が混じっていた。
拾い上げて《鑑定》Lv1を使う。
【ミスリル含有鉱石】
「これならいいか」
周囲を探すと、同じような銀色の筋が混じった石があと2個見つかった。それぞれ《鑑定》Lv1で確認すると、同じ表示が出た。
コウイチは3個を並べて眺めたあと、そのまま《アイテムボックス》へ収納した。
「3個だけですか?」
「何なのか調べるには十分だろ」
「すごく高いものだったら?」
「その時は、どうするか調べてから戻ってくればいい」
高価だからといって、見つけたものを全部持って帰っていいとは限らない。そもそも、この洞窟が誰の土地にあるのかさえコウイチは詳しく知らなかった。
今は欲張らない方がいい。
洞窟を出たところで周囲を見回し、入口の位置も改めて確認した。近くには先端が二股に割れた大岩があり、少し離れた場所には赤黒い岩が斜めに突き出している。そこから谷の分岐までの位置関係を覚え、念のため持っていた紙にも簡単な図を書いておく。
地図を描くことに慣れているわけではないが、もう一度ここへ来るには十分だろう。
「よし。帰るか」
「はい」
ミアが頷き、2人は来た道をラグナードへ戻った。
◇
翌朝。
宿の部屋で、コウイチは昨日持ち帰った鉱石を机の上に置いていた。
朝の光を受けると、赤黒い石の中に混じった銀色の部分だけが鈍く光って見える。
改めて《鑑定》Lv1を使っても、表示は変わらなかった。
【ミスリル含有鉱石】
「含有ってことは、全部がミスリルってわけじゃないよな」
「違うんですか?」
向かいに座っていたミアが、鉱石を覗き込む。
「たぶんな。鉄だって山から剣の形で出てくるわけじゃないし」
鉱石から金属を取り出すには、何かしらの工程が必要になる。その程度なら日本にいた頃の知識でも分かるが、具体的に何をするのかとなれば話は別だ。
どうやって不要なものを取り除くのか。どれほどの熱が必要なのか。そもそも、この世界にしかないミスリルが鉄と同じような方法で扱えるのか。
考えてみれば、自分は何も知らない。
鉱石へ手を伸ばしかけたところで、《生成》を使うという考えが浮かんだ。
できるだろうか。
だが、そこで第33話に読んだ文章を思い出す。
『彼は物の姿を写したのではない。その理を知り、世に存在せぬものを形とした』
今の自分は、目の前の石について名前しか知らない。それでも《生成》を試せば何か起きるかもしれないが、せっかく3個しか持ち帰っていないサンプルを、何も分からない状態で消費するのは惜しかった。
「……先に調べるか」
「《生成》しないんですか?」
「できるかもしれないけどな。何なのかも分からないものに、いきなりMP使うのも嫌だろ」
そう答えると、ミアの口元がわずかに緩んだ。
「コウイチ様らしいです」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
「最近、そういう返し覚えたよな」
ミアは答えず、少しだけ耳を動かした。
コウイチも追及はせず、鉱石を《アイテムボックス》へ戻した。
◇
最初に向かったのは、以前から何度か利用している武器屋だった。
冒険者向けの剣や槍、短剣などが壁一面に並び、朝だというのにすでに数人の客が品物を眺めている。
コウイチは店主へ声をかけ、魔法袋から鉱石を1個だけ取り出してカウンターへ置いた。
「ちょっと見てほしいものがある」
「武器じゃねえのか?」
「たぶん、武器の材料にはなる」
店主は最初こそ何気なく手を伸ばしたが、鉱石を持ち上げ、銀色の部分を光に透かすように眺めたところで表情を変えた。しばらく指で表面を擦ったあと、小さな道具まで取り出して確認し始める。
「……お前、これどこで手に入れた?」
予想していた質問だった。
コウイチはすぐには答えず、店主の手元を見ながら聞き返した。
「その前に、これは何だ?」
「知らずに持ってきたのか?」
「《鑑定》ではミスリル含有鉱石と出た。それ以上は分からない」
店主は鉱石をカウンターへ戻し、腕を組んだ。
「鑑定結果が正しいなら、確かにミスリルを含んだ鉱石だろうな。ただ、俺は武器屋だ。どれくらいミスリルが入ってるかまでは見ただけじゃ分からん」
「やっぱり高いのか?」
「ミスリルそのものならな。ただし、その石1個がそのまま金貨になるなんて考えるなよ。精錬して取り出さなきゃ使えねえし、含まれてる量が少なきゃ手間の方が高くつくことだってある」
