第26話◇ 見つけたもの
ストーンエイプの討伐依頼を終えた翌日、コウイチは再び冒険者ギルドを訪れていた。
まず向かったのは依頼掲示板ではなく、解体受付だ。昨日預けたストーンエイプ3匹の査定に加え、先日持ち込んだロックリザード2匹の精算も、まだ済ませていなかった。
「おう、来たか。ちょうどまとめておいたぞ」
解体担当の男が帳簿を開き、預かっていた素材の内訳を説明してくれた。
ロックリザードは、背皮2枚が銀貨14枚。爪とその他の売却分が銀貨3枚で、解体料の銀貨1枚を差し引き、受け取りは銀貨16枚となった。残しておくよう頼んだ尾肉は別に包まれ、すでに取り分けられている。
「背皮はちゃんと銀貨7枚ずつになったんだな」
「今回は傷が少なかったからな。前みたいに背中を割ってたら、こうはいかねえよ」
「……もう十分反省したよ」
隣でミアの耳が小さく動いた。
「銀貨4枚分ですね」
「具体的に言わなくていいから」
男が笑いながら、今度はストーンエイプの欄を指で示した。
こちらは毛皮3枚が銀貨6枚、牙が銀貨1枚、肉などの売却分が銀貨1枚。素材の売却額は合わせて銀貨8枚だった。
「解体料は昨日払ってもらってるから、今日は銀貨8枚そのまま渡せるぞ」
「分かった。じゃあ、それも売るよ」
昨日の依頼報酬は銀貨4枚だったので、素材の売却額を合わせれば収入は銀貨12枚。そこから昨日支払った解体料銀貨1枚を差し引けば、実際の利益は銀貨11枚になる。
「依頼としては悪くないですね」
「うん。直接売る仕事と比べてどうかは別だけど、これなら十分だな」
コウイチは2件分の精算内容を確認し、代金を受け取った。売却先を別に探すこともできたが、今回は相場から大きく外れているわけでもない。細かな差額のために時間を使うより、依頼の実績を積む方を優先することにした。
これで預けていた素材の精算も一通り片づいた。
「さて、次は何にするか」
ミアと並んで依頼掲示板へ向かう。
昨日受け取った銀貨4枚だけを考えれば、商業ギルドで需要を調べてから素材を集めた方が稼ぎはいい。それでも、依頼を終えて戻った際に受付嬢が討伐数だけでなく、林の奥で感じた気配まで聞き取り、報告として残していたことを思い出せば、今やっていることが無駄ではないのも分かる。
信用を稼ぐというのは、金を稼ぐより少し面倒だ。残高のように目で確認できるものではないし、1度依頼を達成したからといって、すぐに何かが変わるわけでもない。それでも商売なら、最初の取引より2度目、2度目より3度目の方が話は早くなるし、約束を守る相手だと分かれば任される仕事も変わってくる。
冒険者ギルドも、おそらく同じなのだろう。
「これなんてどうですか?」
隣から声をかけられて見ると、ミアが掲示板に貼られた1枚の依頼書を指差していた。
「……読める?」
「全部は無理です」
「だよな」
「でも、これ」
ミアが指差した先には、依頼書の端に描かれた鳥の絵がある。
「鳥ですよね?」
「そこか」
文字ではなく絵で選んだらしい。コウイチは苦笑しながら依頼書を外し、内容へ目を通した。
牧場周辺に出没するブレードホークの討伐。家畜への被害が続いており、最近では昼間にも姿を見せるようになったため、冒険者ギルドへ依頼が出されたらしい。
「Eランクか」
「昨日と同じですね」
「そうだな。ただ、今度は飛ぶ相手か……」
槍との相性がいいとは言いにくい。しかし、昨日ミアがストーンエイプを相手に見せたものを思い出すと、少し興味もあった。
ロックリザードとは身体の作りがまるで違う相手から、ミアは同じように攻撃できる瞬間を見つけた。まだ本人も何を見つけているのか上手く説明できてはいないが、空を飛ぶ魔物を相手にした時にも、何か気づくことがあるかもしれない。
