第3話◇ 金になる力
翌朝、コウイチはテーブルの上に銅貨を並べた。
19枚。
今夜も同じ宿に泊まるなら38枚必要になるため、このままでは19枚足りない。朝食は宿代に含まれているので、まずは食べてから今日の稼ぎ方を考えることにした。
昨日の森では、ホーンラビットとゴブリンを倒し、ヒール草を採った。魔物を倒せば金にはなるが危険も大きく、特にゴブリン2匹に追われたときは、地形がなければどうなっていたか分からない。
なら、今はできるだけ危険の少ない方法を選んだ方がいい。
――死んだら収支以前の問題だ。
朝食を終えたコウイチは、冒険者ギルドへ向かった。
昨日より少しだけ慣れたとはいえ、朝のギルドにはまだ落ち着かない空気がある。武装した冒険者たちが行き交い、掲示板の前には依頼を探す人が集まっていた。
コウイチもFランク用の依頼を確認していく。討伐依頼もいくつかあったが、今の自分から積極的に選ぶ気にはならない。
目に留まったのは、昨日売ったばかりのヒール草だった。
【ヒール草採取】
必要数:10株
基本報酬:銅貨20枚
品質C:1株につき追加3枚
品質B:1株につき追加15枚
超過分:通常買い取り
昨日、通常買い取りではDが1枚、Cが4枚、Bが16枚だった。依頼なら10株を揃えるだけで基本報酬が付き、そのうえ品質が高ければ追加報酬も出る。
同じヒール草を採るなら、昨日より効率がいい。
「これにするか」
依頼票を受付へ持っていくと、昨日登録を担当した受付嬢が内容を確認した。
「ヒール草の採取ですね。場所は黒狼の森の外縁部で大丈夫です。あまり奥へ入らなくても見つかりますよ」
「黒狼の森?」
「昨日いらっしゃった森です。街の東側に広がっている森ですね」
昨日まで名前も知らなかった場所に、ようやく名前がついた。
「分かりました」
「日没までに戻れそうなら、その日のうちに精算できます。無理はしないでくださいね」
「はい」
冒険者証と依頼票を受け取り、ギルドを出る。
森へ向かう途中で、コウイチは一度ステータスを開いた。
【名前】神崎恒一
【種族】人族
【年齢】35
【Lv】2
【HP】36/36
【MP】21/21
STR:9
VIT:10
AGI:10
DEX:11
INT:14
MND:12
【固有スキル】
《鑑定》Lv2
《アイテムボックス》Lv1
《隠蔽》Lv1
《生成》Lv1
昨日まで表示されていなかった数値が増え、《鑑定》もLv2になっていた。
「……いつ上がった?」
ゴブリンを倒してレベルアップしたときなのか、それともその後に死体を調べたときなのかは分からない。ただ、使える情報が増えた可能性は高い。
だからといって、試すためだけにMPを使う気にはならなかった。昨日の時点でも《鑑定》は1回につきMP1を消費している。Lv2になったからといって、何でも詳しく見ていけばすぐにMPが減るだけだ。
今日の目的は稼ぐこと。
能力の検証も、そのために必要な範囲でやればいい。
◇
黒狼の森へ入ると、昨日より少しだけ景色の見え方が変わっていた。
最初はすべてが同じような草木に見えたが、今はヒール草が生えていそうな場所を意識して探せる。昨日見つけたものは、周囲より少し湿った場所や大きな木の根元に生えていることが多かった。
しばらく歩いていると、それらしい株を見つけた。葉が厚く色も濃く、昨日のB品質にかなり近い。
「……こいつは良さそうだな。鑑定、レベル1」
【ヒール草】
品質:B
用途:傷薬・下級ポーションの材料
「……やっぱりか」
ステータスを確認する。
【MP】20/21
Lv2になっていても、Lv1の《鑑定》を選べるらしい。しかも消費MPは昨日と同じ1だった。
これは使える。詳しい情報が必要ない物までLv2で調べる必要はない。
コウイチはB品質のヒール草を採取し、葉の厚みや色、全体の張りを改めて確認した。
少し進むと、また良さそうな株を見つける。
「鑑定、レベル1」
【ヒール草】
品質:C
用途:傷薬・下級ポーションの材料
「これはCか」
見た目だけではまだ完全には分からないが、BとCを見比べる材料は増えた。
さらにしばらく探索し、もう1株だけ品質が良さそうなものを見つける。