「精錬か……」
やはり鉱石そのものと、武器に使えるミスリルは別物らしい。
「武器にすると何が違う?」
「分かりやすいのは軽さだな。鉄より軽いのに強度がある。それに魔力の通りもいいから、魔法を使う奴には特に人気がある」
そう説明した店主は少し考えたあと、カウンターの奥にある鍵付きの棚へ向かった。
そこから取り出したのは、1本の短剣だった。
「これがそうだ」
鞘から抜かれた刃は、鉄とは少し違う淡い銀色をしている。派手な装飾があるわけでもなく、形だけなら普通の短剣と大差ないのに、金属そのものの色が違うせいか妙に目を引いた。
「持ってみるか?」
差し出された短剣を受け取った瞬間、コウイチは思っていたよりも軽いことに気づいた。
「……見た目よりかなり軽いな」
「それがミスリルの売りの1つだ」
何度か手首を返して感触を確かめてから、隣にいたミアへ差し出す。
「持ってみるか?」
「いいんですか?」
「落とすなよ」
ミアが慎重に受け取る。
柄を握った瞬間、その耳がぴんと立った。
「軽いです」
周囲に客がいるため振ることはしなかったが、何度か握り直し、小さく手首を動かして感触を確かめている。
「今の短剣と比べてどうだ?」
「全然違います。これなら、動かした後に戻すのも速そうです」
ミアはそう答えてから、腰に下げている自分の短剣へ目を落とした。
《急所看破》で相手の弱い場所を見つけられるようになっても、そこへ刃を届かせるためには接近しなければならない。ほんの一瞬の隙に動かす武器なら、取り回しのよさは大きな利点になる。
コウイチにも、それくらいは想像できた。
「いくら?」
店主が値段を告げる。
コウイチは黙った。
隣でミアも黙った。
「……返します」
「早いな」
「今の短剣で大丈夫です」
ミアが店主へ返そうとする。
防具を2人分買い替えたばかりの財布には、かなり痛い金額だった。
欲しいと思ったからといって、簡単に出せる額ではない。
ただ、コウイチには値段より気になることがあった。
「これって全部ミスリルなのか?」
「いや、ミスリル合金だ。純ミスリルだけで作った武器なんて、この辺じゃ滅多に見ねえよ」
「合金……」
その言葉を聞いて、コウイチは鉱石と目の前の短剣の間にある工程を考えた。
鉱石からミスリルを取り出す。
そこから別の金属と合わせる。
さらに武器へ加工する。
自分は、そのどれも知らない。
「この街で精錬できる人はいる?」
「いるにはいる。ただ、普通の鍛冶屋に持ち込んでどうにかなるもんじゃねえぞ。鉱石の状態にもよるし、まずどれだけミスリルが含まれてるか見てもらった方がいい」
「どこで?」
「商業ギルドで聞けば、鉱石を扱ってる業者を紹介してくれるはずだ」
「分かった」
短剣を返したミアは、ほんの少しだけ名残惜しそうに刃を見ていた。
店を出てからしばらく歩いたところで、コウイチは足を止める。
「ミア」
「はい」
「あれ、使いやすかったか?」
「……はい。でも、高いです」
「値段は聞いてない」
ミアが困ったように眉を下げた。
「使いやすかったです。今のより軽いので、たぶん動きやすいと思います」
「そうか」
それだけ確認すると、コウイチはまた歩き出した。
「コウイチ様?」
「まず石のことを調べる。その後だ」
何を、とは言わなかったが、後ろから聞こえた「はい」という声は、少しだけ嬉しそうだった。
◇
商業ギルドで紹介された鉱石商の店へ行くと、コウイチは魔法袋から鉱石を1個取り出した。
男は慣れた手つきで石を調べたものの、やはりその場で正確な含有量までは分からないらしい。ただ、銀色の部分の様子から見ても、ミスリルを含んでいる可能性はかなり高いという。
「ちゃんと調べるなら専門の設備がいる。で、これはどこで手に入れた?」
武器屋でも聞かれた質問だった。
コウイチは少し考えてから、必要以上のことは話さずに答える。
「ラグナードの外で拾った」
「鉱山から買ったんじゃないのか?」
「違う。洞窟で見つけた」
その瞬間、男の顔つきが変わった。
「洞窟の壁にも同じものがあったのか?」
「あった。ただ、掘ってないからどれくらいあるかは分からない」
「……それなら、勝手に掘らない方がいい」
予想外の言葉に、コウイチは男を見る。
「何かまずいのか?」
「場所によるが、この辺りは基本的にラグナード領だ。薪や普通の薬草を少し採るのとは違って、価値のある鉱脈となれば領主の管理になる可能性が高い。ましてミスリルならなおさらだ」
