↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/61

第24話◇ 信用の値段

 冒険者ギルドの解体受付まで来ると、コウイチは奥の作業場へ案内された。周囲から見えにくい位置でマジックバッグを開き、《アイテムボックス》からロックリザードを取り出す。


 1匹目が作業台へ置かれた時点では、受付にいた男も特に反応しなかった。前回もここへ持ち込んでいるのだから、Eランクになったコウイチがロックリザードを狩ること自体は珍しくないのだろう。


 だが、続けて2匹目を取り出すと、男の眉が少しだけ上がった。


「今日は2匹か」


「運がよかった」


「運だけで2匹持って帰れるなら、冒険者は苦労しねえよ」


 男はそう言いながら1匹目を横向きにし、背中を覆う硬い鱗へ手を這わせた。前回は《穿牙》を試したせいで大きな傷をつけてしまった場所だ。


 その時の査定額は銀貨5枚。本来なら銀貨7枚ほどになる皮だと聞いて、攻撃する場所ひとつで銀貨2枚も変わることを思い知らされた。


「……今回は綺麗だな」


「いくら?」


「まだ解体してねえだろ。少し待て」


「だいたいでいいから」


「せっかちだな」


 男は呆れながらも、傷の少ない背皮をもう一度確認した。


「この状態なら、皮だけで銀貨7枚は出せそうだ。こっちも同じくらいだな」


「じゃあ2匹で銀貨14枚?」


「解体して問題がなければな。爪と肉は別だ」


 思わず口元が緩んだ。


 前回と比べれば、同じ魔物を2匹倒しただけで銀貨4枚ほどの差になる。もちろん今回は《穿牙》に成功したわけではないが、硬い背中へ無理に槍を突き立てず、ミアが見つけた隙を狙った結果、素材の価値を落とさずに済んだ。


「ミアのおかげで銀貨4枚分、高く売れそうだな」


 隣にいたミアへ声をかけると、嬉しそうに耳を動かしたあと、少し考えるように首を傾げた。


「でも、《穿牙》は失敗しましたよね」


「そこは今関係ないよね?」


「すみません」


「絶対すみませんって思ってないだろ」


 ミアの口元がわずかに緩む。最近、こういう表情が増えた。最初に奴隷商館で見た時は、こちらが何を言ってもまず顔色を窺っていたのに、今では時々こうして冗談まで返してくる。


「解体には少しかかるぞ。買い取りまで頼むなら、あとで精算してやる」


「お願いします。肉は少し残して」


「尾肉か?」


「うん」


「分かった。解体料と買い取り額は、終わってからまとめて精算する」


 手続きを終え、受付から離れようとしたところで、別の声に呼び止められた。


「コウイチさん、ミアさん。少しよろしいですか?」


 振り返ると、いつもの受付嬢がこちらへ手招きしていた。何か依頼の確認でもあるのだろうか。ミアと顔を見合わせてから受付へ向かう。


「まず、ミアさんからです」


「私ですか?」


「はい。今回のロックリザードの討伐記録を含め、これまでの活動実績が昇格基準に達しました。Eランクへの昇格が可能ですが、手続きされますか?」


 ミアはまだ意味が分からないらしく、受付嬢を見つめている。


「……私が、ですか?」


「はい。ミアさんが、です」


 受付嬢が笑って頷くと、ミアはコウイチの方を見た。


「上がれるんだって。よかったな」


「……はい」


 少し迷ったあと、ミアは自分の冒険者証を取り出した。


「お願いします」


「承知しました。少しお預かりしますね」


 受付嬢は冒険者証を受け取り、書類と照合してから更新の手続きを進めた。やがて、ランクの表示が書き換えられた証がミアへ返される。


「おめでとうございます。今日からEランクです」


 ミアは両手でそれを受け取ると、しばらく何も言わずに見つめていた。


 登録した時と同じ金属製の小さな証だが、刻まれていたランクの表示がFからEへ変わっている。


「よかったな」


 声をかけると、ミアはようやく顔を上げた。


「……はい」


 返事は短かったが、その声には隠しきれない喜びが滲んでいた。再び冒険者証へ目を落とし、指先で名前の部分をなぞってから、その下のEという文字を確かめるように何度も見ている。