「鑑定、レベル1」
【ヒール草】
品質:B
用途:傷薬・下級ポーションの材料
これで今日《鑑定》したヒール草は3株。残りは、昨日と今日で覚えた特徴を頼りに採取することにした。
《鑑定》で探すのではなく、自分の目で候補を絞ってから《鑑定》で確かめる。その方が無駄にMPを使わずに済む。
◇
探索を続けていると、茂みの向こうで何かが動いた。
コウイチはすぐに足を止め、音のした方向へ目を向ける。現れたのは、昨日一度戦っているホーンラビットだった。
ただし、同じ強さとは限らない。今回は戦闘に必要な情報が欲しい。
「鑑定、レベル2」
【ホーンラビット】
Lv2
STR:6
VIT:5
AGI:13
昨日は見えなかった数値が表示された。自分のAGIが10なのに対してホーンラビットは13なので、単純な速度なら相手の方が上らしい。
「なるほどな」
ヒール草3株の確認でMPは18まで減り、そこからLv2の《鑑定》を使ったことで16になっている。つまり、Lv2の《鑑定》はMP2を使うようだ。
情報量が増える分、消費も増えるらしい。
コウイチは新しく武器を生成せず、《アイテムボックス》から昨日使った石槍を取り出した。石槍を作るのに何MP使ったのかはまだ分かっていない以上、今ある物を使えばいい。
ホーンラビットはこちらを向くと、昨日と同じように額の角を前へ向けて身体を低くした。
突進してくる。
コウイチは近くの木の位置を確認しながら動きを待った。昨日なら、それだけで身体が固まりそうになったが、今日は相手が何をするのか分かっている。
ホーンラビットが地面を蹴った。
ぎりぎりまで引きつけて横へ避けると、角が木の幹へ突き刺さる。コウイチはその隙に石槍を突き込み、最初の1撃で止まらなかった相手へ、慌てずもう1度槍を押し込んだ。
今度は深く入った。
ホーンラビットが動かなくなる。
「……昨日よりはマシだな」
強くなったというより、知っていることが増えた。相手の動きが分かるだけでも、恐怖はかなり減る。
それでも、死体を《アイテムボックス》へ収納する前に周囲を確認した。昨日のゴブリンのように、近くに別の魔物がいる可能性もある。
その後も探索を続け、ヒール草を採取しながら、単独のホーンラビットをもう1匹、ゴブリンを1匹倒した。集団でいる魔物には近づかず、今日の目的が討伐ではないことを忘れないようにする。
危険を増やしてまで稼ぐ必要はない。
日が傾き始める前に、コウイチは森を出ることにした。
最終的に採取したヒール草は12株。倒した魔物はホーンラビット2匹とゴブリン1匹だった。
品質の良さそうな株はいくつか《鑑定》で確認しているが、残りは見た目を頼りに採取している。正確な内訳は、ギルドで査定してもらわなければ分からない。
それでも、昨日より少ない戦闘で依頼に必要な数は確保できた。
今の自分には、このくらいがちょうどいい。
◇
ギルドへ戻ると、まずヒール草を受付へ出した。受付嬢が12株を1つずつ確認し、品質ごとに分けていく。
査定の結果は、Bが2株、Cが3株、Dが7株だった。自分で《鑑定》した3株以外も、おおよそ見た目で選んだ方向は間違っていなかったらしい。
依頼分の10株には品質の高いものから使ってもらうことにし、Bが2株、Cが3株、残り5株をDにする。
基本報酬が20枚。B品質2株の追加報酬が30枚、C品質3株の追加報酬が9枚で59枚。さらに余ったD品質2株を通常買い取りに回して2枚になり、ヒール草だけで合計61枚になった。
「昨日より増えたな」
受付嬢から革袋を受け取りながら、コウイチは素直にそう思った。
昨日は9株売って36枚。今日は12株で61枚になっている。依頼を利用するだけでも収入は大きく変わるらしい。
ただ採るだけではなく、どこへどう売るかでも価値は変わる。
次に解体所へ向かった。
昨日と同じ解体師がコウイチを見ると、軽く手を上げた。
「おう、また来たか」
「ホーンラビット2匹と、ゴブリン1匹です」
昨日の失敗を思い出し、今度は《アイテムボックス》をそのまま見せないようにしようと一瞬考えた。だが、まだ隠す手段がなく、中途半端に不自然な動きをする方が怪しまれるかもしれない。
