第17話◇ 初めての一匹
ミアがバルガスの訓練を受け始めてから3日が経った。
3日で戦えるようになった、などと言えるほど甘くはない。短剣を抜く時にはまだ鞘に引っ掛かることがあるし、足を動かしながら構えれば上半身の動きが遅れる。攻撃を避けたことに安心して相手から目を離し、バルガスの怒鳴り声を浴びた回数も1度や2度ではなかった。
それでも、初日と比べれば動きは明らかに変わっている。
「もう1回お願いします」
「休まなくていいのか?」
「はい」
「じゃあ来い。次はもう少し速くするぞ」
バルガスが木剣を構えると、ミアの犬耳がぴくりと動いた。次の瞬間、横薙ぎに振られた木剣を身体を沈めながら斜め前へ抜ける。
初日なら怖がって後ろへ飛び退いていたところだが、今は避けると同時に踏み込み、木製短剣をバルガスの脇腹へ伸ばした。
だが、届かない。
バルガスが半歩下がっただけで切っ先は空を突き、そのままミアの身体が前へ流れた。
「そこで伸びんな!」
「はい!」
「届かねえと思ったら追うな! お前の武器は短いんだ。無理に1歩出れば、その1歩で死ぬぞ」
慌てて距離を取り、ミアが構え直す。
「もう1回!」
再び木剣が動く。
今度は避けても追わない。相手から目を離さず、そのまま次の動きへ備える。
「……まあ、そんなもんだ」
ようやくバルガスが木剣を肩へ担いだ。
「今日はここまで」
「ありがとうございました」
息を切らしながらミアが深く頭を下げると、少し離れた壁際で訓練を見ていたコウイチも身体を起こした。
「どうです?」
「まだ素人だ」
「ですよね」
「だが、森に連れていくくらいならいい」
その言葉を聞いた途端、疲れて垂れかけていたミアの耳が立った。
「本当ですか?」
「勘違いすんな。戦えるって意味じゃねえぞ」
期待を見せたミアへ釘を刺すように、バルガスが太い指を向ける。
「今日は魔物を見る。逃げ方を覚える。余裕がありゃ1回くらい短剣を使う。それで十分だ」
「はい」
「それとな、コウイチ」
「はい?」
「こいつに倒させようとして無茶させんなよ」
言われたコウイチは眉を上げた。
「するわけないでしょう」
「ならいい。新人を連れてく奴の中にはいるんだよ。経験を積ませるとか言って、危なくなっても手ぇ出さねえ馬鹿が」
経験を積ませる。レベルを上げる。
確かにミアを強くするなら必要だし、そのために森へ連れていくのだから、今日は可能なら魔物を1匹倒させるつもりだった。だが、それは安全を確保できる範囲での話だ。
経験値を得るためにミアの命を賭けるなど、順序が逆だろう。
「危なくなったら俺が倒します」
「それでいい」
バルガスはそれ以上言わず、今度はミアへ目を向けた。
「最初に覚えるのは倒し方じゃねえ。死なねえ方法だ」
「……はい」
「行ってこい」
◇
宿へ戻って昼食を済ませた2人は、そのまま黒狼の森へ向かった。
コウイチにとっては何度も通った道だが、今日は少し勝手が違う。自分の右後ろには、革の胸当てと腕当てを身につけ、右腰に《生成》した短剣、左腰に解体用のナイフを下げたミアがいる。
歩き始めてしばらくしたところで、コウイチは振り返った。
「ミア。俺の真後ろを歩かないで」
「……はい?」
「魔物が出た時に俺が下がれなくなる。もう少し横にずれて」
慌てて位置を変えたミアを見ながら、何度か立ち位置を調整させる。結局、少し間隔を空けた右後方に落ち着いた。
これまで1人で戦っていた時には考える必要もなかったことだ。槍は間合いの長さが強みだが、その分だけ前後に空間を必要とする。近くに味方がいれば、穂先だけでなく、引いた石突まで意識しなければならない。
戦う以前に覚えることはいくらでもありそうだった。
「俺が止まったら止まる。走ったらついてくる。逃げろって言ったら、理由を聞かずに逃げる」
「分かりました」
「それと、俺が戦えって言うまで短剣は抜かなくていい」
「はい」