 奴隷商館では半年間買い手がつかなかったと聞いている。戦える技能もなく、文字も十分には読めず、本人にも正体の分からない固有スキルを持っていた。そんなミアが、今は自分の名前が刻まれた冒険者証を持ち、Eランクになった。


「コウイチ様が一緒だったからです」


「一緒でも、戦ったのはミアだろ」


「でも……」


「ロックリザードの弱いところ見つけたの、俺じゃないし」


 そう言うと、ミアは少しだけ頬を緩めた。


「ありがとうございます」


「俺に言うことじゃないと思うけど」


 それでも嬉しそうなので、それ以上は言わなかった。


 ふと自分の冒険者証を見る。


 コウイチもEランク。そして隣にいるミアもEランク。


「……追いつかれた」


「え?」


「冒険者ランク」


 ミアが一瞬目を丸くしたあと、慌てたように首を振った。


「でも、コウイチ様の方が強いです」


「いや、そういう問題じゃないんだけど」


「では……私、Fランクの方がいいですか?」


「なんでそうなるの」


 思わず笑ってしまった。


「上がったんだから喜んでればいいよ」


「……はい」


 ミアはもう一度冒険者証を見る。その耳が嬉しそうに立っているのを眺めながら、コウイチは自分もそろそろ次へ上がる頃なのではないかと思った。


 Lv11になり、ロックリザードも複数相手にできるようになっている。《穿牙》こそまだ習得できていないものの、Eランクへ上がった頃と比べれば戦闘能力はかなり伸びたはずだ。


「じゃあ、俺もそろそろD?」


「いいえ」


 即答だった。


「……違うの?」


「違います」


 あまりにも迷いなく否定され、コウイチは受付嬢を見る。


「ロックリザード2匹倒してるけど」


「存じています」


「レベルも上がってる」


「そちらはギルドでは確認していませんが、戦闘能力が上がっていることは討伐記録からも分かります」


「じゃあ、何が足りないの?」


 受付嬢は少し困ったように笑った。


「実は、そのことでコウイチさんには一度お話ししておこうと思っていたんです」


 どうやら自分の昇格を期待するような話ではないらしい。


「コウイチさんはEランクへ昇格して以降、ギルドからの依頼をほとんど受けていませんよね?」


「……そうだっけ?」


「そうです」


 言われて思い返してみる。最近は商業ギルドで需要を調べてから森へ向かうことが多かった。何が売れるかを確認し、自分で素材を集め、それを必要としている商人へ売る。紅硬草も冒険者ギルドの依頼ではなく、商人から直接聞いた需要をもとに採りに行ったものだ。


「それに、討伐された魔物の素材についても、こちらでは解体だけを利用されることが多いですね」


「だって、商人に直接売った方が高いことあるし」


「はい。それ自体には何の問題もありません」


 予想していた反応と違い、コウイチは少し眉を上げた。


「いいの?」


「もちろんです。冒険者が自分で得た素材を誰に売るかは自由です。ギルドへの売却を強制する規則もありません」


「じゃあ問題ないじゃん」


「問題はありません。ただし――」


 受付嬢がそこで一度言葉を切った。


「それだけでは、ギルドからの依頼を任せられるかどうかの評価はあまり増えません」


「……評価?」


「はい。討伐記録から戦闘能力や活動実績は確認できますし、素材の持ち込みも活動の記録になります。ただ、依頼を受けて期限や条件を守った実績は、それとは別の評価になるんです」


 そこでようやく話が見えてきた。


「貢献度?」


「それもあります。ギルドの依頼を受け、期限内に達成すること。指定された素材や討伐証明を正しく納めること。依頼主との問題を起こさず、必要な報告を行うこと。そういった実績も昇格の判断材料になります」


