第25話◇ 依頼としての討伐
依頼書を手に受付へ戻ると、先ほどまで話していた受付嬢が、そこに書かれた内容を確認してからコウイチへ目を向けた。
「ストーンエイプの討伐ですね」
「ああ。それを受けたい」
「街道沿いの林で荷馬車への被害が出ています。討伐数は3匹以上、証明部位は右耳、期限は受注日を含めて3日です」
そこで受付嬢は一度言葉を切ると、少しだけ意外そうな顔をした。
「本当にこちらでよろしいですか?」
「何か問題ある?」
「いえ。ただ、コウイチさんでしたら素材採取の依頼と組み合わせた方が、同じ時間でも報酬は良くなると思いましたので」
「……やっぱりそうだよな」
思わず漏らすと、隣にいたミアがコウイチを見上げた。
「信用を稼ぐんですよね」
「分かってるよ」
「なら、これですね」
「……ミア、ちょっと楽しんでない?」
「そんなことありません」
そう答えるミアの耳がわずかに動いたので、たぶん少し楽しんでいる。
以前なら、同じ時間を使うなら少しでも利益の大きい仕事を選んだだろう。もちろん今でもその考え自体が間違っているとは思わないし、金は必要だ。ただ、Dランクへ上がるためには、冒険者ギルドから依頼を任せられる人間だと認めてもらう必要がある。
これまでなら選ばなかった仕事を受けることにも、今は別の価値があった。
「これでお願いします」
「承知しました」
受付嬢が依頼書へ受付印を押す。
「ただ、今から向かわれるのはおすすめしません。現地までは街道を北へ2時間ほどかかりますし、林の中で活動してから戻るとなると、帰りは日没後になる可能性があります」
コウイチは窓の外へ目を向けた。すでに夕方で、今から往復するだけでも夜になる。初めて行く場所で魔物を探す時間まで考えれば、今日向かう理由はなかった。
「期限は受注日を含めて3日だったな」
「はい。明朝出発でも問題ありません。明日中に達成できなくても、翌日まで期限があります」
「じゃあ、明日にするか」
「はい」
ミアも頷いた。
「では、依頼は受注済みにしておきます。被害が確認されているのは街道からあまり離れていない範囲ですので、必要以上に林の奥へ入らないようにしてください」
「分かった」
こうして正式に依頼を受けたコウイチは、その日は必要な準備だけを済ませ、翌朝、ミアとともにラグナードを出た。
◇
「3匹倒せば終わりですか?」
朝の街道を歩きながら、ミアが尋ねてきた。
「依頼の条件だけならな」
コウイチは歩きながら依頼書へ目を落とした。討伐対象はストーンエイプ。3匹以上を討伐し、証明部位を持ち帰る。期限は今日を含めて残り2日あるので、今日中に達成できなくても問題はない。
「でも、3匹倒したあとにも街道の近くに残ってるなら、それは報告した方がいいだろうな」
「全部倒さなくてもいいのですか?」
「何匹いるかも分からないのに、全部倒すなんて約束はできないだろ。それに俺たちが林の奥まで追いかけろとも書いてない」
「なるほど……」
「分からないことを分かったふりして、余計なことする方がまずいからな」
そこまで言って、コウイチは少し前の出来事を思い出した。
革製品へ油を塗る仕事を任せた時、ミアは自分の説明不足が原因で商品を駄目にしてしまった。それでも彼女は、失敗したのは自分だと思い込んでいた。あの一件以来、ミアは分からない時には以前より素直に聞くようになっている。
「私も、分からなかったら言います」
「そうしてくれ。その方が助かる」
「はい」
ミアの返事を聞きながら歩いていると、今度は昨日の光景が頭に浮かんだ。Eランクへ昇格したミアが、自分の名前の刻まれた冒険者証を何度も眺めていた姿だ。
よほど嬉しかったのだろう。最初に黒狼の森へ連れていった時には、ホーンラビット1匹を前に動けなくなっていた。それが今では、自分より先に魔物を見つけ、ロックリザードの攻撃の隙まで探すようになっている。
自分が戦えるようになったわけでもないのに、あれほど嬉しそうにしているミアを見ていると、なぜかコウイチまで嬉しくなった。