「これにするか」
「はい」
ミアの耳が少し立った。どうやら本人も、昨日の続きを試してみたいらしい。
◇
受付へ依頼書を持っていくと、いつもの受付嬢が内容を確認した。
「ブレードホークの討伐ですね。討伐数は3匹以上、証明部位は右脚の鉤爪、期限は受注日を含めて3日です。報酬は銀貨5枚になります」
「昨日より少し高いな」
「飛行する魔物ですので、討伐の難易度も少し上がります。牧場主から直接状況を聞いていただき、被害が出ている周辺で対応してください」
「分かった」
「討伐数を達成しても、被害が続いているようなら報告をお願いします。逆に、必要以上に追いかけて危険な場所へ入る必要はありません」
昨日の依頼と同じだ。条件を達成し、分かったことを報告する。全部を自分たちで解決する必要はない。
正式に依頼を受けた2人は、教えられた場所へ向かった。
牧場はラグナードから歩いて1時間半ほどの場所にあり、街道を外れてしばらく進むと、低い柵に囲まれた広い草地が見えてきた。
柵の向こうでは羊が草を食み、少し離れた小屋の周囲を鶏が歩き回っている。遠くには低い丘と林が広がっており、家畜が襲われているという話を聞いていなければ、のどかな場所だと思っただろう。
ただ、近づいてみると柵の一部が壊れており、その近くには乾いた血の跡が残っていた。
「冒険者か?」
声をかけてきたのは、日に焼けた50歳ほどの男だった。
「ああ。ブレードホークの依頼を受けてきた」
「助かったよ。最初は鶏だけだったんだが、3日前には羊までやられた。昨日なんか昼間に来やがったんだ」
「何匹くらい?」
「分からん。俺が見た時は2匹だったが、毎回同じ奴かどうかも分からんからな」
「来る方向は?」
「大体あっちだ」
牧場主が指差した先には、先ほど見えた低い丘と林がある。
「時間は決まってる?」
「いや。ただ、来る前に家畜が騒ぎ出すから、それで気づくことは多い」
「なるほど」
聞いてみたところで、都合よく全ての情報が揃っているわけではないらしい。だが、分からないものを無理に埋める必要はないと、昨日の依頼で改めて覚えたばかりだった。
「じゃあ、しばらくここで待たせてもらう。ただ、魔物が来たら家畜を小屋の方へ避難させてくれ。俺たちが戦ってる間に巻き込まれると危ないから」
「分かった。こっちも準備しておく」
牧場主と別れたコウイチは、ミアと一緒に柵の近くへ移動した。近くには小屋と太い木があり、空からの攻撃を避ける場所にも使えそうだった。
ミアはすでに空を見上げ、時折耳を動かしている。
「見つけられそうか?」
「やってみます」
「鳥の羽音って聞こえるのか?」
「近ければ聞こえると思います。でも、今日は風があるので……」
ミアは少し迷ってから答えた。
「それでいいよ。分からなかったら言ってくれ」
「はい」
コウイチも空を見上げた。相手が飛んでいる以上、近づいてくる方向を早く知ることが重要になる。
◇
最初に異変へ気づいたのは、ミアではなく羊だった。
草を食べていた数頭が突然顔を上げると、一斉に同じ方向へ走り始めた。その動きにつられてコウイチが空を見上げるのと、ミアの耳が立つのはほぼ同時だった。
「コウイチ様!」
「ああ、見えた」
青い空を横切る黒い影がある。翼を広げれば2メートル近くありそうな鳥型の魔物が、上空を旋回しながらこちらを見下ろしていた。
コウイチは《鑑定》Lv1を使った。
【名称】ブレードホーク
【討伐推奨】E
「1匹だな」
「はい」
牧場主が家畜を小屋へ追い始めるのを確認し、コウイチは槍を構えた。旋回していたブレードホークが翼を傾けたかと思うと、そのまま急激に高度を落とし始める。