「つまり、ギルドに素材を安く売らないとランクを上げないってこと?」


 少し意地の悪い聞き方だったかもしれない。だが、そこは確認しておきたかった。


 受付嬢は気を悪くした様子もなく、静かに首を振った。


「違います。素材を売ることだけが貢献ではありませんし、高く買ってくれる相手へ売るのは商売として当然でしょう。直接販売が減点になるわけではありません」


「じゃあ……」


「コウイチさん」


 受付嬢が少し身を乗り出した。


「もしコウイチさんが商人だったとして、一度も取引したことのない相手と、何度も約束通り商品を納めてくれた相手がいたら、より大きな取引を任せるのはどちらですか?」


 すぐには答えられなかった。考える必要があったからではない。答えが分かってしまったからだ。


「……何度も取引した方」


「ギルドも同じです」


 なるほど。そう言われれば反論できない。


「戦えることと、依頼を任せられることは別です。Dランクになると、護衛や重要な討伐など、依頼主の財産や人命に関わる仕事も増えてきます。ギルドとしては、その人が強いというだけでは推薦できません」


 商業ギルドへ加入した時にも似たようなことを考えた。


 商品なら《生成》できる。素材も、条件さえ満たせば作れる。だが、取引相手からの信用までは作れない。それは冒険者でも同じらしい。


「分かった。じゃあ依頼を受ければいいんだな」


「急に極端ですね」


「だって、それが足りないんでしょ?」


「間違ってはいませんが……」


 受付嬢の微妙な表情が気になったものの、コウイチはそこで別のことを考えた。


「でも、別にEランクのままでも強い魔物を狩ることはできるよね?」


「できますよ。ただし、推奨ランクを超える場所へ向かうなら、それだけ危険も大きくなります」


「だったら、ランクを上げなくても――」


「見つけられれば、ですが」


 その言葉に引っかかった。


「……どういう意味?」


「コウイチさんは、赤岩の谷をどうやって知りました?」


「商人から聞いた」


「では、黒狼の森より先にある狩場について、どのくらい知っていますか?」


 考えてみる。ほとんど知らない。赤岩の谷についても、紅硬草を欲しがっていた商人から名前を聞かなければ、今も知らなかった可能性が高い。


「……あんまり知らないな」


「当然です。Eランクの冒険者へ公開されている詳細な狩場情報は、基本的にEランク相当までですから」


「待って」


 コウイチは受付嬢を見る。


「ランクで情報まで違うの?」


「違いますよ」


「初めて聞いたんだけど」


「今まで必要ありませんでしたから」


 さらりと言われた。


 受付嬢はカウンターの下から1枚の簡単な地図を取り出し、ラグナード周辺を指で示した。


「ギルドでは魔物の生息域や危険地域について、冒険者からの報告を集めています。ただし、そのすべてを全員へ公開しているわけではありません」


「なんで?」


「知れば、行く人がいるからです」


 あまりに単純な答えだった。


「高価な素材が採れる場所に強い魔物がいると教えれば、自分なら大丈夫だと考えて向かう方がいます。希少な魔物の素材が金貨になると知れば、推奨ランクを無視する方も出てきます」


「……いそうだな」


「います。正確には、いました」


 その言い方で十分だった。帰ってこなかったのだろう。


「もちろん、危険区域や立ち入りを避けるべき場所については、全員へ知らせています。危険を知らずに入り込まないための情報は必要ですから」


「じゃあ、何が違うの?」


「高ランクの魔物が多く生息する場所や、希少素材の採取地点、そこへ向かうための詳しい経路などです。そういった情報は、実績に応じて段階的に公開しています」


 受付嬢は地図の少し先を指した。


「Dランクになれば、Dランク相当の狩場について、生息する魔物や危険区域、比較的安全な経路、野営に適した場所など、今より詳しい情報を閲覧できます」


「そんなところまで?」


「生きて帰ってきてもらうための情報ですから」


 そこでコウイチは、冒険者ランクに対する認識を少し改めた。


 今までは受けられる依頼の難易度を分けるためのものだと思っていた。強くなれば上がる。上がれば報酬が増える。その程度の認識だった。


 だが、どうやら違う。


「Dランクになれば、依頼も増える?」


「もちろんです。今お見せしているものとは別に、Dランク以上へ公開されている依頼もあります」


「別の?」


「はい」


「……そんなのあったの?」


「あります」


「知らなかった」


「Eランクですから」


 横から小さく息が漏れた。


 見ると、ミアが口元を押さえている。


「ミアまで笑う?」


「す、すみません」


「笑ってるじゃん」


「笑ってません」


 耳が楽しそうに動いているので説得力がない。


 コウイチは小さくため息をつきながらも、頭の中では別のことを考えていた。


 Dランクになれば、今は受けられない依頼を受けられる。その依頼先には、当然これまで知らなかった魔物や素材があるはずで、詳細な狩場情報まで手に入るなら、自分で闇雲に探すよりずっと安全に動ける。