「コウイチ様?」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
ミアの耳が不思議そうにこちらへ傾く。その仕草を見て、コウイチはまた少しだけ笑った。
◇
街道を北へ進んで2時間ほど経った頃、周囲の景色が変わり始めた。
道の両側に木々が増え、ところどころ枝が街道の上まで張り出している。黒狼の森ほど鬱蒼とはしていないが、葉が日差しを遮るため、林へ入れば昼間でも少し薄暗い。
「この辺りか」
依頼書に描かれた簡単な地図と周囲の景色を見比べていると、隣を歩いていたミアが突然足を止めた。その耳が左右へ動き始めるのを見て、コウイチもすぐに槍へ手を伸ばした。
「いるか?」
「……たぶん」
「どっち?」
ミアはすぐには答えず、耳を動かしながら周囲を見回した。やがて視線がゆっくり上へ向く。
「上……です」
「上?」
言われて見上げた瞬間、枝の間で何かが動いた。
「コウイチ様!」
ミアの声に反応して横へ跳ぶと、直後まで立っていた場所へ握り拳ほどの石が叩きつけられ、乾いた土が跳ね上がった。
「いきなり石かよ」
槍を構えながら見上げると、太い枝の上に灰褐色の魔物がいる。人間より一回り大きな猿に似ているが、腕は異様に長く、肩から背中にかけて硬そうな毛が密集していた。その片手には、すでに次の石が握られている。
コウイチは《鑑定》Lv1を使った。
【名称】ストーンエイプ
【討伐推奨】E
「やっぱりストーンエイプか」
ギルドで聞いた通り、木の上から石を投げてくるらしい。荷馬車にとっては厄介な相手だろう。
そんなことを考えている間にも、ストーンエイプが大きく腕を振った。今度は最初から動きを見ていたため、飛んできた石を避けること自体は難しくなかった。しかし、こちらが反撃しようとしたところで、魔物は枝を蹴ると長い腕で別の枝を掴み、コウイチの頭上を大きく移動してしまう。
「速いな」
ロックリザードとはまるで違う。地面を走る相手なら槍の間合いへ誘い込めるが、頭上を動き回られては簡単に穂先を届かせられない。
「ミア、無理に追うなよ」
「はい」
短剣を抜いたミアも、すぐには動こうとしなかった。ストーンエイプの姿を追いながら耳を動かし、枝が軋む音や葉が擦れる音に意識を向けている。赤岩の谷でロックリザードを相手にした時もそうだったが、最近のミアは敵を見つけたからといって、すぐに飛び込むことが少なくなっていた。
何かを見ようとしている。
その間にも、ストーンエイプは枝から枝へ移動しながら石を投げてくる。コウイチは何度かそれを避けながら位置を変え、どうやって地上へ降ろすかを考えた。
木の上まで追いかけるのは論外だ。なら、向こうから降りてもらえばいいと考え、コウイチは足元から小石を拾った。
「……届きますか?」
「たぶんな」
《投擲》Lv1を意識しながら腕を振り、狙ったのはストーンエイプではなく、そのすぐ横の枝だった。投げた石が枝へ当たると、ストーンエイプが驚いたように身体を揺らす。続けてもう1つ拾って投げれば、今度は顔のすぐ横を通り抜けた。
「ギャッ!」
苛立ったらしい。甲高い声を上げたストーンエイプが枝を蹴り、こちらへ向かって飛び降りてきた。
着地と同時に振られた長い腕を槍の柄で受け流すと、想像していたより強い衝撃が腕へ伝わったものの、ロックリザードの尾を受けた時ほどではない。足を取られることもなく、そのまま距離を取り直せたことで、コウイチは相手の力量をおおよそ把握した。
これなら戦える。
再び振られた腕を半歩下がってかわし、身体が流れたところへ槍を突き出す。穂先が脇腹へ入り、ストーンエイプが大きく身体を反らしたところで、コウイチは槍を引き戻しながら一歩踏み込み、今度は胸を深く突いた。
魔物が地面へ崩れ落ちる。
「……1匹目か」
しばらく様子を見て動かないことを確認してから槍を引き抜くと、ミアが倒れたストーンエイプへ近づいてきた。しかし、彼女が見ているのは傷口ではなく、地面へ投げ出された長い腕だった。
「どうした?」
「いえ……」