返事を確認してから歩き出し、やがて黒狼の森が見えてきたところで、後ろから遠慮がちな声がした。
「あの……コウイチ様」
「ん?」
「怖くないんですか?」
「何が?」
「森です」
その問いに、コウイチは森へ目を向けた。
昼間だというのに木々の奥は薄暗い。1か月ほど前、自分は何も分からないままこの森を歩き、ホーンラビット1匹に殺されかけた。
今なら簡単に倒せる。
だからといって、あの時の恐怖を忘れたわけではない。
「怖いよ」
振り返ると、ミアが少し驚いた顔をしていた。
「今でも?」
「そりゃね」
「でも……何度も入っているんですよね?」
「何度入ったって、刺されたら痛いし、死んだら終わりだろ」
「……はい」
コウイチは再び森を見る。
怖いから周囲を見る。怖いから無茶をしない。そして怖いから、危険だと思えば獲物を捨てて逃げられる。
1か月この森へ通って覚えたのは、恐怖をなくす方法ではなかった。
「怖くなくなる必要はないんじゃないか」
「え?」
「怖いまま、どう動くか考えればいい」
口にしてから、それはミアにというより、1か月前の自分に言っているような気もした。
ミアはしばらく何も言わなかったが、やがて小さく頷いた。
「……はい」
先ほどより少しだけ落ち着いた声だった。
◇
森へ入ったコウイチは、普段よりもかなりゆっくり歩いた。
今日の目的は素材集めではない。狙うのはホーンラビットで、できれば1匹。それだけでいい。
しばらく進んだところで、背後から小さな物音が聞こえた気がして、コウイチは片手を上げた。
「止まって」
ミアもすぐに足を止める。
耳を澄ませたが、コウイチには風で葉が擦れる音くらいしか聞こえない。
「ミア、何か聞こえる?」
尋ねると、ミアの耳が左右へ動いた。
「……鳥の声と、水の音。それから……」
「それから?」
ミアが顔を右へ向ける。
「右の奥で、何か動いてます」
コウイチもそちらを見るが、まだ何も聞こえない。
「大きさは分かる?」
「分かりません。でも……たぶん小さいです。音が軽いので」
「なるほど」
犬獣人。
技能として表示されていなくても、人間とは違う感覚を生まれつき持っているらしい。
「行ってみよう」
2人で足音を抑えながら進むと、十数メートルほど行ったところでコウイチにも草の揺れる音が聞こえてきた。
茂みの隙間から覗くと、白っぽい毛並みと、額から伸びた1本の角が見える。
「ホーンラビットだ」
隣でミアの身体が僅かに強張った。
相手の強さだけ確認するため、《鑑定》Lv1を使う。
【ホーンラビット】
【Lv】2
【特徴】額の角を使った突進攻撃
1匹だけで、周囲にも別の魔物がいる様子はない。
初めて戦わせる相手としては、これ以上を望む必要はないだろう。
「ミア」
「はい」
返事が少し硬い。
「今から俺があいつの動きを止める。うまくいったら――倒すのはお前にやってもらう」
ミアの顔から表情が消えた。右手が腰の短剣へ伸びかけるが、まだ抜かない。緊張していても教えられたことは守っている。
「無理だと思ったら言って」
「…………」
「逃げてもいい」
ミアがコウイチを見た。
「怒らないんですか?」
「なんで怒るんだよ」
「でも……仕事ですよね」
「仕事だけど、今日できなきゃ明日やればいい」
ミアの耳が僅かに動いた。
しばらくホーンラビットを見つめたあと、右手を短剣の柄へ添える。
「……やります」
「分かった」
その返事を聞いて、コウイチも槍を構えた。
◇
先にこちらへ気づいたのはホーンラビットだった。
茂みから現れた2人を見つけるなり身体を低くし、額の角を向けたまま後ろ脚へ力を溜める。次の瞬間、地面を蹴った。
1か月前なら速いとしか思えなかった突進も、今では軌道くらいなら見える。コウイチは槍を突き出したくなるのを抑え、十分に引きつけてから半歩横へ身体をずらした。
今日の目的は倒すことではない。
狙うのは胴ではなく、前脚だ。