想像していた以上に速い。
真正面から穂先を合わせることも一瞬考えたが、あの速度で突っ込んでくる相手と正面からぶつかれば、仕留められたとしてもこちらが無傷で済む保証はない。
「ミア、最初は見るだけでいい。小屋の近くから離れるなよ」
「はい」
コウイチは早めに横へ動き、魔物の進路から外れた。鋭い風とともに鉤爪が離れたところを通り過ぎ、そのままブレードホークは再び高度を上げていく。
「速いですね……」
「ああ。思ったより面倒だ」
槍を振り回して追いかけるような相手ではない。飛んでいる間はどうしようもない以上、向こうから槍の届く位置へ入ってきた瞬間を狙うしかなさそうだった。
2度目の急降下では、攻撃へ移る前の姿勢と軌道を意識して見る。速度がある以上、直前で大きく方向を変えることは難しいらしく、狙いが定まったところで横へ外れれば回避自体はできそうだった。
ただし、避けるのを遅らせる必要はない。
コウイチは魔物が狙いを定めたところで進路を外れ、すれ違う瞬間に槍を振り上げた。
穂先が翼の先を浅く切り裂き、数枚の羽が宙へ舞う。
「ギィッ!」
甲高い鳴き声を上げたブレードホークの飛行が乱れ、上昇しようと羽ばたいた身体が思うように高度を取れずにいる。
コウイチはその機会を逃さず距離を詰めた。飛び立とうとする相手へ槍を突き出すと、穂先が胴体の横へ食い込む。ブレードホークは激しく翼を振って逃れようとしたものの、片翼を傷つけられた状態では十分な勢いを得られず、コウイチがさらに一歩踏み込んで槍を押し込むと、やがて抵抗を失って草の上へ崩れ落ちた。
「飛ばれてる間は面倒だけど、降りてくれば何とかなるな」
息を整えながら槍を引き抜く。翼羽は素材になると聞いているが、飛行能力を落とすために傷つけたことを後悔するつもりはなかった。素材の値段より、まず安全に倒すことが優先だ。
コウイチは右脚の鉤爪が無事なことを確認し、死体を《アイテムボックス》へ収納した。
その横では、ミアが倒れた魔物ではなく、すでに空を見上げていた。
「どうした?」
「さっきの、もう1回見たいです」
「俺はできれば見たくないんだけどな」
「駄目ですか?」
「次が来たらな。ただし、危ないところまで近づかないからな」
「はい」
返事をしたミアの耳が、嬉しそうにぴんと立った。
◇
次のブレードホークが現れたのは、それから1時間ほど経った頃だった。
今度は羊が騒ぎ出すより先にミアが顔を上げる。
「来ます。右の方から」
言われた方向へ目を向けると、遠くから2つの影が近づいてきていた。
「今度は2匹か」
「どうします?」
「できれば1匹ずつ来てほしいけど、向こうが相談に乗ってくれるとも思えないな」
ミアが少し笑ったところで、コウイチは牧場主へ声をかけた。
「2匹来てる! 家畜を小屋へ入れてくれ!」
「分かった!」
2人は小屋の近くへ下がり、屋根と太い木を使って上空からの攻撃を避けられる位置を取った。開けた場所で2匹を同時に相手にするより、飛んでくる方向を限定した方がよい。
先行していた1匹が高度を落とし始める。
「ミア、もう1匹を見ててくれ」
「はい」
コウイチは槍を構え、急降下してくる個体の進路を確認した。早めに横へ外れ、すれ違いざまに槍を振るったものの、今度は穂先がわずかに届かない。ブレードホークはそのまま再び上空へ戻っていった。
「何か見えた?」
「まだです」
「そっか」
コウイチはそれ以上聞かなかった。
もう1匹も旋回を始めているため、2匹が同時に降りてこないよう、小屋の屋根と木の位置を利用しながら様子を見る。
やがて最初の1匹が再び高度を落とした。
「来ます!」