結局、昨日と同じように《アイテムボックス》から死体を出したが、解体師はもう驚かなかった。
ホーンラビット2匹は1匹あたり手取り18枚で36枚。ゴブリン1匹は耳と小魔石の処理料2枚を差し引いて9枚となり、魔物の買い取りは合計45枚になった。
ヒール草61枚と合わせれば、今日の収入は106枚。朝の時点で持っていた19枚を加えると、手元には125枚ある。
「……銀貨1枚を超えたか」
銅貨100枚で銀貨1枚なので、初めて街へ入った昨日とは比べものにならない。それでも今夜の宿代38枚を払えば87枚になり、まだ余裕があるとは言えなかった。
◇
ギルドを出たあと、コウイチは昨日と同じように街を歩いた。
今日はただ物価を見るだけではなく、自分に必要な物も探す。森へ入る以上、水を持ち歩ける物が欲しかった。
いくつか店を見た末、簡素な革製の水袋を銅貨9枚で買う。
残りは78枚。
必要な物を買えるようになっただけでも、昨日よりは前進している。
そのまま道具屋を見ていると、壁に掛けられた小さな革袋が目に留まった。見た目だけなら普通の袋だが、値札を見た瞬間に足が止まる。
銀貨12枚。
「……高っ」
思わず声が漏れた。
小さな革袋に銀貨12枚もする以上、何か理由があるはずだ。
「これ、何の袋ですか?」
店員に聞くと、すぐに答えが返ってきた。
「小型のマジックバッグですよ」
「マジックバッグ?」
「見た目より多く入る魔道具です。冒険者の方には人気がありますね」
コウイチは昨日の解体所を思い出した。《アイテムボックス》を使ったとき、周囲は明らかに驚いていた。
もしこのマジックバッグを持っていれば、荷物を出し入れしても収納系スキルだとは思われにくい。
「……見てもいいですか?」
「どうぞ」
許可をもらい、手に取る。普通の革袋より少し重い程度で、外見からは特別な仕組みは分からない。
コウイチは《鑑定》を使った。
「鑑定、レベル2」
【小型マジックバッグ】
品質:C
内部容量:約50kg
重量軽減:80%
主素材:グレイウルフ革
補助素材:魔糸
魔力媒体:空間属性魔石(小)
魔術式:解析不能
価格は表示されないが、構造に関する情報はかなり増えた。
グレイウルフ革、魔糸、空間属性魔石。そして解析できない魔術式。
コウイチは袋の縫い目や内側を見ながら、できるだけ仕組みを理解しようとした。
【対象理解度:31%】
角度を変えて観察し、内部へ手を入れてみる。
「中に入れた物って、どうやって取り出すんですか?」
「普通の袋と同じですよ。欲しい物を意識して手を入れれば取り出せます」
説明を聞きながら試してみる。
【対象理解度:38%】
さらに素材の位置や縫製を確認する。
【対象理解度:47%】
「使うのにMPは必要なんですか?」
「いえ。一度作られた物なら、普通に使う分には必要ありません」
【対象理解度:58%】
「壊れたら修理できますか?」
「程度によりますね。魔石や魔術式まで壊れると、買い替えた方が安いこともあります」
【対象理解度:67%】
これ以上長く触っていると怪しまれそうだ。
コウイチは袋を店員へ返した。
「ありがとうございました」
「買われますか?」
「……ちょっと考えます」
銀貨12枚は銅貨なら1200枚。今の自分には到底買えないが、《アイテムボックス》を隠すためだけでも持っている価値は大きい。
店を出てからも、コウイチは先ほどのマジックバッグについて考えていた。
買えないなら――。
「……作れるか?」
宿へ戻るまで、その考えが頭から離れなかった。
◇
部屋へ入ると、コウイチはすぐに扉を閉めた。人に見られないことを確認してから、《生成》を意識する。
頭に浮かべるのは、先ほど店で見た小型マジックバッグ。
【小型マジックバッグ】
対象理解度:67%
必要理解度:60%
【生成可能】
【完全生成】
必要MP:48
「……48?」
現在の最大MPは21なので、どう考えても足りない。生成できると表示されても、必要MPが多すぎて使えない。
何か方法がないかと表示を見ながら考えていると、新しい項目が現れた。
【素材補助生成】
必要素材を使用することでMP消費を軽減できます。