すれ違う瞬間に槍を突き出したものの、小さく動く脚を正確に捉えるのは簡単ではなかった。穂先は毛皮を浅く掠めただけで抜け、ホーンラビットはそのまま数メートル先へ着地する。
「チッ」
仕留めるだけなら、胴を狙った方が簡単だったかもしれない。だが今日は、自分が倒すために来たわけではない。
着地したホーンラビットが身体を反転させ、再び角をこちらへ向ける。今度は焦らず、コウイチは槍の穂先を僅かに下げて待った。
再び地面が蹴られ、距離が一気に縮まる。
十分に引きつけて身体をずらすのと同時に槍を走らせると、今度は穂先が右の前脚を捉えた。
「ギィッ!」
甲高い鳴き声とともにホーンラビットが地面を転がる。それでもすぐに起き上がろうとしたが、傷ついた右前脚に力が入らず、身体が大きく傾いた。
「ミア!」
「はい!」
返事と同時に短剣が鞘から抜かれた。
ミアは教えられた通りに駆け出したものの、ホーンラビットまであと数歩というところで急に足を止めた。
目の前にいるのは、訓練場で何度も刺した木人形ではない。血を流し、苦しそうにもがいている。それでも、まだ生きている。
ミアの右手が震え始めた。
「コウイチ様……」
「うん」
「これを……私が?」
声が掠れている。
コウイチは急かさなかった。自分にも覚えがある。この世界へ来て初めて殺した魔物も、同じホーンラビットだった。
あの時は、殺さなければ自分が殺される状況だった。
「無理なら俺がやる」
ミアが振り返った。
「でも……」
「最初に言っただろ。今日できなきゃ、また明日やればいい」
「…………」
「怖いのは変なことじゃないよ。俺だって怖かった」
その間にもホーンラビットは逃げようともがいているが、傷ついた脚ではまともに立つこともできない。
ミアはそれを見つめていた。
逃げてもいい。
コウイチはそう言った。
それでもミアは逃げず、震える右手で短剣を握り直した。
「……やります」
今度の声も小さかった。
だが、誰かに命令されたからではない。自分で決めた声だった。
「分かった。首を狙え」
「はい」
「1度で終わらせるつもりでやれ。苦しませるな」
ミアが頷き、1歩ずつ距離を詰めていく。
近づいてくる気配を感じたのか、ホーンラビットが顔を上げた。その姿を見た瞬間、ミアの足が止まりかける。
右手の短剣は震えたままだ。それでも逃げず、もう1歩だけ前へ出ると、教えられた通り首筋へ切っ先を向けた。
「……ごめんなさい」
刺した。
「っ……!」
だが、浅い。
ホーンラビットの身体が大きく跳ね、その動きに驚いたミアが短剣から手を離しかける。
「ミア、落ち着け」
「はい……!」
「そのまま抜いて。もう1度だ」
震える手で短剣を抜くと、刃には血が付いていた。それを見たミアの顔が青くなる。
「俺を見る」
ミアが顔を上げた。
「大丈夫。首のもう少し上だ」
「……はい」
もう1度短剣を握り、息を吸って、ゆっくり吐く。
そして2度目の刃を突き立てると、ホーンラビットの身体が1度だけ大きく震え、やがて力が抜けた。
ミアはその場に立ち尽くしていた。右手には血の付いた短剣が握られたままで、視線も死体から離れない。
「ミア」
返事がない。
「短剣を下ろして」
「……はい」
ようやく腕が下がったが、顔色は悪いままだった。
「気分悪い?」
「少し……」
「座ろう」
「大丈夫です」
そう言った直後、ミアが口元を押さえた。
「……それ、大丈夫じゃないから」
近くの木の根元まで連れていき、腰を下ろさせる。コウイチも隣へ座ったが、無理に何かを話すことはせず、水筒だけを差し出した。
ミアは両手で受け取り、少しずつ水を飲む。しばらくすると、ようやく呼吸が落ち着いてきた。
「……コウイチ様も」
「ん?」
「最初は、こうだったんですか?」
コウイチは少し考えた。
「どうだったかな。初めてだったから、とにかく必死であんまり覚えてない」
「……そうなんですか?」
「一人だったしな。怖いとか気持ち悪いとか、考えてる余裕もなかったと思う」