ミアの声を聞きながら軌道を見極め、早めに身体を横へ逃がす。今度は槍の穂先が胴体を掠め、浅いながらも傷をつけることができた。
「今のは?」
「……違います」
「何が?」
「分かりません。でも、探しているのは今のじゃない気がします」
「難しい注文だな」
「すみません」
「謝るなよ。分からないなら、それでいい」
ミアが小さく頷いた直後、今度はもう1匹が急降下を始めた。
ただし、狙っているのはコウイチではない。小屋へ向かう途中で、まだ柵の近くに残っていた羊へ向かっている。
「まずいな」
コウイチが走り出そうとした時、隣からミアの声が飛んだ。
「翼!」
「え?」
「今、開きました!」
視線を向けると、ブレードホークは羊へ迫りながら、それまで身体に沿わせるようにしていた翼を大きく広げていた。同時に両脚を前へ突き出し、獲物を掴むための鉤爪を開いている。
コウイチは羊と魔物の間へ無理に飛び込むのではなく、側面から槍を伸ばして進路を妨げた。穂先を避けるようにブレードホークが翼を傾けたことで、鉤爪は羊を捉え損ね、そのまま再び高度を上げていく。
羊が柵の向こうへ逃げ、牧場主が急いで小屋へ追い込んだ。
「今のか?」
「たぶん……」
ミアは飛び去る魔物を目で追いながら、自分の両腕を広げてみせた。
「降りてくる時は翼を畳んでいました。でも、最後にこうやって開きます」
「止まるためかな」
「分かりません。でも、その時に脚も前へ出ます」
言われて、コウイチも先ほどの姿を思い返した。
速度を上げるために身体へ寄せていた翼を大きく開き、獲物を掴むために両脚を前へ突き出す。その瞬間だけ、胸から腹にかけてを自分から晒しているようにも見えた。
「もう1回見るか?」
「はい」
ミアが頷いた。
「ただし、近くまで引きつけるのはなしだ。次も今の距離から見てみよう」
「分かりました」
2人は小屋の脇へ戻り、上空を確認した。コウイチは槍を構えたまま、魔物が向かってくる方向と退路を確かめる。
先ほど浅く傷をつけたブレードホークが、再び高度を落としてきた。
「来ます」
ミアの声を聞きながら、コウイチは早めに進路から外れた。魔物が近くを通り過ぎる瞬間、翼を開いて脚を前へ出す動きが見える。
「今です!」
ミアの声に合わせてコウイチが槍を伸ばすと、穂先が胸の下を掠めた。深くは刺さらなかったが、魔物は姿勢を崩しながら上昇していく。
「……今のか」
「はい。さっきと同じでした」
ミアの声には、先ほどまでより確かなものがあった。
「でも、毎回同じとは限らないからな」
「はい。まだ確かめたいです」
「分かった。ただ、今日は依頼を終わらせるのが先だ」
コウイチはそう言って、上空の2匹を見上げた。
◇
先ほど浅い傷を負わせた個体が、何度か旋回したあと再び高度を落としてきた。コウイチは小屋の屋根を利用して進路を絞り、翼を開いたところへ槍を突き出す。
今度は穂先が胴体の横へ深く入り、魔物が地面へ落ちた。飛び立とうとするところへ追撃し、動かなくなったことを確認する。
「2匹目だな」
「はい」
これで最初の単独個体と、あとから現れた2匹のうちの1匹を倒したことになる。残るのは、先ほど羊を狙ったもう1匹だけだった。
最後の1匹はしばらく上空を旋回していたが、やがて小屋から少し離れた草地へ向かって高度を落とし始めた。
コウイチはミアを見る。
「次はどうする?」
「……私も、やってみたいです」
「分かった。ただし、正面から受けるのは駄目だ」
コウイチは周囲を確認し、牧場主が家畜を小屋へ入れ終えたことを確かめた。小屋の脇には開けた退路があり、木の幹も近い。ミアが攻撃せずに逃げることもできる位置だった。