少し考えてから、ミアが首を傾げる。
「ロックリザードと、全然違います」
「まあ、トカゲと猿だからな」
「そうではなくて……」
ミアは言葉を探すように黙り込み、やがて小さく首を振った。
「まだ、よく分かりません」
「なら、次を見ればいい」
「はい」
無理に答えを出す必要はない。
コウイチは討伐証明となる右耳が傷ついていないことを確認すると、ストーンエイプを《アイテムボックス》へ収納した。
◇
次の気配を見つけたのは、それから30分ほど経った頃だった。
今度はミアが枝の揺れへ先に気づいたため、不意打ちは受けなかった。ただし、今度は1匹ではない。
「2匹います」
「位置は?」
「右上と……もう1匹は左の奥です」
ミアが示した方向を確認すると、確かに枝の間から灰褐色の毛が覗いていた。
2匹なら戦える。だが、左右から同時に石を投げられるとなると少し面倒だ。
「ミア、左を見ててくれ。近づいてきたら教えて」
「分かりました」
コウイチは右側の1匹へ意識を向けながら槍を構えた。
すぐに石が飛んでくる。身体をずらして避けた直後、ミアの声が飛んだ。
「来ます!」
反射的に身体を沈めると、別方向から飛んできた石が頭上を通過し、その先の木へぶつかって乾いた音を立てた。
「助かった」
左の個体へ一瞬視線を向けたところで、再びミアが声を上げる。
「コウイチ様、右も来ます!」
言われるまま横へ動くと、その直後に右側から石が飛んできた。コウイチは距離を取り直しながら、今度は魔物ではなくミアを見た。
明らかに、石が飛んでくるより早く声を出している。
「今の、分かったのか?」
「肩です」
「肩?」
「投げる前に少し動きました。バルガスさんが、腕が動く前に肩が動くって言っていたので……」
言われて、コウイチも訓練場で聞いた言葉を思い出した。相手が動いてから避けるのでは遅い。動く前を見つけろ。
実際に自分へ向かって石が飛んでくる状況で、それをやってみせたらしい。
「もう1回分かるか?」
「やってみます」
ストーンエイプが次の石を拾う。ミアはその姿をじっと見つめていた。
長い腕が後ろへ引かれるより先に、肩がわずかに動く。
「来ます!」
直後、石が飛んだ。
今度はコウイチにも分かった。
「……本当に見えてるな」
そう言うと、ミアの耳が少しだけ立った。褒められたのが嬉しかったらしいが、まだ戦闘中だ。
コウイチは木の幹を挟むように位置を変え、2匹から同時に狙われない場所へ移動した。ミアにも幹の近くへ下がるよう伝え、投石を遮りながら片方の動きを確認する。
「ここなら少しはましだな」
「はい。左の方は見えます」
「じゃあ、そっちを頼む」
右側の個体へ小石を投げ返すと、1匹が苛立って地上へ降りてきた。もう1匹は木の上に残ったままだ。
「ミア、上を頼む」
「はい!」
地上へ降りたストーンエイプが長い腕を振るってくる。コウイチは木の幹を背後の投石方向との間に置きながら間合いを保ち、頭上の個体が動けばミアの声に合わせて立ち位置を変えた。
数度の攻防の末、地上の個体が大きく踏み込んできたところへ槍を合わせ、胸を深く突く。魔物が倒れると、コウイチはすぐに幹の陰へ戻り、残った1匹の位置を確認した。
残ったストーンエイプは、木の上から何度か石を投げたものの、幹に遮られて思うように狙えない。やがて甲高い声を上げ、枝を蹴って地面へ降りてきた。
「ミア」
「はい」
「今度は一緒にやるぞ」
ミアが短剣を握り直した。
ストーンエイプがコウイチへ向かってくるが、ミアはすぐには飛び込まず、少し距離を取ったまま長い腕の動きを追っている。右腕が振られればコウイチが避け、続いて伸びてきた左腕を槍で受け流す。
それでもミアは動かない。
ストーンエイプが苛立ったように吠え、今度は大きく踏み込みながら右腕を横薙ぎに振った。コウイチが一歩下がってそれをかわすと、振り抜かれた腕に引かれるように魔物の上半身が回り、次の動作へ移るために身体が戻っていく。
その瞬間、それまで動かなかったミアの身体が低く沈んだ。
短剣の間合いへ一気に踏み込み、がら空きになった脇腹へ刃を深く突き込む。