ミアは少しだけ目を伏せた。
「今は、平気そうです」
「慣れただけ」
「慣れるんですか?」
すぐには答えられなかった。
確かに慣れたのだろう。今ではホーンラビットを仕留める時にも迷わないし、グレイウルフやフォレストボアが相手でも、必要なら槍を突き出せる。
だが、それを何も感じなくなったと言っていいのかは分からない。
「たぶん。でも、何とも思わなくなる必要はないと思う」
ミアが黙って聞いている。
「生きるために殺す。金を稼ぐために殺す。俺もやってる。でも、それを楽しいと思う必要はないだろ」
「…………」
「必要だからやる。それで十分だよ」
ミアは死んだホーンラビットへ目を向けたあと、小さく頷いた。
「……はい」
2人はしばらく、そのまま休んだ。
◇
ミアの顔色が戻ってきた頃、コウイチは立ち上がった。
「戻る?」
するとミアはホーンラビットの死体を見たあと、森の奥へ視線を向けた。
「今日は……1匹だけですか?」
「そのつもり」
「でも、まだ時間があります」
「あるね」
「なら、もう1匹……」
言いながらも声に力がなく、右手も短剣の柄から離れている。
「やめよう」
「でも……」
「今日は1匹倒した。それで十分」
「私は、もっと早く強くならないと……」
「なんで?」
尋ねると、ミアは俯いた。
「私には……それくらいしか」
最後まで聞かなくても、何を言いたいのかは分かった。
「ないわけじゃないだろ」
「……え?」
「洗濯だってしてくれてる。それにさっき、俺より先に魔物の音に気づいた。それだけでも助かってるよ」
「そんなこと……」
「そんなことじゃない」
コウイチは槍を肩へ担いだ。
「それに、訓練を始めてまだ3日だぞ。3日で役に立たなきゃ価値がないっていうなら、1か月前の俺なんかとっくに捨てられてる」
ミアは何も言わなかったが、少しだけ伏せていた顔を上げた。
「今日は帰る」
まだ何か言いたそうだったが、やがて小さく頷く。
「……はい」
「じゃあ最後に仕事するか」
「仕事?」
コウイチは倒れたホーンラビットを指差した。
「解体」
ミアが自分の左腰を見る。
「でも、私……やり方を知りません」
「俺も知らない」
「……え?」
「だから今日はギルドに持って帰る」
ミアが瞬きをした。
「解体しないんですか?」
「できないんだから仕方ないだろ」
「では、このナイフは……?」
「そのうち覚えるため」
「そのうち……」
「そう。そのうち」
コウイチはホーンラビットへ手を伸ばしかけ、そこで止まった。
これからミアと森へ来るなら、毎回この場面がある。《生成》についてはすでに話してあるのだから、《アイテムボックス》だけを使うたびに隠すのも不自然だろう。
秘密は少ない方がいいし、知る人間も少ない方がいい。そうやって自分を守ってきた。
だが、自分から1つ預けた秘密もある。
コウイチは少し考えてから、ホーンラビットへ手を触れた。
「……まあ、いいか」
「何がですか?」
死体を収納すると、先ほどまで地面に横たわっていたホーンラビットが一瞬で消えた。
ミアの耳がぴんと立つ。
「帰ろう」
「待ってください」
「何?」
「今のは……?」
「《アイテムボックス》」
「……それも《生成》ですか?」
「違う。別のスキル」
「別の……」
ミアが死体のあった場所とコウイチを交互に見る。
「これも秘密」
「…………」
「誰にも言わないで」
契約で守らせることもできる。
だが、その言葉は口にしなかった。《生成》について話した時と同じでいい。
ミアもしばらく黙っていたが、やがてほんの少しだけ口元を緩めた。
「はい」
「……何?」
「いえ」
「今、笑ったよな」
「笑ってません」
「いや、笑った」
ミアは少しだけ考えるような顔をしてから答えた。
「秘密です」
「……それ、俺の台詞じゃない?」
今度は、はっきり笑った。
ほんの一瞬だったが、森へ入った時の強張った顔とはまるで違っていた。
◇