「俺が前で注意を引いて、槍で進路を制限する。ミアはその外側から見て、確実に届くと思った時だけ入れ。届かないと思ったら攻撃しないで下がる。俺がそのまま迎撃するからな」
「はい」
「危ないと思ったらすぐ逃げろ。俺も無理だと思ったら止める。今まで通り、命優先で」
「分かっています」
ミアは短剣を握り直し、コウイチの少し横へ位置を取った。
上空を旋回していたブレードホークが、やがてコウイチへ狙いを定めたらしく翼を傾ける。次の瞬間には翼を畳み、一気に高度を落としてきた。
コウイチは槍を構え、早めに進路を外れながら相手の動きを見た。穂先を魔物の進行方向へ向け、正面から突っ込めば槍へぶつかる位置を保つことで、ブレードホークはわずかに軌道を変える。
その外側に、ミアがいる。
コウイチは槍を引かず、魔物がミアへ向きを変えようとすればすぐに穂先を向けられる距離を保った。ミアも無理に飛び込まず、鉤爪の正面から外れた場所で、魔物が近づくのを待っている。
ブレードホークが獲物を掴もうとして両脚を前へ突き出し、それまで畳まれていた翼を大きく開いた。
ミアが動いた。
鉤爪の正面へ入るのではなく、コウイチの槍によって制限された進路の外側へ踏み込み、露出した胸の横へ短剣を突き上げる。刃は翼の付け根に近い場所へ深く沈み、ブレードホークが甲高い悲鳴を上げながら姿勢を崩した。
ミアは深追いせず、すぐに短剣を引き抜いて退路へ下がる。
だが、まだ終わっていない。
傷を負ったブレードホークは激しく翼を動かし、再び飛ぼうとしている。
「ミア、下がれ!」
コウイチはミアが離れたことを確認してから前へ出た。槍を構え、飛び立とうとするブレードホークへ穂先を向ける。
いつものように腕で突き出そうとしたところで、訓練場で何度もバルガスに姿勢を直されたことが頭をよぎった。
腕だけで突くな。足から始めろ。
コウイチは地面を踏み込み、その力を腰へ伝えながら身体を前へ運んだ。腰の動きに遅れないよう肩を押し出し、最後に腕を伸ばして槍を送り込むと、穂先はミアがつけた傷のすぐ近くへ深く食い込んだ。
これまでとは、手応えが違う。
《穿牙》ではない。それは自分でも分かっているし、穂先へ魔力を集めるところまで意識できてもいない。それでも、以前なら腕の力で押し込んでいた槍に、今は踏み込みから生まれた身体全体の力が乗っていた。
ブレードホークが大きく翼を震わせたあと、その身体から力が抜けていく。
コウイチはしばらく槍を構えたまま様子を見てから、完全に動かなくなったことを確認して穂先を引き抜いた。
「……今のは、ちょっと良かったな」
小さく呟いてからミアを見る。
「怪我は?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
ミアの腕や脚へ目を向けるが、血はついていない。本人にも痛むところがないことを確認して、ようやくコウイチは肩の力を抜いた。
「無茶するなよ」
「コウイチ様に言われたくありません」
「最近それ多くない?」
「そうですか?」
ミアが少しだけ笑う。だが、その視線はすぐに自分が短剣を突き立てたブレードホークへ戻った。
「……できました」
「ああ」
「ロックリザードとも、ストーンエイプとも違ったのに」
「そうだな」
「でも、ありました」
「何が?」
ミアは少し考え、今度は自分の中にある感覚を確かめるようにゆっくりと言葉を選んだ。
「攻撃する時に……守れなくなるところが」
コウイチは何も言わず、その続きを待った。
「ロックリザードは向きを変える時でした。ストーンエイプは腕を振ったあとで、この鳥は獲物を捕まえる前です。場所は全部違いますけど……その時だけ、攻撃できるところができます」