「素材……」
店で《鑑定》した情報を思い出す。
主素材は革、補助素材は魔糸、魔力媒体は空間属性魔石。
完全に同じ素材でなくてもいいのか、それとも代用品では失敗するのかは分からない。それでも、試してみる価値はある。
コウイチは宿を出て、再び街の店を回った。
革袋そのものは簡単に見つかり、魔糸も高品質な物でなければ端材を扱っている店があった。問題は空間属性の魔石だった。
「空間属性は高いよ」
魔道具の素材を扱う店で聞くと、店主はすぐにそう答えた。
「小さいやつでも?」
「空間系は数が少ないからな。まともな物なら、その金じゃ無理だ」
所持金は78枚しかなく、宿代を考えれば全部使うわけにもいかない。
「欠けてるやつとか、使えない物でもいいんですけど」
「使えない物?」
店主が怪訝そうな顔をする。
「普通の魔道具には使えなくてもいいです」
「何に使うんだ?」
「ちょっと試したいことがあって」
店主はしばらく考えたあと、棚の奥から小さな石を出した。
「これならある。空間属性には違いないが、欠けてて魔力の流れが安定しない。普通の魔道具作りには使えんぞ」
「いくらですか?」
「銅貨45枚」
高い。
それでも、普通の空間属性魔石よりはかなり安いらしい。
コウイチは少し迷った。買って失敗すれば痛いが、《生成》側で素材として認識されるかどうかは確認できるかもしれない。
「これください」
欠けた空間属性魔石45枚、安い革袋8枚、魔糸の端材4枚で合計57枚。支払いを終えると、残ったのは21枚だった。
またずいぶん減ったが、昨日のように宿代すら足りない状態ではない。今夜の宿代はすでに払っている。
問題は、買った素材が本当に使えるかどうかだ。
◇
部屋へ戻ると、コウイチは机の上に3つの素材を並べた。
安い革袋、魔糸の端材、欠けた空間属性魔石。
《生成》を意識すると、表示が浮かぶ。
【小型マジックバッグ】
【素材補助生成】
使用可能素材:
革袋
魔糸
空間属性魔石
必要MP:11
「……いける」
完全生成では48必要だったものが、素材を使えば11まで下がっている。
現在のMPは14。ヒール草へのLv1《鑑定》を3回、ホーンラビットへのLv2《鑑定》を1回、店のマジックバッグにもLv2《鑑定》を使った結果だ。
ここでさらに11使えば、残るのは3しかない。
少ない。
ただ、今は宿の部屋にいて、すぐに戦う予定もない。昨日までなら何も考えずに試していたかもしれないが、今は一度そこで止まった。
「……3残るなら、試すか」
コウイチは生成を実行した。
机の上に置いた素材が淡く光り始め、革袋の形がゆっくりと変わっていく。魔糸が縫い目へ吸い込まれるように消え、欠けた魔石も細かな光となって革の中へ溶け込んだ。
その途中で、突然身体から力が抜けた。
「……っ」
足に力が入らず、コウイチは慌てて机へ手をつく。
空腹とも疲労とも違う。身体の芯から何かをまとめて抜き取られたような感覚だった。
やがて生成が終わり、机の上には新しい革袋が残った。
コウイチはしばらく机へ手をついたまま呼吸を整える。
「……何だ、今の」
ステータスを確認する。
【MP】3/21
水や木の棒を生成したときには、ここまでの感覚はなかった。一度に大量のMPを消費したからなのか、それとも残量が少なくなったからなのか、今の時点では分からない。
ただ、1つだけ分かったことがある。
MPは画面の中だけの数字ではない。減れば、自分の身体にも影響が出る。
コウイチは椅子へ座り、しばらくしてから生成した袋を手に取った。ここまで作った以上、性能は確認しておきたい。
「鑑定、レベル2」
【小型マジックバッグ】
品質:B
内部容量:約72kg
重量軽減:87%
耐久補正:小
【MP】1/21
「……B?」
店で見た物は品質Cで、容量は約50kg、重量軽減は80%だった。それに対して、今作った物は72kgで87%と明らかに性能が上がっている。
材料費は57枚。
店のC品質が銀貨12枚で、自分が作った物はそれより性能がいい。
「……これ、金になるぞ」
思わず言葉が出た。
だが、すぐに考え直す。
「いや……売れないな」