話を聞きながら、コウイチの視線が手元の鉱石へ落ちた。
昨日、あの場で欲を出して壁を掘っていたらどうなっていただろう。
知らなかった。
それで済む保証はない。
日本での一件以来、自分がどういうつもりで行動したかと、それを他人がどう見るかは別の問題だと嫌というほど分かっている。
「詳しいことは、どこに聞けば分かる?」
「冒険者なら、まずギルドへ報告しておくのが無難だろうな。場所によっては領主側へ話を通すことになる。発見した洞窟なら、魔物の危険なんかもあるだろ?」
「あるかもしれない。入口付近しか見てない」
「なら、なおさらだ。勝手に掘りに行くより、そっちから話を通した方が面倒は少ないぞ」
「分かった。助かった」
鉱石を受け取り、店を出る。
外へ出たところで、ミアが横からコウイチを見上げた。
「もう洞窟には行かないんですか?」
「行かないとは言ってない。ただ、勝手に掘るのはやめた方がよさそうだ」
「昨日、たくさん取らなくてよかったですね」
「ああ」
その言葉には素直に頷いた。
もし壁を削れるだけ削り、何度も《アイテムボックス》へ詰め込んでいたら、今頃もっと面倒なことを考えなければならなかったかもしれない。
「ギルドに行きますか?」
「そのつもりだ。ただ……」
答えながら、《アイテムボックス》に入っている鉱石を思い浮かべた。
まだ気になっていることがある。
武器屋で触れたミスリル合金の短剣。
精錬も合金の作り方も知らない自分が、《生成》を使ったらどうなるのか。
「報告は明日でいい。今日は1回だけ試したいことがある」
「何をですか?」
「《生成》だ」
ミアの耳が少し持ち上がった。
◇
宿へ戻ると、コウイチは3個ある鉱石のうち1個を机の上へ置いた。
残りの2個には手を付けない。そのうち1個はギルドへ見せるために残しておきたいし、もう1個も比較や調査のためのサンプルとして持っておいた方がいい。
武器屋で見た短剣の形と、手に残っている重さを思い出す。
ただし、同じものを作りたいわけではなかった。
ミアが今使っている短剣と大きさは大きく変えず、武器屋で触れたミスリル合金の軽さと強度を持たせたい。ミアが《急所看破》で隙を見つけ、相手へ接近した時に素早く動かせる武器なら、今まで以上に戦いやすくなるはずだ。
使い道については分かる。
しかし、その武器を作るまでの過程を、自分はほとんど理解していない。
鉱石からどうやってミスリルを取り出すのか。何と混ぜて合金にするのか。なぜ純ミスリルではなく合金にするのかも知らない。
それでも《生成》は使えるのか。
コウイチが知りたいのは、そこだった。
「ミア、少し離れててくれ」
「危ないんですか?」
「分からないから離れててほしい」
そう答えると、ミアは何も言わずに数歩下がった。
コウイチは机の上の鉱石へ手を置き、意識を集中させる。
完全に理解できているとは、とても言えない。それでも、作りたいものの形と役割は頭の中にある。
《生成》。
発動した直後、身体の内側から力を一気に引き抜かれたような感覚が走った。
「――っ!」
視界が揺れ、膝から力が抜ける。咄嗟に机へ手をついて身体を支えると、離れていたミアが慌ててこちらへ踏み出した。
「コウイチ様!」
「待て……いや、もう大丈夫だ」
何かが爆発したわけでも、身体に異常が起きたわけでもない。ただ、頭の奥が重く、急に全身から力が抜けたような倦怠感がある。
椅子へ腰を下ろし、自分へ《鑑定》Lv1を使ってMPを確認したところで、コウイチは眉を寄せた。
【MP:10/92】
「……嘘だろ」
「どうしたんですか?」
「MPが、ほとんど残ってない」
今朝は全快していた。鉱石の確認に1MP使っているから、生成前は91。
そこから80MP消費し、今の《鑑定》でさらに1MP。
計算は合っている。
だが、1回の生成で80MPという数字は、これまでの経験からすると異常なほど大きかった。
これまで《生成》を使った後に疲れを感じることはあったが、1回の生成でここまで消費したことはない。
心配そうに近づいてきたミアが、コウイチの顔を覗き込む。
「本当に大丈夫ですか?」
「気分が悪いわけじゃない。ただ、身体が重い。たぶん一気に使いすぎたんだろうな」
「それなら休んでください」
「ああ、そうする」