ミア自身も、ようやく自分が何を見ていたのか分かり始めたのだろう。
単純に柔らかい場所を探しているわけではない。硬い鱗を持つ魔物でも、長い腕で身体を守る魔物でも、空を飛ぶ魔物でも、自分が攻撃するために身体を動かせば、それまで守られていた場所が一瞬だけ晒される。
そしてミアは、その瞬間を見つけようとしていた。
「なるほどな……」
コウイチは頷いた。
「ただ、今のも次に同じようにできるとは限らないからな。違う相手でも、まずは見るところからだ」
「はい」
ミアは短剣へ目を落とし、少しだけ嬉しそうに笑った。
◇
3匹を倒したことで、依頼の最低条件は達成した。
コウイチは証明部位となる右脚の鉤爪が無事なことを確認し、死体を《アイテムボックス》へ収納した。翼羽は一部傷ついているが、素材の価値より安全を優先した結果なので仕方がない。
牧場主へ報告に向かうと、男は小屋から顔を出して2人を迎えた。
「3匹倒したのか!」
「ああ。ただ、まだ他にもいるかもしれない。今日見たのは3匹だけだから、これで全部とは言い切れない」
「それでも助かったよ。羊を持っていかれずに済んだ」
「しばらく様子を見て、また被害が出るようならギルドへ連絡してくれ」
「分かった。本当にありがとう」
牧場主に見送られ、2人はラグナードへ戻った。
ギルドでは解体担当へブレードホーク3匹を預け、右脚の鉤爪を討伐証明として処理してもらった。解体と素材査定も依頼し、翼羽や鉤爪以外の素材をどう売るかは、査定が終わってから決めることにする。
受付では討伐記録と牧場主から聞いた内容を報告した。確認した個体は3匹で、すべて討伐済み。ただし、他に何匹いるかは不明であり、被害が続く可能性もあることを伝える。
「承知しました。依頼主にも状況を確認し、必要であれば追加の対応を検討します」
「頼む」
「討伐条件は達成されていますので、こちらが報酬です」
受付嬢が銀貨5枚を置いた。
コウイチは枚数を確認して受け取る。
今日も依頼は達成できた。素材の査定はまだだが、少なくとも信用を積むという目的は果たせているはずだ。
◇
ギルドを出たところで、コウイチはミアへ声をかけた。
「そういえば、今日のステータス見ていい?」
「はい」
許可をもらい、《鑑定》Lv3を使う。
【名前】ミア 【種族】犬獣人 【年齢】18 【Lv】7→9
【HP】55→63 【MP】26→30
【STR】14→16 【VIT】15→17 【AGI】37→45 【DEX】24→28 【INT】14→16 【MND】16→18
【通常スキル】《短剣術》Lv1/《索敵》Lv1/《急所看破》Lv1
【固有スキル】《???》(未覚醒) 【覚醒進捗】55%
「……9?」
「どうしました?」
「レベル。9になってる」
「え?」
ミアが目を丸くした。
「2つ上がったんですか?」
「ああ。前に見た時は7だったからな」
昨日のストーンエイプ戦でもミアは攻撃へ参加していたし、今日はブレードホークを相手に何度も実戦を経験している。前のレベルアップから積み重なっていた経験もあるのだろう。2つ上がったこと自体は不思議でもない。
ただ、それ以上に気になるものがあった。
「ミア、新しいスキル覚えてるぞ」
「え?」
「《急所看破》Lv1」
ミアは意味が分からなかったように、しばらくコウイチの顔を見つめていた。
「急所……看破?」
「たぶん、今やったことだろ。ロックリザードの時からずっとやってたことが、ちゃんと形になったんじゃないか?」
「私が、ですか?」
「他に誰がいるんだよ」
そう答えると、呆然としていたミアの耳がゆっくりと立ち上がっていった。その変化があまりにも分かりやすく、コウイチは思わず笑ってしまう。