 そして、より強い魔物と戦えるようになれば、自分だけでなくミアのレベルも上がる。新しい素材を手に入れれば《生成》にも使えるし、商業ギルドで別の買い手を探すこともできる。


 《穿牙》だって、訓練場で槍を突いているだけでは完成しないとバルガスに言われている。実戦の中でしか分からないことがあるのは、ロックリザードとの戦いですでに実感していた。


 Eランクのままでも、商人から情報を得たり、自分で探索したりして先へ進む方法はある。だが、ギルドの情報と依頼を利用できれば、危険と無駄を減らしながら、もっと効率よく活動範囲を広げられる。


「……ランクって大事だったんだな」


「今さらですか?」


「依頼の難易度が変わるだけだと思ってた」


「その依頼を安全に遂行してもらうための制度でもありますから」


 冒険者ランクなんて肩書きだと思っていた。どうやら違ったらしい。少なくともコウイチにとっては、次の市場へ入るための資格でもある。


「Dランクまで、あと何件?」


「件数だけでは決まりません」


「じゃあ、一番効率よく評価を上げられる依頼は?」


 受付嬢が黙った。


「何?」


「いえ……コウイチさんらしいなと思いまして」


「褒めてる?」


「どうでしょう」


 また横でミアが笑っている。


「ただし、難しい依頼を1件成功させれば一気に評価が上がる、というものではありませんよ」


「駄目なの?」


「駄目です。簡単な依頼でも期限を守る、依頼内容を正しく理解する、無理だと思えば事前に相談する。そういう積み重ねも含めて信用です」


「……面倒だな」


「信用というのは、だいたい面倒なものです」


 それは商売を始めてから嫌というほど分かってきた。近道がないから価値があるのだろう。


「分かった。何か受けるよ」


「でしたら、今のコウイチさんたちなら選択肢はかなりあります。ミアさんも今日からEランクですから、お2人で受注できますよ」


 受付嬢に言われ、2人は依頼板の前へ戻った。さっきまでと同じ板に、同じ依頼票が並んでいる。それなのに、少し見え方が違った。


「これは……討伐、ですか?」


 隣でミアが1枚を指差した。まだ文字を読む速度は遅いが、以前より知っている文字が増えている。


「そう。ゴブリンの討伐」


「これは?」


「採取。薬草20束」


「こっちは……」


「護衛だな」


 ミアが一生懸命文字を追う横で、コウイチも依頼を見ていく。


 以前なら、まず報酬を見ただろう。同じ時間を使うなら、少しでも高く売れる素材を探した方がいい。商業ギルドで需要を確認し、必要としている相手へ直接持ち込む方が儲かることも多い。


 その考え自体は、今も間違っているとは思わない。ただ、それだけでは手に入らないものがあると知った。


 何枚か確認したところで、1枚の依頼票が目に留まった。


 街道沿いの林で荷馬車への被害が出ている、ストーンエイプの討伐依頼だった。Eランク向けで、報酬は悪くないが、特別高いわけでもない。


 以前なら、おそらく選ばなかった。


 コウイチは依頼票を外した。


「それにするんですか?」


「うん」


 ミアが依頼票を覗き込む。


「報酬、高いですか?」


「いや。それほどでもない」


「では、どうして?」


 聞かれて、コウイチは少し考えた。


「……信用を買うため」


 口にしてから違和感があった。


 受付嬢との会話を思い出し、依頼票を見る。金を払って手に入れるものではない。商品を作るように、一度で完成するものでもない。


「いや、違うな」


「違うんですか?」


「信用を稼ぐ」


 その方がしっくりきた。


 ミアは一度依頼票を見て、それからコウイチを見ると、小さく頷いた。


「では、私も一緒に稼ぎます」


「そうだな」


 コウイチは依頼票を持って受付へ向かった。


 次に何を売るかではなく、次にどんな仕事をするかを考えながら歩くのは、この世界へ来てから初めてのことだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。