素直に答えてから、コウイチは机の上へ視線を戻した。
そこにあった鉱石は消えていた。
代わりに、淡い銀色の刃を持つ1本の短剣が置かれている。
武器屋で見たものと雰囲気は似ているが、形は少し違った。刃の長さはミアが今使っている短剣に近く、柄も小さな手で握りやすい太さになっている。
手に取る前に《鑑定》Lv1を使う。
【ミスリル合金製ダガー】
【品質:B】
「……できてるのか」
成功した。
だが、コウイチの意識は完成した武器より、ほとんど空になったMPへ向いていた。
鉱石1個を使って短剣を1本作っただけで、この消費量。今の状態では自分たちの装備を作るだけでも気軽には使えないし、まして同じものを何本も作って売るなど考えられない。
それだけなら、単にミスリルという素材は《生成》に大量のMPを必要とするのだと考えることもできた。
しかし、どうしても引っ掛かる。
コウイチは机の上の短剣を眺めながら、武器屋で聞いた話を頭の中で辿った。
元になったのは、ミスリルを含んでいるだけの鉱石だ。そこからミスリルを取り出すには精錬が必要で、さらに目の前にあるのは純粋なミスリルではなく合金なのだから、別の金属と合わせる工程も必要になるはずだった。
自分は、そのどちらも知らない。
にもかかわらず、《生成》は鉱石から完成した武器まで一気に作り上げた。
「……もしかして」
「何か分かったんですか?」
ミアに聞かれ、コウイチはすぐには答えず、完成したダガーと《アイテムボックス》に残した鉱石のことを考えた。
「分かったっていうより、気になることができた」
「気になること?」
「俺はミスリルの精錬方法を知らないし、合金の作り方も知らない。それなのに、これはできた」
机の上の短剣を示すと、ミアもそれへ目を向けた。
「《生成》が作ってくれたんですよね?」
「たぶんな。だけど、俺が知らない部分まで《生成》がやったから、このMP消費なんじゃないかと思ってる」
口にしながら考えていくと、少しずつ仮説が形になっていく。
鉱石からミスリルを取り出し、別の金属と合わせ、それを武器へ加工する。自分がその工程を理解していれば、《生成》は理解したものを形にするだけで済むのかもしれない。
今回は、その途中を何も知らないまま完成品だけを求めた。それでも《生成》は結果を出したが、自分に足りない知識や理解を補うために、それだけ多くのMPを必要とした可能性がある。
もちろん、まだそうと決まったわけではない。
単純にミスリルという素材自体が大量のMPを必要とするのかもしれないし、希少なものほど生成しにくいという別の仕組みがある可能性も残っている。
結局、それを確かめるためにもミスリルについて知る必要がある。
そこでコウイチの頭に、昔の工房で親方に言われた言葉が浮かんだ。
『動いたからって直ったと思うなよ』
時計の修理を覚え始めた頃、動くようになっただけで喜んだことがある。だが親方は、なぜ止まったのか、なぜ今は動いているのかを必ず考えさせた。
原因を理解しないまま動かしても、それは直したことにはならない。
明日、また止まるかもしれないからだ。
目の前の短剣も、少し似ている気がした。
「俺、作り方を知らないまま作ったんだな」
「でも、ちゃんとできていますよ?」
「ああ。だから余計に気になるんだよ。どうしてできたのかが分からない」
ミアは少し首を傾げたあと、机の上の短剣へ視線を戻した。
「できたなら、それでいいとは思わないんですか?」
「時計を覚え始めたばかりの頃なら、そう思ったかもな」
苦笑しながらダガーを手に取る。
見た目に反して軽く、手首を動かしても重さに引かれる感覚がほとんどない。武器屋で触ったものより手に馴染むように感じるのは、ミアが使うことを前提に形を思い浮かべたからなのかもしれない。
コウイチは数度確かめたあと、ミアへ柄を向けた。
「持ってみろ」
「私がですか?」
「ミア用に作ったんだから、俺が使ってても仕方ないだろ」
ミアはすぐには手を伸ばさなかった。
「でも、これを作って、コウイチ様があんなに……」
「MPなら休めば戻る。それより使えるか確認してくれ。使いにくかったら、ほとんど空にした意味がない」
そう言われてようやくミアが両手で受け取った。
柄を握った瞬間、耳がぴんと立つ。
何度か握り直してから少し離れ、周囲に何もないことを確認して、軽く手首を動かす。刃の向きを変え、元の位置へ戻す動作を繰り返してから、今度は腰を落として柄の感触を確かめた。