今の自分は、昨日冒険者になったばかりのFランクだ。そんな人間が突然、店で銀貨12枚もする物より高性能なマジックバッグを持ち込めば、確実に怪しまれる。
どうやって作ったのか。誰が作ったのか。他にも作れるのか。
聞かれることはいくらでもある。
少なくとも、今売る物ではない。
そもそも今回これを作ろうと思った目的は金ではなく、《アイテムボックス》を隠すためだった。
「なら、普通に見えればいい」
コウイチは《隠蔽》を使う。
頭の中で、店で見たマジックバッグを思い浮かべた。
品質C、容量50kg程度、重量軽減80%程度。
表示が変化する。
【小型マジックバッグ】
品質:C
内部容量:約50kg
重量軽減:80%
「……これならいいか」
見た目にも不自然な変化はない。これを腰に付け、手を入れるふりをしながら《アイテムボックス》を使えば、少なくとも収納系スキルを直接見せる必要はなくなる。
念のため、もう1度だけ確認する。
「鑑定、レベル1」
【小型マジックバッグ】
品質:C
用途:収納用魔道具
《鑑定》を使った瞬間、視界が揺れた。身体を支えようとしたが腕に力が入らず、コウイチは反射的にステータスを確認する。
【MP】0/21
「あ……」
まず――。
そこまで考えたところで、意識が途切れた。
◇
目を開けたとき、頬に硬い感触があった。
床だった。
どうやら机の横へ倒れたまま眠っていたらしい。窓の外を見るとすでに暗くなっているが、どれくらい眠っていたのかは分からない。
身体を起こし、まずステータスを確認する。
【MP】3/21
「……戻ってる」
気絶する前は0だった。時間が経てば自然に回復するらしいが、何時間でどれくらい戻るのかまでは分からない。
それより問題なのは、0になった直後に意識を失ったことだった。一気に大量のMPを使ったときには身体から力が抜け、残り1では強い倦怠感があり、0になった直後には意識を失っている。
偶然とは考えにくい。
「……使い切るのは駄目だな」
部屋の中だったからよかった。これが森の中なら、倒れている間に魔物に襲われていたかもしれないし、街中でも人前で突然意識を失えば何が起こるか分からない。
MPは能力を使うための数字ではなく、自分が動くためにも必要なものらしい。正確な仕組みはまだ分からないが、少なくとも今後は限界まで使わず、余裕を残す必要がある。
コウイチは椅子へ座り直し、今日のことを整理した。
朝の所持金は19枚。ヒール草と魔物を売って106枚稼ぎ、合計125枚になった。そこから宿代38枚を払い、水袋に9枚、マジックバッグの素材に57枚を使った結果、残ったのは21枚だった。
金だけ見れば、昨日より2枚増えただけだ。
だが、昨日とは違う。
手元には自分で作ったマジックバッグがあり、《生成》は材料を使えば必要MPを大きく減らせることも分かった。《鑑定》は必要に応じてLv1とLv2を使い分けられ、MPを使い切れば意識を失うことも分かった。
能力も金も、使い切ればいいわけではない。
余裕を残す必要がある。
コウイチは机の上に置いたマジックバッグを見る。
性能だけ考えれば、これを売るのが一番早く金になるのかもしれない。だが、今の自分が売るには目立ちすぎる。
高く売れる物が、今の自分にとって一番いい商品とは限らない。
もっと普通で、もっと安く、誰が持っていても不自然ではない物なら、売っても怪しまれにくい。
1個あたりの利益が小さくても、少ないMPで何個も作れるなら話は変わる。材料費はいくらで、売値はいくらになるのか。それに、金を稼ぐためにMPを使うとしても、今日のように限界まで使うわけにはいかない。
限られたMPを、安全を確保しながらどこへ使うか。
そこまで考えて、コウイチは小さく息を吐いた。
能力も金も使い切らず、余裕を残す。誰にも能力の正体を悟られない範囲で、少しずつ生活の基盤を作ればいい。
「まずは明日の飯代からだな」
今は、それで十分だ。
「……明日考えるか」
異世界へ来て2日目。ようやくコウイチは、生き延びるだけではなく、この世界でどう稼ぐかを考え始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