街へ戻る途中、ミアは何度か右腰の短剣へ触れていた。
刃に付いた血は綺麗に拭き取ってある。それでも初めて命を奪った武器となれば、気になるのだろう。
「怖かった?」
コウイチが尋ねると、ミアは少し考えてから頷いた。
「……はい」
「そっか」
「でも」
ミアは短剣の柄から手を離し、前を見る。
「明日も、行きたいです」
その言葉に、コウイチは横を向いた。
「無理してない?」
「少し怖いです」
「うん」
「でも……できるようになりたいです」
少し前までのミアなら、自分にもできるのかと聞いていただろう。
今日は違った。
できるかどうかではなく、できるようになりたいと言った。
「分かった」
それ以上は言わず、2人で歩き続ける。
やがて街の門が見えてきたところで、ミアが不意に足を止めた。
「……あれ?」
「どうした?」
「今、何か……身体が少し」
ミア自身にも何が起きたのか分からないらしい。
以前にも似た感覚を経験したことのあるコウイチには心当たりがあった。
「レベルかもしれないな」
「私の?」
「ちょっと《鑑定》していい?」
「はい」
許可を確認する。
レベルや能力値を見るだけならLv2で足りる。だが、初めて魔物を倒したことで《???》の覚醒進捗に変化があったのかも気になった。
コウイチはMP4を使い、《鑑定》Lv3を発動した。
【名前】ミア
【種族】犬獣人
【年齢】18
【Lv】1 → 2
【HP】31/31 → 35/35
【MP】14/14 → 16/16
【STR】8 → 9
【VIT】9 → 10
【AGI】13 → 17
【DEX】12 → 14
【INT】8 → 9
【MND】10 → 11
【通常スキル】なし
【固有スキル】
《???》(未覚醒)
【覚醒進捗】
16%
「レベル上がってる」
「本当ですか?」
「Lv2」
ミアの耳が立った。
「……私が?」
「他に誰がいるんだよ」
「でも、1匹しか倒してません」
「1匹でも経験は経験なんじゃないか」
コウイチは表示を見直した。
能力値も上がっているが、中でもAGIは13から17へと大きく伸びていた。もともと高かった数字だけに、これがミアの得意な部分なのかもしれない。
バルガスが言っていたように、Lv10を越えた辺りから得意分野の伸びがより目立つ者も多いらしい。それ以前でも、人によって成長の仕方に違いはあるのだろう。
ミアはしばらく何も言わず、自分の右腰にある短剣を見つめた。
やがて、小さく呟く。
「私にも……できたんですね」
「うん」
コウイチはその一言だけ返し、もう1つの表示へ目を向けた。
【覚醒進捗】
16%
変わっていない。
魔物を倒し、レベルも上がった。それでも数字は動かなかったのだから、少なくとも単純に経験値を稼げば進むものではないらしい。
何を数えている数字なのかは、まだ分からない。
「帰ったら飯にしよう」
「はい」
「今日は肉にするか」
「ホーンラビットですか?」
「いや。あれはギルドに出す。昨日食べた鶏肉でいいだろ」
その瞬間、ミアの耳が僅かに持ち上がった。
コウイチは足を止めるほどではなかったが、その変化には気づいた。
「……あれ好き?」
「え?」
「昨日の鶏肉」
「……好きです」
「じゃあ、それにしよう」
「いいんですか?」
「なんで飯食うたびに許可取るんだよ」
「すみません」
「だから謝るところでもないって」
そんな話をしながら、2人は街へ戻っていく。
今日、ミアは初めて魔物を倒した。怖くなくなったわけではないが、それでも逃げず、自分でやると決めた。そして明日も行きたいと、自分から言った。
覚醒進捗は16%のまま。
数字だけを見れば何も変わっていない。だが隣を歩くミアは、少し前よりよく喋り、自分からやりたいことを口にするようになっていた。
コウイチは、その小さな変化の方を覚えていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