「どうだ?」
「すごく使いやすいです。軽いので、動かした後にすぐ戻せます。それに、今までの短剣より手に馴染む気がします」
「店のと比べると?」
ミアは少し考え、もう一度柄を握り直した。
「こっちの方が好きです」
「性能を聞いたつもりなんだけどな」
「でも、好きです」
そう言って少しだけ笑うミアを見て、コウイチもそれ以上は聞かなかった。
「なら使え」
「いいんですか?」
「そのために作ったんだからな。ただ、前の短剣も持っておけ。何があるか分からないし、予備があって困ることはない」
「はい」
ミアは新しいダガーの刃を眺めてから、ふと思い出したようにコウイチを見る。
「……大事にします」
「壊さないように戦う必要はないぞ」
「使います。でも、大事にします」
「ならいい」
ミアが大切そうに新しいダガーを腰へ収めるのを見届けてから、コウイチは椅子の背へ身体を預けた。
今日はもう《生成》を使わない方がいい。というより、残ったMPを考えれば使うべきではないだろう。
それでも、無茶をしたことで疑問の形は少し見えてきた。
今の《生成》は、自分が十分に理解していないものでも作れる場合がある。ただ、それが大量のMP消費と本当に関係しているのかどうかは、まだ分からない。
なら、これから調べればいい。
ミスリルがどうやって精錬され、なぜ合金にされ、どのように武器へ加工されるのか。それを知ったあとでもう一度同じことを試せば、今日とは違う結果が出るかもしれない。
「残りは使わないでおくか」
「あと2個ありますよね?」
「ああ。1個はギルドに見せる。もう1個は俺たちで残しておこう。全部なくしたら比較もできないからな」
それに、鉱石そのものより先に片付けなければならないことがある。
鉱石商から聞いた話が正しければ、あの洞窟の鉱脈は領主の管理下になる可能性が高い。知らなかったとはいえ、すでに3個の鉱石を持ち帰っている以上、これ以上勝手に手を出すつもりはなかった。
何より、自分たちがあの洞窟を発見し、そこでこの鉱石を見つけたということを、正式な記録として残しておきたい。
日本での一件以来、コウイチは自分が知っている事実と、それを他人へ証明できることを同じだとは考えなくなった。何か問題が起きてから口で説明すればいい、などと思えるほど楽観的ではない。
「明日、冒険者ギルドへ行くぞ」
「洞窟のことを話すんですか?」
「ああ。場所と持ち帰った鉱石のことを報告しておく。調査するかどうかは、それを聞いてから向こうが決めるだろ」
「3個拾ったことも、ですか?」
「もちろん。1個使ったことも含めてな。数が合わないと、あとから余計な疑いを持たれる」
「《生成》のことも話すんですか?」
「それは別だ。何をどこまで説明する必要があるかは、向こうの話を聞いてから考える。隠していいことと、隠したらまずいことは分けないとな」
ミアは少し考えてから頷いた。
「分かりました」
「それまでは、洞窟で鉱石を掘るのはなしだ。もし調査で案内してほしいと言われたら、その時は行けばいい」
「もう私たちだけでは行かないんですか?」
「狩りで赤岩の谷へ行くことはある。でも、あの洞窟は今のところ予定に入れない。調査するなら、ちゃんと準備してからだな」
ミアは少し考えたあと、腰に収めたばかりのダガーへ手を添えた。
「その時は、これを使えますね」
「できれば使わずに済む方がいいけどな」
「それはそうです」
そんな話をしながら、コウイチは《アイテムボックス》に残した2個の鉱石のことを考えた。
昨日までなら、赤岩の谷で偶然見つけた珍しい石というだけだった。
ところが少し調べただけで、鉱石の精錬や合金、《生成》とMP消費の関係、さらには採掘の権利まで、分からないことが次々と出てきた。
面倒なことになりそうだと思う気持ちはある。
それでも、分からないまま勝手に動く方がもっと嫌だった。
明日はギルドで、自分たちが見たことをそのまま報告する。鉱石も1個見せれば話は早いだろうし、その先で調査が必要だと言われれば、案内するかどうかはその時に考えればいい。
コウイチはそう決めると、今日はもう頭を使うのをやめ、減りすぎたMPを戻すためにも少し休むことにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




