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『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


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18/61

第18話◇ 経験値より高いもの

 ミアが初めてホーンラビットを倒した翌日から、コウイチは森へ入る時間を少しずつ増やしていった。


 とはいえ、いきなり1人で戦わせるようなことはしない。最初の数日は前回と同じように、コウイチが槍で脚を傷つけて動きを鈍らせ、最後だけをミアに任せた。


 初めて命を奪った時ほどではないものの、2匹目を前にしたミアの顔にもまだ緊張は残っていた。短剣を突き立てる直前には呼吸が浅くなり、終わったあともしばらく死体を見つめている。


 それでも3匹、4匹と経験するうちに、少しずつ変化が現れた。


「ミア、右」


「はい!」


 コウイチが声を掛けるより早く、ミアの犬耳はすでに右へ向いていた。


 茂みを揺らして現れたホーンラビットがこちらを見つけ、額の角を向けて身体を低くする。その頃にはミアも短剣を抜き、教えられた通り腰を落としていた。


 怖くなくなったわけではない。


 ただ、怖さに身体を奪われなくなってきた。


 ホーンラビットが地面を蹴ると、ミアは正面から受けようとはせず、十分に引きつけてから身体を横へ逃がした。角が革鎧のすぐ脇を通り過ぎる。


「今!」


 振り返ろうとするホーンラビットへ、コウイチの槍が伸びた。


 穂先が後脚を傷つけ、体勢を崩したところへミアが踏み込む。右手の短剣が首筋へ入り、今度は1度で仕留めた。


「……ふぅ」


 ミアは息を吐きながら短剣を抜き、刃についた血を布で拭った。


「今のは良かった」


「本当ですか?」


「俺が声を掛ける前に反応してただろ」


「音が聞こえたので……」


「それでいいんじゃない? 俺には聞こえてなかったし」


 褒められることに慣れていないのか、ミアはどう返せばいいのか分からないような顔をしたあと、小さく「ありがとうございます」と答えた。


 実際に森へ連れてくるようになって分かったが、ミアの耳は想像していた以上に役に立つ。コウイチが目や耳で異変を察知するより先に、ミアが反応することが何度もあった。


 まだ音だけで魔物の種類まで判断できるわけではない。それでも何かが近づいていると分かるだけで、森では十分な価値がある。


 戦闘能力がない。


 奴隷商館では、そう評価されていた。


 だが、それは単に戦う方法を知らなかっただけではないのか。


「コウイチ様?」


「ん?」


「どうしました?」


「いや」


 コウイチは倒れたホーンラビットを見ながら首を振った。


「金貨3枚、安かったかもしれないなと思って」


「…………」


 ミアの耳がゆっくり伏せた。


「やっぱり、お金なんですね」


「商人だからね」


「冒険者では?」


「両方」


 ミアは何とも言えない顔をした。


 最近、こういう顔もするようになった。最初に会った頃は、何を言っても「はい」と答えるだけだったことを考えれば、随分な変化だ。


 その数日のうちに、ミアはLv3へ上がっていた。


 まだコウイチが動きを止めた相手を仕留めている段階ではある。それでも、少しずつ経験は積み上がっているらしい。


     ◇


 森での訓練を始めて5日目。


 その日は森へ向かう前に、バルガスにも動きを見てもらった。


 木剣を持ったバルガスが踏み込むと、ミアは後ろではなく斜め横へ動く。振り下ろされた木剣を避け、そのまま脇を抜けようとしたところで声が飛んだ。


「追うな!」


 ミアの足が止まり、すぐに振り返って距離を取る。


「悪くねえ。だが避けたあとに欲張る癖がまだあるな」


「……はい」


「短剣持ちは1発が届く距離なら、相手の1発も届くと思え。避けたからって、お前の番になるわけじゃねえぞ」


 ミアが頷く。


 その様子を見ながら、コウイチは自分の槍へ目を落とした。


 ミアが戦闘に加わるようになってから、以前にはなかった問題も見え始めている。


 ホーンラビット程度ならまだいい。だが、ミアが相手の懐へ入った瞬間、自分の槍を突き込める場所は一気に狭くなる。


 1人なら相手との距離だけを考えればよかった。今は穂先の先に味方がいる可能性まで考えなければならない。


 武器を変える必要があるわけではない。