「ギャアッ!」
絶叫とともに長い腕がミアへ向かったが、彼女は欲張らなかった。短剣を引き抜くと同時に後ろへ跳び、腕が届くより先に間合いの外へ逃れている。
その動きを見ていたコウイチもすぐに前へ出た。脇腹を押さえようとしたストーンエイプの胸へ槍を突き込み、魔物が地面へ倒れるまで押し切る。
しばらく待っても動かない。
「終わったな」
「はい」
ミアは短剣についた血を払いながら、倒れたストーンエイプを見ていた。
「今の、狙ったのか?」
「はい。たぶん……」
「たぶん?」
「腕を振ったあとです。身体が戻るまで、ここが空くので」
ミアが自分の脇腹を指した。
「最初から分かってた?」
「いいえ。何回か見ていたら……ロックリザードの時と似ている気がして」
「似てる?」
「魔物は全然違います。でも、動いたあとだけ……攻撃しやすい場所ができるというか……」
どう説明すればいいのか分からないらしく、ミアが困ったように眉を寄せる。コウイチは急かさず、その言葉を待った。
「ロックリザードは脚でした。でも、この魔物は腕を振ったあとで……いつもは腕がある場所から、腕がなくなります」
「脇が開くってことか」
「あ……はい。たぶん、それです」
「なるほど」
言葉にすれば単純なことかもしれない。だが、それを魔物と戦いながら見つけ、実際に危険な間合いへ踏み込んで確かめるのは別の話だ。
しかもロックリザードで覚えた場所をそのまま狙ったわけではない。身体の構造も動きも違う魔物を相手に、ミアはまた別の隙を見つけた。
「じゃあ、次も見てみよう」
「次もですか?」
「ロックリザードとこいつだけじゃ、まだ分からないだろ。次に違う魔物と戦う時も、同じように隙を見つけられるか確かめてみよう。バルガスも言ってたじゃないか。再現できて初めて技だって」
ミアが瞬きをしてから、少し笑った。
「バルガスさんと同じことを言っています」
「……それはちょっと嫌だな」
「どうしてですか?」
「なんとなく」
ミアの耳が揺れ、今度ははっきりと笑った。
◇
3匹を倒したことで、依頼の最低条件は達成した。討伐証明となる右耳も傷つけずに持ち帰れる。
「帰るか」
「はい」
そう言って街道へ戻ろうとしたところで、ミアが足を止めた。先ほどまで柔らかく動いていた耳が、今度は林の奥へ向いている。
「どうした?」
「……います」
「ストーンエイプ?」
「たぶん」
「何匹?」
ミアはしばらく耳を澄ませた。林の奥では風が葉を揺らし、あちこちから枝の擦れる音が聞こえてくる。
「分かりません。でも、奥に何かいます」
「距離は?」
「それも……はっきりしません」
コウイチはミアの視線を追って、林の奥を見た。追えば追加の素材を手に入れられるかもしれない。ストーンエイプの毛皮や牙にも値段はつくのだから、数匹追加で狩れば今日の利益も増えるだろう。
だが、今日ここへ来た理由はそれではない。
「戻ろう」
「いいのですか?」
「依頼は街道沿いに出てる奴の討伐だ。奥に何匹いるか分からないのに、追いかける必要はない」
「はい」
「いることだけ報告すればいい。ストーンエイプかどうかも、まだ分からないしな」
少なくとも今の自分たちが、わずかな利益を増やすために正体の分からない群れへ突っ込む理由はない。コウイチは街道へ向かって歩き出し、ミアもすぐにその隣へ並んだ。
◇
ラグナードへ戻った頃には、日が傾き始めていた。
冒険者ギルドでストーンエイプを出すと、解体担当が3匹を確認し、討伐証明となる右耳を切り出して討伐記録へ回してくれた。
「解体も頼む。毛皮と牙は、値段を聞いてから売るか決めたい」
「分かった。解体料はかかるが、査定はあとで出してやる。今日は預かっておくから、明日以降に確認しに来てくれ」
コウイチは解体料を支払い、素材の処理を依頼した。依頼の証明部位はギルドへ納めるが、それ以外の素材を売るかどうかは別の話だ。
その後、受付へ向かう。
「ストーンエイプ3匹。依頼達成を確認しました。お疲れ様でした」
受付嬢が報酬の銀貨4枚を置く。