「よかったな」
「……はい」
ミアは自分の短剣へ目を落とし、それからもう1度コウイチを見ると、少しだけ照れたようにはにかんだ。
奴隷商館で初めて鑑定した時、ミアには何の通常スキルもなかった。それが今では《短剣術》と《索敵》を覚え、さらに自分で敵を観察し、試し、実戦の中から《急所看破》まで身につけた。
自分がスキルを覚えたわけでもないのに、なぜか嬉しい。昨日、Eランクになった冒険者証を何度も眺めていたミアを見た時にも感じたことだが、彼女が少しずつできることを増やしていく姿を見るのは、思っていた以上に悪くなかった。
コウイチは《鑑定》の表示をもう1度見た。
「……進捗も上がってるな」
「前は49%でしたよね?」
「うん。55%になってる」
「6%ですね」
「そうなんだけど、やっぱり理由が分からない」
今日だけでもLv9まで上がり、《急所看破》という新しいスキルを覚え、自分で考えた攻撃を実戦で成功させた。どれかが関係しているのかもしれないし、あるいは複数の条件が重なった可能性もある。
ただ、以前はレベルが上がっても進捗が変化しなかったことがある。戦闘を経験しただけでも変わらなかった。やはり条件が分からない。
「まあ、今は分からなくてもいいか」
「……はい」
ミアは小さく頷いた。
コウイチはそこで《鑑定》を終え、自分のステータスを開いた。
【名前】コウイチ 【種族】人間 【年齢】35 【Lv】11→12
【HP】109→122 【MP】80→92
【STR】30→34 【VIT】31→35 【AGI】31→35 【DEX】43→50 【INT】35→39 【MND】33→37
【通常スキル】《槍術》Lv2/《投擲》Lv1
【固有スキル】《鑑定》Lv3/《アイテムボックス》Lv1/《隠蔽》Lv1/《生成》Lv1
「俺も上がってる」
「本当ですか?」
「ああ。Lv12」
「私は9ですから……あと3ですね」
「何が?」
「コウイチ様のレベルまでです」
当然のように答えたミアを、コウイチは思わず見た。
「……追いつく気?」
「駄目ですか?」
「いや、駄目じゃないけど」
ミアが少し嬉しそうに笑った。どうやら本気らしい。
コウイチも苦笑しながら、今日の最後の突きを思い返した。
足から腰、肩、腕へと力を伝える感覚が、少しずつ身体へ馴染んできている。最後の一撃では、以前のように腕だけで押し込むのではなく、踏み込みから生まれた力を槍へ乗せることができた。
だが、《穿牙》にはまだ届いていない。
魔力を穂先へ集めることも、身体の動きと正しく合わせることもできていない。単純に強くなったり、槍の扱いが上手くなったりするだけでは足りないのだろう。
「コウイチ様?」
「ん?」
「難しい顔をしています」
「ああ……」
コウイチはミアを見る。
「……本当に先越されたな」
「え?」
「ミアは新しいスキル覚えただろ。俺はまだ《穿牙》覚えてない」
その言葉を聞いた途端、ミアの耳が少し下がった。
「すみません……」
「何で謝るんだよ」
「でも……」
「むしろ逆だろ。ちゃんと覚えたんだから喜べよ」
そう言われてもいいのか迷っているような顔をするミアを見て、コウイチは少し笑った。
「俺が追いつけばいいだけだ」
「……はい」
口にしてから、自分でも少し可笑しくなる。さっきまで追いつくと言っていたのはミアの方だったのに、今度は自分が追いかける側になっている。
それも悪くない。
1人で訓練していた頃とは違い、すぐ隣で誰かが昨日できなかったことをできるようになっていく。それを見ていると、焦りとは少し違うものが胸の中に湧いてくる。