 必要なのは、仲間と一緒に戦うための槍の使い方なのだろう。


「コウイチ」


「はい?」


「ぼさっとすんな。次はお前だ」


「俺もですか?」


「当たり前だ。そいつだけ強くなって、お前が足引っ張ったら笑えねえだろ」


「……確かに」


 槍を構える。


 横を見ると、ミアが少し笑ったように見えた。


「何?」


「いえ」


「今笑っただろ」


「笑ってません」


「最近それ多くない?」


「秘密です」


「またそれか」


 コウイチが言い返そうとしたところで、バルガスの木剣が飛んできた。


「余所見すんな!」


「危なっ!」


 慌てて槍で受けると、横でミアが今度こそはっきり笑った。


     ◇


 その日の午後も、2人は黒狼の森へ入った。


 ミアのレベルはLv3。


 ここまではコウイチが相手の脚を傷つけ、十分に弱らせてからミアに任せてきた。だが、それだけではいつまで経っても、自分で相手の動きを見て戦えるようにはならない。


 1匹目のホーンラビットを見つけたところで、コウイチは槍を構えながら声を掛けた。


「今日は少し変える」


「どうするんですか?」


「今までは動けなくなるくらい傷つけてたけど、今日はそこまでやらない」


 ミアの表情が僅かに強張った。


「俺が最初に1撃入れる。そのあとは、自分で避けて戦ってみて」


「……1人で?」


「俺はすぐ横にいるよ」


 ミアはホーンラビットを見た。


 少し前までなら、ここで自分にできるかどうかを聞いていただろう。


 だが今日は違った。


「分かりました」


 短剣を抜く。


 その姿を見て、コウイチも槍を握り直した。


「無理だと思ったら下がること。倒すことより、避けることを優先して」


「はい」


 ホーンラビットがこちらに気づき、身体を低くする。


 コウイチは突進を横へ避けながら槍を振り、後脚へ浅い傷を入れた。狙い通り、動きを完全に止めるほどではない。


「ミア!」


 ホーンラビットが向きを変える。


 今度の標的はミアだった。


 角を向けて飛び込んでくる相手を前にしても、ミアは後ろへ逃げず、ぎりぎりまで引きつけてから横へ身体をずらした。


 避けてもすぐには追わず、距離を取って振り返る。バルガスに何度も叩き込まれた動きだった。


「そう、それでいい!」


 コウイチが声を掛ける。


 2度目の突進も、1度目より余裕を持って避けた。ホーンラビットは着地したところで、後脚の傷のせいか僅かに体勢を崩す。


 そこへミアが踏み込んだ。


 短剣を突き出す。


 だがホーンラビットも動き、刃は首ではなく肩口を浅く切っただけだった。


「下がって!」


 コウイチの声に反応し、ミアがすぐに距離を取る。


 追わない。


 焦らない。


 もう1度、相手を見る。


 ホーンラビットが再び飛び込んでくると、今度は大きく避けたミアが着地した相手の横から踏み込んだ。


 短剣が首筋へ入る。


 ホーンラビットが倒れた。


「…………」


 ミアはしばらく動かなかった。


「やったな」


「……私が?」


「ほとんどね。最初に俺が少し傷つけたけど」


 ミアが倒れたホーンラビットを見る。


 初めて倒した時とは違う。


 震えてはいない。


 平気になったわけではないのだろう。それでも今回は、自分に襲いかかってくる魔物の動きを見て、避けて、考えて、自分の意思で短剣を振るった。


「次は最初からやってみる?」


 そう聞くと、ミアは少し考えた。


「……やります」


 声には緊張が残っていた。


 だが、それ以上に自分で試してみたいという意思が感じられた。


     ◇


 2匹目を見つけたのは、それから30分ほど経った頃だった。


 今度もホーンラビット。


 周囲に他の魔物はいない。


 コウイチは少し離れた位置に立ち、槍を構えたままミアを見る。


「危ないと思ったら俺が入る」


「はい」


「俺を見る必要はない。相手と周りを見て」


「分かりました」


 ミアが前へ出た。


 ホーンラビットもこちらに気づき、角を向ける。


 距離は十分で、足場も悪くない。


 これならいける。


 そう判断した。


 ホーンラビットが飛び出す。


 ミアは横へ動き、最初の突進を避けると、すぐに振り返って次の攻撃に備えた。


 2度目の突進も避け、追わずに距離を取る。


 よく見ている。


 焦ってもいない。


 3度目の突進を避けたあと、ミアが初めて自分から踏み込んだ。


 短剣を振るう。