コウイチは枚数を確認してから収納した。これは討伐依頼の報酬であり、毛皮や牙の売却代金は含まれていない。素材の査定が終われば、相場を確認してから売るか持ち帰るか決めるつもりだった。
以前なら、それで用事は終わっていただろう。
「あと、林の奥にも何かいると思う」
コウイチが続けると、受付嬢の手が止まった。
「確認されたのですか?」
「姿は見てない。ミアが気配を感じた。ストーンエイプかもしれないけど、正体は分からない」
受付嬢がミアへ視線を向ける。
「数は分かりますか?」
「すみません。分かりません」
「場所は?」
ミアが依頼書に描かれた簡単な地図を覗き込み、街道から少し離れた場所を指した。
「この辺りから、もっと奥です。ただ、距離までは……」
「それで十分です」
受付嬢は別の紙を取り出すと、ミアから聞いた内容を書き込み始めた。正体・数・距離は未確認であることも、そのまま記録している。
「調査が必要か確認し、必要であれば調査依頼を出します」
「それだけでいいの?」
「はい。分からないものを無理に追跡する必要はありません。確認できたことを、確認できた範囲で報告していただければ」
「……なるほど」
「それが報告ですから」
昨日聞いた話が、少しだけ分かった気がした。
依頼されたことをこなし、必要なことを報告し、分からないことを勝手な判断で埋めない。どれも特別なことではないが、商売でもこういう当たり前のことを繰り返せる相手ほど取引しやすい。
冒険者ギルドも同じなのだろう。
「じゃあ、また依頼見に来る」
「はい。お待ちしています」
受付嬢はそう答えると、コウイチたちの依頼書へ何かを書き加え、他の書類と一緒にしまった。何を書いたのかまでは見えなかったし、コウイチも聞かなかった。
◇
ギルドを出ると、夕方の街には食事の匂いが漂い始めていた。
「腹減ったな」
「はい」
「今日は肉でも食うか」
「ストーンエイプですか?」
「いや、それを聞いた直後に食いたいとは思わない」
ミアが小さく笑う。最近、こうして笑うことが増えた。最初に奴隷商館で見た時には、こんな顔をするとは思っていなかった。
歩きながら、ミアが自分の右手を握ったり開いたりしていることに気づく。
「さっきから何してるんだ?」
「……今日のことを考えていました」
「ストーンエイプ?」
「はい」
ミアは自分の手を見たまま、少し考えてから言葉を続けた。
「ロックリザードの時は、あの魔物だったから分かったんだと思っていました」
「うん」
「でも今日は、違う魔物でも少し分かりました」
その声には、わずかな嬉しさが混じっていた。
「なら、たまたまじゃないかもしれないな」
「……はい」
「次もやってみればいい。ただし、見るのに夢中になって攻撃食らうなよ」
「コウイチ様もです」
「俺?」
「ロックリザードに《穿牙》を使った時です」
「……あれはもう反省しただろ」
「銀貨2枚分です」
「金額まで思い出さなくていい」
隣から小さな笑い声が聞こえた。どうも最近、言い返すようにもなってきたらしい。
まあ、それも悪くない。
宿へ向かって歩きながら、コウイチは今日の戦闘を思い返した。《穿牙》を試す場面はなかったが、ミアが違う魔物の動きから隙を見つけたことは、自分にも考える材料を残していた。
弱い場所を知るだけでは足りない。その場所が開く瞬間へ、身体の動きと魔力を合わせなければならない。まだできないことは多いが、何を練習すべきかは少しずつ見えてきている。
急ぐ必要はないと分かっている。それでも、ミアが自分の戦い方を見つけ始めている姿を見ると、自分ももう少し練習を重ねようという気になった。
「俺も、もう少し頑張るか」
「何か言いましたか?」
「いや」
コウイチは首を振ると、少しだけ歩調を速めた。
「早く帰って飯にしよう」
「はい」
すぐ横から返ってきた声を聞きながら、コウイチは夕暮れのラグナードを歩いていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