自分も、もう少しやれるはずだ。
「明日、バルガスのところ行くか」
「私もですか?」
「もちろん」
「また怒られませんか?」
「……たぶん怒られる」
「何をしたんですか?」
「まだ何もしてないよ」
ミアが声を立てて笑った。その声を聞きながら、コウイチは手にした槍へ視線を落とす。
レベルも上がった。槍の扱いも以前より良くなっている。それでも、自分が欲しい一撃にはまだ届いていない。
なら、やることは決まっている。
明日はまた、あの容赦のない元Aランク冒険者に槍を叩き直してもらおう。今度こそ何かを掴める保証などないが、それでも昨日より前へ進んでいることだけは確かだった。
◇
宿へ戻ったあと、ミアは自分の短剣を布で拭きながら、今日のことを何度も思い返していた。
《急所看破》。
コウイチが教えてくれたその名前を、心の中でもう1度繰り返す。
奴隷商館にいた頃、自分には何のスキルもなかった。仕事は教えられた通りにこなしていたが、何かを自分で考えて試すことはほとんどなかった。失敗すれば怒られるかもしれない。余計なことをしてはいけない。そう思っていた方が、何事もなく1日を終えられた。
コウイチに買われた時も、最初は何をすればいいのか分からなかった。
同じテーブルで食事をするよう言われた時には、どうしていいのか迷った。自分は主人と同じ席に座るような人間ではないと思っていたからだ。
けれど、コウイチは当たり前のように言った。
「一人で食うより、二人で食った方が美味いだろ」
その言葉を思い出すと、今でも少しだけ胸が温かくなる。
秘密を教えてくれた時もそうだった。契約で禁止されているからではなく、自分が話したことだから守ってほしいと言われた。自分を信じて、誰にも話していないことを教えてくれたのだと思うと、嬉しかった。
森で失敗した時には、怒られると思った。自分のせいで商品を駄目にした時も、罰を受ける覚悟をしていた。
それでもコウイチは、まず怪我をしていないかを気にしてくれた。商品の時も、何が悪かったのかを一緒に考え、次はどうすればいいのかを教えてくれた。
そして、ギルドで知らない冒険者に耳を触られそうになった時。
自分は奴隷だから、嫌だと言っても仕方がないと思っていた。けれどコウイチは、自分が嫌がっていることを理由に怒ってくれた。
「奴隷だからって、嫌がってるのに触っていい理由にはならないだろ」
あの言葉を思い出すと、今でも胸の奥が少し熱くなる。
コウイチは、自分が何かできた時には喜んでくれる。失敗した時には、次にどうすればいいかを考えてくれる。自分がやってみたいと言えば、危なくない方法を一緒に考えてくれる。
だから、少しずつ自分でも考えてみたいと思うようになった。
今日のブレードホークも、最初は怖かった。それでも、コウイチが前にいて、危なくなれば助けてくれると分かっていたから、自分が見つけた隙を試してみたいと思えた。
できた時、嬉しかった。
けれど、それ以上に嬉しかったのは、コウイチが自分のことのように喜んでくれたことだった。
ミアは拭き終えた短剣を鞘へ戻し、隣の部屋から聞こえてくるコウイチの足音へ耳を向けた。
最初は、主人に迷惑をかけないようにしなければと思っていた。
今は、少し違う。
もっと役に立ちたい。もっと自分でできることを増やしたい。そして、いつか自分がコウイチを助けられるようになりたい。
そう思うようになっていた。
ミアは小さく息を吐き、明日の訓練のことを考えた。
きっとまた、バルガスに何度も叱られるのだろう。
それでも、明日が少し楽しみだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