 刃は浅かったものの、ホーンラビットの脇腹に傷が入った。


「下がれ!」


 ミアはすぐに距離を取る。


 コウイチは槍を構えたまま、その動きを見ていた。


 いける。


 あと何度か繰り返せば、自分だけで倒せる。


 そう思った。


 ホーンラビットが再び身体を低くし、ミアも腰を落とす。


 そして地面が蹴られ、ミアもこれまでと同じように横へ避けようとした。


 その時だった。


 右足が、地面から伸びた木の根に引っ掛かった。


「っ!」


 身体が傾き、ミアの目が大きく見開かれる。


 ホーンラビットは止まらない。


 角が真っ直ぐミアの腹へ向かっていた。


 コウイチは槍を握ったまま踏み出した。


 だが、距離がある。


 走っても間に合わない。


 考えるより先に右腕が動いた。


 槍を投げる。


 空気を裂いた槍がミアの横を抜け、その直後、ホーンラビットの胴を貫いた。


 勢いのまま地面を転がった身体が、ミアのすぐ手前で止まる。


「ミア!」


 コウイチは走った。


 尻餅をついたまま動かないミアの前まで行き、すぐに身体を確認する。


「怪我は?」


「え……」


「角は当たってない?」


「だ、大丈夫です」


「腕は?」


「大丈夫です」


「足は? 捻ってない?」


 ミアが右足を動かしてみせる。


「……大丈夫です」


 それを見て、ようやく息を吐いた。


「よかった……」


 自分でも思っていた以上に焦っていたらしい。


 ミアは何も言わず、コウイチを見ている。


「どうした?」


「……倒しちゃったんですね」


「何が?」


「あのホーンラビットです」


「そりゃ倒すだろ」


「でも、私が倒すはずだったのに……」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。


「何言ってんの?」


「私が避けられなかったから……」


「ミア」


 言葉を遮る。


「あのままだったら刺されてたんだぞ」


「でも……経験値が」


「経験値より命の方が高いだろ」


 ミアが黙った。


 コウイチにとっては、考えるまでもない話だった。


 レベルを上げるために戦っているのは、その方が今後安全になるからだ。強くなるために死ぬ危険を冒していたら、本末転倒にもほどがある。


「レベルを上げるために、お前を危険に晒す気はないよ」


「…………」


「経験値なら、魔物を倒せばまた手に入る。でも、お前は死んだら終わりだろ」


 ミアの耳がゆっくり下がった。


 なぜか、じっとこちらを見ている。


 コウイチは少し居心地が悪くなり、肩をすくめた。


「それに金貨3枚だからな」


「……え?」


「買ったばっかりで死なれたら大損だ」


 ミアがまたじっと見てくる。


「何?」


「やっぱり、お金なんですね」


「当たり前だろ。金貨3枚だぞ」


「そうですか」


 なぜか声が少しだけ柔らかい。


「……何で笑ってるの?」


「笑ってません」


「いや、今笑ったよな」


「金貨3枚ですから」


「意味分かんないんだけど」


 ミアが口元を隠す。


 どう考えても笑っている。


 コウイチは首を傾げたが、それ以上追及するのはやめた。


 怪我がないなら、それでいい。


     ◇


「今日は帰ろう」


 投げた槍を回収しながらコウイチが言うと、ミアは少し迷ってから口を開いた。


「あの……」


「ん?」


「もう1度だけ、やらせてください」


 コウイチは槍についた血を拭う手を止めた。


「さっき危なかったばかりだぞ」


「分かっています」


「怖くない?」


「怖いです」


 ミアは正直に答えた。


「でも、さっきはホーンラビットしか見ていませんでした。足元を見てなかったから……」


 コウイチは何も言わずに続きを待った。


「次は、ちゃんと周りも見ます」


 どうするか迷った。


 怖さから逃げるために無理をしているのなら、止めた方がいい。


 だが、今のミアは違う。


 自分が何を失敗したのかを考え、そのうえでもう1度試したいと言っている。


「1匹だけ」


「はい」


「危ないと思ったら、今度も俺が倒す」


「……はい」


「そこは譲らないから」


「分かりました」


 それから2人は、さらに森を歩いた。


 次のホーンラビットを見つけた時、ミアはすぐには前へ出なかった。


 まず周囲を見回し、次に足元を見る。木の根、石、逃げられる方向まで確認してから、ようやく短剣を抜いた。


 コウイチは少し離れた場所で槍を構える。


 今度は何も言わない。


 ホーンラビットが地面を蹴った。


 ミアは横へ避けてもすぐには追わず、足元を確認しながら位置を変える。2度目の突進にも無理に攻撃せず、十分に距離を取った。


 そして3度目。


 ホーンラビットが走り出した瞬間、ミアは僅かに横へ動いた。


 先ほどより小さな動きで角をかわし、そのまま相手を通り過ぎさせる。


 次の瞬間、ミアの右足が地面を蹴った。


 身体を反転させ、短剣を走らせる。


 刃が首筋を捉えた。


 ホーンラビットが地面へ落ち、勢いのまま草の上を滑っていく。


 ミアは追わなかった。


 短剣を構えたまま相手を見て、起き上がらないことを確認してから、ようやく肩の力を抜いた。


 コウイチも槍を下ろす。


「今のは、俺何もしてないぞ」


 ミアがゆっくり振り返った。


「……はい」


「1人で倒したな」


 ミアは倒れたホーンラビットを見て、それから自分の短剣へ視線を落とした。


 初めて命を奪った時のような動揺はない。


 ただ、その顔には別の感情が浮かんでいた。


「できました」


「うん」


「私にも……できました」


 その声が、少しだけ震えていた。


 怖さとは違う。


 コウイチは何も言わず、ただ頷いた。


     ◇


 街へ戻る頃には、日が傾き始めていた。


 冒険者ギルドで討伐した魔物を渡し、宿へ戻る途中、ミアが何度も自分の手を開いたり閉じたりしている。


「どうした?」


「身体が少し変な感じがします」


「またレベル上がったんじゃない?」


「分かるんですか?」


「前もそうだっただろ」


 コウイチは道の端へ寄った。


 レベルを見るだけなら《鑑定》Lv2で足りる。だが、17話の初討伐では動かなかった《???》の覚醒進捗も確認しておきたかった。


「ちょっと見ていい?」


「はい」


 許可をもらい、《鑑定》Lv3を使う。


【名前】ミア


【種族】犬獣人


【年齢】18


【Lv】3 → 4


【HP】39/39 → 43/43


【MP】18/18 → 20/20


【STR】10 → 11


【VIT】11 → 12


【AGI】21 → 25


【DEX】16 → 18


【INT】10 → 11


【MND】12 → 13


【通常スキル】


《短剣術》Lv1


【固有スキル】


《???》(未覚醒)


【覚醒進捗】


20%


「Lv4」


「4……」


「それと、《短剣術》を覚えてる」


 ミアの顔が変わった。


「スキル……ですか?」


「うん」


「私に?」


「だから他に誰がいるんだって」


 ミアはしばらく動かなかった。


 奴隷商館で初めて見た時、彼女には通常スキルが1つもなかった。それが今は、自分で身につけたものがある。


「短剣術……」


 確かめるように呟くミアを見ながら、コウイチはもう1つの表示へ目を向けた。


【覚醒進捗】


20%


「……上がってる」


 16%だったはずだ。


 初めてホーンラビットを倒してLv2になった時には、何も変わらなかった。


 それが今日は4%増えている。


 Lv4になったからか。


 《短剣術》を覚えたからか。


 それとも、自分の力だけで魔物を倒したからなのか。


 思い当たることはいくつかあるが、どれが原因なのかは分からない。


「コウイチ様?」


「ん?」


「どうしました?」


「いや。ちょっと分からないことが増えた」


「……増えたんですか?」


「増えた」


 ミアは不思議そうな顔をしたが、コウイチはそれ以上説明しなかった。


 今日、ミアは自分の力だけで初めて魔物を倒した。


 新しいスキルも身につけた。


 数字にすれば、確かに強くなっている。


 だが森の中で危険が迫った時、コウイチが考えたのは経験値でもレベルでもなかった。


 怪我がないか。


 ただ、それだけだった。


 そして、そのあとでもう1度やりたいと言ったミアを、無理に止めることもしなかった。


 覚醒進捗が16%から20%へ動いた理由を、コウイチはまだ知らない。


 ただ、隣を歩くミアが自分の短剣へ何度も嬉しそうに触れているのを見て、今日無事に帰れることの方がずっと大事だと思った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。

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